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Secret Happiness

a Special Day for You 〜新一BD記念〜


5月4日。

何の変哲もない、いやむしろかなり地味だったはずの日。
ふた昔前までは祝日に挟まれた冴えない日だったのに、いつの間にか「国民の休日」となって世間に浸透している。
特に今年は、カレンダー的に言えば5連休の2日目にあたり、旅行に出掛けたり里帰りをするといった声を、例年よりも多く聞いた。
5日間も休みがあれば、選択肢はかなり多岐に渡る。
けれども、この時期の予定は、毛利蘭にとっては毎年同じ。
きっとこれから先も、ずっと同じだろうけど。
1年のうちの『ToDoリスト』のトップ項目として、いつも燦然と輝いている。

5月4日―――大切な人が、この世に生を受けた日。

さて、今年はどうやってこの日を迎えようか?
いつもより長めに朝のまどろみをゆったりと楽しんだ蘭は、幸せな計画を頭の中で練りながらも、えいっと気合を入れてベッドから起き出した。
着替えを済ませ、自室のカーテンを開け放つ。
続いて窓を開け、んーっと伸びをして室内の空気を入れ替えれば、すっきり爽快な朝の雰囲気が柔らかな日差しとともに蘭を包む。見上げた空には、ぽっかりと浮かぶ白い雲がいくつか見られるものの、濁りのないスカイブルーが広がっていた。

誕生日に相応しい、絶好の空模様。
たとえ今日が雨だとしても、誕生日はおめでたいものだけど。
天気が良ければ、ただそれだけで幸福度が更に増すような気がするから、不思議。
日頃の行いが良いのは一体誰なのかしら、などと思わず頬を緩めてしまう。
いつものようにエプロンを手にして、朝食の支度をしながら、蘭は今日という特別な日の時間割に思いを馳せていた。

(ケーキとキャンドル、それからプレゼントは用意したし。
あとは今夜のご馳走のメニューを何にするか、だね。
直接本人に聞いてみようかな?)

ふふっ、と独りでに笑みがこぼれても、誰も奇妙に思ったりはしない。
父親である毛利小五郎は、朝早くから「今日は沖野ヨーコちゃんのコンサートだ!」と普段は蘭が起こしてもなかなか目を覚まさないのに、今日は自主的に早起きし、既に出掛けてしまっている。
最初の切欠が事件絡みとはいえ、互いに面識はある。
プラチナチケットだと世間では噂されている今回のツアーのチケットも、当の本人が用意してくれたものだ。
だから、きっとコンサート後の打ち上げにもちゃっかり紛れ込んで、帰宅はきっと夜遅くなるだろう。もしかしたら、日付が変わる頃になるかもしれない。
蘭は再びふふっと笑った。
我が父親ながら、この手の行動パターンは非常に分かりやすい。
だから何の気兼ねも遠慮もなく、蘭も今日1日を気ままに過ごせるのだけど。

さてと。
用意の整った卓上を見渡し、パンパンッと両手を軽く叩く。
あとは、本日の主役を起こしてくるのみ。
何かを思いつめたようにもう一度パンッと軽く手を打ち鳴らし、蘭は扉の前に立った。
まだ起き出す気配のない、名探偵のいる部屋の前で。


* * *


いくら気心の知れた仲とはいっても、無作法にいきなりドアを開けるのはいただけない。
礼儀正しく、まずは軽くノックを数回。
それでも返事がなければ、そうっと扉を押し開け、わずかに作った隙間から室内の様子を探る。
ここまで来ると、この先の展開は火を見るより明らかで。
深いため息とともに、蘭はドアの内側へと滑り込んだ。

分厚い遮光カーテン越しでも、外の明るさを測り知ることができるくらい、今日の天気は上々だ。
それなのに、掛け布団の中央は盛り上がり、動き出す気配が全くない。

(ったくもう。また夜更かししてたのね?仕方ないなぁ。)

抗議の台詞は、あとで実際に声に出すとして。
今は無言で両手を腰に添えて仁王立ちになり、くるりと室内を見渡した。

部屋の中央には、まるで蓑虫みたいに頭からすっぽりと布団を被り、うずもれるようにして眠りこける、ホームズおたくが1人。
枕元には、栞が挿まれた分厚い本。その下にもう1冊。
床には、開いたままでうつ伏せになった雑誌がくたっと横たわっている。更にその下にも、数冊の書籍。
近寄った蘭がその場で散らばった本を整頓しても、雑誌を拾い上げて胸元に抱きかかえても。
年若い名探偵はよほど深い眠りについているのか、一向に気が付かない。
起き出す気配さえ、感じられない。
人の気配には敏感な性質のはずなのに、と思いつつ、安眠の邪魔をしないように、蘭はそっと規則正しく上下するシルエットを見つめた。

もしこれが平日ならば、問答無用で起こしに掛かる。
しかし今日は祝日で、出掛けるという予定も昨晩までには聞いていない。
それに、何より今日は彼の誕生日。

(本日の主役には、もう少しだけ、夢の住人でいてもらいましょうか。)

折角用意した朝食は冷めてしまうけど、と思わなくもないが。
でもそれは温め直せば済む話であり、たいした問題でも手間でもない。


音を立てないように、抱えていた雑誌は床に置いた。
そのまま膝を着き上半身を傾けていくと、小さな寝息も聞こえる。

その表情を隠すようになっている、少しだけ茶色い長めの前髪。
鬱陶しそうに思えてそっと掻き分けてやると、ほんの一瞬だけピクリと反応したように見えて、蘭を驚かせた。が、何事もなかったように、再び深い眠りへと戻っていった。
蘭の華奢な白い指が、もう一度、触れると意外に柔らかい髪を撫でる。
けれども、目を覚まさない。どうやら、ちょっとやそっとでは起き出さないようだ。
そう確信して、蘭は上半身を更に傾けていく。

(子供みたいな寝顔しちゃって。起きてるときとは大違いね。)

大人びた態度で周囲をあっと言わせていても、世間が何をどう評価しても、こういうところは昔からちっとも変わらない。
否。変わってほしくない。
知らぬ間に漏れていた溜め息が、すぐ目の前にまで近付いている数本の頭髪を揺らしてしまった。

それでも途切れることのない穏やかな寝息に、そっと呼吸を合わせて。
声にならない問い掛けを、蘭はぽそりと眼下の寝顔に落とした。

ねぇ。
目を覚まさないのは、そばにいるのがわたしだから?
こうして眠り続けていられるのは、わたしがあなたのそばにいても、邪魔にはならないってことだよね?
・・・そう思っていてもいい?
いつか時がきたら、すべてを話してくれる・・・よね?


急に曇りそうになった視界を払拭しようとして。
きゅっと瞳を閉じ、蘭は今朝一番に言おうと思っていた台詞を囁いた。

ハッピーバースディ、新一。」

言い終えるのと同時に触れるだけのキスを頬に落とし、屈んでいた姿勢を正した途端。

「ん・・・さんきゅ、蘭。」

寝ていると思って油断した?と、音もなく慌てふためいてしまう。
体中の血液が一気に顔に上ってきたかのように赤い頬。だが、心配は無用だった。
ころんと寝返りをして、名探偵は再び夢の国へと旅立ってしまったから。

ホッとしたのと同時に、泣きたくなるほどの切なさを抑え込んで。
蘭は最初から何事もなかったかのように、部屋を後にした。
再び寝返りを打った彼の枕元では、カチャリと硬質な音が響いた。

そこには、小さな名探偵のトレードマークである黒縁の眼鏡があった。


――― END ―――




工藤新一君、2006年・○回目の17歳のバースデイ、おめでとう。
改行位置などは若干変更しましたが、内容は新一BD記念で突発作成した無配本と同じです。
流石に前書き・後書きはここには載せませんけどね。

おまけとして、これ↑にポストカードをつけてました。背景画像は、カードに使用したもののセピアバージョン。
で、そのカードの下に隠れるように、新一(コナン)サイドで書いた続編小話を更におまけとして忍ばせていたのですが、、、お手に取ってくださった皆さま、お気づきになりましたか?
(カードを挟もうと思い立ったのは、このおまけを付けたかったから、なのですョ)
見つけてくださった方が、ちょこっとでも驚いたり喜んだりしていただければいいなぁ、と思いつつ。でも、気付いてもらえないと寂しいなぁ・・・とも思いつつ。←微妙な大人心(苦笑)

おまけ編は、このページ内の台詞の一部からリンクを貼ってあります。
Tabでは飛べないですが、簡単です。宜しければお進みくださいませv


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