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Tea Party 12


〜 Happy Smile 〜




買い物帰り、新一と蘭は2人並んで歩いていた。
新一は財布と携帯電話をポケットに突っ込んだだけの軽装で、蘭はお気に入りのショルダーバッグと小さな紙袋――手のひらサイズの――を持っていた。
少し長めの持ち手が付いたその紙袋には、金色に浮き上がる繊細なロゴマークが品良く中央に配置されている。
見た目だけで「特別な品物」なのだと分かってしまうような、重厚感があった。
蘭の歩調に合わせて、紙袋の中に鎮座している小箱も、一緒に揺れる。
カタカタと小さく鳴って、その存在を伝えてくる。
新一から、今日、言葉に続いて贈られたものだ。

ふと、ほんの数瞬前のやりとりが脳裏に自動再生してきて、蘭はふふふ、と小さく笑った。
それは勿論、隣を行く新一にも伝わるわけで。
蘭が笑うたび、新一は逆に少しだけムッとした顔をするけれど。
すぐに照れ笑いに変わるから、蘭は更に笑顔になっていく。
嬉しくて、嬉しくて。
心臓から指先へ、全身に回る血流に乗って、叫び出したくなるくらいに「嬉しい」っていう気持ちが掛け巡る。

(街中でニヤニヤしながら歩いてるなんて、変かも?!)

そう自己分析して、気を引き締めるべく歯を食いしばるのに。
やっぱり、たちまち笑顔になってしまう。
嬉しくて、嬉しくて、止まらない。
ねぇ、新一。
こんな気持ちになれる日が来るなんて、ほんの少し前までは、考えられなかったんだよ――。


信号待ちで立ち止まって、見上げると。
目線の先にいる、笑顔をもたらしてくれた彼の人は、あきれたように言った。

「らーん。もうそろそろ、普通の顔に戻ってもいいんじゃねーか?」
「えっ、わたし、そんなにヒドい顔だった?」

にやけてる自覚はあったけれど、異常なほどだったとは……
蘭は即座にうつむき、頬を押さえる。
ふぅ、と小さく吐息した新一は、ポンポンと蘭の頭をなでながら、彼女の思い込みを優しく否定した。

「安心しろ、そういう意味じゃねーから」
「良かった、変じゃなかったんだ」

深く長い安堵のため息をついて、蘭は顔を上げた。
そして今度は照れ笑いで新一に向き直ると、新一はまたあきれて言う。

「つーか、蘭。おまえ、あんま外で笑うなよな」
「どうして? やっぱり変な顔だった?」
「じゃなくて! ………すぎるから」
「え、何? よく聞こえなかったんだけど?」
「だから……っ、つまり、オメーが可愛すぎるから、オレの心臓がいくつあっても足りなくなるんだよ!!」

蘭の思い込だったとしても、突然の変顔疑惑からの褒め言葉に、蘭は驚く隙もない。
もしかして空耳だったのでは?
と思ったが、その可能性は一瞬で消し飛んだ。
少しだけ怒ったように言い放った新一の顔が、熟した苺みたいに真っ赤だったから。

でも、仕方がないのよ。嬉しいんだもの。
コレのおかげで、ね。

あ、そうだ、と名案を思い付いたように手を打って、蘭は新一に向き直った。
新一との距離を一歩詰めて、蘭は手にしていた紙袋を、顔の位置に掲げて言う。

「ねぇ、新一。これ、今開けてもいい?」
「それを? 今、ここで?」
「うん。だって、少しでも早く身に着けたくて」

買い物デートといいつつ、購入してきたのは、お揃いの誓いの印。
新一からの気持ちが先走ってしまったから、最初は言葉だけを蘭に贈った。
蘭としては、もうそれだけで十分だったのに。
新一が「けじめは大事だから…」などと言って後に引かないものだから、この際「一緒に買いに行こう」という流れになったのだった。

迷いに迷ってこれだと決めたとき、お店できちんと箱に入れてもらったのに。
家まで持って帰るのが我慢できなくなったのか、蘭は、今が良いと言う。
大切な人からの可愛いお願いに対して、新一には、最初から拒否権などあるはずもない。
しかし、このまま立ち話を続けるのは避けたい。
新一は己の脳内マップから大至急で一番近いカフェを検索し、蘭を誘導した。
膝を突き合わせるように向かい合って座り、オーダーした紅茶を待つ。
ストレートのダージリンを2人分、そして蘭はパンケーキを紅茶のお供に選んでいた。
オーダーしてから焼かれるそれは、出来立てアツアツで提供されることで人気だが、焼き上がるまでに10分少々かかるらしい。
先に運ばれてきた紅茶を片手にしながら、ちらりと腕時計を盗み見ると、まだ数分の猶予がある。
今がチャンス、とばかりに新一は蘭から紙袋を受け取ると、中の小箱を開けた。
――約束の印、がそこにはあった。
恭しく蘭の手を取り、新一は神妙な面持ちで言う。

「今までずっと、ありがとな。これからもヨロシク」
「こちらこそ。宜しくね、新一」

蘭の指にピッタリと収まった、丸い輝き。
ごくシンプルなデザインのそれは、2人で選んだものだった。

少し傾いてきた日差しを受けて、きらりと輝く薬指。
何度も確かめるように、大きく指を開いたり閉じたり、を繰り返すうちに、じわり、と視界が緩む。
新一の慌てる姿が見えるのに、止められない。

「おい、蘭っ。なにも今、泣かなくても良いだろ。本番はまだ先なんだぜ?」

本番=人生を共に歩む覚悟を決めるのが結婚だとすると、その約束をするのが婚約。
今、蘭の指にあるのは、視覚化された約束だった。

「だって、やっぱり嬉しいよ。やっと新一のモノになれるんだもん。この日をずっと、待ってたんだもん」
「そっか。そうだよな。じゃあ、オレのも頼む」

そう言って新一が、蘭に向かって左手を差し出す。
結婚指輪がペアリングなのは当然だとしても、その前段階では男性から女性へのみ贈るのが一般論。
男性用に特化したリングはない。
もちろん新一も、最初は蘭のリングだけを買うつもりだった。
けれども、蘭が気に入ったデザインのそれは、ペアリングの片割れで。
店員からは片方だけでも購入可能だと言われたものの、男性用だけが残っても、この先売れる確率は低いに違いない。
…ということで、両方お買い上げとなり、店を出るときには一段明るい声の店員が見送ってくれた。
けれども、男性は指輪をしない人が多いし、特に新一の場合は職業柄、邪魔になるのではないだろうか?
蘭が素直にそう問うと、新一は真っ直ぐ断言した。

「邪魔になんて、なるわけねーだろ。それにオレだって、なりてーんだよ……蘭のモノに」

お互いに顔を見合わせると、夕日が染め上げる以上に真っ赤な顔で。
ふふふ、と笑い合った。

そして――これからも2人一緒に、笑顔でいられるように、誓った。


― END ―


今年も恒例の「紅茶の日」を迎えました。
新しいお話は用意できませんでしたが、先日のSPARK9で配布したペーパーに追記した小話をお送りします。
ペーパーでは紅茶を飲んでなかったので、それではイカンだろう、とね。

皆さん、素敵なティータイムをお過ごしくださいませ(*^-^*)

2014/Nov./01

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