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Step by step



気が付けば、あと数分で夜中の2時になろうとしていた。
「もう、かかってこないわね」
消え入りそうな声でそう呟くと、蘭はさっきまでずっと握りしめていた携帯電話を枕元に置いた。
明日も学校があるというのに、少しも眠気を感じない。自分でもわけが分からないモヤモヤした気持ちがいっぱいで、頭の中のあちこちでスパークしていた。

『厄介な難事件』を解決し、傷だらけの新一が戻ってきてから数カ月。
やっとのことでお互いの気持ちを確かめ合い、幼馴染みから一歩進んだ関係になれた、と思っていたのは蘭のほうだけだったのだろうか、、、。
流石に以前のように何日間も音信不通ということは無くなったが、新一は相変わらず事件となれば飛んで行き、謎解きに夢中になってしまう。

電気を消し、そのままベッドに横になった。と同時に待ちこがれていた着信音が鳴り響く。
きっかり1コールで通話ボタンを押し、遠慮がちなその声に、まず新一の無事を確認し安堵した。

「ごめん、こんな時間に、、、。もう寝てたか?」
「大丈夫、まだ起きてたよ。今どこ?もう家に帰って来れたの?」
「え、まあな。」
「そっか、よかった。じゃ、事件は解決したんだね?お疲れ様。」

出来るだけの気持ちを込めてそう言いながら、蘭はわずかな違和感を感じていた。
いくら携帯に、とはいっても、こんな夜中に電話をかけてくるなんて、いつもの新一ならあり得ない。「いつでもかけてきて良いんだからね?」と言っているのに、「おめー、一度寝たら起きないだろ?」と茶化されてしまう。
蘭だって、逆に新一から同じことを言われても、メールひとつ送るのにも一大決心がいるのだけど。

妙な胸騒ぎがして、カーテンの隙間から新一の家のほうをそっと覗いてみた。
ふと見下ろすと、向いのビルの角の路上に伸びる人影があった。顔など見えなくても分かる。


この世で一番愛しい人。
たった一声くれるだけで、こんなにも心穏やかにしてくれる人。
こんな気持ちにさせてくれる人を、他には知らない。


本当はわかっていた。このモヤモヤの正体が。
ただ、会えないから、子供みたいに駄々をこねていただけだ。
こんな情けない気持ちを知られたくなくて。でも、会いたくて。

昨夜も深酒をしていた小五郎が起きてくることはないだろう。ひそひそと会話を続けながら、 受話器の向こうから気付かれないよう、そっと玄関を抜け出した。

「あれ、新一、、、?」

1階まで降りて辺りを見渡すと、さっきまで人影があった所には暗闇が広がっている。
勘違いだったのかな?と首をかしげたところ、階段のすぐ横で壁に寄り掛かって立っていた新一と目が合った。

「ほんと、悪りぃな。こんな真夜中に。」

やっぱり、すべてお見通しなんだ、新一には。
でもそれが嬉しくて、すまなそうにしている横顔に、とびきりの笑顔で答えた。

「ううん。こっちこそ、ありがとう。」

ちょっと目を見開いてから小さく微笑むと、 新一は、ふわりと蘭を抱き締めた。
突然のことに驚いて身動きできないでいると、頭の後ろから囁きかけるような声が降ってきた。

「何もしねえから、もう少しこのままでいさせてくれ、、、」

言葉の変わりに、冷えきった新一の背中にそっと手を廻した。
こういうときは、何も言わないほうがいい。

本当はどんな些細なことでも言ってほしいけれど、、、でも、こうして会いに来てくれただけで満足だった。 いつもは守ってもらうばかりのわたしでも、ちょっとは新一の役に立ってるのかな、と思えるから。

細い肩をきゅっと一瞬抱き寄せたかと思うと、「サンキュ、助かった。」と呟いて、新一はようやく蘭を解放した。再び壁に寄り掛かり夜空を見上げた横顔に、月光がよく映える。
見なれないその表情にドキドキしながら、蘭も同じように月を見上げた。

月にはきっと、人を素直にさせる不思議な力がある。そう思えてならない。
だから、今夜は月の力を借りてしまおう、と思った。

新一は、滅多に人に相談というものをしない。勿論、事件や捜査に関することでは、周囲に参考意見を求めたり、討論したりもする。しかし、自分自身のこととなると、上手くはぐらかし、ごまかしてしまうのだ。
当然、余計な心配をかけたくないから、という気持ちもある。故に知識と経験によって常に鉄壁の武装を張り巡らせてきた。だからほんの少しでも気を抜けば、僅かな歪みから侵入してくる暗闇が、針のように心を突き刺してくる。

今夜は、その痛みに、どうにも耐えられなくなってしまった。
でも、己のそんな弱いところを、最愛の人にはまだ素直に見せる勇気が出せなくて。

気がつけば、蘭の部屋を見上げ、ただ立ち尽くしていた。
この冷えた心を暖かく包みこみ、暗闇から救い出してくれる。
彼だけの、唯一の光を求めて。


最初で最後の大切な人。
触れるだけで、すべてを癒してくれる人。
この世に産まれてきた意味をくれた、たったひとりの人。


見上げられた視線に気付いて、照れ隠しに言葉を探した。時間が時間なので、お互い顔を寄せ合って、ひそひそと話す。

「試験勉強でもしてたのか?」
「違うわよ」
「じゃ、何でこんな遅くまで起きてたんだよ?」
「あのねぇ、こんなところに、そんなに長くつっ立ってるくらいなら、とっとと電話してきなさいよね?」

わざと半目で言い返す。

「、、、、やっぱ、かなわねえな、蘭には。」

初夏とはいっても、夜中はまだ幾分肌寒い。冷えきったその背中から、敏感に悟られてしまっていた。

すべて見透かされていたことが、今夜は何故か心地よい。
オレのこと、大事に思ってくれてるからだって、少しくらい自惚れてもいいよな、、、?

ふいに、今度は蘭が新一を抱き締める。
一瞬「わっ」と焦ったものの、すぐに蘭のほうが包み込まれるかたちになった。

「えへへ、びっくりした?」

抱きついたまま顔だけ新一に向けて片目を閉じてみせると、見つめ返してくれたその瞳が、細い三日月の光を受けていつもの強い輝きを放っている。自然と笑顔になっていくのを、蘭は自覚した。


もう大丈夫なんだね、新一?


そんな気持ちが通じたのか、バツが悪そうにそっぽを向いて新一は反論してきた。

「ったく、オレがやっとの思いで離したのに、これじゃ余計帰れなくなっちまうじゃねーか。」
「これで、あいこ、だもん」
「何だよ、それ?」

たまらなくなって蘭が吹き出すと、つられて新一も笑い出した。トーンを押さえた二人の笑い声が、暗闇を切り裂いてく。

どうにか笑いをおさえて、蘭は静かに新一から離れた。
ちょっと残念そうにしている彼の様子がまた愛おしくて。でも口から出したのは逆のセリフだった。
バレバレだとは思うが、まだ小五郎には新一との新しい関係を報告していない。そんな状態のままでは、いい加減なことはしたくなかったから。

「じゃ、そろそろ部屋に戻るね、学校もあるし。朝迎えに行ってあげるから、寝坊しないでよ?」
「わーってるよ。じゃあなっ。」

言い終えるか終えないかのタイミングで素早く蘭の後頭部に手を伸ばすと、触れるだけのキスを残して新一は帰路についた。角を曲がるまで見送ってから、まだ赤い顔のままで蘭もようやく自室に戻る。

(新一のすべてを受け止めるのは、今のわたしにはまだ無理なのかもしれない。
でも、いつかきっと、あなたに追い付くから。
そのときは質問攻めにしちゃうんだから、覚悟しててよね?)


今夜はいい夢が見られそう、と幸せな気持ちになりながら、心の中で蘭は誓った。

***

蘭が眠りにつく頃、新一はようやく自宅玄関に辿り着いたところだった。まだ唇に残る柔らかな感覚に、そっと指を寄せてみる。

(はぁ、あいつから抱きついてくるなんて、、、そりゃ、嬉しいけど、オレ、そんなにヒドイ顏してたのかな)

と、ひとり呟いた。でも、と思う。

(あいつのことを守りきれる自信がついたら、きっと話そう。
弱い自分も、情けない自分のことも。
そのときは、どんな顏して聞いてくれるんだろうな、、、。ま、覚悟しとけよ?)

はからずとも、別々の場所にいながら、同じ気持ちで朝を迎えた二人だった。


− The end −



いかがでしたか?私にとっては、これが初めてのコナン散文です。
私のなかの新蘭は、基本はこんなイメージなんですけど。
ただあまりにも不出来な文章で、上手く伝わらないかもしれませんね。
思ったよりも長くなってしまいましたし(まとめる能力皆無)。

ところで、Hugって、なんか落ち着くと思いません?
何もしなくても、暖かい気持ちになれちゃうようで。それが、大好きな人なら尚更、ね。
それにしても、この新一、かなり弱っちいですね。
でも、かっこいい新一は素敵サイトさまにいっぱいいるので、いいかな、なんてね。

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