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とある午後のひととき。 おっちゃんは朝から競馬新聞を片手に飛び出して行ったし、オレは、博士の家に遊びに行ってくる、と言って出掛けていることになっている。 いや、実際に博士の家に来てはいるのだが、本当に遊びに来たわけじゃない。 ほんの束の間の、本来の時間を取り戻すため、だ。 阿笠邸の客間を借りて、そらで携帯のボタンを押す。あらゆる“万一”の事を考えて、メモリには何も入れていない。勿論、履歴も残さない。 前回は駅前の公衆電話からかけたのだが、ちょうど選挙期間中で該当演説がうるさく、そんな至近距離で地域限定情報を流されては、何処から電話しているのか、蘭に特定されてしまう恐れもあった。だから今日はわざわざ1人になれる空間を博士に提供してもらったのだ。 灰原はあいかわらず地下室の住人と化しているし、博士も論文を書くとかで、書斎に篭ったままだ。 これで、誰にも邪魔されず、声だけでもあいつを一人占めできる。 コール音を待つあいだももどかしい。 部屋の中をぐるぐる回りながら、愛しい人の声が、オレの、本当の名前を呼んでくれるのを待つ。 「もしもし、オレだけど。」 「新一?あんた一体何処うろちょろしてるのよっ。」 久しぶりにかけた電話に、毎度の事だが、やや怒り口調で始まり、その後軽やかに歌うような声で、学校の出来事、見に行った映画の話、偶然遭遇した事件の話など、次から次へと切れ間なく、蘭はいろんな話を披露してくれる。 気のせいか、間近で聞いているときよりも受話器越しの声は甘く、オレの胸に染み込んでくる。 半分以上は知っている話だが、それでも、蘭の口からこぼれる言葉が、今この瞬間はすべてオレ自身のためだけに向けられているのだと思えてしまって、勝手にそう聞こえているのかもしれない。 部活の話の後で、蘭は突然、オレの呼吸をたっぷり5秒間は停止させるようなことを言い出した。 「それで“厄介な事件”の捜査は進んでるの?」 「え、あ、まぁな。でも、まだ当分かかりそうなんだ。・・・悪いけど、これ以上は言えねぇ。」 不覚にも動揺してしまった。それを気取られないよう、機密保持は探偵の掟なんだ、とか何とか言って、笑ってごまかしておいた。 「それくらい、わかってるわよ。私だって探偵の娘なんですからね。」 「ああ。ほんと、悪いと思ってるよ。」 「でも、新一にしては、ちょっと時間かかり過ぎなんじゃない?」 一瞬、言葉が出てこなかった。 深意はないのだろうが、蘭は、ときどきこんなふうに、的を得たことを何の迷いもなく、さらりと言ってくる。 「まぁ、いろいろあんだよ。」 「そっか、、、。」 無意識に語気が強まってしまった。俯いてしまったであろう蘭の姿が脳裏をかすめる。 どうやって元気づけたらいいものか、と思案していたところ、予想外に明るい声が返ってきた。 「じゃあ、まだしばらく帰って来ないんだよね?」 「、、、何だよ、やけに嬉しそうじゃねぇか、オメー。」 「そんなこと、ない、、、よ。あるわけないじゃない、バカ。」 また、やってしまった。 自分の弱いところを見られたくなくて、虚勢を張って、それで結局は蘭を泣かせる。 毎回進歩ないよな、オレは。 急に静かになってしまった受話器の向こうに、飛んで行けるものなら、そうしてやりたい。 そっと、涙を拭ってやりたい。 でも、今では随分慣れてしまったこの小さい体じゃ、精一杯背伸びして手を伸ばしてたとしても、蘭の頬に触れることすらままならない。 だから今は、ありったけの気持ちを込めて、こう言うしかないんだ。 もう何度同じ台詞を言ったのか、わからないけど。 「この事件が解決したら、真っ先におまえに、蘭に会いに行く。だから、安心しろよ。」 「、、、、、うん。」 ちょっと遅れて、わずかに語尾の震えた返事が聞こえた。いまいちどう反応したら良いものか考え倦ねていると、その空白の重みを先に払拭したのは、蘭の方だった。 「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」 「早く帰って来い、以外なら何でも聞いてやるさ。とにかく言ってみろよ。」 これ以上のマイナス因子があいつの心を埋め尽くさないように、できるだけ、何でもないような声を装って言った。 卑怯なやり方だ。自分が辛いから、一番に叶えてやりたい願い事を最初に潰しておくなんて。 これが最善じゃないことだけは、わかっている。だけど、今は他に方法を知らない。 実際のところ、オレはもう、壊れているのかもしれない。 こうして自分自身を偽ることでさえ、もう、すっかり慣れてしまっているんだ。 「朝晩肌寒くなってきたからね、新一の家の掃除するついでに、衣替えもしておこうかと思うんだけど。」 「博士から合鍵受け取ってんだろ?だったら、別に掃除なんかしなくたって、蘭の好きなとき、いつでも自由に出入りしてくれていいぜ?」 「一応断っておかないと、なんか気がすまないっていうか、落ち着かないんだもん。」 いくら「何でも好き勝手にしていいよ」と言っても、オレがいないとき、蘭は絶対にそういうことはしない。それが蘭らしい、と言えばそうなのだが。工藤家に入るときは、オレが電話したとき必ず事前に知らせてくれるし、直接連絡が取れなかったときには、あらかじめ断りのメールを入れておいてくれる。 くすくすと笑って、蘭は言葉を繋げる。 「それでね、もし良かったら、新一が昔使ってた、あの青い毛布を借りてってもいい?ほら、小さい頃お泊まりさせてもらったときに、よく二人でくるまって寝たじゃない?」 「そりゃ別にかまわねぇけど、何で今更?あれって確か子供用の小さいサイズだったから、おめぇが使うにはちょっと丈が短過ぎるんじゃねえの?」 確か捨ててはいないと思うから、クローゼットかどこかにしまい込んであったのを、何かの拍子に見つけていたのだろう。 あの頃 —— ちょうど今のオレのこの姿より少し前。 おっちゃんと英理さんはすでにややこしい関係になっていて、何か問題があれば、工藤家で蘭を預かることが恒例となっていた。蘭は「お泊まり会だねv」といって大人達の前では嬉しそうにはしゃいでいたのだが、夜、オレの部屋に並べられたベッドの上で、じっと窓の外を見つめていたのを、オレは知っている。潤んだ瞳が、月明かりに悲しく揺れていたのを、、、。 自分なりに、自分の両親がどういう状況でいるのか、気が付いていたらしい。 泣かないように必死に耐えているその姿は、ひたすらに健気で儚く、人並み外れて固い涙腺を持ったこのオレでさえ、目の縁が熱くなってくるほどだった。 そのときのオレはといえば、いつのまにか黙ってオレのベッドに滑り込んでくる蘭を、眠りにつくまでそっと撫でてやるのが精一杯だった。あいつは決まって毛布の角のところをぎゅっと握りしめたまま、オレの方にすり寄ってきたっけ。 人の心の痛みを、敏感に感じ取ってしまう。 小さい頃から、とにかく蘭はそういう子だった。 どこまでも気を使う、優しすぎる蘭。 ・・・・・一番傷つけているのは、このオレ自身か。 くっと自嘲の笑みがこぼれてしまった。それを自分が笑われたと勘違いしたのか、蘭は普段より少し早い口調で、慌てて言った。 「だって、あの毛布、すっごく肌触りが良くって気持ちいいんだもん。それに、、、」 「それに?」 なかなか続きを言おうとしない蘭は、真っ当な理由を突き付けてきた。 「いいじゃない。さっき『好きにしていい』って言ったの、新一だよ?」 いつもどおりの、良く通る、ちょっと高めの声でそう切り替えされると、これ以上何も聞けやしない。 自分なりに納得のいく答えを導きだして、そりゃ、そうだよな、と自問自答するように蘭に告げた。 考えてみれば、蘭が“自分で使う”とはひと言も言っていない。 それはきっと、この小さな居候のためのものだろう、と己の小さな右手を見て思った。 いつもと変わらない、そんな蘭の気遣いを素直に喜べないでいる自分が、ただ空しかった。 重ね過ぎた嘘と、焦燥感と言う寄生虫に喰い荒らされて、すっかり穴だらけになっているオレの心は、こんなにも貧しいものになってしまったのだろうか。 蘭に、会いたい。 本当の、オレの姿で。オレの声で。 会いたい。 会いたい。 会いたい。 ただ、それだけを胸に、オレは虚構の中を生きている。 この気持ちだけは、どうにも止まらない。 オレの存在自体が罪だと言うのなら、いくらでも罰を受けてやる。 だから、これくらい、あいつを想うことくらいは許してほしい。 少しずつ傾いてきた太陽がオレンジ色の光を放ち始めた。 それは、タイムリミットが近付いて来たという証。 この電話を切れば 工藤新一の時間は終了する。 また、この偽りの姿で日々を繋いでいかなければならない。 「じゃあ、そろそろ切るね?コナン君ももうすぐ帰ってくるだろうし、夕飯の支度しなくちゃいけないから。」 「ああ、また電話するよ。」 「うん、待ってる。またね。」 「またな。」 電話を切るときの蘭の最後の言葉は、いつも決まって『またね』だ。 必ず、次へと続く言葉をくれる。 もう少し新一のままでいたくて、携帯を耳に当てたままの格好で、夕陽に染まる窓から外を眺めていた。 今は、蘭の残してくれた声しか耳に入って来ない。 何度、その言葉に救われたか、計りしれない。 大丈夫。まだ、戦える。 不思議と、そう思える力が湧いてくる。 薄暗くなってきた空と引き換えに、新一からコナンへと切り替わろうと電源ボタンに手をかけたとき、突如、愛しい人の声が響いてきた。 「・・・新一、まだ聞いてる?」 え?と思うよりも早く、体は反応していた。 「蘭?どうした?何かあったのか?」 ありきたりな返事だ。 ここぞってときになると、いつもはこの雄弁な口も、その役目を果たしてくれやしない。 「あの、さっきの話、ね。子供っぽいって笑われるかと思って、言い出せなかったんだけど、、、、」 黙って先を促すと、蘭は丁寧に、そして最後はちょっと照れた様子で一気に言うと、今度はすぐに電話を切った。 「あの青い毛布に触れてると、、、何だか新一が傍にいるみたいで、安心できるの。それだけ、言いたかったんだ・・・じゃ、またねっ。」 あいつ、知ってるんだろうか。 青い毛布、英語で言えば、Blue blanket。 文字どおりに訳せば『青い毛布』と言う意味だ。しかし、それとは別に『安心感を与えるもの、お守り毛布』という意味もある、ということを。 悔しいけど、今はまだ、あの毛布に、その役割を果たしてもらおう。 だけど、いつの日か、蘭の事を丸ごと包み込めるくらいの男になって戻ってくるから。 絶対に。 蘭、おまえだけのために。 オレは、自分自身を取り戻すんだ。 携帯をポケットに突っ込み、博士に挨拶してから、オレは蘭の元へと急いだ。 |
Web上の英和辞書で単語を調べていたときに見つけた、素敵な言葉から妄想スタート(笑)。
私の中で「青」は新一のイメージカラー。だからここのサイトは青色が基調なんです。
英和の辞書って、けっこう素敵な言葉が紛れ込んでいるものです。
それを探そうと思って見つけるのは容易くないのですが、今回はほんと、ラッキーな偶然。
(この単語見つけたの、仕事中だったりして。速攻、メモった。、、、あははは。)
naturalのけいか様より、素敵な挿絵イラストをいただきましたvvv
「合作しましょう!」という素敵なお誘いをいただいて、調子に乗って
押し付けたのがこれでした。
どんなイラストになるのかなぁ、と思っていたら、ちび新蘭だったのねv
不安げな蘭ちゃんを優しい瞳で見つめる新一。じーんっ・・・大感動。
わたしも癒されてます。有難う、けいかさんv
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