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Tea Party 5


〜 Silent voice 〜

降り積る想いの先に


part 1


2年目後半に入った大学生活。
それとほぼ同等の月日が、新一と蘭の2人が工藤邸で暮らすようになってから流れていた。


ここ数日は新一が事件に駆り出されることも無く、ごく穏やかな時間がこの工藤邸にも訪れている。
大学に行って勉強し、放課後になれば蘭は部活を、新一は自主休講していた講義を埋め合せるための課題を図書館で片付ける。
夕方になれば2人一緒に帰宅して夕食を摂り、毎朝毎晩、おはようとおやすみを交す。

周囲の人から見れば何でも無いようなことを、2人は精一杯に感謝して受け止めている。
今まで本当に、いろいろあったから。
一緒にいることの大切さに、気付いたから。



そして、少しずつ肌寒さが増してきた、とある日の朝。
柔らかい朝日が、新一の部屋の窓にも差し込んでいた。




ベッドサイドの目覚まし時計は10分前に、枕元の携帯のアラームは5分前に。
それぞれ解除してある。

(さぁて。もうそろそろ、だよな?)

8割強目覚めている体を頭までキッチリ布団に潜り込ませ、新一は朝の楽しみを待ち構えていた。
幸いにして、今日の講義は2人とも午後からで。
こうやってぐずぐずと朝の惰眠を貪る時間は、たっぷりとあるはず。

パタパタパタ。
近付いてくる足音に、布団の中で思わず零れそうになる小さな笑いを堪える。

新一だけの、カスタム仕様な目覚まし時計。
限りなく甘美な響きで朝の到来を告げてくるかと思えば、時として手足が出てくることもあり。
あの手この手で新一を起こしに掛かるので、その背中には「油断は禁物」の注意書きが見え隠れするのだが。

カチャ。
ドアノブが回る小さな金属音と微量の空気の振動で、新一はタイミングを計り始める。

フローリングの新一の自室は、どんなに慎重に歩いても、スリッパの足音はしっかり伝わってしまう。
いつもの蘭の歩幅と歩調を考えれば、ベッドサイドまではあと3歩、くらいだろうか。
それはつまり、新一の腕の中で目覚まし時計が解除されるまでの残り歩数。

パタパタパタ。
コトン。

薄明るい布団の中で絶妙のタイミングを計っていた新一は、足音に続いて聞こえた何か堅いものが置かれる音に、一瞬、気を取られてしまった。
「何の音だ?」と思っている隙に足音は再び遠ざかり、カチャ、とドアが閉められた。

室内には再び静寂が訪れ、みの虫のように丸まったままの新一だけが、ポツンと取り残された。
これで、もし朝一番から講義があるとすれば。
もっと本格的に、例えば布団を引き剥がすくらいのことは、蘭ならば軽々とやってのけるはず。
ところが今日は午後からで、オマケにこの狸寝入りがバレバレだとすると、、、。

(つまり本日は「放置作戦の日」ってこと?)

などと、布団の中に埋もれたままで考えること、多分、ほんの数秒。
突然、大音響のベルが頭上で鳴り響き、流石の新一も「うわあっ!」と文字通りに飛び起きた。
その音源は広い工藤邸全体を揺るがす程の勢いがあり、壁も僅かに振動しているのではないかというくらいにド派手なものだった。
防音設備の整ったこの部屋でなければ、今頃は隣近所でちょっとした騒動になっていたかもしれない。
バクバクした鼓動の左胸を右手で押さえ、左手では騒音の元を黙らせると、新一の背中には嫌な汗がじっとりと滲んだ。
その騒音の正体は、父・優作の部屋にあった特大の目覚まし時計であった。

ご丁寧に時計本体の電源まで切って、ふぅ、とひと息つくと、今度は携帯電話がメロディを奏で始めた。
さっきの目覚ましに比べれば、普段は妙に目立つ着信音も可愛く聞こえるのだから不思議だ。
着信したのは蘭からのメール。

『おはよう、新一。あれなら新一でも起きれたでしょ(^_^)v
 もうすぐ朝ご飯できるから、キッチンに来てね?蘭』

新一は、蘭の発見した新しい朝の挨拶にすっかり感服して。
しっかり目覚めきった体で威勢良く伸びをすると、いそいそとキッチンに向かった。


***


蘭の部屋がある2階からは、リビングを通過してからキッチンへ向かうことになるが、1階にある新一の部屋からは、廊下から直接キッチンに行くことができる。
ドアの外にまで、コーヒーの香りと焼きたてのトーストの香ばしい匂いが届いてくる。
しかし、その内側には、蘭の姿は無かった。

おかしいなぁ、と首を傾げつつリビングに行ってみると、蘭は何やら探し物をしているらしく、サイドボードの戸棚を開けたり、引き出しの中を覗き込んだりしていた。
よほど真剣なのか、新一が背後で見ていることにも気付いていないくらいに。

「さっきは手荒な挨拶を、どうも。」

新一がわざとらしく作ったやや低めの声に、振り向いた蘭の表情は少し堅いように見えた。
今朝の仕打ちはやり過ぎだったと、反省しているのだろうか?

「おはよう、蘭。ったく、そんな顔するくらいなら、今度はもう少し穏やかな方法で頼むな?」

ポンポンと蘭の頭を撫でて、新一は言外に「アレくらいじゃ怒ったりしねぇよ」と意思表示したつもりだったが、蘭は一瞬だけ開きかけた唇をきゅっと結んだだけで、そのまま俯いてジーンズのポケットから携帯を取り出した。
まだひと言も声を聞かせてくれない蘭に、今度は新一が自らの行為を省みる。

「なぁ。オレが狸寝入りしてたって、気付いてただろ。それでご機嫌斜めなのか?」

蘭は静かに首を左右に振っただけで、再び携帯電話に視線を戻した。
指が忙しく動き、誰かにメールを打っているのが分かる。
ちゃんと目を見て話したくて。
蘭の肩を掴み、真正面に向き合おうとする新一の腕を振り払い、蘭はメールを打つ手を休めようとしない。

「要するに、オレとは口も聞きたくないって、、、そういうこと?」

今度は自然に低くなった声色で、新一がぶっきらぼうにそう言い切ると、蘭はさっきよりも大きく首を左右に振る。
それでも、言葉は無い。

「じゃあ、一体何なんだよ!第一、そのメール、誰に打ってんだ?」

若干の苛立ちを含んで、自分で思うよりも更に低くなった声。
新一としては、ただ、蘭の声が聞きたかっただけなのに。

いつもの倍以上に強い語気で問い掛けられて。
ビクッと肩を強張らせた蘭は、ようやく顔を上げ、携帯画面を新一の目の位置に突き出した。
突然の蘭の行動に思考が追い付いていない新一の手に携帯を持たせ、画面を指差している。
読んで良いのか?と新一が問えば、今度は蘭の首は縦に振られた。

『朝起きたら、いきなり声が出なくなってて。驚いたよね?ゴメン(><)
 新一を一発で起こす方法、あれしか考えつかなかったの。
 だけど狸寝入りは分かってたよ?だから大丈夫かな、って思ったんだけど。
 私のことは心配無用!熱も出てないし、喉以外は全然平気。
 朝ご飯は用意できてるから、先に食べてね?』

新一は、不安そうに見上げてくる蘭を見つめた。
そして、はぁ〜っと深く長い息をついて天井を仰ぎ、再びたっぷりと蘭を見つめた。

穴が開きそうなくらいに凝視されているのに耐えきれなくなったのか、蘭は再び俯き、新一のパジャマの裾を引っ張ったりして次の言葉を待っているようだった。
その様子にすっかり参ってしまった新一は、携帯を蘭の手に戻し、片目を閉じてみせた。

「そういうことなら、すぐに言ってくれれば良かったのに。」

くすくすと笑う新一に対し、蘭は喉を押さえてから両手でバツ印を作る。
会話ができない事情を説明し終わった為か、今度はジェスチャーでの意思表示を選んだようだ。

「喋れないのに無理、って?オレを誰だと思ってんだ?」
「・・・・・?」
「一応、少しは名の知られた探偵なんだぜ?蘭の言いたいことは、ここで分かるよ。」

そう言いながらにっこりと微笑み、新一は右の人差し指で蘭のぷっくりした唇に触れた。
声が出なくなったことで軽いパニック状態に陥っていた蘭は、この瞬間まですっかり忘れていたのだ。
新一が『読唇術』に長けているということを。

慌てて新一から半歩身を引くと、目の前にある余裕綽々の笑顔に対して、自分自身の慌て具合がどうにも恥ずかしくなってくる。
今朝、最初にメールを送ったときに説明できていたら、ここまでややこしい話にならなかったのでは?
などと思ってみても、後の祭り。
言葉にして吐き出せない分、思考回路だけがもどかしく空回りする。
うぅ〜っ、と声にならない不透明な感情を断ち切ったのは、吹き出すように笑い出した新一の声。

「オメェの場合、何でもすぐ顔に出るからな。読唇術よりも確実だよ。」

抑えたトーンで笑いを堪える新一が少し膝を折って顔を見合わせると、それが更に蘭の頬を色付かせる。
そして次に起こる出来事を薄ら感じ取ったときには、赤い頬は自然と上向きに固定されていた。
見開かれた大きな瞳が、雄弁に蘭の心情を物語っている。

見ようによっては意地が悪そうな表情で、新一は囁いた。

「そういえば、蘭からの朝の挨拶がまだだったよな。」

だから、喋れないって言ってるじゃない、と今更のようにそう訊ねてくる恋人に抵抗してみせると、ニヤついた視線が蘭を捕らえた。

「ほら、あるだろ?声が出なくてもできる、とっておきのヤツが。」

もうっ。
盛大に寄せられた眉間には、そんな台詞が刻まれている。
照れ屋の恋人の為に瞳を閉じて待ち構えていた新一に、衝撃が走ったのはその直後。

どすっ。


鈍い音がリビングに小さく響き、脇腹を押さえて座り込む名探偵を残して、蘭はスタスタとキッチンに向かった。


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今年も11月1日が巡ってきました。
そう、この日は当サイトにとっては重要な日―――紅茶の日、です。
去年は転勤前の研修があったりして、それでも何かはしたくて「サイト移転」だけは実行したものの、実質何も出来なかった訳で(無理矢理『引っ越し蕎麦』は用意したけど)。
だから「今年こそは!」と思っていました。
私的リベンジ企画でもあります(笑)。←とは言っても、企画とは呼び難い、単なるテキストページなのですが(^_^;

* * * * *

当日は、ここまでしかアップできませんでした。ああ、不甲斐ない。
続きは上のハートマークからどうぞv


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