This page is written in Japanese.
〜 Cinemathic Lovers 〜 「どうしたの?」 元気ないみたいだけど、と続けられた親友からの問い掛け。 それは、きれいに切り揃えられたストレートボブの毛先をいじりながら、園子が蘭に言い放ったものだ。 蘭は少し驚いたように、「そうかなぁ?」と受け答えた。 彼女にとっては、どうやら予想外の問い掛けだったらしい。 蘭の反応に対し、園子は短く「そうよ」とだけ返す。 ――誤魔化したいのか、本当にどうもしないのか。 おそらく前者である、と確信しているからこその問い掛けだった。 見た目通りに気が優しくて、見た目以上に力持ちな園子の親友は、相当な頑張り屋さんでもある。 心配事も何もかも、一人で抱え込んでしまう。 まぁ、持ち前の器量の良さで、大抵はうまく切り抜けてしまうのだけど。 今回はどうやら上手くガス抜きできていないみたい。 オーバーヒートする前に、少しでも発散させなきゃね。 半分空になったケーキプレートをテーブルの端に寄せて、園子は両肘をつき、さらに組んだ指に顎を乗せた。 そのままの姿勢でじぃっと見つめれば。 いつもはまっすぐに見返してくれる蘭の視線が、ぎこちなく揺らぐ。 ほら、やっぱり。 わざわざ言葉にしなくても、次にくる園子の台詞を察知した蘭は、慌てて「何でもないよ」と受け答える。 その声自体がか細くて、どこか痛々しくもあり。 普通じゃないことを言外に、しかも色濃く物語っている。 無理矢理貼り付けられた笑顔で大丈夫とアピールされて、園子は仕方なく物証を挙げていく。 手をつけられていないシフォンケーキ。 彩りに添えられたイチゴの断面が少し萎びて、生クリームに埋もれている。 淹れたてだったハーブティの湯気は、すっかり見えなくなっていて。 耐熱ガラス製のポットには、プカプカ浮かんでいたはずのハーブが底に沈んでいる。 紅茶に比べれば渋味は出にくいけれど、少しお湯を足してもらわないと、このままでは飲みにくいかもよ? ひとつ、またひとつと指摘するたび、蘭の笑顔が苦いものに変わっていく。 さすが推理クイーンだね、と賞賛を贈られても、園子はちっとも嬉しくなかった。 ――週末の昼下がり。 米花町から電車で数駅のところにある、こじんまりとしたカフェ。 蘭と園子はテーブルを挟み、向かい合っている。 そこで冒頭の件へと繋がるわけだが、ティータイムが近付いたせいか空席だったテーブルも埋まりつつあり、にわかに店内がざわついてきた。 それでも心地よいBGMのように思うだけで、うるさく感じられることはない。 園子はともかく、蘭のほうは静かすぎると話を切り出しにくいだろうから、逆にこれくらいで丁度良い。 平日でも休日でも、日頃から行動を共にすることの多い2人は、概ね園子主導で行き先を決めている。 それが今日は、行ってみたいカフェがあるの、と言う蘭に連れられてここまで来た。 話が出たのはテスト期間目前で、終わったら行ってみようね、と約束してあった。 だから少し日が空いてしまったけれど。 ネットで調べた情報を出力して見せていたときの蘭は、ハーブティがたくさんあるんだって、といつも通りにキラキラと輝いていた。 そのときの園子の見立てに、間違いはなかったはず。 あの笑顔は飾り物なんかじゃなく、本物だった。 じゃあ、今のこの曇り切った表情は何? (さて、今度は何をやらかしたのよ。新一くん) 園子は胸のうちでこっそり呟く。 そして、どんな些細な蘭の反応をも見逃すまいと、静かに気を引き締めた。 園子が新一くんと呼び、蘭が新一と呼ぶ青年は、2人にとっては共通の「幼馴染みで同級生」。 ただし蘭には、つい先日「彼氏」の称号も追加されている。 親友としての贔屓目なしにしても、美男美女、お似合いの2人だと園子は思う。 だが園子にとっての工藤新一とは「蘭を悩ませる存在」であり、それと同時に「蘭を笑顔にする存在」でもある。 いずれにしても、大切な親友の明暗を握る男に、園子は心の中で舌を出す。 一方、ズバリと指摘を受けた蘭は、場を紛らせたいのか、ポットとお揃いのカップを持ち上げる。 そのまま口を付ければ案の定、冷たっ、と小さく口走った。 思った以上に冷めてしまっていたのだろう。 裏を返せば、それだけの時間が経っていたことを、無自覚だった証拠。 (・・・これでもまだ、しらを切るつもり?) 園子は器用に片方の眉尻を上げて、無言で蘭に詰め寄る。 実際にはテーブルを挟んで向かい合っているから、間合いは変わらないのだが。 少しでも隙間を埋めたくて、テーブルに両肘をついたまま、グッと身を乗り出した。 (・・・我が親友ながら、間近で見ても可愛いわ) そんなことを思って、つい頬が緩みそうになるのを、必死に我慢。 もう一度、「どうしたの?」と同じ質問をする。 ガラス越しの日差しは柔らかく、わずかに色付いた街路樹に秋の深まりを感じられる。 優しい色合いの店内、ふんわりと漂う甘い香り。 奥の厨房で作られている自家製菓子が焼き上がったのだろうか。 美味しそうな香りが、蘭の気持ちを軽くするお手伝いになっていることを願って。 「蘭、ここでスッキリしちゃいなよ。ね?」 ダメ押しの一手を放つと、蘭は「もう、参ったなぁ」と呟いてようやく降参した。 園子も背筋を正して、改めて話を聞く姿勢を取る。 一呼吸おいて、それでどうしたのよ、と本日三度目となる台詞を放った。 蘭は伏し目がちに、でも今度はハッキリと答える。 「わたし、新一のことがわからなくなっちゃった」 長い睫毛が大粒の瞳に影を落としているが、その瞳が乾いていることにホッとして。 園子は続きを促した。 実はこれなんだけど、と蘭が鞄から取り出したのは、とある映画のDVD。 何年か前に劇場公開していたハリウッド映画。 「気になってたんだけど見逃しちゃって」という蘭に、園子が貸していたものだ。 これも試験前のことだったから、慌てなくていいよと言ったきりだった。 「後で渡すつもりだったんだけど。貸してくれて有難う」 「……蘭がハーブティ飲みたくなったの、わかる気がするわ」 蘭から受け取ったDVDパッケージの中央には、リボルバーを片手にした男と、彼を見上げる少女。 確か、作中で何度かハーブティを飲むシーンがあった。 全体的に緊迫したストーリーの中では数少ない、心安らぐシーンだった。 園子自身、他人のことをとやかく言える立場ではなけれど、蘭にだって多少なりともミーハーな部分はある。 いくつになってもアイドルに夢中な、あの父親を見れば良く分かる。 とにかく、蘭が突然ハーブティに強い関心を示したのは、コレの影響でほぼ間違いない。 園子の中で、徐々にストーリーが甦ってきた。 Back to Tea Party → ■ |
Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved.