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Wishing on a Star



〜 星に願いを 〜

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コホ、コホッ。
軽い咳が2、3度、台所から漏れてきた。

終業式が終わって気が抜けたのか、蘭は風邪を引いてしまったらしい。
それでも、カウントダウンされていく時間は加速する勢いで過ぎ去り、あっという間に大晦日を迎えていた。
昨日まで半日以上はベッドに横になっていたのだが、大晦日ともなると、やり残していた年明けのための準備をこのまま放置するわけにもいかない。
心配するコナンが制止するのも聞き入れず、蘭はおせち料理を重箱に詰めたり、年越し蕎麦の用意をしたり、と慌ただしく動き回っている。
流石に買い物等の外回りは、小五郎に押し付けていたのだが。

「ねぇ、昨日も熱出てたじゃない?もう少し休んでたほうがいいよ、蘭姉ちゃん」
「大丈夫よ、微熱だったし。ほんと心配性なんだから、コナンくんは」

わざわざ目線を合わせるように少しかがんだ姿勢をとってニコニコと言い返してくる蘭には、これ以上の反論は無駄だろう。
説得するのを渋々諦めたコナンは、少しでも早く用事が済むようにと出来る限りの手伝いをした。

「リストに書いてある物、全部買ってきたぞ」

どっこいしょ、と言わんばかりの勢いで両手一杯の荷物を居間に下ろすと、小五郎はそのままぐったりと座り込んでしまった。
コナンが食料品の入っている袋を台所へ運び、入れ替わりに蘭がコーヒーを差し出す。

「お父さん、お疲れさま。ゴメンね、今日あまり時間ないのに」
「娘が病気だっていうのに、オレだってこれくらいは手伝うに決まってんだろ。まだ本調子じゃないんだったら、今からでも仕事キャンセルしてもらえるよう頼んでみてもいいぞ?」
「だめよ。引き受けたからには、ちゃんとやらなきゃ」
「そこまで言うなら行って来るが、、、無理すんじゃねぇぞ。わかったか?」
「はいはい。あ、ほら、もう行かないと!」

探偵として今やすっかり有名人となっている小五郎は、『年末年始、犯罪撲滅キャンペーン』と銘打った特別生放送番組に、コメンテーターとしての出演依頼を引き受けていた。
しかし、大分良くなったとはいえ、まだ完全ではない娘と小学生だけを残して家を空けることに、小五郎は何度か抵抗しては玉砕していたのだった。

コーヒーを流し込んでから、出掛ける支度を整えるため、小五郎は階下の探偵事務所へ向かった。
蘭に頼まれて着替え用のシャツを届けに来たコナンに、小五郎が詰め寄る。

「おい、コナン。蘭が無茶しねぇよう、おまえがちゃんと見張っとけよ。いいな?」
「任せといてよ、おじさん。それより急がないと遅れちゃうよ!」

コナンに背中を押され、事務所の電話を留守電にし、戸締まりを確認してから、「じゃ、行って来るぞ」と踊り場から一声掛けた小五郎を、蘭は上半身だけを玄関のドアから覗かせて見送った。




急ごしらえの年越し準備もどうにか整った頃には、すでに夕方に近い時刻になっていた。
きっと園子辺りと初詣での約束でもしているのだろう。
どことなくソワソワとした蘭の様子に、コナンは気が付かない振りをして無視を決め込む。

「ねぇ、コナンくんはどこかに出掛けたりとか、しないの?」
「小学生同士じゃ、こんな時間からはどこにも行けないよ」
「そ、そうね。あ、じゃあ、阿笠博士と約束とかしてないの?」
「・・・蘭姉ちゃん、何言っても、駄目だからね。今夜は蘭姉ちゃんを外に出さないようにって、ボク、おじさんに頼まれてるんだ」

シュン、とそれまでの笑顔を曇らせ、目の前でしゃがみ込んだ蘭に「どうしても、駄目?」と深い色の瞳で見上げられると、肩に置かれた両手を引き寄せてしまいそうになる衝動を必死に堪えて、コナンはやんわりと蘭を制した。

「今夜はボクがずっと蘭姉ちゃんと一緒にいるよ。それじゃ駄目なの?」

そう、これは本心。
コナンとしてならこんなにも素直に言えるのにな、と内心では自分自身に毒づいているのだが、蘭の身を案じて、表面上は少し厳しい顔を作って見せた。

「駄目、じゃないけど・・・今夜、どうしても見たい物があるから」

少し遅れて、蘭が返す。
開園25周年記念ということで、トロピカルランドでは例年に比べて更に盛大なカウントダウンの花火ショーを企画している。
どうも蘭はそこへ出掛けたかったらしいのだ。

「駄目だよ、そんな人混みの中へ行くなんて。せっかく良くなってきたのに、また風邪がぶり返しちゃうよ」
「じゃ、せめて、屋上に上がらせて?それならいいでしょ、ね?お願いっ」

額がくっつきそうなくらいに近付いて懇願する蘭の表情に、ここでコナンはあっさりとノックダウンされてしまった。

蘭のヤツ、一度言い出したら引かねぇからなぁ。

とは言えないから、「じゃ、ボクも付き合うから」とだけ答えて、白旗を上げたのだった。





軽い夕食の後、少し間を置いてから二人で用意した年越し蕎麦も食べ終わり、今年も残り30分となった頃、蘭とコナンは事務所兼自宅ビルの屋上に出ていた。
直に座って底冷えしないように折り畳み式の簡易椅子と、暖を採るためのホットティの入ったポットとカップを、テーブル代わりに置いた段ボール箱の上に用意してある。
毛布にカイロ、マフラーで完全防備させた蘭の背中越しに、コナンもトロピカルランドの方角を見つめていた。

いくつもの小さな光が目に入ると、数瞬遅れで花火の爆裂音が届く。

「始まったね」
「うん。随分遠いけど、どうにか見えそう」

ときどき初詣に行く人々が眼下を通り過ぎる以外は、とても静かな、夜。

絶え間なく打ち上げられてきた花火が一瞬やみ、辺りに漆黒のベールが広げられる。
ふと目にした腕時計には、蛍光塗料の文字盤が薄ぼんやりと浮き上がり、あと何十秒かで新しい年を迎えようとしているのがわかった。
蘭が持っていたチラシによれば、真夜中ちょうどにこの花火のメインイベントとして、5000発の花火を一斉に打ち上げる“スター・マイン”と呼ばれる花火が上がるらしい。

言葉を掛けるのも躊躇してしまうような様子で、今か今かと、両手を組んだ姿勢で待ちわびる、蘭。
毛布でモコモコになった蘭の肩に、気付かれないようにそっと手を置いて、コナンもじっとその瞬間を待っていた。


しかし、どうしてこんなに無理してまで、蘭はこのスターマインを見たかったのだろう?
今時、カウントダウンの花火など特に珍しい物ではないし、トロピカルランドの花火だって、過去に何度か見たことがあるはずだ。


突如、空が白く染まり、先程までとは比べ物にならないほどの大きな爆音が耳に飛び込んできた。
闇を切り裂き、いつか大騒ぎした流星群のように光の雨を振らせていく。
その瞬間、声もなく動いた蘭の唇が同じ動きを3回繰り返しているのを、花火の作り出した薄明かりの中でコナンは見つめていた。

早く新一が戻って来ますように。

やがて元の静寂を取り戻した夜空の下、組んでいた両手を解きコナンのほうに向き直った蘭は、極上の笑顔で新年最初の言葉を発した。

「明けましておめでとう、コナンくん。今年もよろしくね」
「おめでとう。蘭、姉ちゃん」

直接名前を呼んでやれないから、ごく僅かに、蘭の名前のあとでブレスを入れた。
これこそ、蘭に気付かれてはいけない。
でも、気付いてほしい気持ちもあり、思わずコントロール範囲外へと発展しそうな自分自身の心を押さえようとして、コナンとしてはただ笑うしかなかった。



綺麗だったね、などと用意しておいたキャンドルを挟んで花火の感想を言い合っているうち、良く見ると、少し蘭の頬が赤みを増しているように見える。
慌ててコナンが蘭の額に手をやったが、熱は出ていないようなので、ひと安心した。

「そろそろ家の中に戻ろうよ、蘭姉ちゃん。もし蘭姉ちゃんの風邪がひどくなったりしたら、ボクがおじさんに怒られちゃうからさ。ね?」
「うん、そだね。“スター・マイン”も見られたことだし、戻ろっか」

居間に戻ってテレビをつけると、小五郎にしては珍しく真面目なコメントを発していて、蘭とコナンは目を合わせて笑った。

「いつもこんな感じだったら、お母さんもすぐに戻って来てくれるのになぁ」
「そうかも知れないね」

そう返しておいて、ふと、コナンの脳裏には蘭の唇の動きが甦っていた。
そうか!
だから蘭は、あんなに“スター・マイン”にこだわっていたのか。




「さ、もう遅いから、コナンくんは寝る時間よ。新しいパジャマはベッドに置いてあるから、着替えてね」
「蘭姉ちゃんが先に寝なきゃ、ボクも寝ない」

まだ平気よ、と言う蘭の言葉を封じ込めてベッドに入るように促すと、先程の花火に満足したのか、蘭は大人しくコナンの言葉に従った。
ドアを閉める前に、戸口で振り返ったコナンの言葉に、蘭は幾分か頬を染めながら言葉を繋いでいく。

「あのさ、蘭姉ちゃん。さっき花火を見ていた時に、何て言ってたの?」
「え、やだっ。コナンくん、聞いてたの?」
「ううん、そうじゃないよ。ただ、何か言ってるみたいだったから、気になって」

コナンくんは信じないと思うんだけど、という前置きのあとに続けられた言葉は、コナンの胸を正確に貫いた。


「早く新一が戻って来ますように、って願い事してたの・・・たとえ本物じゃなくたって、あんなにたくさんの星が降れば、どれかひとつくらいは私の願いを叶えてくれるんじゃないかな、と思って」



語尾が弱くならないように細心の注意を払って、そうなると良いね、とだけ言うと、蘭の視線を逃れるように後ろ手にドアを閉めたコナンは、しばらくドアにもたれたままの状態で、新年の決意を固めていたのだった。









散々約束を破ってきたオレだけど。
この約束だけは、絶対に守ってやるから。


だから、もう少しだけ、待っててくれよな。


− End −





辺鄙な場所にあるこのサイトも、どうにか年を越せそうです。
ここへ来てくださっている皆様へ、私からの年末年始の御挨拶(のかわり)として。
良いお年を、お迎えくださいませ。
そして、来るべき新しい年が、皆様にとって良い年になりますように。

写真は、、、あくまでも、イメージってことで(笑)。もっと良いものが撮れたら変えるかも。

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