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a beautiful day

梅雨真っ盛りの7月上旬、期末試験直前。
ただでさえ出席日数が危ぶまれる『日本警察の救世主』に目暮警部達も気を使い、ここ数日は連絡をしてこない。学生の本業は、当然学業なのだからもっともなことである。

「こんなときだけ気を使われても、、、」とはその当人談だが、はっきり言って新一の頭脳を持ってすれば、3年間もかけて高校など卒業しなくても、さっさと大検(大学入学資格検定)を突破し、海外の大学に入学するのも容易いはずである。
しかし、彼がそうしないのは、そうすることを望まない彼なりの理由があるからだった。

アメリカでの生活経験がある新一は、この日本独特の時期、つまり梅雨が苦手だった。
あまりの蒸し暑さにぐったりと背筋を丸めて歩く新一の横を、久しぶりに並んで帰る幼馴染み、もとい、まだ呼び慣れない“恋人”の蘭が、「どうせ聞いてなかったんでしょう?」と試験範囲の説明や時間割りなどをちょっと高めの良く通る声で説明してくれている。
彼女の周りだけ、両親が住む、あの『天使の街』の空気が漂うようにカラッと爽やかだ。
一瞬だけ目を閉じて、高く深い青色の空を思い出してみた。

「ねぇ、ちゃんと聞いてるの?」

急に目の前に回り込んだ蘭に正面からぶつかりそうになって、新一は慌てて立ち止まった。
わざと頬を膨らませて見上げられた瞳も、無理矢理寄せられた形のいい眉も、鞄を小脇に抱えて両手を腰にあてているその姿も、本人の意図に関わらず「そう言えば、小さい頃からたまに予測のつかない動きをする奴だったな」などと新一を思い出し笑いさせるのに成功しただけだった。

「心配すんなって。何だったらオレが徹夜で試験勉強手伝ってやってもいいぜ?」
「何言ってんの、バカッ////そっちこそ、音楽のテストで泣きを見ても知らないわよ?」
「はぁ?音楽のテスト?おめー、んなことひと言も、、、」
「なーんだ、聞いてたんじゃない。いっつも上の空なんだから。人の話はちゃんと『聞いてます』って態度を示してよね。ったくもう。」

口では軽く怒ってみせながら、しかし、どこかいつもと違う大切な人のわずかな変化を、 新一が見逃がすはずはなかった。
では具体的に何が?と聞かれても困るのだが、あえて言うとしたら、空気、か。
目には見えない優しいベールに包まれたその姿に、新一は奪われっぱなしの気持ちを押さえることだけで、それはもう必死なのだ。

再び並んで歩き始めたところで、蘭が予想もしなかった言葉を新一は返した。

「何かいいこと、あったのか?」

言い返されたら何て反撃しよう、とひっそり考えていた蘭は、ちょっと拍子抜けしてしまった。
ようやく「え、どうして?」と聞き返すと、「それはオレが名探偵だから♪」というふざけた答えを平然と投げかけてくる。
でも、そのあとに見せたやわらかい笑顔に、自然と鼓動が早くなるのを蘭は感じていた。
幼い頃から見慣れた顔だけれど、例の事件を解決してから一層精悍さが増したというか、大人っぽくなったというか、、、。急に見つめられたりすると一気に心拍数が上がってしまう。

そんな気持ちを悟られたくなくて、少し頬が熱いのを自覚しながら視線を外すように空を仰いだ。
でも、真実を見分ける、その澄んだ瞳からは逃れられないことを、長年の付き合いで良く知っている。

「うん、まあね。なくもない、かな。」

普段とは正反対に、ポツリ、ポツリと答えた。ますます顔が熱くなっていくのがわかる。
だって、理由が理由なのだから。

「何だよ?」
「たいしたことじゃ、ないの。多分、新一だったらあきれて笑っちゃうようなことだもん。」

チラリと知的好奇心をつつかれた新一が話を先へ促すと、照れくさそうにして蘭が続けた。

「絶対、笑わないでよ?———ただね、公園のお花が綺麗だなぁ、とか、今日はいい天気で良かったなぁ、とか、、、今日、一緒に帰れて嬉しい、とか、、、そういうこと////。」

あまりの恥ずかしさに耐えきれずに数歩駆け出してから振り返った蘭を、眩しそうに新一は見つめた。
そういえば試験の前は事件の連続で殺伐とした風景ばかり見てきたせいか、どうも周りを見渡す余裕をなくしてしまっていたのかも知れない。
綺麗なものを綺麗、と素直に言える。
そんな蘭の純粋さに、いつも心を救われてきた気がする。意識しなくても、自然と笑顔になっていく。

これだから、離れられない。まだそう伝えたことはないけれど。


そうとは知らず、いったい何を取り違えたのか、蘭が半目になって睨み返してきた。

「あ、今、単純な奴って思ってたでしょ?」
「そんなことねぇよ。ま、おかげで助かったけどな。」
「わたし、何もしてないよ?もしかして、何か困ってることでもある、とか?」

さっきまでの威勢の良さを一気に吹き飛ばして心配そうに見上げてくる大きな瞳に捕まってしまい、危うく動けなくなる一歩手前でどうにか踏み止まって、新一は最短の答えを並べた。

「別に。何も。」
「ふぅん、そうなの。だったら良いんだけど。、、、変な新一。」
「悪かったなっ」

端から見たら、どう見ても痴話げんかにしか見えない二人。
そうこうしている間に、毛利探偵事務所の前まで来てしまった。

「明日からテストなんだから、寝坊しないように早く寝るのよ?じゃあね。」

くるりと向きを変えて、階段を数段上ったところで急に立ち止まり、何か考え込んでいる様子が背中から感じられた。新一が?を浮かべて見ていると、その視線に気付いたのか、蘭が小走りに1階まで戻ってきた。

「あのね、ほんとはね、、、、、。」

“何だって素敵に思えるのよ。新一が傍にいてくれたら。”

耳もとでそう囁くと、今度は一気に階段を駆け上っていた。
一方、囁かれたほうはというと、、、季節外れの桜が咲いたように辺り一面を淡いピンク色に染めながら、見事にその場に固まってしまっていた。

− The end −


私にしては、明るめなお話なんですけどね。どうでしょう?
でも、あんな引っ掛けるような言い方、蘭ちゃんはきっとしないね。ごめん、蘭ちゃん。
新一ってば、気障なくせに、ここ一番のときはものすごく照れ屋さんですよねvvv
そこがかわいいと言えば、そうなんだけど(笑)。
今回は蘭ちゃんに頑張ってもらいましたが、いずれはちゃんと自分で言うのよ、新一!

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