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Nothing special

〜 ふと湧いたこの感情の正体は 〜


「え、今日? ゴメン、今日はちょっと・・・」

周囲に誰もいないことは、十分にわかっているのに。
わざわざ台所の隅に移動し、携帯電話を両手で包み込むようにして。
更にひそひそと話す、蘭。
その瞳は天井を見上げ、宙をさまよいながらも懸命に言葉を探す。

『蘭だって忙しいよね、いろいろと』
「あ、別に、忙しいってわけでもないんだけど、、、えと、あの、大事なお客様が来てるから」
『そっか。お父さんの仕事、手伝ってるんだっけ? あの「眠りの小五郎」のお客様っていったら、きっとどこかの大金持ちとかだろうし。親孝行だね、ほんと』
「うん、まぁ、、、そんなところ。ほんとにごめんね、せっかく誘ってくれたのに」
『気にしないで。急に誘ったりして、私も悪かったわ』
「そんなことないよ。今度はちゃんと約束して会おう、ね?」
『OK。じゃあ、また、試合会場で!』
「うん、またね。電話ありがとう」

プツッ。

通話終了のボタンを押し、蘭は、はぁ〜っ、と胸の奥底から息を吐き出した。
そしてもう一度、ゴメン、と液晶画面に向かって頭を下げる。

口にしたのは丸っきりの嘘でもないが、すべてが本当のことでもない。
上手い具合に、相手のほうから、別方向に思い込み勘違いをしてくれたおかげで。
蘭のほうからは、必要最低限の言葉を紡ぐだけで済んだのだけれど。


通話していたのは、隣県の空手部の女の子。
空手をやっている女子部員なんて少ないから、試合で何度か手合わせするうちに意気投合して。
ときどき携帯のメールで連絡を取り合う仲になった。

その彼女が、他に何か用事があったのか、偶然米花駅付近にいるらしく。
良かったらお茶でもしない?と電話してきたのだ。
お互いに、常々「たまには空手抜きで、ゆっくり話してみたいね」と言っていたから。
こうして実際に連絡してきてくれたことを、蘭はとても嬉しく思った。

だけど、今日は・・・





「その客って、もしかしてオレのこと?」

まるで、目には見えないものでも見てしまったみたいに。
おびえたように背中を丸め、手にした携帯電話をぎゅっと胸の位置で握りしめて。
青ざめた顔で蘭はその場を飛び退いた。
一瞬で縮み上がった心臓から、体中に血液を送り出す音まで周囲に聞こえそうだ。

落ち着いてその声の主を確認すると、蘭は深く安堵の溜め息を吐いた。
すぐ後ろに立っているのは、階下の毛利探偵事務所にいたはずの、新一。

丁度、電話が掛かってきたとき。
久し振りのデートの約束に、家まで迎えに来てくれた彼を。
外出中の家主に遠慮することなく、ちょっと待っててね、と事務所内に通しておいたはずだ。
それなのに、新一は流し台にもたれながら、面白くなさそうな視線を蘭に向けている。

「あーあ。傷付くよなぁ、その避け方」
「だ、だって、新一がいきなり声掛けるから、ビックリしたんじゃない」
「いや、オレは普通に近寄ったんだぜ? オメーが鈍すぎ」
「嘘! 気配殺して近寄ったでしょ? それくらい、わたしだって分かるんだから」
「嘘じゃねーって。そういうオメーはどうなんだよ? 嘘、ついたんじゃないのか?」

そいつに、と蘭の手元にある携帯電話をすっと指差して。
新一にしては珍しく、不貞腐れた声を出した。

それは・・・っと口ごもった蘭が、ふと我に返ると。
あまりに驚いたため忘れ去ってしまっていたが、会話の内容から察するに・・・

「ちょっと、やだ! 立ち聞きしてたの?」
「人聞き悪いな。遅いから様子を見に上がってきたら、偶然聞こえたんだよ」

偶然、のところに力を入れて、悪意がないことを示そうとする新一。
その割にしっかり内容を聞いているあたり、100%純粋な偶然だけではなさそうだが。

確かに蘭の中には、どこか後ろめたい気持ちがあった。
だから、新一の気配にも、気付けなかったのかもしれないけれど。

「でも、嘘なんかじゃないよ。新一は、、、大事な人、だもん」
「じゃあ、なんで『客扱い』するんだよ? なんか、すっげー距離を感じるんだけど?」
「だからそれは、その・・・」
「大体、電話くらい、遠慮せずにオレの目の前ですればいいだろ」
「うん、まぁ、そうかもしれないけど・・・」

どうにも語尾の弱い蘭に、新一の語調は次第に強まっていく。
一瞬、ピリリとした空気が2人の間を流れたような気がした。

「なんで正直にオレと一緒にいるって言えねーの?それとも、言えないようなヤツと喋ってたのかよ?」
「この子は関係ない。友達のこと、悪く言わないで」
「友達なら、別に隠す必要なんてないだろ? オレ達の仲を」
「それはそうなんだけど・・・」
「オレは蘭のことを、恋人としてすごく大事に思ってるよ。蘭は?」

違うのか?と、真実を見抜く、真っ直ぐな瞳で問い掛けられて。
俯き加減の蘭の唇は、ぽそぽそとその心情を綴りだした。

「わたしだって、本当は言いたかったのよ。でも、やっぱり言わなかったの」

微妙な表現の違いに、新一は少し傾いて蘭と目線を合わせた。
深い漆黒の泉の底から、真相を掴み取ることができるように。

光を宿す、強い眼差し。
“平成のホームズ”の追及から逃れることは、きっと誰にもできやしない。


だから、正直に言おうと思う。
でもやっぱり照れくさいから。

蘭は新一を体ごとぐるっと半回転させて、その広い背中にささやいた。




蘭の秘めていた真実であり、事実を告げられなかった理由―――
明かされてみれば、それはとても単純明白なことで。
ハートのど真ん中を見事に射抜かれてしまった新一は、そっと蘭の両手を取り、了解、とだけ告げた。

そして。
サンキュ、と優しい優しい、キスをお礼に贈った。







「だってね・・・時間も空間も、何もかも、2人だけのものにしたかったのよ」



+ E N D +



我ながら思ったんですが。
このお話の2人、性格別人?!
「910の日」ということですが、特別なことは何もなく。
ま、我が家の新蘭はこんな感じです。いつもどおり。
でもね、、、何もないのが一番の贅沢、だったりしませんか?

サブタイトルは、自作お題から活用してみた。
うーん、やっぱり使いにくいョ(脱兎)。

2006/09/10


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