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Time Limit

春はすぐそこに




「・・・バカ」
「・・・・・・・・・・悪かったよ」

だからもう泣くな、と彼は言う。
誰の所為よ、と彼女は言い返す。

ポンポンと優しく頭を撫でてくれる、ひと回り大きな手の動きが、妙にぎこちない。
微弱な振動が頭部から直に伝わってきて、蘭の瞳を曇らせる。
それでも、色素の薄い髪と瞳を持つ、ひとつ年上の傍観者に委ねられているもう一方の手よりは、マシと言えた。

大雑把にあてがわれた、乾いた朱に染まったハンカチ。
新一は表情を変えることもなく、それを自ら取り外した。
皮膚表面には、うっすらと鮮やかな朱が滲んでくる。
深刻な傷ではないが、それでも蘭の心を締め付けるのには十分な大きさだった。


幸か不幸か。
怪我に慣れた新一の体は、ちょっとやそっとでは悲鳴を上げない。
だからこそ、大丈夫だと言い張る新一を説き伏せ、蘭は隣家の志保を呼び出した。

夜も更けた時間。彼女にも迷惑を掛けるのはわかっている。
それでも、何の飾りも遠慮もない、医者としての志保の言葉が欲しかった。
いつもいつも、無茶ばかり重ねるのが、新一だから。

「こんな遅くに、ゴメンなさい。でも・・・」
「いいのよ。あなたからの依頼ならいつでも歓迎するわ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、迷惑じゃなかった?」
「気にしないで頂戴。でも、ここにいる無鉄砲さんのリクエストなら、即刻跳ね除けたでしょうけど」
「・・・・悪かったな、無鉄砲で」
「あら、一応自覚はあるみたいね。それならまだいいわ」

ふ、と僅かに目を細めて、志保はヒヤリと笑った。
ゾクリ、と何かが背中を伝う感覚がして、新一はほんの少し肩をすくめた。


細かいものも合わせれば両手でも足りなくなるが、新一が負ったのは、打撲および裂傷のみ。
幸い骨には異常がなく、怪我の程度も大したことはない。
テキパキと適切な処置を施しながら、目線だけを蘭に向けた志保が言う。
心配するだけ無駄よ、と。
新一の傍らでまだぐずぐずと瞳を曇らせている蘭に、言い聞かせるように。
当の新一は苦笑するしかなかった。


治療の間、蘭を落ち着かせるために。
そして気まずくなりそうなその場を取り繕うためにも、新一は簡単に事の経緯を話した。
窮鼠、猫を噛む。
諺どおりの仕打ちを、新一は受けてしまった。
つまり、非の打ち所がない新一の推理によって窮地に追い詰められた犯人が、突然暴れ出した。
それを諌めようとして負った怪我なのだ、と本人は言う。

彼の言葉に、嘘はないだろう。だけど・・・

説明を受けても、蘭には納得がいかない。
捜査中はともかく、新一が推理を披露する時点で1対1で犯人と対峙することは、ほとんどないはず。
周囲には警察関係者もいただろうに。


どうして新一は、何もかも自分ひとりで片付けようとするんだろう?


蘭の心に、マイナスの感情が渦巻く。
新一に頼りにされなかったことが、悲しいんじゃない。
悔しいんじゃない。ただ―――

新一が傷つくのを、もうこれ以上見たくないだけ。
ただそれだけのこと。



メディカルキットの詰まった箱の蓋を閉め、ラテックスの手袋を外したら、それが志保の治療終了の合図。
新一の腕には、真新しい大きなガーゼがテープで留められていた。
ほら、もう大丈夫だから、と笑う新一の瞳が優しすぎて痛い。

胸の中に渦巻く思考を払拭するかのように、ふるふると頭を振って蘭は立ち上がった。
お茶でも淹れてくるわね、と言い残して。

ちょっとしたことで、蘭の心の動きを見透かしてしまうところも。
そのくせ、自分自身のことには鈍いところも。
言えばきっとお互いに否定するだろうけど、何処か似たところがある新一と志保。

そんな2人の目から、ほんの一瞬でいいから、離れたかった。
蘭の心が伝染するかのように、2人の表情も曇ってしまうから。





扉の向こうに蘭の背中が消えた途端。
絶対零度の切れ味で、志保は新一に言葉の刃を突き付ける。

「相変わらず無駄な動きが多いようね、名探偵さん?」

表立って釘を刺すことはしないのだが。
冷気が見えそうなくらいに低温の溜め息を添えて、志保はごくさり気なく新一を睨んだ。
気の弱いものなら、軽く数秒は背筋が凍るほどの、冷ややかな視線。
そんなものを向けられても、新一は微塵も堪えない。

たった1人の大切な人が零す―――ひと粒の涙のほうが、破壊力は絶大。
惹きつけられて、引き込まれて・・・けれども、掛けてやれる上手い言葉も見つからない。

だから。
言葉よりも確かなものを、あげられたらいいのに。

そう思って、思い続けて、早幾年。
いまだに何の進展も見られないのは、はたして何故なのか。







お待たせ、とトレーを手にした蘭が再び2人の前に現れた。
細い湯気が3つ、淡く立ち上っている。

ふと壁際の時計を見れば、あと少しで日付が変わる時間帯。
ブラックコーヒー好きの2人には悪いと思ったが、蘭が差し出したのはカフェオレ。

ベースにしたフレーバーコーヒーの甘い香りが、ほわっと場を和ませる。
穏やかに細められた志保の瞳に、蘭も安心して喉を潤す。
そんな女性陣の様子に、新一もまた安らかな気持ちになっていく。

カシャン。
テーブルとカップが触れ合う硬質な音が、穏やかな時間を一旦停止させる。
ふと何かを思い立った志保は、もう一度メディカルキットの箱を開け、新一の腕を取った。
しなやかな手つきで、するすると巻かれていく白い包帯。

志保は、突然のことに戸惑う蘭には微笑みを、新一には命令を与えた。

「工藤君。あなた、明日1日、外出禁止ね」
「・・・は?」
「ドクターストップよ。黙って言うこと聞きなさい」
「何言って・・・」
「やっぱり新一の怪我、ひどいの?」

新一の言葉を掻き消す勢いで、蘭は志保を問い詰める。
だが、志保は首を横に振り、新一も彼女に同意した。

「怪我の心配なんて、欠片もしていないわ。だけど」

そこで言葉を切って、志保はほんの一瞬だけ新一を視野に入れた。
姿勢も変えず、チラリと視線だけを流して。



目は口ほどにものを言う。

直接的には何も言われていないのに。
「これ以上蘭を悲しませるな」と志保に言われた気がする。
直に叱り飛ばされるよりバツが悪いな、と思いながらも新一はわずかに頷いた。



志保が言う「ドクターストップ」の真意が、蘭にはわからない。
新一と志保の間に立ち、何があったの、とその瞳を揺らすだけ。

ふ、ともう一度柔らかな笑みを浮かべ、志保は蘭の誤解を解いた。

「随分遅くなったけど、これ、私からのホワイトディのお返しだと思って、受け取って頂戴」

脈絡のない言葉とともに、はい、と蘭の手に載せられたのは。
白い包帯を蝶結びで留められた、新一の腕。

「・・・・え? 何? どういうことなの?」

何も答えない代わりに、あとは宜しくね、と軽く新一の肩を叩いて。
志保はそのまま席を立った。
残されたのは、ポカンと口を開けた蘭と、肩をすくめた新一。

慌てて玄関先まで見送りに立とうとした蘭をその場に残し、新一が代わりに志保をエスコートした。
玄関を抜け、隣家の門扉のところまで付き添う。

「あのさ。さっきのアレって、冗談だよな?」
「ドクターストップの件?あら、私は本気よ」
「そんなこと出来るわけないだろ?いつ呼び出されるかなんて、オレにもわからないのに」
「あら、簡単よ。私を誰だと思ってるの?」

ふふふ、と笑う不敵な横顔が、違和感なく似合うのは。
月光の成せる業なのか、それとも志保だからなのか。
いずれにしても、今や志保が嘘をつく理由も必要もない。
・・・つまり本気だ、ということ。

志保のアドバンテージをこれ以上増やさないうちに、一刻も早く退散したほうが良さそうだ。
考える間に足が自宅に向かっていた。
しかし。
言い忘れてたけど、と門扉越しに振り返った志保のほうが先手を打った。
なんだよ、とやや不貞腐れ気味の新一も、逆方向から振り向く。

「蘭さんをしっかり納得させられるまで、無期限延長するから」

旋風のように颯爽と言い残して、志保は阿笠邸の中へ消えていった。
了解、という返事の代わりに、包帯の巻かれた腕を上げられたのを見届けて。



ドアの内側で、ふぅ、と溜め息が漏れる。
どうしてあんな事を言い出したのか、志保自身にも理解しがたい。
だけど、はっきりしているのは。

あの2人に絶対的に足りないのは・・・時間。

もっとお互いに。
心の底から向き合って、ぶつかり合わうために。




過去には姉のように、今では友のように思う、志保にとっても大切な存在。
何が何でも幸せになってもらわなくては困る。

そして、共に戦った、戦友のようなアイツにも。


折りしも季節は春休み。
誰にも横槍を入れさせないために、志保は水面下で東奔西走することになる。
蘭の晴れやかな笑顔が見られるまで、ずっと。


− E N D −


ホントこれ、何が言いたいんだか。明らかに下がってる己の筆力に、ガックリ。
そんなもの、元からありませんけどね。。。
今更White Dayに絡めるって・・・無理がある?
エイプリルフールなんで、するっと見逃してください。

このところ、あまりにも書けなくて凹みますが、季節のイベントくらいはなるべく向き合いたいたくて
そう思いながら少しずつ書き進めてたんだけど。
結局、なんだか良く分からない方向へ進んでしまいまして・・・・・これ、ものすごく微妙?

とにかく。花梨風「オレ様リボン」小話でした(苦笑)。


2007/Apr./01

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