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Tea Party 14


〜 Perfect Game 〜





高校三年生の夏休みが終わると、教室内の空気は一挙に受験の色が濃くなる。
予備校通いや家庭教師による指導など、一日のうちで勉強時間の占める割合がじりじりと増加し、ホームルーム終了と同時に下校する生徒が大半だ。
しかし、新一と蘭のいるクラスは少し様子が違っている。
放課後の教室では、園子を中心として、机を寄せ合った文化祭実行委員達が話し合いをする片隅で、新一はスマホ、蘭は手帳を開いていた。
二人も文化祭関係者に名を連ねているが、出番はまだ先のためお呼びは掛かっていない。
こんな場所で膝を突き合わせているのは、新一の補習が始まる前のわずかなすき間に、勉強会の日程をすり合わせるため。
メールや電話よりも、直接顔を合わせて決める方が早いから、という新一の言い分を通して。

数日前、新一からの「苦手なところ見てやろうか?」という申し出に、蘭は「自分で頑張ってみる」と言って断った。
休学の埋め合わせの課題や補習、事件で忙しい新一を気遣ってのこと。
だが、蘭の不得手な部分を最も把握し、最もわかりやすく解説できるのは、やはり新一なわけで。
遠慮する関係じゃないだろ、という新一の言葉に甘えて、蘭が折衷案に夕ご飯を作るという交換条件を出すと、新一は心の中でガッツポーズを決めた。

蘭と一緒にいる時間を増やしたくて、提案した勉強会。
新一のささやかな思惑に、蘭は気付かない。

人を疑わないのは彼女の長所だが、新一にとっては心配なところでもある。
――もっとも、その新一自身が蘭の最大の心配の種だということは、重々承知している。
だから補習も疎かにしない。
新一は気を取り直して、候補となる日付を指した。

「この日はどうだ?」
「ダメよ。文化祭の練習があるじゃない。忘れたの?」
「あー、あれな。ぶっつけ本番じゃマズいか?」
「当たり前でしょ! 園子もみんなも『今年こそ最後まできちんとやるんだ』って盛り上がってるんだから」
「……だよなぁ」

新一はがっくり肩を落として、蘭からの指摘を甘受した。
去年の文化祭で上演された、鈴木園子脚本・演出の劇『シャッフル・ロマンス』は、偶然に起こった殺人事件の影響で中断、中止せざるをえなくなった。
しかし、前評判も実際の客入りも良かっただけに、中止の決定を悔しく思うクラスメイト達は元より、観客からも再演を望む声が高かったそうだ。
内外からの熱い要望に応え、園子は去年の脚本を更にパワーアップさせた物語を用意し、周囲も喜んで協力を買って出た。

この時期、他のクラスでは受験を理由にイベント関与を避けようとする者も多いが、このクラスは園子を筆頭に一致団結。
輪の中心で意気揚々と話を進める園子を横目に、新一はひっそり肩を落とした。
劇の再演が決まったときの園子とのやり取りは、思い出すだけで頭が爆発しそうになる……あまりにも格好悪くて。



――あのとき。
満場一致で再演が決まったと思われたホームルームで、新一だけが反対の手を挙げた。

「高校生にもなって王子様とかお姫様とか、恥ずかしいだろ!」
「バカね、高校生の今だからこそ、よ。でも、新一くんがそこまで嫌がるなら、王子様役は誰か他の人にお願いしてもいいのね?」
「いいわけねーだろ!」

つい熱くなって、言葉と同時に立ち上がった新一を、園子はフフンと鼻で笑った。
それ見たことか、と目が訴えている。

「じゃあ、新一くんは王子様決定。大丈夫、蘭のハート姫とお似合いの王子様に仕上げてあげるから、園子様に任せなさい♪」

たかが文化祭の劇でも、主役のハート姫を演じるのが蘭ならば、相手役を他の男に渡すわけにはいかない。
そうした新一の性格を読み切った園子の、完全勝利だった。


この先、劇の練習が始まれば。
蘭はきっと一生懸命になる――周囲の期待に応えるために。
去年、仮の姿で練習に付き合わされた新一は、身を持って知っている。

だから、勉強会をしようと誘った。
本格的に忙しくなる前に、蘭の苦手部分を克服させてやりたくて。
決してやましい気持ちだけじゃない。
新一は心の中の何かに言い訳をすると、改めて近場の別の日を候補に挙げた。

「じゃあ、この日はどうだ?」
「えーっと、そっちも無理かな。部活に顔を出す約束してるの」
「部活って、おめーはもう引退しただろ。引き継ぎだって済んでるんだし、二年に任せときゃいいじゃねーか」
「もちろん任せてるけど、組み手のことで質問されると、ね」

言葉で説明するのが難しくて、と蘭は穏やかに微笑む。
後輩思いでしっかり者の蘭は、頼られると断れない。
それがわかっているから、新一は渋い顔で抗議するのだ。
また一人であれこれ抱え込んで、無理するんじゃないか、と。

夏の大会を終え、有終の美を飾って蘭は部活を引退した。
次の部長や後輩達が困らないよう、重要事項を事細かに記したノートも用意するなど、至れり尽くせり。
部外者の新一から見れば、甘やかしているようにしか見えない。
けれども部外者の新一には、とやかく言える筋合いはない。
しかし、高校三年生の秋といえば、推薦入試も始まる大事な時期。
蘭と新一の決戦は年明けになるが、それでも受験戦争の口火は既に切って落とされている。
親切で優しくて頼りがいのある恋人が、もう少し肩の荷を降ろして身軽になるにはどうすればいいか。
新一は優秀な頭脳を素早く回転させると、ポンと手を打って蘭に提案した。

「わざわざ部活に出向かなくてもすむ方法なんか、いろいろあるだろ。動画撮影するとか。コレでも結構キレイに撮れるぜ?」

蘭は新一から贈られた旧式の携帯電話を使い続けており、データ容量も少ないが、新一のスマホなら問題ない。
画像の加工や編集も可能という、高機能なものだ。
そのうえ、最終的に蘭の映像を手元に残しておけるという、新一にとっては一挙両得な方法だ。
我ながら名案、と新一がスマホで撮影する仕草をしてみせても、蘭は首を縦に振らない。

「型を見せるだけならそれでも良いけど、組み手は相手ありきだから。言葉で説明するよりも、実際に体で覚えるのが一番手っ取り早いのよね」

わたしもたまには体を動かしたいし、と追い打ちをかけられて、新一のささやかな反撃はあっけなく終わりを告げた。
それでも諦め切れずに、新一は艶やかな蘭の黒髪を一房、手に取る。
言葉にできない、少しでも一緒にいたいという思いを込めて。

「なぁ、蘭。オレ……」
「はぁ〜い、お二人さん。そろそろお邪魔してもいいかしら?」

教室という公共空間で、周りの誰もが遠慮する空気に包まれた新一と蘭の間に割って入れるのは、園子を置いて他にいない。
親友の呼び掛けに、蘭はあっさりと新一の元を離れて席を立つ。

「ゴメンね園子、任せっぱなしで。何か手伝えることある?」
「衣装の採寸したいんだけど、いい?」
「うん、わかった。新一、そろそろ補習でしょ? あとでまたメールするね」

衣装係の女子数人に連れられて、蘭は被服室へと向かった。
去年のドレスを使い回すのではなく、大幅に手を加えるらしい。
残された新一も、のろのろと補習のある教室に向かう。
だが、すれ違い様に園子に苦言を残すことは忘れない。

「……邪魔だとわかってんなら、少しは遠慮しろよな?」
「あら、大丈夫よ。衣装合わせが済んだら、蘭はすぐ返すから」
「おう、頼んだぜ」

全てを語らずとも、新一の意図を読み抜いた園子の言葉に、新一は居心地が悪い。
でも、親友として蘭を大事に思う、園子の心意気には素直に感謝だ。
しかし、そのままで終わる園子ではない。
丸めた台本で新一の肩をたたき、園子は口角を上げた。

「ま、教室でそれだけイチャ付けるなら、芝居の演出もやりがいがあるってもんだけど? 楽しみにしててよね!」

ニシシと笑う園子の笑顔に、たった今抱いたばかりの感謝の念を速攻で打ち消した、新一だった。



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