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Man

〜 あなただけに伝えたいこと 〜

ひとつづつ時間を掛けて、あの日のトロピカルランドでの出来事、姿を隠さなくてはならなかった理由、その結果重ねてしまった嘘、を並べ立てていった。
ゆっくりと言葉を選びながら、蘭の疑問と不安を解きほぐしていく。
きゅっと新一の手を握りしたまま、 泣いたり眉をひそめたり、そしてまた謝ったりを何度か繰り返しながら、それでも、蘭は静かに聞いていてくれた。

「一応これで全部だけど、、、何か聞きたいこと、あるか?」

そう問われて、半身を新一に預けたままで俯き加減にゆるゆると首を振った蘭は、ただ一言「ありがとう」と呟いた。


蘭の優しさがあまりにも深すぎて、息が、詰まりそうだった。
どんな気持ちで、この数カ月間を過ごしてきたのか。
幾夜の眠れぬ夜を過ごしてきたのか。

ずっと傍で見てきた新一だから、そうさせていたのが自分自身だから、わかる。

「言いたいこと、あるんだろ?他の誰にしてもいいけど、オレにだけは遠慮なんてするなよ。な?」

そう促してみても、やはり蘭は首を左右に振るばかりで、繋いだままの手に一層力を込めただけだった。
他に言葉が見つからなくて、新一も押し黙ったまま、この静寂を守っていた。
手の平から伝わってくる思いを流れるままに受け取って、そして受け渡して。
感謝にも似た気持ちで、お互いを直に感じあえることへの幸せに、どっぷりと浸りながら。


「死んでも戻ってくるから」と偽りの姿で伝えたこともあった。しかし、それは大きな間違いだ、と新一は思う。
生きてこそ、生きているからこそ感じ合える、この豊かで温かい感情。

ふいに、綺麗な微笑みにのせて、大きな瞳を向けられた。
ちょっと見上げられた角度が、本当に元の姿を取り戻したんだ、ということを新一に自覚させてくれる。

「ちゃんと話してくれて、嬉しかった。それだけをずっと、待ってたから」

真直ぐにそう言われ、新一は薄く微笑んだ。
いつもの癖で、つい隠そうとしてしまった早まる鼓動も、今夜は自由にさせてやろう。
もう、自分の気持ちから逃げなくても良いのだから。

「・・・・いつから、気付いてた?」

自分の存在をわかってくれていたことに、嬉しさと戸惑いを混在させて、新一はそう尋ねた。
もしかして、コナンの正体がばれてるんじゃないか?そう危惧したことは、1度や2度ではない。
その都度上手く誤魔化してきたつもりだったのだが。
解き明かせない謎がないように、つきとおせる嘘もない、ということだろうか。

やっぱり蘭には適わないな、と苦笑する新一の横顔に、最初は何度も否定したのよ? と前置きして、ようやく蘭はいつものトーンを取り戻した。

「だって、どこをどうとっても、コナン君は新一そのものだったじゃない? 食べ物の好みも、いろんな事知ってるのも、サッカー好きなところも、そして、あの推理力もね」

ごめん、と言おうとして、新一は失敗した。言うより前に、蘭の華奢な手によって唇の動きを封じられてしまったからだ。

「謝ったり、しないでよ? わたし、コナン君がいたから今まで頑張ってこれたんだもん」

そう言って微笑む姿は、新一の奥底で灯らせていたどの笑顔よりも、鮮やかに輝いて見えた。
新一は敬意と共に白い指先にキスを捧げると、驚いて身を引きかけた蘭を、腕ごと引き寄せた。

「サンキュ」

短い言葉だが、謝るかわりにありったけの気持ちを込めて、蘭を包み込んだ。
悪戯っぽく笑う新一と目が合って、蘭もまた自然と笑顔が溢れてくる。
しかし、続けられた言葉は、微量に湿気を帯びていた。

「あ、でも、ちょっと残念な事がひとつだけあるかな」

本日何度目かの「?」を浮かべて、一瞬曇った蘭の瞳を見つめ返す。
蘭は深くまばたきをしてから、細く笑った。

「危ない事に首突っ込もうとするとき、コナン君なら無理矢理引き止められたけど、、、もう、そういう訳にはいかないよね」
「蘭・・・」
「それに、コナン君のときのほうが、ある意味大人だったし」
「は?」
「もっと素直に気持ちを見せてくれてたもん」
「・・・悪かったな、ガキ臭くてよ」

うっすらと頬を紅潮させて、新一はそれを悟られまいと抱き締めた腕の力をぎゅっと増した。
ピッタリと新一に寄り添った蘭は、静かに新一の鼓動に耳を傾けた。

無鉄砲なところも、直球勝負なところも、、、それでいて優しいところも。
全部、新一だったもの。
だから待っていられたんだよ、わたし。


「ずっとそばにいさせてね」

俯いたままそう呟いて、行き場を失った腕をそっと新一の背中に回した。
早まった鼓動と共に返ってきたのは、穏やかさの中に芯の強さを包み込んだ、愛しい人の声。

「ああ。嫌だって言っても、離さねぇよ」
「うん」






幼い頃から、ずっと欲しいと思っていた、そして伝えたいと思っていた言葉があった。
それを、やっと、交換することが出来た。

言葉でなければ伝わらないことも、確かに存在するのかもしれないけれど。
だけど、今日ほど言葉の無力を感じた事は、ない。



触れ合えば、それだけで通じ合える。
感じられる気持ちがある。

新一が、好き。
この思い、きっと、言葉なんかじゃ足りない。



わたしの命は、この思いだけで成り立っている。
今までも、これからもずっと。
あきれるくらい、思い知らせてあげるから、ね。


温かな腕の中に収まったまま、蘭はこれ以上ないくらいに幸せな表情で、意識を遠ざけていった。新一の鼓動を更に速めていることも知らずに。

更に後日編は、こちら →


蘭ちゃんはね、気付いてると思うんです。コナン君=新一、だと。
それを明かしてくれるのを「ずっと待ってる」んじゃないかな、と。

デジカメを買ったのが嬉しくて、いつもと違うレイアウトにしてみました。
見にくくなったでしょうか?それともこっちのほうが良いでしょうか?


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