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Autumn flavor

三日麻疹のような夏の恋も終わり、そして迎える、秋。
『本物』の気持ちを求めて、誰もが人恋しくなる、そんな季節。




あれほど厳しかった残暑も、秋分の日を通り過ぎる頃には、日中の気温でさえ快適な数値を示すまでに下がってきていた。
いまだに夏用の薄地のスカートを着用している者もいるが、そのままでは夕方の下校時には肌寒く感じられるくらい、朝晩の冷え込みが増している。
長袖のシャツにネクタイとベストという、男子にはない組み合わせの女子生徒の制服は、春先と今この時期だけの期間限定だ。
衣替えの時期も制定されてはいるのだが、普通、決められた日にいきなり寒くなったり暑くなったりする訳はないし、体感温度にも個人差があるので、事実上あまり効力を持たない校則ではあった。
それでも、高校生活最後の1年となると、いろいろ感慨深く感じられるものである。

「もうすぐ衣替えかぁ。なんだか、いろんなことが最後になっていくんだね」

ぽつりと右隣から漏れてきた、わずかに湿り気を含んだ声に、そうだな、と素っ気なく新一は答えた。
その横目には、開け放たれた窓から流れ込む秋風に、長い黒髪が揺れているのを留めながらも、手元の動きは止めず、黙々とシャーペンを走らせている。

高校3年の秋は、これまでとは比べ物にならないくらいに、短く感じられる。
文化祭や体育祭などの花形行事も目白押しで準備に大忙しなのに加え、いよいよ本格的になってきた受験戦争の幕開けに向けて、本業である勉強もおろそかにできない。
推薦入試を狙っている生徒達にとっては、今から正念場といってもいいだろう。

帝丹高校全体がそんなせわしない雰囲気に包まれている中で、この二人——工藤新一と毛利蘭は、周囲から浮き立つように、のんびりと図書室の角の自習コーナーを占領しているように見えた。
3人掛けの長椅子の窓側に陣取っている蘭の目には、眼下に見渡せる校庭のあちこちで、体育祭で競われるクラス対抗ダンス合戦の練習や、入場門の設営、文化祭の劇に使う大道具の組み立てなどで動き回る生徒達が映し出されている。

「ほら、早く済ませないと、出遅れちゃうよ、新一」
「わーってるよっ!そういうオメーは大丈夫なのかよ?」
「誰かさんと違って、日頃真面目に取り組んでるから平気よ」
「あ、そう」

ほんの数瞬、穏やかな表情で外を眺める愛しい人の横顔に見とれていると、どうしてだかすぐに見つかってしまう。
そして蘭からその都度注意を受ける・・・のを幾度も繰り返している。

体育祭においては、ダンス以外はほとんど個人競技なので、事前準備が必要なのは担当の実行委員のみだ。
しかし、文化祭は全員参加を常としているため、勝手に傍観者を決め込む訳にはいかない。
新一と蘭のクラスの出し物は、主役二人の猛反対を押し切り、残り全員の一致で、去年やむなく中断せざるをえなかった『シャッフルロマンス』の再演と決まった。
クラスメイトもそうだが、それより何より、周囲からの要望が非常に強かったのだ。
しかし、ストーリーは脚本家によって更にパワーアップされている。
当然のごとく今年もその監督・脚本を一手に引き受けた園子の得意げな表情が、新一の脳裏に忌々しく蘇ってきた。

「こんなことになるかもしれないと思ってね、去年のセットも衣装も全部家の倉庫に残しておいたんだ♪」

エライでしょ?などと言って、園子は新一を呆れさせるのにあっさりと成功したのだった。
実はその後に、新一と園子の間には、蘭にもオフレコの会話が交わされていたのである。

「まさか新一君、蘭の相手役をやらないとか言わないわよね?」
「やだね。オメーの考え出した、少女趣味丸出しのあんな恥ずかしい台詞、言えるかってんだ!」
「新一君にそんなこと言われる筋合いはないはずだけど?ま、私はいいのよ、別に新一君じゃなくても。だけど、蘭が他の男に、あんなことやあんなこと、されても良いの?」
「おい・・・蘭が何されるって?」
「さあねぇ。それはこれからのお楽しみ、ってやつよ。で、やるの?やらないの?」

三日月型に笑う園子の眼差しに、無論新一が反対する余地はなかった。


このオレが、自分以外の男に蘭を触らせたりするはずがない、というのを十分に心得ているからこそ、の言動だ。
まんまとはめられた、という気もしないでもないが、実際は園子の思惑通りなので、反論はしないでおいた。
確かに、他のやつにあんな美味しい役どころを譲ってやる程、オレは人間できてねぇからな。


そんな不愉快な残像が瞼にちらついて、新一は無言のまま、思いっきりしかめ面をしてプリントに対峙していた。
本来なら二人とも舞台の練習に参加していて当然なのだが、いつものように事件で授業に穴を開けまくっている新一のために特別に用意してもらっている個別プログラムの課題は、その残量も半端ではなく、ついに担当教師から捜査への協力停止命令を出されてしまったのだ。
勿論、警視庁への連絡も入れられており、目暮警部達もよっぽどでない限りは新一を呼び出すことはしなくなっていた。

(これは相当機嫌悪いわね、新一。でも自業自得なんだから、頑張ってもらわないと・・・)

新一の邪魔にならないように小さく笑うと、すっかり頭の中に入ってはいるものの、蘭は舞台の脚本に目を落とした。
蘭も新一について図書室にいるのは、「工藤は毛利の言うことしか聞かないから、また逃げ出さないように監視役やってくれ」と前科のある新一の見張りを担任に頼まれたからだ。


「毛利さん、ちょっと」

貸し出しデスクにいる図書室司書から遠慮がちに声を掛けられ、ちゃんと課題進めるのよ?と新一を制してから、デスクに向かった。
言い付けの通りに課題を進めつつ、新一は耳だけをデスクのほうへ集中させた。

「どう、工藤くんの課題、はかどってる?あとどれくらいかかりそう?」
「3分の2以上は終わってると思います。すみません、うるさかったですか?」
「いいえ、そんなことはないんだけど、私、もうすぐ職員会議があるし、この子達もそれぞれクラスの用事があるし。残ってるのは、あなた達二人だけなのよ。もし良かったら、教室で続きをやってもらう訳にはいかないかしら?」

わかりました、と答えようとした寸前、ぐっと腕を引かれた蘭は仰け反るように後ろに下がり、変わって新一が答えた。

「あんなうるさいところで勉強なんて出来ませんよ。何なら、ここの戸締まり、僕がやっておきますけど?」
「そう?じゃ、悪いんだけど、ここの鍵、あとで管理員室に届けてくれる?」
「任せてください。責任持って対処しますから」

新一の、眩しいほどの営業用スマイルにすっかり安心した司書は、残りの図書委員達を引き連れて退室して行った。
新一自身が高校生探偵として有名なのは勿論だが、この司書は、新一の父親である小説家・工藤優作を尊敬していることもあり、また昨今の高校生にしては珍しく相当な読書家である新一のことを、信頼のおける生徒として認知していた。
だから、あっさりと新一の申し出を受け入れて鍵を預け、さっさと会議に出掛けて行ったのだった。

あまりにもスムーズな会話に口を挟む余裕もなかった蘭は、内側からも掛けられる図書室の入り口の鍵を後ろ手に閉めた新一から、1歩2歩と後退りして距離を保とうとした。
さっきまで気だるそうに課題に取り組んでいたその瞳に、何か別のものが宿っているのを敏感に察知したからだ。

気がつけば、さっきまで座っていた自習コーナーのところまで、追い込まれていた。

「し、新一、課題は?まだ終わってないんでしょ?」

小さな抵抗も空しく、新一の気迫のようなものに押されて、新一が座っていたほうの椅子に、そのままストン、と収まってしまった。
工藤新一を押え込めるのは毛利蘭のみ、というのは帝丹高校の誰もが知るところなのだが、実はその逆もまた然り、ということを知る者は、園子を除けばほとんど皆無だ。
他人の前では、蘭の言う事を素直に、あるいは文句を並べながらも聞いている新一なのだが、二人きりになると、これが同一人物かと疑うくらいに態度を豹変させ、ある意味で蘭を困らせては楽しんでいるところがあるようだ。
誰に聞くこともしないが、少なくとも蘭にはそう思えた。
満面の笑みを浮かべた新一は、腰を折って蘭の目の前に鼻先が触れそうな距離まで自分の顔を近付けた。

「蘭がちょっと協力してくれたら、すぐ終わるんだけどな」
「駄目。それは新一のための特別課題なのよ?用意してくださった先生達のためにも、新一が自分でやらなくちゃ、意味ないじゃない」

精一杯強気の視線を新一に向けると、そういう協力じゃねぇよ、と前置きした新一は生あくびと共に大きく伸びをして、蘭の隣に、少し隙間を開けて座った。

「30分、いや10分でもいいから、ちょっと時間くれねぇか?」
「そう言えば休憩とってなかったもんね。10分くらいなら、いいわよ?」
「んじゃ、遠慮なく」

言い終えるのとほぼ同時に90度上半身を倒し、新一は自分だけの指定席を奪取した。
きゃっ、と小さく驚いたものの、蘭は抵抗はせずに新一の頭を預かった。

蘭とてわかっている。
このところ新一がかなり無理して事件の捜査と学業の両立を計っていたことを。
元気そうに見せ掛けていても、本当は随分と疲れていることも。
そういうところを、新一は他人には見せたがらない、ということも。

だから、ときどきだけど、こうやって見せてくれるようになった新一のこんな小さな我侭が、言葉では怒ったふりをしても、本当は嬉しくて仕方ないのだ。
きっと、新一には気付かれているんだろうな、とも思ったけれど、それでもいい。

もし、事件が起きなければ、と言う前提はあるけれど、それでも、やっぱり嬉しい。
だって、高校最後の文化祭を、一緒に過ごせるんだもの。

いつものように、そうっと髪をすくように新一の頭をなでていると、ふいに額に触れられて、蘭は一瞬手を引っ込めてしまった。
蘭の前髪を持ち上げて、新一は落ち着いたようにふんわりと笑って言った。

「もう、傷跡、目立たなくなったな」
「あ、うん。全然平気」
「ほんとに?もっと良く見せて?」

いいわよ、と自ら髪をかきあげて、7月に浜辺で受けた怪我の跡が見えやすいように前屈みになると、その絶妙なタイミングを逃すことなく蘭の首筋に手を回した新一が、素早くキスをお見舞いした。

(いつもと違う角度のせいか、何かすっげぇ照れるな・・・)

自分で仕掛けておきながら今更のように赤くなってしまった新一は、それ以上に真っ赤になって驚きの言葉さえも出せないままの蘭を正視できなくて、体ごと顔を背けてしまった。
少しの間をおいて、静かで穏やかな声が頭上から降ってきた。

「有難う、新一。ほんと、いくら感謝してもしたりないくらい」

その声がどうしようもなく甘く響いてきて、新一は一瞬ここが図書室であることを忘れてそうになってしまった。
どうにか踏み止まって、目線だけ蘭に合わせる。

「・・・ああ、オレも、な。オマエに感謝してるよ」
「え?あのとき、わたしは何もしてあげてないでしょ?」
「まぁ、気にすんなって。そんな細かいことはさ」

今いち府に落ちない雰囲気を背中に感じながらも、あまりの心地良さに、新一は今度は本当に襲い掛かってきた睡魔を追い払うことができなくなっていた。

「10分たったら、無理矢理でも課題に戻ってもらうからね」

と言う蘭の言葉も、半分は夢の中で聞いていた。
一番落ち着ける、大切なオレの居場所。
まだ言ったことないけど、オマエの存在自体がオレに勇気を与えてくれる。

たとえ劇だろうがなんだろうが、絶対誰にも渡さない。
これだけは譲れない、オレの中の約束事。



それから5分ばかりサービスしてくれた蘭に再びお礼としてのキスを頬に落として、さっさと課題を片付けた頃には、既に下校時刻となっていた。
司書との約束通り、戸締まりを確認し、鍵を返却する。
教室の明かりが消えていることを確認してから、二人並んで、家路に就く。

「あーあ、結局、今日は練習に出られなかったね」
「何なら、家で練習していくか?オレ達ほとんど出番一緒だし、そのほうがオレも台詞覚えやすいし」
「しょうがないなぁ。じゃ、お父さんの御飯用意してからそっち行くから」
「ん。待ってるな」

そう言って破顔した新一の笑顔には、どうしても逆らえないな、と思う蘭なのだった。



この夜の練習の成果が出たのか、それとも持って生まれた才能を発揮させたからなのか・・・
文化祭の後日に行われる表彰式にて、『シャッフルロマンス』は帝丹高校史上初の3冠——最優秀主演男優賞、最優秀主演女優賞、最優秀作品賞、を総嘗めにしたのであった。

— END —


秋だし、涼しくなってきたから、一念発起でいちゃいちゃ話を、、、
と思ったまでは良いのだが。無理だぁぁ〜。
頑張ってみたけど、イマイチ甘さが足らない・・・やっぱ、照れます。
管理人がこうだから、うちの新一もヘタレのままなのさ。←ごめん、新一。
いつか、もっといちゃつかせてあげるよ、、、きっと、ね。

ちなみに、蘭ちゃんが負った額の怪我というのは、自作のお話
『Summer Vacation』のときのものです。あしからず。

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