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明日に続くはじめの一歩 part 1




「・・・本番、楽しみにしててね?」
「・・・おう。」


最後に「おやすみなさい」と告げて、狭い部屋の中をくるくると歩き回りながら交わしていた、携帯電話での会話が終わった途端。
蘭は全身の力が抜けたように、へなへなとベッドに腰掛けた。
掌から携帯電話が滑り、膝の上に落ちる。

(言っちゃった。。。)

いよいよ明後日に迫った、バレンタインディ。
今までだって、チョコレートだけは毎年欠かさずに渡してきた―――「義理」という名の包装紙で厳重にラッピングして。
でも、今年は違う。
もう何の誤魔化しもいらない。


「楽しみにしててね」だなんて、初めて言った。
けれども、新一が大満足するような結果を用意してあげられる、と思えるほどの自惚れも自信も今の蘭にはない。
ただ、目の前にある白い箱が、そっと背中を押してくれる。
箱の中に鎮座しているのは、今日作ったばかりのチョコレート菓子。

園子の策略に乗るような形で、久しぶりに夏美に会った。そしてパリで修行を積んだ本格派パティシエである彼女に習って、完成させたものだ。
出来栄えは夏美のお墨付き。だから、何の心配も要らない。

バレンタインディ。恋する女の子にとっては、特別な日。
けれども、そう思うあまり無駄に緊張してしまい、蘭は自分でも上手く感情をコントロールできていなかった。
2人の協力と応援がなければ、逸る気持ちだけがいつまでも、同じところをぐるぐると回り続けていたかもしれない。
今でも、すべてを吹っ切れたわけではないけれど。

とりあえず、第一歩は自ら踏み出した。
二歩目を踏み出す勇気は、この白い箱とともに園子と夏美に分けてもらった。

あとは、素直に渡せば良いだけのこと。
チョコレートに、自分自身の言葉を添えて。



じっとしていようが慌てていようが、時の流れは誰にも等しく移りゆく。
既に必要以上にドキドキと音を奏で始めた鼓動は、封じ込めてきた思いが出口を探して体中を駆け巡っているような、むず痒い感覚を蘭に与え続けた。
それを、明後日には開放する。そう思うと、少しだけ肩が震えた。

「言葉には力がある。口にすることでその力は、だんだん強くなっていく」のだと、今日、園子に言われたことを思い出す。
実践するかのように、心の中で何度も繰り返していた言葉を、声に出して呟いた。

「大丈夫。」

早速実践してみると、気のせいかもしれないが落ち着いてきた気がする。
呪文のようにもう一度繰り返して、蘭は意図的に深く息を吸い、そして吐き出した。

その表情に、もう迷いは残っていなかった。




* * * * *




2月14日―――本番当日。
平日なので当然授業があり、2人揃って帝丹高校までの道を歩く。

今日のこの日を待ち構えていたのは、当然、蘭だけではない。
半月後には卒業していく新一に、ラストチャンスとばかりに声を掛けてくる他校や下級生の女の子達。
程度の違いはあれ、彼女達の新一に対する気持ちは同じベクトルを向いている。
だがしかし、それら全てが一方通行で終わった。
新一は完璧な営業用スマイルを浮かべ、誰に対しても同じ答えを返していく。
「オレにはコイツがいるから、受け取れない」と。

一方、蘭はというと。
新一が断りの言葉を口にするたびに、手を引っ張られたり、肩を寄せられたり。
すぐ傍にいないときでも、視線でその存在を周囲に強く示されて。
朝の登校時からずっと、赤くなったり青くなったり忙しいことこの上ない。
逆に自分自身のことでアレコレ考えすぎる隙も無かったのは、結果オーライと言って良いのだろうか?


休憩時間ごとに教室の戸口へ向かう新一の後姿を見送り、その都度チラリと振り返られて。
蘭は力なく笑うしかなかった。
そしてホームルーム終了後の現在、午後の授業のない3年生が早々に帰宅していく中、逆走する下級生達が各自の昼休みを潰してまで新一を訪ねてくる。
訪問者が途絶えないため、新一はさっきからずっと戸口から離れられない。
そして毎回、決まって「オレには蘭がいるから」と同じ台詞を口にするのだ。

何度目かの呼び出しを丁重に断った新一に、ちょうど出入り口付近を通り掛かったクラスメートが半分茶化しながら声を掛けたときの会話は、何故か蘭の耳にもしっかりと届いた。

「チョコを受け取らないんだったら、わざわざ会ってやらなくてもいいんじゃねーの?」
「バーロ。ちゃんと断ってやるのも相手のためだろうが。」
「そういうもんなのかねぇ?」
「こういう場合は、言葉できちんと言ってやったほうがいいんだよ。」
「へぃへぃ。やっぱもてるヤツは言うことが違うよなー。」
「うるせぇぞ、そこっ!」

違う方向から飛んできた野次に、新一はとりあえず手近にあったチョークで応戦する。
カツンと乾いた音を立てて見事にブロックされたそれが床に落ちるのを、投げ付けた張本人は面白くなさそうにして眺めた。
ドッと笑いが起こり新一の機嫌は更に悪くなりかけたが、新たな訪問者を前に得意のポーカーフェイスで応対していく。
その後ろ姿を見て、園子が蘭の元へ近づいた。

「アンタの旦那、珍しく頑張ってるわね〜。」

関心関心、と腕を組んで仁王立ちしている。
頑張ってる?と鸚鵡返しする蘭の肩に手を掛け、そのまま人差し指を伸ばして蘭の頬をつつく。

「真冬の虫除けに、ね。」

比喩的表現で会話を進める園子の意図を、蘭は飲み込めていない。
ポカンとして見上げてくる親友に、園子は決めの一手を放つ。

「ああやって自分への告白を断りつつ、同時に蘭に対する防御壁も築いてるってわけ。かなり効率的なやり方だと思わない?」

確かに、新一がここまでストレートに、しかも蘭のいる場で周囲に対して気持ちを曝け出すのは、初めてのことだ。
しかし新一の営業用スマイルと紳士的な言動が十分に功を奏しているのか、彼女達からの冷たい風が蘭に対して吹き付けることはない。

園子の解説を得て、やっと話の流れが蘭の中でひとつになった。
途端、ひと足早い春が蘭の頬を彩る。

「どう?旦那の意気込み、ちょっとは買ってやんなさいよ。」
「ど、どうって言われても、、、確かに今日の新一は、いつもと全然違うというか・・・」
「そんなの、あったり前でしょ。今日は新一くんにとっても特別なんだから。」

ぐりぐりと押し迫ってくる園子の指を引き剥がしながら、蘭は「え?」と園子を見返した。
今日はバレンタインディ。西洋諸国ではさておき、ここ日本では女性から男性へ気持ちを伝える日というのが一般的解釈。
蘭も一大決心をして今日という日を迎えた。でも、新一にとっても特別なのは、どうしてだろう?

「だってあれ、間接的には『蘭はオレのものだ。誰も触るな』って宣言して回ってるようなもんでしょ?だから、よ。」

心底楽しそうな笑顔で頷きながら、園子はウィンクとともに蘭の疑問を見事に打ち砕いた。
直接蘭に向けられる好意は、普段から新一の眼光ひとつでこまめに即刻シャットアウトされている。無論、それらの行為は蘭には察知されないように細心の注意を払い、水面下で行われているというオチ付きだ。
高らかにそう言ってのける親友の口を封じようと、蘭は慌てて園子の制服の袖を引っ張る。

「ちょっ・・・園子!虫除けって、そういうことなの?」
「ら〜ん?アンタ、新一君の奥さまとしては、いまいち度胸が足りないんじゃないの?」
「度胸とか、そういう問題じゃないわよ。」
「と・に・か・く。いい加減、慣れちゃいなさい。ヤツは独占欲の塊なんだから。ねっ!」

新一の水面下の努力が結実しているせいで、蘭は自分が男子生徒の間で人気があるという事実を知らない。
まして新一が嫉妬深いだなんて。
蘭に対しては微塵もそんな素振りを見せないので、彼女にとってはまさに「寝耳に水」なわけで、思いもよらない話だ。
驚きを素直に表した表情で、蘭は園子を見返した。


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White Day目前というのに、性懲りもなくバレンタインなお話を続ける私って一体・・・。しかもまた、続き物だし。
でもでもっ、書きたかったんだもん!(←開き直り)

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