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〜 Happy Smile 〜 買い物帰り、新一と蘭は2人並んで歩いていた。 新一は財布と携帯電話をポケットに突っ込んだだけの軽装で、蘭はお気に入りのショルダーバッグと小さな紙袋――手のひらサイズの――を持っていた。 少し長めの持ち手が付いたその紙袋には、金色に浮き上がる繊細なロゴマークが品良く中央に配置されている。 見た目だけで「特別な品物」なのだと分かってしまうような、重厚感があった。 蘭の歩調に合わせて、紙袋の中に鎮座している小箱も、一緒に揺れる。 カタカタと小さく鳴って、その存在を伝えてくる。 新一から、今日、言葉に続いて贈られたものだ。 ふと、ほんの数瞬前のやりとりが脳裏に自動再生してきて、蘭はふふふ、と小さく笑った。 それは勿論、隣を行く新一にも伝わるわけで。 蘭が笑うたび、新一は逆に少しだけムッとした顔をするけれど。 すぐに照れ笑いに変わるから、蘭は更に笑顔になっていく。 嬉しくて、嬉しくて。 心臓から指先へ、全身に回る血流に乗って、叫び出したくなるくらいに「嬉しい」っていう気持ちが掛け巡る。 (街中でニヤニヤしながら歩いてるなんて、変かも?!) そう自己分析して、気を引き締めるべく歯を食いしばるのに。 やっぱり、たちまち笑顔になってしまう。 嬉しくて、嬉しくて、止まらない。 ねぇ、新一。 こんな気持ちになれる日が来るなんて、ほんの少し前までは、考えられなかったんだよ――。 信号待ちで立ち止まって、見上げると。 目線の先にいる、笑顔をもたらしてくれた彼の人は、あきれたように言った。 「らーん。もうそろそろ、普通の顔に戻ってもいいんじゃねーか?」 「えっ、わたし、そんなにヒドい顔だった?」 にやけてる自覚はあったけれど、異常なほどだったとは…… 蘭は即座にうつむき、頬を押さえる。 ふぅ、と小さく吐息した新一は、ポンポンと蘭の頭をなでながら、彼女の思い込みを優しく否定した。 「安心しろ、そういう意味じゃねーから」 「良かった、変じゃなかったんだ」 深く長い安堵のため息をついて、蘭は顔を上げた。 そして今度は照れ笑いで新一に向き直ると、新一はまたあきれて言う。 「つーか、蘭。おまえ、あんま外で笑うなよな」 「どうして? やっぱり変な顔だった?」 「じゃなくて! ………すぎるから」 「え、何? よく聞こえなかったんだけど?」 「だから……っ、つまり、オメーが可愛すぎるから、オレの心臓がいくつあっても足りなくなるんだよ!!」 蘭の思い込だったとしても、突然の変顔疑惑からの褒め言葉に、蘭は驚く隙もない。 もしかして空耳だったのでは? と思ったが、その可能性は一瞬で消し飛んだ。 少しだけ怒ったように言い放った新一の顔が、熟した苺みたいに真っ赤だったから。 でも、仕方がないのよ。嬉しいんだもの。 コレのおかげで、ね。 あ、そうだ、と名案を思い付いたように手を打って、蘭は新一に向き直った。 新一との距離を一歩詰めて、蘭は手にしていた紙袋を、顔の位置に掲げて言う。 「ねぇ、新一。これ、今開けてもいい?」 「それを? 今、ここで?」 「うん。だって、少しでも早く身に着けたくて」 買い物デートといいつつ、購入してきたのは、お揃いの誓いの印。 新一からの気持ちが先走ってしまったから、最初は言葉だけを蘭に贈った。 蘭としては、もうそれだけで十分だったのに。 新一が「けじめは大事だから…」などと言って後に引かないものだから、この際「一緒に買いに行こう」という流れになったのだった。 迷いに迷ってこれだと決めたとき、お店できちんと箱に入れてもらったのに。 家まで持って帰るのが我慢できなくなったのか、蘭は、今が良いと言う。 大切な人からの可愛いお願いに対して、新一には、最初から拒否権などあるはずもない。 しかし、このまま立ち話を続けるのは避けたい。 新一は己の脳内マップから大至急で一番近いカフェを検索し、蘭を誘導した。 膝を突き合わせるように向かい合って座り、オーダーした紅茶を待つ。 ストレートのダージリンを2人分、そして蘭はパンケーキを紅茶のお供に選んでいた。 オーダーしてから焼かれるそれは、出来立てアツアツで提供されることで人気だが、焼き上がるまでに10分少々かかるらしい。 先に運ばれてきた紅茶を片手にしながら、ちらりと腕時計を盗み見ると、まだ数分の猶予がある。 今がチャンス、とばかりに新一は蘭から紙袋を受け取ると、中の小箱を開けた。 ――約束の印、がそこにはあった。 恭しく蘭の手を取り、新一は神妙な面持ちで言う。 「今までずっと、ありがとな。これからもヨロシク」 「こちらこそ。宜しくね、新一」 蘭の指にピッタリと収まった、丸い輝き。 ごくシンプルなデザインのそれは、2人で選んだものだった。 少し傾いてきた日差しを受けて、きらりと輝く薬指。 何度も確かめるように、大きく指を開いたり閉じたり、を繰り返すうちに、じわり、と視界が緩む。 新一の慌てる姿が見えるのに、止められない。 「おい、蘭っ。なにも今、泣かなくても良いだろ。本番はまだ先なんだぜ?」 本番=人生を共に歩む覚悟を決めるのが結婚だとすると、その約束をするのが婚約。 今、蘭の指にあるのは、視覚化された約束だった。 「だって、やっぱり嬉しいよ。やっと新一のモノになれるんだもん。この日をずっと、待ってたんだもん」 「そっか。そうだよな。じゃあ、オレのも頼む」 そう言って新一が、蘭に向かって左手を差し出す。 結婚指輪がペアリングなのは当然だとしても、その前段階では男性から女性へのみ贈るのが一般論。 男性用に特化したリングはない。 もちろん新一も、最初は蘭のリングだけを買うつもりだった。 けれども、蘭が気に入ったデザインのそれは、ペアリングの片割れで。 店員からは片方だけでも購入可能だと言われたものの、男性用だけが残っても、この先売れる確率は低いに違いない。 …ということで、両方お買い上げとなり、店を出るときには一段明るい声の店員が見送ってくれた。 けれども、男性は指輪をしない人が多いし、特に新一の場合は職業柄、邪魔になるのではないだろうか? 蘭が素直にそう問うと、新一は真っ直ぐ断言した。 「邪魔になんて、なるわけねーだろ。それにオレだって、なりてーんだよ……蘭のモノに」 お互いに顔を見合わせると、夕日が染め上げる以上に真っ赤な顔で。 ふふふ、と笑い合った。 そして――これからも2人一緒に、笑顔でいられるように、誓った。 ― END ― |
今年も恒例の「紅茶の日」を迎えました。 新しいお話は用意できませんでしたが、先日のSPARK9で配布したペーパーに追記した小話をお送りします。 ペーパーでは紅茶を飲んでなかったので、それではイカンだろう、とね。 皆さん、素敵なティータイムをお過ごしくださいませ(*^-^*) 2014/Nov./01 Back to Tea Party → ■ |
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