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the Three Wishes

〜 世界で一番贅沢なもの 〜

「こうしてると、あったかいね」
「・・・そーかぁ?」

心ここにあらず。声のトーンがそう物語っている。

さっき交わした言葉から、一体何10分経過したと思っているのだろう?
いや、そんなことは蘭が気にする程、新一には気になっていないのかもしれない。

パラリ、パラリ。定期的なリズムで刻まれる、ページをめくる音。
その度に、背中合わせにしている新一の体が少し揺れて、その振動が自然と蘭にも伝わってくる。

久し振りの休日だというのに、新一と蘭はごくいつも通りに、工藤家のリビングで過ごしていた。
本当は二人で出掛ける予定にしていたのだ。
しかし、ここ数年来の異常気象の所為か、3月中旬の東京にしては珍しく雪が降り、交通機関も麻痺気味になっている。
というわけで、仕方なく室内に閉じこもっているのだった。



(やっぱり、こうなっちゃうのかぁ・・・)

歩いても近い距離だが、この寒い中を工藤家までやって来たというのに、新一は見事に書籍の中の住人と化してしまっている。
確かに、「じゃあ、車でも出そうか?」と戸外に出ようと努力してくれた新一を、「事故でも起こったら、大変!」と即座に却下したのは、蘭自身なのだけど。
今日の二人を家に閉じ込めてしまった原因は事件ではなく天気なのだから、地球に腹を立ててみたところでどうにもならない。
蘭は仕方なく、外出先から帰宅して片付けようと思っていた家事を、優先させてみた。
それでも普段からこまめに掃除してあるから、1時間もあれば完了してしまう。

やるべき家事も終え、一段落付いてしまった蘭は、一度夢中になると止まらない本の虫さんに、ちょっと抵抗してみたくなった。
きっとまた、新一が夜更かしして小説でも読んでいたのだろう。
ソファから床に落ちかけていたブランケットを手に取ると、この悪天候を味方に付けて「今日は底冷えするから」などという言い訳を見つけ出し、こうして新一と背中合わせになることを成功させた。
最初は「そんなに寒いんだったら、エアコン付けるけど?」と真顔で聞き返してきた新一も、ちょっと怯んだ蘭の表情を見てからは、何も言わずに黙ってその背中を蘭に貸してくれている。


そう。新一には、全てお見通し。
そんなことに今更驚く蘭ではなかったけれど。

でも・・・今日くらいは、傍にいてもいいでしょう?
誰よりも近い、新一の体温が感じられるくらいの距離に。




甘えたい気持ちとは裏腹に、今日は何日だと思ってるのよ、と心中では新一の悪態をついてしまう。
先月の今日、お互いの気持ちを知ってから迎えた初めての恋人達の日には、世間一般の恋人同士のような時間を過ごすことはできなかった。
新一は受験を直前に控えた身であり、それに加えて出席日数不足をカバーするための山のような課題提出や補習も毎日続いていたから、自由になる時間がほとんどない。
だから邪魔しないように、と蘭は玄関先でチョコを渡してすぐ家に引き返してしまったのだ。

でも今は、日本の最高峰の大学に当然の如く一発合格し、卒業式も無事に迎えた。
ときどき事件で呼び出されることを除けば、新一だって人並みに春休みを満喫できる立場にいるはず。
時間がなくて、という理由は成立しない。

(もしかして、今日がホワイトデイだってこと、気付いてないのかな?
うーん、新一ならあり得る話よね・・・)

無論、お返し目当てでチョコレートを贈るような蘭ではない。
欲しい物、なんて何もない。
だけど、ちょっぴり期待してしまっている自分がいることを、蘭は自覚していた。

新一にしか用意することの出来ない、わたしだけのための『プレゼント』を。

ふぅ、と小さく息をついて、ブランケットの中でそっと膝を抱えた。




パタン、と今までよりわずかに大きい音をたてて、新一は掌の中の推理小説を閉じた。
肩越しに振り返ると、先に目を伏せた蘭がすまなそうに呟く。

「あ、ごめん。やっぱ邪魔・・・だよね」
「イヤ、別に。ちょうど何か飲み物持って来ようと思ったとこだったから。蘭は紅茶でいいか?」
「そんなの、言ってくれればいつでも用意するのに」

新一は、額に落としたキスで立ち上がりかけた蘭を制し、さっさとリビングを後にした。


***


・・・危ない、危ない。

キッチンのドアを締めた新一は、はぁ、と小さく吐息する。
読んでいる、と見せ掛けていた推理小説も、実はページをめくっていただけで。
蘭がわずかに身じろぐ度に、加速度的に間隔が短くなる鼓動を背中越しに気付かれやしないかと、内心ドキドキとヒヤヒヤが交差していた。

今日が二人にとって特別な日であることくらい、そういう話題には疎い新一にだってわかっていた。
昨日の夜、蘭が好きそうな『超絶・ロマンチックコース』をこっそり企てたりしていたのだから。

まずは軽くドライブでもして。
東京を抜け出して少し走れば、この時期なら菜の花が一面に咲く場所がある。
自分の名前もそうだから、と花が好きな蘭を連れて、少し早いお花見でもしよう。
学校はもうないし、時間的な制約はない。
携帯の電源さえ切っておけば、好きなだけのんびりできる。
それから・・・・

今年はようやく、何の誤摩化しも言い訳も用意せずに、堂々と蘭と二人でこの日を迎えることが出来るのだ。
今まで何もしてやれなかった分、出来る限りの手を尽くして、精一杯の気持ちを伝えよう。
一瞬でも1秒でも長く、蘭の笑顔を見ていたいから。


・・・と思いつつハッと目を開ければ、リビングのテーブルに突っ伏したまま携帯の目覚ましの音を聞く始末。
窓の外はすでに奇妙な明るさできらめいていた。

日頃の行いが良くないからよっ、という蘭の声が聞こえてくるようで。
新一は一人、朝から苦笑した。
まさかこの時期に雪が降るとは流石の名探偵でも予想しておらず、考え抜いたこの計画の代替案など何も用意していなかったのである。
幸いなことに雪はたいして積もっておらず、天気も回復してきそうな空模様。
これならドライブくらいは大丈夫だろう、と思ったものの、蘭本人が強く反対したので敢え無く却下。

そこで思考回路が行き詰まり、背中に全神経が向いてしまった状態では更に考えがまとまるわけもなく。
どうにかタイミングを見計らって、リビングに一時避難してきたのだった。


***


新一がキッチンから戻って来るのを待っている間、蘭はソファに置き去りにされた推理小説を手に取ってみた。
実生活でも悲愴な現場を絶えず見ているはずなのに、どうしてわざわざオフタイムにまでこんな血生臭い話を好んで読むのだろう、などと、物言わぬライバルを蘭の細い指がピシッと弾いた。


「それ、読みたいなら貸してやろうか?」

いつの間にか、暖かい湯気とともに新一がマグカップを両手に戻って来た。

「ありがと。でも遠慮しとく」

丁寧に本を机の上に置いて、マグを受け取る。
なにかのスパイスの香りが、ほんわりと蘭の鼻先を掠めた。

「えーと、今日のは・・・アニス・チャイ?」
「残念でした。正解はマサラ・チャイ」

新一はカチン、と蘭のマグに小さく乾杯してそのまま裏庭へと続く窓際へ移動した。
外の様子をうかがってみると、まだ重そうな雲の合間を押し分けて、太陽が遠慮がちに顔を出している。
窓枠にもたれながら、午後からの天気は回復しそうだな、とエスプレッソの香りに目を細めてマグに口をつけた。

新一のことが好き、という蘭のフィルターを取り除いてみても、何の変哲もない仕草でさえ新一にはどこか優美な雰囲気が漂う。
背にした豪奢な窓枠が丁度良い額装となって、まるで一枚の絵を眺めているような気分になる。
やわらかい逆光の中に佇む新一があまりにも眩し過ぎて、蘭の思考も何もかも溶かしてしまう。

ときどき、その存在自体が夢か幻なんじゃないか、と思うことさえあるくらい。


冷めないうちに飲めよ、という新一の言葉が現実に引き戻してくれるまでの間、どれくらい見つめていたのかさえわからない。
その声に一瞬ドキッとした蘭も、慌てて「いただきます」とチャイを口に運ぶ。
スパイシーだけど、ほんの少し、甘さが広がる。

「あ、おいしい」
「だろ?グラニュー糖じゃなくて、三温糖を使ったからな」

読んでいる書物の内容からは想像も付かないほど優しい瞳を向けられてしまうと、たったそれだけのことで「まぁ、こんなひとときも良いのよね」などと、蘭の機嫌はすぐに軌道修正してしまう。

園子がいつも言うように、わたしってば、新一を甘やかしすぎなのかな?
でも、これは新一の得意技。
この瞳を前にすると、嫌なこともみんな吹き飛んでいくような気がするから、不思議。



精一杯の笑顔で「今度、作り方教えてね」と聞くと、新一は「教える程じゃねぇって」とちらりと笑顔を見せながら蘭の隣に移動して来た。
ぽすっ、とソファに収まる。





窓越しに見える空は、少しずつ本来の姿を取り戻しているように見えた。
当初の予定よりは幾分遅くなったが、今からでも外出するには遅すぎない時間だ。
新一がもう一度同じ提案をしてみると、やはり蘭の答えは否定形だった。

「これくらいの雪でもたつくほどの運転下手じゃねぇぞ、オレは」
「違うわよ。そこは全然心配してないけど、でも・・・」
「出掛けるの、嫌か?」
「それも違う」

やんわり否定し続ける蘭の瞳に映る影を、その正体までは不明であっても新一が見逃すはずもなく。
真っ直ぐに見つめ返されて、蘭の方が先に降参してしまった。


「新一はね、もっと自分自身を大事にしなきゃ駄目だよ」
「なんでだよ?このオレを一番甘やかしてるのって、蘭だろ?これ以上、どうしろってんだよ」
「だって、、、新一は『工藤新一』なんだもん」
「はぁ?何言ってんだ、おめぇ?」

怪訝そうな新一の声が、当たり前じゃねぇか、と続く。
俯いた蘭が、更に続ける。

「新一が『工藤新一』だっていうことは、わたしが『毛利蘭』であることとは次元が違うのよ」

ますます訳がわからないという顔になった新一は、2個のマグカップをテーブルに強制移動させると、蘭を体ごと自分の方に向き合わせた。

「おめぇ、また何か、くだらないこと考えてるんだろ?」
「くだらなくなんか、ないもんっ」

日本警察の救世主。
迷宮なしの名探偵。

新一に付けられる形容詞はどれも立派で、決して他の人には付くことのないものばかり。
改めて打ち明けられたことはないけど、今では例の『厄介な事件』絡みで協力態勢にあった、FBIともたまに連絡を取り合っているらしい。
わたしだけの小さなヒーローだった新一は、もう何処にもいない。

皆が新一を必要としてる。
誰にとっても、唯一無二の存在。それが新一なのだから。



今日何度目かのため息とともに、溜まっていた気持ちも吐き出す。

「新一には、わかんないよ。わたしみたいな一般人のことなんか」
「・・・蘭?」
「わたしには新一しかいないけど、新一はそうじゃないから・・・」
「蘭っ!」

きつく名前を呼ばれて、蘭はビクッと肩を強張らせた。
声と同様に厳しい表情で、新一は反らされた蘭の瞳を覗き込む。

「それがくだらないことだって言ってんだよ。そんなにオレのこと、信じられない?」
「違う、そうじゃない。信じられないのは、わたし自身。だから、新一は悪くないの」

蘭は必死に新一の身の潔白を訴える。
一生懸命なその瞳に、今まで幾度となく助けられ、励まされて来たことか。
『ありがとう』の言葉だけじゃ、まだ上手く伝わっていないのかもしれない。

蘭の緊張した肩に手を掛け、あやすようにポンポンと撫でてはその緊張を解いてやる。

「なぁ、蘭。何でも一人で抱え込むのは、蘭の悪い癖だぜ?」
「・・・ごめん」
「ごめん、じゃ、何も解決しないだろ。オレにはちゃんと話せよ。な?」
「うん」
「それと、たまにはおめぇもわがまま言え」
「そんなの急に言えないよ」
「いいから、言えよ。オレからばっかりだと、何ていうか、ほら、不公平だから」

ポリポリと人さし指でこめかみを掻く仕草は、いつもは大人びている新一を年相応に見せてくれるから好き。
突き放されてばかりの背中に少しでも追い付けた気持ちになれる。
ようやく取り戻した笑顔で、ふふふっ、と蘭の表情が穏やかに花開いた。

「わかった。じゃあ、今日の新一は『ジー二ー』なわけね?」

2秒の空白後、「ああ、『アラジンと魔法のランプ』か」と納得がいったらしい。
新一は立ち上がって一礼してみせた。

「それでは、姫。3つの願いを叶えて差し上げましょう」

別に3つ以上でもいいけどな、と軽いウィンクも付け足して、新一は再び着席した。

新一と一緒にいられるだけで、それだけでも史上最高に贅沢なわがままだと蘭には思えた。
これ以上のわがままなんて、言ってもいいの?
もっとわがまま言ってみても、いいの?

ちらりと隣を見上げれば、これ、“マジ願い”だけだぞ、と新一が蘭の瞳に念を押す。

「ひとつ目は、早速だけど、このマサラチャイの入れ方、教えてね」
「オレ、もしかしてからかわれてる?」
「だって本当に知りたいんだもん!二つ目はね、えーっと、そうだなぁ・・・じゃあ、ホワイトデイのお返し、リクエストしてもいい?」
「そんなの、これとは別カウントでいいのに」
「新一、どうせ考えてなかったんでしょ?」
「どうせ、ってなぁ・・・まぁいいや。とにかく言ってみろよ」

頑なに外出を反対された理由が、あんなことだとは思ってもみなかったから。
新一はこっそり考えていた今日の計画を披露することなく、また蘭を責めることもしなかった。

「世界にたったひとつしかない貴重なものなんだけど、いいかな?」
「安心しなって。この名探偵の腕にかけて、世界の果てからでも探して来てやっから」

うっすらと日が差し始めた空を反射して、窓に張り付いた結露が白く輝いていた。
それでも広い工藤家のリビングを暖めるには、二人きりでは人数が少ない。
新一によって首から下をすっぽりとブランケットに覆われてしまった蘭は、新一を再び背中合わせに座るよう促すと、そのままの姿勢で呟いた。

「新一の背中を、くれる?」
「・・・・・?」

細身のわりに、きっちりと筋肉のついた背中。
時に追い掛け、時に包み込んで来たけれど、今みたいにこうしてお互いに支え合っていたい。
だから、何でも話そう。
マイナスもプラスも、それが全部わたしなのだから。

「大勢の人が新一のことを必要としているのは知ってる。それに、新一を支えてくれる人が大勢いることもわかってるの。でもね、新一がこうやって背中を預けてくれる存在がわたしだけならいいのに・・・って、何言ってるんだろ、わたし」
「蘭・・・それって、おめぇ・・・」
「あはっ、勝手すぎるよね、わたし。こんなお願いしちゃうなんて」

いやな子だと思われちゃった?と、蘭はブランケットに顔を埋めて小さくなった。
静かに新一の背中が離れていくのが、振り返らなくてもわかる。
いくら何でも、わがまま過ぎたに違いない。



「それじゃ、蘭のわがままになんねぇよ。まるっきり、オレの願望だから」

突然、蘭の背中一面がふわりと暖かくなった。
左肩には、甘い声。
落としたままの目線の前には、がっちりと組まれた腕。

180度向きを変えた新一が、蘭を包み込んでいた。

「オレの心を預けられるのは、蘭だけだからな」
「わたしも、よ」





ありがと、新一。
今までで一番素敵なプレゼントをくれて。



新一の腕に自分のそれを重ねて、蘭は最後のお願いを切り出した。

「3つ目のお願いを決めたんだけど、言ってもいい?」
「あん?なんだよ?」
「それはね・・・ひ・み・つ。魔法使いさんが消えてしまわないように、一生言わないことにする!」
「オメェ、欲がないのな。『あと100個願い事を増やす』とか、思い付かないわけ?」
「新一って、案外、腹黒いのね?」
「じゃなきゃ、探偵なんてやってらんねぇよ」



後半は笑いながらの蘭の言葉に、新一も笑いを誘われて、リビングの中には一足早い春が訪れていた。


― End ―



一応、ホワイトデイに引っ掛けて、SSを。(ああ、当日ギリギリっ)
背景の写真は、、、会社の机(勿論自分用)のパーテーションに飾っている、2匹。

さてここで問題です。これを見て、次の解答を選びなさい。
解答1→「これって、ボケとツッコミしてるんやろ?」
解答2→「これって、頭を撫でているところでしょう?」
1を選んだあなたは立派な関西人ですね。これは、会社の人から貰ったコメントでした。
でも私としては、可愛がってる情景を狙ってこの配置にしたのよ〜っ(苦笑)
・・・なので、花梨さん的には2が正解。(だからエセ関西人と言われるんだね、私)

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