Sorry, this page is Japanese text only.



Same as always



〜 君を心に灯して 〜




「ねぇ、何か無理してない?」
「無理って、何をだよ?」
「じゃあ、何か隠し事してるとか」
「してねぇっての。何だよ、いきなり」
「だって、何かおかしいんだもん、この頃の新一」

信号待ちの交差点。
運転席では、やや難しい表情の新一が、蘭の艶やかな唇から零れ落ちる疑問を、否定し続けていた。

大学生となって数か月経った頃、一緒に暮らし始めた新一と蘭。
一般的には『同棲』というのだろうが、蘭はあえて『共同生活』と言い張るその月日は、既に1年を軽く突破している。
今日は、2人とも1限から講義がある日。
そんな日は、大学までは20分程度の短い時間だが、朝からちょっとしたドライブ気分を楽しむ。

その車中での会話が、冒頭の遣り取りになる。


新一としては、ただ単に、わけがわからない。
ここ数日、夜はきちんとベッドで眠っているし、第一、夜更かしだってしていない。
普段の新一に比べれば、ものすごく規則正しい生活を送っているわけだから。
むしろ、賞賛されたっていいはずなのに。
どうして蘭はこんなにも否定的に受け止めているのだろうか・・・?
切り替わった信号と共に、助手席に捕らわれっぱなしだった目線を正面に戻して。
的確なハンドル捌きで交差点を遣り過ごす。



暫しの沈黙。
それも、ほんの少しだけ、苦いような。


2人の間をすり抜けるのは、FMラジオから流れてくる心地良いメロディ。
もう随分前に流行った、スロウテンポのバラード。
この曲が名曲だという証拠に、今まで何人ものアーティストがカバーしている。
洋楽なので当然歌詞は英語だが、リスニングに不自由しない新一は、その内容に肩をすくめるしかなかった。

最近、「愛してるよ」って、ちゃんと君に伝えていたかな?
この世の中に、君以上の存在なんていないってこともね

僕の心を喜びで満たしてくれるのも
すべての悲しみを取り去ってくれるのも
苦しみを安らぎに替えてくれるのも
そんなことができるのは 君しかいないんだ・・・

「君」を「蘭」に自動変換しながら、つい「そうだよな」と小さく同意の言葉を漏らしてしまう。
それを「やっぱりそうなんだ」と、蘭は自分の納得がいくように受け取って、外の景色に目を向けたまま呟いた。
今は両手の自由が利かないため、横目でちらりと盗み見ただけだが。
助手席の窓に映るその瞳が揺れているのを、新一は視界の端でしっかりと捉えていた。


ようやく迎えた、次の信号待ち。
サイドブレーキを引いたその手で、蘭のほっそりとした手首を捕まえる。

「何が『やっぱり』なんだ?オレに何か悪いところがあるなら直すように善処するから、ストレートに言ってくれよ。な?」
「・・・だって、おかしいじゃない。もう2週間だよ?」

俯き加減にぽそりと答える整った横顔に、「だから何が」と再び同じ言葉を繰り返しそうになった新一の想定外のところで、蘭は新たな心配の種をひっそりと蒔いていたらしい。
やんわりと追求してみると、この2週間のあいだに警視庁からの呼び出しが1回もなかった新一のことが、いつもとは別の方向から心配なのだ、と言う。
それも「わたしに遠慮して、警部達に電話してこないように頼んでるんじゃないの?」という、新一としては苦笑もできないような理由で。

(結局、どっちに転んでも、心配かけてばかりだな)

ハンドルに残していたほうの手で、ポリポリと頬を掻き、押し黙ったままの可愛い彼女に明言する。
他の誰にも見せない、等身大の、工藤新一としての笑顔で。

「わざわざオレを呼ぶ程の事態に陥ってないか、あるいは事件そのものが起こってないか、ってことだよ。いずれにしても、世間的にはオレが暇なほうが良いんじゃねぇの?」
「それはそうなんだけど・・・」
「ホント心配しすぎだって、蘭は」
「誰の所為だと思ってるのよ?」
「おっちゃん・・・じゃなくて、オレだよな、やっぱ」

そう言いつつ、新一は微かに笑って掴んだままの蘭の手を持ち上げると、敬意と感謝を込めてその甲に唇を落とした。
一瞬示した軽い驚きのあと、急激に照れたような笑顔へと様変わりする蘭。
クルクルと変わる蘭の表情の、そのひとつひとつが、鮮明に記憶の泉へと刻み込まれていく。
今まで一緒に育ってきて、数え切れないほどの思い出を共有している。それでも、蘭の笑顔を見飽きることなんて、絶対にありはしない。


自分よりも他人の事を優先的に思い量ってしまう、繊細な心。
気持ちの深さを象徴するような、漆黒の瞳。
淡く染まった、薔薇色の頬。
絹糸のようにさらさらと流れる、豊かな黒髪。

その全てに、心が丸ごと奪われていく。


「ほら、もうすぐ青になるよ!」

もし、このオープンな密閉空間において「新一の微妙に熱い視線から、一体どうやって逃れようか?」と思案していた蘭が声を掛けなければ。
周囲からはど派手なクラクションの嵐が巻き起こっていたかもしれない。

新一は、それくらい単純で純粋に、蘭に見とれてしまっていた。
いや、見愡れていた、と言うべきだろうか。

「あ、ああ。そうだな」

と、名残惜しそうに、新一は一度ぎゅっと握りしめてから蘭の手を離した。
サイドブレーキを解除された車は、再び大学への道を進んでいく。


そう。
あの歌のように、オレの心を独占できるのは、いつだって蘭だけなのに。
勿論、他人に指摘されるまでもなく、自覚だってある。

この思いは、もはや一方通行ではないのだが。
その強さを一番知っていてほしい大切な人は、何故かこういう面だけは人一倍疎くて。
間接的に態度で示そうと、あれこれ試していたりもする。
でも本当は、もっと直接的に気持ちを伝えるだけで良いのかもしれない。
だからといって、毎日「好きだ」だの「愛してる」だのと連呼するのとは・・・
何となく違うような気がする。


言葉を越えたもっと深いところで、繋がっていたいから。
でもそれは、オレの勝手な思い込みか・・・?




これ以上深く追求し始めると、あからさまに小難しいオーラを放出してしまうだろう。

そう判断を下した新一は、心の中だけで苦笑を零した。
この手の空気には過敏なほどに繊細な蘭に、これ以上余計な気を使わせないためにも。

横目で盗み見た助手席では、チラッと新一の横顔を見詰めたあと、蘭は静かに点けっぱなしのFMラジオに耳を傾けているだけ。



気が付けばつい、じぃっと見つめてしまっている自分自身に気がついて。
あれこれ屁理屈を並びたてては、迷走しがちな思考回路も。
蘭の笑顔の前では、迷宮の出口を見つけたように、瞬時に真っ直ぐな道が開く。


すぐ隣に、蘭がいる。
手を伸ばせば、その身にも心にも、しっかりと触れられる距離に。

それが決して当たり前などという物ではなく、いくつもの偶然が生み出した奇跡なのだと。
今は身に余る程に分かっている。
どれだけ幸せなことか、ということも。


幼馴染みから恋人へ。
まず、この第一歩を踏み出すことには、ずいぶんと時間をかけてしまったが。
途中経過はどうあれ、とにかく成功しているのだ。
更にステップアップするには・・・あとどれくらい足踏みを繰り返したら、済むのだろうか?


2人の間の距離を「0」にすることが適うのは、まだ遠い未来なのだろうか?


きっとその答えは、目の前の天使の笑顔に掛かっている。
自信を持ってその全てを受け入れられる存在となれるように。
例え足踏みが続こうとも、着実に、少しずつ前に進んでいけるように。
―――もう二度と、後退はしないために。その為なら、いくらでも繰り返そう。




程なく大学の駐車場に到着し、ハンドルを切り返すこと無く車はスムーズに定位置へと収まった。
シートベルトを外して荷物を抱えている蘭に、ひと言掛けようとした途端。

聞き慣れた着信音が、新一の胸元から響いた。

何の特徴も無い、単調なリズムの繰り返し。2週間ぶりの、警視庁からの呼び出し音。
「オメェの心配が、呼び水になったかな?」などと苦笑しながら。
新一が必要最低限の遣り取りを交わすのを、蘭はそっと見守っていた。
浅い溜め息のあと、新一は再びエンジンを始動させる。

「ったく、大学到着と同時に連絡してくるなんて、タイミング良すぎだよな」
「事件にタイミングも何も無いでしょう?教授には連絡しておいてあげるから、早く行きなさいよ」

見張られてるみてぇ、などと続いてブツクサ言っている口調とは裏腹に、その表情は既に探偵・工藤新一の物。
徐々に事件へと傾いていく新一の横顔を暫し見つめて、蘭は助手席を離れながら「気を付けてね」と晴れやかな笑顔で送り出す。
新一はつい口癖になっていた言葉を飲み込んで、微妙な間を空けて「いってくる」と短く答えた。

そんな些細なことまで、お見通しなのだろう。
ドアに手を掛け、車内を覗き込むように上半身をかがめた蘭が「ちゃんと待ってるからね」と微笑む。
新一もつい零れそうになった「ゴメン」という言葉ではなく、別の言葉で蘭の気持ちを受け止めた。

「いつも待っててくれて、ありがとな」

初秋のさわやかな風になびいた髪がキラキラ輝いて、蘭の頭上に天使の輪を作り出している。
小さく頷いて浮かべた微笑みも、天上の住人のように眩くて。

この笑顔があるから。
蘭がいるから。

オレは何処までも突っ走っていけるんだ。


再び走り出した運転席からミラー越しの蘭の姿に目をやり、それが見えなくなると。
自動的に脳内が切り替わり、事件で埋め尽くされていく。
誰にも侵すことのできない、最後の1%だけを残して。

一刻も早く事件を片付け、再び彼自身の“あるべき場所”に戻る為に。
「警部が赤色灯を貸してくれれば、もっと早く帰れるのにな」などと、半分本気な冗談を飲み込みつつ。
新一は現場に急ぐのだった。


― END ―


2005年の「910の日」は、ストレートに『蘭ちゃん大好きー』度高めの工藤さん、を目指してみました。
我が家にしては、珍しいでしょ?(そうでもない?)
設定としては、サイト開設記念の二人(=同じ大学に通っていて、工藤邸で一緒に暮らしている)なわけなのですが。
あのシリーズに入れる為には、どうにかして二人に、またはどちらか1人だけでも「お茶」を飲んでもらわないと、駄目なのです(爆)!
じゃないと、私的に「違うなぁ」と思う訳で。

途中で引用した歌は、実際に存在します。和訳は、都合が良いように私が少しだけアレンジして意訳していますが。
どの曲か、分かる方いらっしゃるかしら?


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