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Tea Party 9


〜 Lemonade fever 〜

甘いだけの恋に、さようなら part 1




弾むようなリズムと音階が、蘭のふっくらとした唇から時折こぼれてくる。
曲名は良くわからない。
ただ、蘭の気分は上々だということは、背中を見つめる新一にも十分にわかった。

(蘭のヤツ、張り切ってるな。つーか、約束したときからずっと、楽しみにしてたし)

ちらりと視線を横に流せば、冷蔵庫に貼られたカレンダーが目に入る。
赤い丸がついているのは、今日の日付。
丁寧な文字で書き込まれているのは、「午後2時、芋」という簡潔な内容。
ちょっとした暗号のようにも見えなくはないが、当然そういうわけではない。
午後2時に工藤邸の庭で薩摩芋パーティをする、という本日の予定である。

* * *

―――1週間程前。
2学期の中間テストを控え、いつもより下校時間が早かった新一と蘭。
それは、小学生の下校時間とかち合う時間帯。
もしかして、と思っていたら案の定、帰り道で少年探偵団の面子と一緒になった。
真っ先に新一と蘭に気付いたのは、歩美だ。
満面の笑みで「蘭お姉さん」と手を振り、駆け寄ってくる。
歩美に続いて、元太と光彦も近寄ってきた。
口々に「こんにちは!」と言う元気な声に、蘭は腰を屈めて、新一は軽く左手を挙げて挨拶を返す。

子供達の間では、世話好きで子供好きな蘭の定位置は「みんなのお姉さん」。
妙に大人びた2人がいなくなった後も、変わりなく慕ってくれている。
一方、「ひょっこり現れた新参者」という感じの新一に対しては、最初は戸惑いもあったようだ。
しかし、妙なところで大人慣れした子供達には、10歳の年齢差など大したことではないらしい。
光彦は、新一の豊富な知識と経験に、尊敬と憧れが入り交じった様子で接している。
逆に元太は、誰に対しても臆することはない性格は健在で、新一ともタメ口だ。
歩美は、テレビで仕入れたおませな発言を不意に繰り出しては、新一や蘭をドキッとさせたりもする。

蘭にとっては、慕ってくれるのは純粋に嬉しく、妹や弟ができたみたい、と可愛がっている。
現・少年探偵団の紅一点、歩美とは特に意気投合することも多くあるようで。
「女子同士の話」だと言って、新一を男子チームに任せてしまうことさえあるくらいだ。
その都度、新一のご機嫌がこっそり斜めになっているなどとは、思いもしないのだろう。
今日もニコニコと、歩美の言葉に耳を傾けている。

「見て見て、蘭お姉さん。今日、学校農園で芋掘りしたんだよ!」
「いっぱい採れたね。みんなでお世話したの?」
「うん。夏休みも交代で水やりしたんだよ」
「これだけ大きかったら、焼き芋にしても美味しそう。あと、スイートポテトとか」
「スイートポテト?!蘭お姉さん、作れるの?」
「一応、ね」
「すごい!蘭お姉さんって、なんでも作れるんだね」
「そんなことないよ。最初はレシピ本を見ながらじゃないと、作れないし」

真っ直ぐに尊敬の眼差しを向けられて、蘭は盛大に恐縮していた。
大人から見れば高校生も子供の範疇だが、小学生から見れば、高校生は別世界の住人のようにかけ離れた存在。
それは、かつての自分自身を見るようで、蘭の心に小さな明かりを灯す。
自然と笑顔になる蘭に向けて、くるりんと大粒の瞳を輝かせた歩美が続けた。

「いつか、歩美も作れるようになるのかなぁ?」
「勿論。すごく簡単だし、歩美ちゃんなら今でも作れると思うよ」
「そうだといいな・・・あ、そうだ!ハイ、これ」

歩美は満面の笑顔で、袋の中からまだ土の付いた芋を取り出し、蘭に差し出した。
突然の行動に、蘭が言葉を返すよりも早く、歩美はご機嫌に言葉を繋げる。

「たくさん採れたから、蘭お姉さんにお裾分けだよ。新一お兄さんにも」

遠慮する蘭に構わず、歩美が手提げ鞄から2本の薩摩芋を取り出すと、オレも、ボクもと更に本数が増えていく。
両手で抱えて歩き続けるには、家までの距離が若干長い。
落とさないように、スーパーでの買い物用に日頃から持ち合わせている、エコバッグを広げた。
3人から貰った芋が、袋にポコポコと角を立てている。

「こんなに貰っちゃって、いいの?」
「どうぞ、どうぞ。今年は豊作だって先生も言ってましたし。ね、元太くん」
「そーだよ。オレ達と蘭ねーちゃんの仲じゃねーか。遠慮すんなって」
「お父さんとお母さんと歩美の分、ちゃんとあるから大丈夫だよ」
「みんな、ありがとう。じゃあ、遠慮なくもらうね」

どういたしまして、と三者三様に返す子供達も、また嬉しそうだ。
新一が蘭の手からエコバッグを抜き取れば、蘭の笑顔はあっと言う間に子供達に取り囲まれてしまう。
新一との距離がわずかに開き、半歩後ろを気にしながら、蘭の唇が空を切る。

(あ り が と う)

読み取るまでもなくそう伝わってきて、新一は小さく笑ってそれに答えた。
3人+1人の後方から、見守るようについて歩けば。
新一の、人知れず入っていた肩の力が、ふぅっと抜ける。
自然と湧いてくる、温かい感情に溺れてしまわないよう、新一はプルプルと小さく頭を振った。



食いしん坊の元太を筆頭に、薩摩芋をどうやって食べるのが一番美味しいか、という話題に移っている。
ジャガイモと違い、レパートリーは限られてしまう。
それでも、自然な甘さとホクホクした食感は、食欲の秋の代表格。
3人それぞれの「おいしい」話を微笑ましく聞いていた蘭自身も、何かを考えついたようだ。
黒目がちの瞳が大きく瞬いて、輝きを増している。
蘭は子供達の輪を一歩抜け出し、新一の肩をちょんと突いた。
3組の視線が、2人に集まる。

「ねぇ、新一。来週の日曜日なんだけど、もし良かったら・・・」
「ん?いーよ、オレは。火の始末だけちゃんとやってくれれば、いつでも」
「・・・・・わたし、まだ全部言ってないんだけど?」
「正解、なんだろ?」
「・・・うん。ありがと、新一」

若き名探偵の、大事な人に向けられたアンテナは、特別に感度良好らしい。
互いに微笑み合う新一と蘭の、いろいろと言葉の足りない会話に、子供達は仲良くポカンと口を開けている。
蘭は、子供達の目線に合わせて、少し屈んで言った。

「もし良かったら、今度の日曜日、みんなで作ってみない?薩摩芋のお菓子」
「蘭お姉さん、教えてくれるの?」
「お裾分けのお礼の代わりに、どうかな?」
「みんなでって、ボク達も?いいんですか?」
「オレにもできっかなー?」
「少年探偵団のみんななら、きっと美味しくできると思うよ」

テスト明けの土曜日に庭掃除をする、というのは、最初から蘭の予定通り。
木枯らしが吹いて庭をひどく荒らされてしまう前に、掃除しておきたかったから。
そこへ、タイミング良く飛び込んできたのが、薩摩芋。
集めた落ち葉で焼き芋を作れば、格段に甘みが増す。
秋の味覚を存分に楽しむには、この上ない好条件。

蘭からの提案に、わーい、と一瞬喜んだ歩美は、はっと何かに気付いたように蘭を見上げた。
そして、屈託のない笑顔で、蘭お姉さん、と呼び掛ける。
なあに?と優しいトーンで答える蘭を、まっすぐに受け止めて、言う。

「せっかくのお休みなんだから、新一お兄さんとデートしなくていいの?」
「ちょ・・・歩美ちゃん!?」
「だって、ねぇ?」

顔を見合わせる子供達と、頬を染める蘭。
新一は得意のポーカーフェイスを装い、ノーコメントを貫く。
新一の答えは最初から決まっているけれど、蘭の答えもきっと決まっているのだろう。

彼女の決めたことならば、彼女の望むことならば。
新一が協力しないわけがない。

「みんなで育てた薩摩芋なんだし、みんなで食べたらもっと美味しいと思わない?」
「うん。歩美も、そう思う」
「じゃあ、おうちの人にも連絡して、OKかどうか聞いてみてね」
「「「はーい!」」」

息ピッタリの返事に、蘭はとても満足そうだ。
子供達と別れた後も、倉庫からコンロを出しておかなくちゃね、とか。
その前に、テスト頑張らなくちゃ、とか。
わざわざ指摘されるまでもなく、本当に、何でも楽しそうに言うから。

新一は、己の胸の底を吹き抜けた、一瞬の冷たい風に背を向けたくなる。
実際に肩をすくめてみたら、すぐに心配の声が左側から飛んできて。
何でもないよ、と自信たっぷりに笑って見せれば。
蘭はただ、繋いだ手をきゅっと握りしめただけで。

そこだけが、ただ温かくて。

このまま溶けて混ざり合えばいいのに、などと埒もないことを考える始末。



家まで送っていこうか、という新一の申し出を丁重に断り。
蘭は分岐点で立ち止まり、また明日ね、と手を振って背を向けた。

新一の手に残されたのは、学生鞄と薩摩芋の入ったエコバッグの重みだけ。
大して重くないはずなのに、妙にずっしりと存在感がある。

たとえ両手が空いていたとしても、すくいきれない、この胸のうちを。
心が空っぽになるくらいに、その小さな背中にさらけ出せたとしたら。

・・・・君はどんな顔をするんだろう?

少なくとも、笑いはしないのだろうな、と思うと動けなくなる。
元の姿に戻ったとき、「もう泣かせたりしない」と蘭に告げた。
とにかく、蘭を安心させたかったから。
しかし、今思えば、あれは・・・自分自身への決意表明だったのかもしれない。



急速に冷えていく手をポケットに突っ込み、新一は自宅に向かった。

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11月1日は紅茶の日ですよ、と言い続けて早7年。
残念ながら去年は何も出来なかったので、今年こそは!と思い立ったものの、書き上げられませんでした(><)。
日付変更目前!しかも、まだ紅茶飲んでない。。。

後編も、出来る限り早く仕上げられるよう、細々と頑張りマス。少々お待ちを。

2010/Nov./01

[注記]
お話中に出てくる、焚き火行為ですが。
各自治体の条例や消防法によって、自宅での焚き火行為に制限がある場合があります。

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