Sorry, this page is Japanese text only.



Fiction



Artificial Mind

〜 壊れかけの心 〜


〜 天然組曲&LOVE IS TRUTHさま主催-秋の芸術祭参加作品 〜  




新一が元の姿を取り戻してから既に数カ月が経過し、日々の生活の全てが元通りになりつつある。
変わったことといえば、新一と蘭の気持ちがようやくお互いに通じ合ったことくらい。
つまり、正式に告白したということだが、元々熟年夫婦のような関係の二人だったから、周囲から見れば特に何ということはなく。からかうためのネタが減ってしまって、ちょっと物足りないかな、という程度。
そう、新一と蘭の二人が一緒にいることなど、ごく当たり前のことに過ぎないのだから。

そしてもうひとつは、妙に頭の切れる小学生が二人、いなくなったこと。
ひとりは新一の仮の姿であった、コナン。
もう一人は、、、散々迷った挙げ句、灰原哀としての人生に終止符を打った志保。
対外的には、コナンと同じく海外にいる両新の元に帰ったという設定の哀と、入れ代わる形で志保は阿笠邸にやってきた。
当然のことながら哀の面影を色濃く持つ志保に対して、もともと阿笠の遠縁の娘と紹介されていた哀の親戚であり、博士の助手として同居することになったという筋書きは、周囲にすんなり溶け込むことに一役買ってくれた。


*****


阿笠邸のリビングルームは、時として本来の役割を変えられてしまう場合もある。
コナンと哀がいなくなった今でも、時折少年探偵団の面々がやって来ては、賑やかなホームルームの雰囲気を醸し出すことがあるかと思えば、ゆったりとくつろげる憩いの場所から慌ただしい治療室へと、急遽変更されることも少なくない。

すっかり家主よりも邸内の事情に詳しくなった志保が、少し両肩を上げる仕草で、わざとらしく「仕方ないわね」という意志を示す。次いで苦笑を漏して、突然の訪問者を出迎えた。
戸口にあるのは、阿笠邸訪問回数断トツ1位をキープし続けている、志保が担当する患者の姿。
傾き始めた夕陽を背負ってやや疲れた表情を浮かべた訪問者に、チクリと先制攻撃をかけることも忘れない。

「で、今度は何をやらかしたのかしら、名探偵さん?」
「、、、おめぇ、もっと他の言い方はできねえのかよ?」
「途中経過はいらないわ。事実と結果は、一目見れば充分だもの。それより、家の中を汚したりしないでよ?いいわね。」

ジト目で凄んでくる厄介な患者に対し、手慣れたふうに志保はさらりと受け流す。
例え相手が無言の反論を放出する不良患者であっても、医者としての本分は余すところなく発揮する。
肩に引っ掛けたジャケットでカムフラージュしているつもりの、わずかに鈍い色の染みを作ったシャツの襟元を横目に入れ、素早くソファを診察台に見立てて、診察を始めた。




「さ、これでいいわ。定着するまであと5分くらいじっとしていれば、大丈夫。」

怪我の治療のほかに、傷を誤魔化すための特殊メイクまで施して。
テーブルを占拠しているメディカル・キットやメイク道具を片付けながら、志保は世話の焼ける患者に向かって手鏡を差し出した。
何度も角度を変えては、自分では見えにくい首筋を手鏡に映し出し、そろりと指を這わせてみる。医者の言い付けを全然守らないその不良患者は、感嘆の溜め息と感謝の意を同時に漏す。

「サンキュー。やっぱりオメェに頼んで正解だったな。」

志保にとっての不良患者−−−それはつまり、新一のことに他ならない。
たった今、志保によって処置を終えたばかりの患部を念入りに確認し、新一は鏡を手に「この出来具合いなら、パッと見た程度なら誰にも気付かれずにすみそうだぜ」と、付け加えて答えた。

「これに懲りて、少しは自重することね。」
「わーってるよ。」
「さぁ、どうだか。」

志保は新一用に特別な処方をした化膿止めの抗生物質をテーブルに残して、地下室へ荷物を運ぶために席を立った。
放っておけばすぐに帰宅してしまうであろう新一を静止するために、振り向き様に「蘭さんに頼まれていた物を取ってくるわ」と言い残して。


(蘭のヤツ、何を志保に頼んだっていうんだよ?)

蘭の名前を出されてしまっては、名探偵も形無しだ。
ふつふつと湧いてくる疑問は取り敢えず寝かせておいて、ここは大人しく、志保が戻って来るのを待つ事に決めた。

ソファに身を投げ出し、今日起こった出来事を反芻してみる。
最初は勢い良く回転していた明晰な頭脳も、ここ数日の無理が祟ったのか、だんだん睡魔の毒牙に侵され始めた。






午後の講義の途中に震えだした携帯電話が沈黙のままに告げてきた、捜査協力依頼のメールを受けて、新一は二つ返事で飛び出して行った。大学に入ってからは、警部達の迎えを待つまでもなく自らの車で現場に到着できるので、新一としても気が楽であり時間的な都合も付けやすくなった。


到着した現場は、数年前に倒産して放置され、人気のなかった廃工場。
既に3人の容疑者が集められており、現場の様子と供述の相違から鮮やかな推理を展開した新一は、容疑者の中から的確に犯人を突き止めた。どうにも逃れられない状況に追いやられた犯人は暫し抵抗する素振りをみせたが、取り囲んだ屈強な面々の前で素手の犯人が適うわけもなく。そのまま大人しく確保されたのだった。

ここまでは、新一にとってはいつも通りの出来事なのである。
しかし、このあとに起こった出来事に対して、犯人にはもうひとつの罪状が付け加えられることになった。


連行される犯人の後ろ姿を見届けた新一が、後処理を警視庁の面々に任せて帰路に付こうとしていた、ちょうどそのとき。
犯人の両手の自由を手錠で塞いだことで、その両脇を固めていた刑事達の気が緩んだほんの一瞬の隙に、逆上した犯人が新一に向かって突進して来たのだ。
現場は運悪く、廃工場。容易く武器になりそうな鉄くずやパイプなどが散乱していた。
犯人は拘束されたままの両手で器用にアルミ板の破片を掴み、必死の形相で新一に飛びかかる。緊迫した空気が流れかけた瞬間、とうの新一はわずかに口角を上げ、涼しい顔でヒラリと身を交わし、必要最低限の動作で犯人の動きを封じ込めた。
つまり、長い足をひょいと伸ばし、精神的に追い詰められて視界も思考回路もショートしている犯人の足下を、いとも簡単に引っ掛けたのだ。
大きくバランスを屑して倒れ込んだ犯人は、今度こそ抜かりのないようにと刑事達にがっちり取り押さえられ、そのままパトカーに引きずり込まれていった。

「大丈夫かい、工藤君?」
「ええ、何ともありませんよ。」

離れた場所にいたため一連の動向に対処できなかった高木刑事が、慌てて駆け寄る。
新一は塵でも払うように軽くジャケットを叩いて、先程犯人が振りかざしていたアルミ板を蹴り上げた。
奇麗な弧を描いて、それが元いた場所に戻っていく過程を視野の隅に納めてから、高木が手にしていた調書を確認しようと振り向いた瞬間。無事に単独で着地するはずだったアルミ板は、微妙なバランスを保っていた鉄くず達の雪崩を引き起こし、その末端が新一の首筋を傷つけた。
チクッとした軽い痛みは走ったものの、再び心配顔を見せる高木に、新一は「大丈夫」を繰り返し、2、3のやり取りのあと自宅に向かってハンドルを握った。

途中の信号待ちで、妙な湿り気のある首筋に手をやってみれば、半分乾いてどす黒く変色した血がべったりと指先を染めた。
フロントガラスで確認してみると、これが直接犯人によって与えられた傷ならば、立派に傷害罪でも適応されそうだなと不謹慎なことを考えてみる。(実際、犯人に追加されたのは“未遂”付きだったのだが。)
「オレも、随分痛みへの耐性が出来たもんだな」等と感心している場合ではない。
この時点になって、ようやく慌てて志保に連絡を取ったという、新一にとっては何とも不名誉な事の顛末を迎えたのだった。



ふと気がついてゆっくりと眼を開けると、少し下げた視線の先では、志保が苦笑だけをこぼして新一の様子を伺っているのが見て取れた。
決まりが悪くなった新一は、ったく、思い出し笑いなんかしてんじゃねぇぞ、と苦言を唱える。

「治療も受けずにここまで帰って来たんだから、どうせ真っ当な理由での負傷じゃないんでしょ?」

志保の言葉は、いつも的を得ていて。
哀の姿でいた頃は、あれでも多少の遠慮はしていたようだが、本来の姿を取り戻してからの発言は、容赦がない。
これ以上形勢不利になる前に話題を変えてしまおうと、新一は身を乗り出した。

「まぁ、いろいろと、な。それより、ホント器用だよな、志保は。あの母さんにちょっと習ったくらいでここまで作り込めるんだから、大したもんだぜ。これからも、宜しく頼むな?」
「馬鹿なこと言わないで頂戴。こんな子供だましがそう何度も通用するだなんて、あなたも思ってはいないんでしょう?」

誰に通用しなくなるのか、などと敢えて言わなくてもわかる。

たった一人の、何者にも代えることのできない、大切な、新一の宝物。
少しでも新一が負傷したことに気付いてしまえば、口では強がりな言葉を吐きながら、深い色の瞳を揺らしてしまう、最愛の人。


もう一度手鏡を覗き込んで、新一は言葉を繋ぐ。

「おめえの腕はオレが一番信頼してっから、大丈夫だって。」
「私はあなたの主治医(ドクター)ではあるけど、メイクアップ・アーティストじゃないのよ?そこのところ、勘違いしないで欲しいわね。」

はい、と地下室から持って来た小さな紙袋を新一に手渡すと、志保は厄介者を追い払うように、手首から先をひらひらと動かして新一を追い返した。

「私に質問があるようなら、あとで連絡してくれるように蘭さんに伝えてくれればいいから。」
「これか?蘭に頼まれた物って。何なんだよ、一体。」

紙袋の上からちょっと見たところ、形が不ぞろいな箱がいくつか入っている。
見た目よりも重量感があるそれらは、見覚えのない、優美なデザインのロゴマークが刻印されていた。

「私が使っている化粧品を取り寄せてあげたのよ。個人輸入しているものだから、日本ではあまり入手できないらしくて。」
「化粧品?あいつ、化粧なんかしてたっけ?」
「今までほとんどしてないみたいけど。流石に大学生ともなれば、ずっとノーメークのままでもいられないでしょう?」
「別にオレ、そんなこと気にしないのに。」
「そういう問題じゃないのよ。女の子はいろいろ大変なんだから。」

そういうもんか?と、軽く考え込む様子を見せて、新一はまじまじと志保を見詰めた。その意図を正確に掴んだ志保は、コホン、と咳払いひとつして、反論する。

「一応、私だって必要最低限のメイクくらいしてるわよ。」
「え?マジで?」
「あなた、大概失礼な人ね。」

あ、いや、そんなつもりじゃ、、、と新一が言葉を濁す。
志保はとりわけ気にした様子でもなく、「80歳を20歳に見せかけなくちゃいけないわけだから、かなり作り込んでいることになるのかしら?」と付け加える。
あのなぁ、と呆れて受け答える新一のことはあっさりと流して、志保はかまわずに続けた。

「だから、この前蘭さんに会ったとき相談されたの。繊細な肌質だから、いくつか試してみた既存のメーカーのものは合わないらしくて。」

さ、たまには早く帰って、あなたが蘭さんを迎えてあげなさいよ、と最後通告を志保から出されて、夕暮れに染まる空を仰いだ新一は、頷いてその苦言に従い踵を返した。
ほどなく、志保の視野の片隅で、隣家の明かりが灯るのが窓越しに見えた。




そう、完璧なメイクで、体も心も武装して。
何が本当で何が偽りなのか、見破られないように。
いつも、いつでも。
そうすることで、自分を守ってきたから。

守ってこれたと、思っていたから。


カーテンを閉め、しばし薄明かりの中に思想をさまよわせる。
幼い頃は差し迫る夕暮れに、闇に飲み込まれてしまいそうで、怖くて仕方がなかった。
自分の属していた場所が、自ら纏っていた黒い影が、自然とそう感じさせていたのかもしれない。
けれども今は、ほんの少しずつだが、灯されていく明かりの温かさが志保にも伝わってくるように、そっと手を伸ばせば感じられるようになったと思う。





新一と志保が本来の姿を取り戻してからしばらくたった頃、気安く信頼の気持ちを寄せてくれる新一に、志保は一度噛み付いたことがある。
今後、いつ裏切ることになるか、分からないわよ、と。
そのときにもらった答えは、確実に志保の中にある何かを壊した。

「もし誰かに裏切られることがあるとしたら、それは、オレの信じる力が弱かったか、それとも信じてもらえるだけの価値がオレに備わってないか、ってことだろ?」





明かりをつけ、そのまま洗面台に直行してバシャバシャと顔を洗った。
軽くファンデーションをつける程度の薄化粧だから、ノーメイクでも大して外面的な印象に変わりはないが、少し冷たくなってきた水に心も洗われたような気がした。

否。
あれほど辛い目に、死ぬほどの目に逢わせてしまったのに、信じてくれると言ってくれる人がいる。
数え切れない孤独と涙を乗り越えて、自分の信じた人を信じ続ける人がいる。

これほど純粋で、透明な気持ちに触れることができたから。
志保もせめて心だけでも素顔でいられたら、と思う。

メイクなんかじゃカバーできない、ありのままの心で。


— END —

bar

この度は、七海さんとmaaさんの1周年合同企画に、お祝いの気持ちを込めて参加させていただきました。
改めまして、お二人とも、おめでとうございますv
今後のご活躍を心の底から楽しみにしつつ、応援しておりますわ。

しかし、、、『芸術がテーマのお話』というはずだったのに、これをそのカテゴリに入れても良いのでしょうか(ドキドキ)?
どうか、広い御心で、お許しいただければ幸いです。
・・・毎度こんな逃げ方ばっかりで、ゴメンナサイです。←素直じゃないからねぇ、私(苦笑)


[Back to page Top]


Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved.