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Tea Party 13


〜 Cinemathic Lovers 〜




「どうしたの?」

元気ないみたいだけど、と続けられた親友からの問い掛け。
それは、きれいに切り揃えられたストレートボブの毛先をいじりながら、園子が蘭に言い放ったものだ。
蘭は少し驚いたように、「そうかなぁ?」と受け答えた。
彼女にとっては、どうやら予想外の問い掛けだったらしい。
蘭の反応に対し、園子は短く「そうよ」とだけ返す。

――誤魔化したいのか、本当にどうもしないのか。
おそらく前者である、と確信しているからこその問い掛けだった。
見た目通りに気が優しくて、見た目以上に力持ちな園子の親友は、相当な頑張り屋さんでもある。
心配事も何もかも、一人で抱え込んでしまう。
まぁ、持ち前の器量の良さで、大抵はうまく切り抜けてしまうのだけど。
今回はどうやら上手くガス抜きできていないみたい。
オーバーヒートする前に、少しでも発散させなきゃね。

半分空になったケーキプレートをテーブルの端に寄せて、園子は両肘をつき、さらに組んだ指に顎を乗せた。
そのままの姿勢でじぃっと見つめれば。
いつもはまっすぐに見返してくれる蘭の視線が、ぎこちなく揺らぐ。

ほら、やっぱり。
わざわざ言葉にしなくても、次にくる園子の台詞を察知した蘭は、慌てて「何でもないよ」と受け答える。
その声自体がか細くて、どこか痛々しくもあり。
普通じゃないことを言外に、しかも色濃く物語っている。
無理矢理貼り付けられた笑顔で大丈夫とアピールされて、園子は仕方なく物証を挙げていく。

手をつけられていないシフォンケーキ。
彩りに添えられたイチゴの断面が少し萎びて、生クリームに埋もれている。
淹れたてだったハーブティの湯気は、すっかり見えなくなっていて。
耐熱ガラス製のポットには、プカプカ浮かんでいたはずのハーブが底に沈んでいる。
紅茶に比べれば渋味は出にくいけれど、少しお湯を足してもらわないと、このままでは飲みにくいかもよ?

ひとつ、またひとつと指摘するたび、蘭の笑顔が苦いものに変わっていく。
さすが推理クイーンだね、と賞賛を贈られても、園子はちっとも嬉しくなかった。




――週末の昼下がり。
米花町から電車で数駅のところにある、こじんまりとしたカフェ。
蘭と園子はテーブルを挟み、向かい合っている。
そこで冒頭の件へと繋がるわけだが、ティータイムが近付いたせいか空席だったテーブルも埋まりつつあり、にわかに店内がざわついてきた。
それでも心地よいBGMのように思うだけで、うるさく感じられることはない。
園子はともかく、蘭のほうは静かすぎると話を切り出しにくいだろうから、逆にこれくらいで丁度良い。

平日でも休日でも、日頃から行動を共にすることの多い2人は、概ね園子主導で行き先を決めている。
それが今日は、行ってみたいカフェがあるの、と言う蘭に連れられてここまで来た。
話が出たのはテスト期間目前で、終わったら行ってみようね、と約束してあった。
だから少し日が空いてしまったけれど。
ネットで調べた情報を出力して見せていたときの蘭は、ハーブティがたくさんあるんだって、といつも通りにキラキラと輝いていた。
そのときの園子の見立てに、間違いはなかったはず。
あの笑顔は飾り物なんかじゃなく、本物だった。
じゃあ、今のこの曇り切った表情は何?

(さて、今度は何をやらかしたのよ。新一くん)

園子は胸のうちでこっそり呟く。
そして、どんな些細な蘭の反応をも見逃すまいと、静かに気を引き締めた。

園子が新一くんと呼び、蘭が新一と呼ぶ青年は、2人にとっては共通の「幼馴染みで同級生」。
ただし蘭には、つい先日「彼氏」の称号も追加されている。
親友としての贔屓目なしにしても、美男美女、お似合いの2人だと園子は思う。
だが園子にとっての工藤新一とは「蘭を悩ませる存在」であり、それと同時に「蘭を笑顔にする存在」でもある。
いずれにしても、大切な親友の明暗を握る男に、園子は心の中で舌を出す。

一方、ズバリと指摘を受けた蘭は、場を紛らせたいのか、ポットとお揃いのカップを持ち上げる。
そのまま口を付ければ案の定、冷たっ、と小さく口走った。
思った以上に冷めてしまっていたのだろう。
裏を返せば、それだけの時間が経っていたことを、無自覚だった証拠。

(・・・これでもまだ、しらを切るつもり?)

園子は器用に片方の眉尻を上げて、無言で蘭に詰め寄る。
実際にはテーブルを挟んで向かい合っているから、間合いは変わらないのだが。
少しでも隙間を埋めたくて、テーブルに両肘をついたまま、グッと身を乗り出した。

(・・・我が親友ながら、間近で見ても可愛いわ)

そんなことを思って、つい頬が緩みそうになるのを、必死に我慢。
もう一度、「どうしたの?」と同じ質問をする。

ガラス越しの日差しは柔らかく、わずかに色付いた街路樹に秋の深まりを感じられる。
優しい色合いの店内、ふんわりと漂う甘い香り。
奥の厨房で作られている自家製菓子が焼き上がったのだろうか。
美味しそうな香りが、蘭の気持ちを軽くするお手伝いになっていることを願って。

「蘭、ここでスッキリしちゃいなよ。ね?」

ダメ押しの一手を放つと、蘭は「もう、参ったなぁ」と呟いてようやく降参した。
園子も背筋を正して、改めて話を聞く姿勢を取る。
一呼吸おいて、それでどうしたのよ、と本日三度目となる台詞を放った。
蘭は伏し目がちに、でも今度はハッキリと答える。

「わたし、新一のことがわからなくなっちゃった」

長い睫毛が大粒の瞳に影を落としているが、その瞳が乾いていることにホッとして。
園子は続きを促した。


実はこれなんだけど、と蘭が鞄から取り出したのは、とある映画のDVD。
何年か前に劇場公開していたハリウッド映画。
「気になってたんだけど見逃しちゃって」という蘭に、園子が貸していたものだ。
これも試験前のことだったから、慌てなくていいよと言ったきりだった。

「後で渡すつもりだったんだけど。貸してくれて有難う」
「……蘭がハーブティ飲みたくなったの、わかる気がするわ」

蘭から受け取ったDVDパッケージの中央には、リボルバーを片手にした男と、彼を見上げる少女。
確か、作中で何度かハーブティを飲むシーンがあった。
全体的に緊迫したストーリーの中では数少ない、心安らぐシーンだった。
園子自身、他人のことをとやかく言える立場ではなけれど、蘭にだって多少なりともミーハーな部分はある。
いくつになってもアイドルに夢中な、あの父親を見れば良く分かる。
とにかく、蘭が突然ハーブティに強い関心を示したのは、コレの影響でほぼ間違いない。
園子の中で、徐々にストーリーが甦ってきた。




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