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school

across the line

〜 1歩前へ 〜

校庭沿いの桜はその蕾を固く結び、本格的な春の訪れは今少し先になりそうだった。
しかし、受験という名の戦いを終えて新しい環境に夢を馳せる者にも、まだこれからもうひと勝負する者にも、既に来春への希望を見い出そうとしている者にも、今日という日は等しく訪れる。

随分軟らかくなってきた陽光の中、普段より30分遅い登校時刻に合わせて、パラパラと生徒達が集まってくる。
いつもなら何の躊躇もせずに通り過ぎる正門の脇には、年に数回のみお目見えする白い看板が立て掛けられている。
多くの生徒達にとっては、ここが記念撮影の第1ポイントとなっていた。

本日、看板に掲げられた文字とは―――帝丹高等学校卒業式。




「ふあぁー。やっと卒業式か」
「ほんと、良く卒業できたわよね」

クスクス笑いとジト目を交差させながら、通い慣れた通学路を歩く。
こんな風に、制服姿で二人並んで歩くことも、今日が最後。

新一と蘭も、めでたく本日の主役の一員となることが出来た。
蘭の場合は、出席日数や試験は勿論、クラブ活動でも優秀な成績を収めているので、微塵も問題はない。
それに引き換え、新一にはすんなりと卒業を認められない事情があり、事前にいくつか条件が付加されていたのだった。

問題の核となるのは、新一の出席日数。
数カ月に及ぶ休学期間があり、その前にも早退や遅刻を繰り返していたのだから、通常であれば卒業するのはまず無理だろう。
仮に成績が悪いのであれば、教員達もすんなり留年を言い渡すことが出来たのかもしれない。
しかし、『日本警察の救世主』とも称される頭脳の持ち主である新一に、校内の教員が束になって挑戦したとしても、一分の勝ち目もないことを再認識させられることになるのは明白だ。
新一が欠席等をせざるを得ない理由も教員達には良く判っていたし、あえてそれを咎めることもしてこなかった。
むしろ、社会的貢献度に於いては、他の誰にもなし得ないことを高校生の分際でやってのけているのである。
誉められるべきことではあっても、貶められるようなことは何一つないはずだ。
しかし、教員達には教育機関の一員という建て前もある。
そこで苦肉の策を新一に打診してきた。
勿論、最初から新一には拒否権など行使することも出来なかったのだが(拒否したところで、即留年決定になるのは目に見えている)、用意されたのは尋常ではない量の課題提出と、卒業式前日まで毎日補習を受けることを卒業要件とする特別処置であった。



「ほら、ちゃんと背筋伸ばしてっ。そんな疲れた姿のままで皆のアルバムには残りたくないでしょう?」
「あのなぁ。こっちは昨日まで補習出てたんだから、仕方ねえだろ」
「そんなの、自業自得じゃない」

少し高い、けれども心地よい蘭の声をBGMにして、歩きながら、んーっと伸びをする。
その最中に威勢良く背中を叩かれ、新一はわざとらしくよろめいて見せてから、反逆に打って出た。

「じゃあな、蘭にもそっくり同じ言葉を返してやるよ。右側の毛先、跳ねてるぜ?」
「えっ、うそっっ?」
「う・そ」

悪戯っぽく笑いながら、新一は慌てて髪に伸ばそうとしていた蘭の手を取ると、何事もなかったかのようにそのまま歩を進めていく。
突然の新一の行動に驚いて、引っ張られるようなかたちで危う気な歩調をとってしまった蘭は、バランスを崩しそうになり重ねられた手にきゅっと力を込めてしまった。
それでも揺らぐことのない、華奢なようでいて力強い手がしっかりと支えてくれている。


手を繋いだのは初めてではないけれど、今までは夜道を家まで送ってくれるときとか、直接の知り合いがいない旅先でとか、ある程度二人きりの状態のときしかなかったから。
こんな風に、誰が見ているかもしれないシチュエーションの中で堂々と歩くのは初めてのことだった。

心の隅に小さく灯していた夢が叶ってしまい、頬の紅潮と胸のドキドキが隠しきれない。
人の3倍は気障なくせに、新一は人前でこういうことをするのが得意じゃないから、今まで言い出せなかった。
わたしだって、自分でいうのも可笑しいけど相当な恥ずかしがりだから、お互い様なんだけど。
本当は、一度でも良いから、ずっとこうして歩いてみたいと思っていた。

ちゃんと手を繋いで。
隣を歩くだけの、幼馴染みの関係には、きっちりと終止符を打って。


お互いの気持ちを確認しあってからというもの、嬉しかったのと同時に、それまで感じたことのない戸惑いが蘭の中に出現してきたのも事実。

新一は超がいくつか付くくらいの有名人。
そんな人の恋人でいるということは、自意識過剰と思われても仕方がないが、常に他人の目が気になってしまうものだ。
だから、身だしなみにも気を遣ってきたつもりだし、新一の傍にいても恥ずかしくないように、と自分なりに毎日を精一杯頑張ってきた。
馬鹿の一つ覚えのようだけど、一所懸命に頑張ることしか蘭には取り柄がなかったから。



時の流れは誰にも邪魔されずに、季節は確実に移り変わる。
新一と蘭も、お互いの道を進むべく、4月からは別の大学に通うことになっているのだ。

これからは、今までのように四六時中新一の傍にいる、というわけにはいかないけれど。
ゆっくりと、でも着実に一歩ずつ前に進んで行こう。
たとえ目的地は違っていても、二人の気持ちが向き合っていれば、それでいい。

そんな関係を、これからずっと築いていければ良いな、と思う。





急に黙り込んでしまった元・幼馴染みの表情が徐々に滲んでくるのが、繋いだ掌を通して新一にも伝わってくる。
新一にとっての高校生活、特に後半の1年と数カ月では、他に喩えようのない特殊な時間を過ごしてきた。
何度も生命の危機に直面することさえあった。
それでもこうして、この日を迎えられたのは、この暖かな存在があったから。
数えきれない程傷つけては、何度も泣かせてしまったけれど。

突如、軟らかい響きが新一の耳に滑り込んでくる。

「新一、さっきは、自業自得なんて言ってごめんね。新一が頑張ってたこと、わたしが一番知ってるはずなのに」

既にうっすらと赤みを帯びた優しい瞳に見上げられて、新一の鼓動は少し早くなった。

この記念すべき日に、もう二度と蘭を悲しませるようなことはしないと誓おう。
そして、本当に大切なものの存在さえ気が付かず、己のことしか頭になかった自分自身からも卒業しよう。

「あのさぁ、蘭・・・今まで、苦労とか心配とか散々掛けまくって、ほんと、悪かったな」

姿勢を正して、ぼそぼそと俯き加減に紡ぎ出された言葉に、蘭は半分笑顔で半分滲んだ視線を返した。

「済んでしまったことは、もういいの。それより、今こうして一緒に歩いていられることのほうが大事だもん」
「おめぇなぁ・・・あんまオレを甘やかすなよ?」
「へぇ、そんなこと言っちゃうんだ。じゃ、今後はもう心配掛けるようなことはしない、とか言うつもり?」

これから言おうとした台詞を盗られ、新一は口を開けたまま、ふふふっと微笑む彼だけの天使を見返した。

「今、オレの頭の中、覗き見しただろ?」
「失礼ね。そんな事、してないわよ」

急に照れくさくなって、またいつものように減らず口を叩いてしまう。
一瞬空を見上げ、新一が『こら、しっかりしろよ、オレっ』と自分自身に発破をかけ、別の言葉を必死に探す間に、また蘭が先手を打つ。

「確かに新一は、普通の人よりは危ない目に遭う確率も高いとは思うよ。でも、それはわたしだって同じでしょう?いつ、何が、誰に起こるかなんて、わかるわけないんだもん。新一のこと、これからも心配はすると思うし、逆にわたしだって心配掛けちゃうかもしれない。だけど、これだけは忘れないで」

一旦言葉を区切り、特上の笑顔で蘭はこう付け加えた。

「いつだって、新一のこと大好きだからね」

そう言った直後、わずかに固まった新一を見て、蘭は予想外に自分が大胆なことをしでかしたのではないかと思えて、一挙に湯気が出る程赤面してしまった。

自分で告げかったことを全て相手から言われてしまい、新一は自らの広いボキャブラリーをひっくり返して、他の言葉を拾い集めようとしていた。
そこで極上の笑みに捕まって、思わずフリーズしてしまったのだ。


何だか今日は、蘭にやられっぱなしだな。
っていうか、結局はいつだってそうなのかもな、オレ。
ようし、ここは直球勝負。
どれだけ言葉を飾り立てても、結局伝えたい言葉は、たったひとつだけだから。

「確かに、これからも心配掛けちまうかもしれないけど、ひとつだけ心配しなくていいことがあるぜ。蘭へのオレの気持ちは、一生変わらない。蘭だけを、愛してるよ」

言い終えてから、初めて口にした『愛してる』という言葉に、新一自身どうにも照れくさくなって思わず蘭から目をそらしてしまった。

繋いだままでいる掌からお互いのドキドキが行き来して、更に二人の心拍数を押し上げていく。
静かに身動きし始めた蘭は、空いているほうの手でコートやジャケットのポケットの中をごそごそと探りだした。

新一はひと足先にお目当てのものを見つけだし、無言で蘭の目の前に差し出した。
きちんとアイロンが掛けられている、チェック地のハンカチ。勿論、蘭が用意したものだ。

「まだ式は始まってねぇんだから、本番まで涙は溜めておけよ?」
「大丈夫、今日はきっと泣かないよ。卒業式だっていっても一生の別れじゃないんだし、また会おうと思えば、会えるんだから」

滲んだままの瞳で強がってみせる姿も、それがまた、愛おしくて。
思わず、奇麗だな、などと不謹慎なことを考えてしまう新一の脳裏に、ようやくボキャプラリーから探し当てた言葉が閃いた。

「じゃ、オレは泣くほうに賭けよっかな」
「賭けるって、何をよ?」
「そうだなぁ・・・例えば、毛利蘭さんの未来、とか」
「ちょっと・・・それ、どういう・・・・って・・・・・・・えぇっ?!」







・・・差し出されたままのハンカチが早速役に立ってしまったのは、最早言うまでもないことである。


― End ―



季節ネタ。ずばり、卒業式。ちょっと書きかけて放置していたものに、加筆修正。
卒業式って3月中旬だと思い込んでましたが、高校の場合は2月末か3月初旬だったのよね。
そんな遠い昔のことすっかり忘れてまして、慌てて書き上げました。
こういうときにも、やっぱ泣けなかったんだよねぇ、私。
「生きてさえいれば、また会えるんだもの」という、確信があったから。

今でも、確かにその通りだと思うのよ。
でもねぇ、、、まさかこんなにも早く、言葉通りの意味を実感するとは思わなかったな。
だから、生きるということには、格好悪くても一生懸命になって良いと思うのです。

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