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*注記* このお話は、和葉ちゃん視点で進みます。 そして、原作に一度も姿を見せていないことを踏まえて、このお話の中では、和葉ちゃんの母親は既に他界していることになっております。 更に、冒頭から後半に差し掛かるまで、かなーり、じめっっとしたお話に仕上がっているため、読後感は良くないと思われます。 「それでもOK、読んでやるわよっ!」 「しゃーねぇなぁ、目だけでも通してやるよ。」 ・・・というお方のみ、ここから先へお進みくださいませ。 |
「ごめんな、お母ちゃん。今日は部活が長引いてしもうて、こっちに寄るのが遅なってしもたわ。」 宛てがわれた個室の戸口で仁王立ちし、まだ肩で息をしてるあたしに向かって、お母ちゃんは薄く微笑んで「おかえり」と迎えてくれた。 寝屋川総合病院。 毎日ここに通ううちに、季節は2つ程変わってしまった。 「和葉かていろいろせなあかんことあるんと違うの?そんな無理して毎日来なくてもええんよ?」 「何言うてんの!あたしが来たいから、そうしてるだけやって。」 ちょうど暮れかかってきた夕陽を見せるべく、あたしはカーテンを開けた。 2階に位置するこの病室のすぐ傍には、しだれ桜の古木が枝を広げている。窓から手を伸ばせば、薄紅色の花弁が指先を掠めそうだ。 夕陽の朱に染められて、照れたように桜も色味を増している。 「ほら見て!まだ3月やのに、もう満開や。きれーいっ。」 「ほんまやねぇ。」 「お花見に行かれへんのは残念やけど、、、でも良かったなぁ、早く見れて。お母ちゃん、桜、好きやろ?」 「そやけど、早く咲くっていうことは、それだけ早く散ってしまうっていうことやから、、、それも寂しいもんなんやけどね。」 「まぁ、そんなん言わんと!今年はアカンけど、また来年お花見に行ったらええやん。な?」 「・・・そうやね。」 あたしの肩越しに広がる桜を見つめながら、少し眩しそうに目を細めて発せられたお母ちゃんの言葉を、あたしはちゃんと聞けてなかったのかもしれへん。 ううん。耳にはちゃんと入ってた。 けど、ちゃんと心で受けとめることが出来てへんかった、と思う。 (この雨、折角今まで残ってた八重桜の花弁も散らしてしまうんかな?) 歯磨きをしながら、洗面台の横の小窓から見える、隣の庭の桜の木を見つめた。 2年前と同じように例年よりも早かった今年の桜は、あの春の日を強烈に思い出させる。 悲しくてやりきれなくて。 でも、みんなが注いでくれた気持ちの暖かさに、救われた日々を。 今朝目覚めたときには既に、しとしとと音もなく雨が降っていた。 予兆はあった。昨夜、平次と並んで歩く部活からの帰り道。 妙に湿った生ぬるい空気が、粘着質の雰囲気であたしの体を取り巻いていたから。 毎朝、気合いを入れるために結わえているポニーテールも、雨の日は髪にも湿気が多く含まれるから、どことなく元気がないようにみえる。 せめてパッと明るい気分になれるように真っ赤なリボンを選び、あたしは無理矢理鏡の中の自分に笑いかけた。 『よし、今日も頑張ろなっ!』 パンパンっと両手で頬を軽く叩き、もう一度気合いを入れ直す。 家中の戸締まりを確認して靴箱から通学用のローファーを取り出すと、柱時計が急き立てるように朝8時を告げ始めた。この音が鳴りだす頃が、ちょうど家を出る時間のタイムリミット。 お父ちゃんは昨日の晩からの遅番勤務やから、家の中に誰もいないのはわかってる。 それでも、玄関口からチラッと見える場所に置いてある、居間のフォトフレームに向かって「行って来ます」と呟いた。 さっと顔を上げ、家からは通学路上にある純和風邸宅へ、色黒探偵小僧のもとへ急ぐ。 勢い良く広げた、今日のリボンと同じ真っ赤な傘で、湿った空気を押しのけながら。 お母ちゃんが好きだったのが、燃えるように鮮やかな真紅。 病室で羽織っていた赤いカーディガンの色がやけに白い肌に映えて、あたしの瞳に、脳裏に、今でも印象的に刻み込まれている。 あれからそのカーディガンは袖を通されることはなく、今はあたしのクローゼットの一番上の引き出しの中に、しまったままになっている。 今でも、誰にも気付かれないように部屋を暗くして、ひとりでこそっと抱き締めることはある。 これは平次も誰も知らん、あたしだけの秘密の儀式。 毎日学校帰りに、病院へお見舞いに行った。 家のこと、学校のこと、部活のこと、ご近所さんのこと、、、それから、ほんの少しだけ平次のことも。 お母ちゃんにせがまれて、いろんな話をした。 どんな些細なことでも、ちゃんとあたしの顔を見ながら静かに聞き入ってくれていた。 そんな毎日の中で、あたしは無邪気に「小学校のときの担任の先生に、赤ちゃんが産まれてんて!お祝いって、何がええんやろ?」なんて、嬉々としてお母ちゃんに相談したりしていたのだ。 「そうねぇ、、、」などと言って、にこにことアドバイスをしてくれたお母ちゃんの瞳は、何処までもやわらかくて、優しくて。 今となっては、この日のことを思い返す度に、胸がぎゅっとなる。 酷い事を言ってしまった、と。 お父ちゃんや平次んとこのおっちゃん、おばちゃん、それに当の本人でさえ知ってたのに、あたしはお母ちゃんが余命幾許もないことを全然知らんかった。 もし知ってしまったらあたしがその重荷に耐えられへんやろうからって、誰もが事実を隠し通して黙っててくれたらしい。 そのすべてが明らかになったとき、、、つまりすべてが終わってしまったとき、当時のあたしは「なんで言うてくれへんかったん?」と周囲の大人達を攻め立てては、ただ頬を濡らすことしかできへんかった。 ううん、違う。 本当はどことなく気が付いてたのに、知らんふりしてた。 事実を確認するのが怖いから。この温かい腕が失われてしまうことを信じたくないから。 少しずつ芽生え始めていた、恐怖にも似た不安とか、あらゆる負の感情から逃げ出したかったから。 自分がこんなにもあかんたれで、どうしようもない「ど阿呆」やってことを認めるのが嫌やったから。 納骨が終わった後、お父ちゃんからお母ちゃんの本当の病名を聞かされた。 病気が判明した時点で、もうどうにもならない状態だ、と言われたそうだ。 そのときに受けた宣告は半年にも満たないうちに、現実のものとして周囲に受け止められることになってしまった。 消えゆく自らの命と、瑞々しく力強く輝く、産まれたばかりの新しい命。 あのときのお母ちゃんは、一体、どんな気持ちであたしの話を聞いてくれてたんやろう? なんであんなに穏やかな笑顔でいられたんやろう? あたしは、自分の厚顔無恥な残酷さに身震いがした。 「知らなかった」ではすまされない。 これは「知ろうとしなかった」あたしの罪。 罪悪感に苛まれ、それで訳もなく平次に突っかかってみたりして、更に悪循環。 ポーカーフェイスなんてあたしには出来へん。だから誰がどこからどう見ても、完全なる八つ当たり。それ以外のなんでもない。 その結果、あたしに散々悪態をつかれた平次の額に、怒りマークを浮かべさせてしまう。 だけど、やっぱりわかってるんやね、平次。 怒鳴り合って辿り着いた曲がり角で、それぞれの家へ向かってくるりと方向転換した直後に、いつもよりも数段軽くポンポンとあたしの頭を叩いてくる。 まるで、「頑張れよ!」って言うてくれてるみたいに。 だからあたしも、「ありがとな、平次。あたし、もう平気やから!」と心の声ではそう答えながら、実際には「いーだっ」と口を精一杯横に開いて、応戦する。 そうやってまた小競り合いを起こし、知らん間に笑顔を引っ張り出されてしまってる。 いつも、元気を貰ってばっかりやね、あたし。 ずっと隣で見てきたつもりやったけど、以前とは比べ物になれへんくらい、平次はすごい勢いで成長してる。 それはきっと、平次と一緒の速度で歩いてくれる存在――工藤君に出会ってからやと思う。 それまでの平次は、ただ無鉄砲に前に進んでるだけやった。けど、今は違う。 必要があれば一旦停止して、いろんな方向から物事を見つめるようになったと思う。 雨後の筍のようにぐんぐん上を目指し、雨雲を飛び越え、その手に太陽を捕まえる勢いで人として大きくなっていってる気がする。 いつかあたしにも、そんな日が来るんやろうか? 雨を弾きながら、急ぎ足で通い慣れた道を行くと、明らかに「遅いっ、何してんねんっ!」というオーラを大放出した平次が、門扉の屋根から落ちる雫を竹刀替わりに振り回した傘で払いながら、あたしを待ってくれていた。 「ゴメン、遅なってしもて。」 条件反射で、つい口から出てしまった。 そう言うや否や、キラーン、と平次の鋭い眼光があたしに向けられ、ちょっとだけ仰け反り気味に予想通りの返事を寄越してきた。 「雨ん中待たせよってからに。ま、ええわ。この貸しはあとで支払ってもらったらええ話やしな。」 「貸し?なんでやの、全然遅れてへんやんか!」 平次の左手を引っ掴んで腕時計を見れば、いつもと同じ午前8時10分。 ここから学校までは徒歩10分。余裕でセーフ、の時間帯。 「ま、細かいことはエエから。そうやなぁ、、、ほな、今回は出血大サービスや。食堂のやきそばパンで手ぇ打っといたるで?」 「だから、なんであたしが、、、」 あたしの反論はまるっきり無視されて、平次の笑い声が雨を蹴散らして響く。 能天気な横顔とその笑顔を見てたら、あたしの心も笑顔になってくる。 「ごちゃごちゃ言うてたら、ほんまに遅刻になるやろ!もしそうなったら、やきそばパンにカツ丼定食も追加オーダーするで?」 「そやから、遅れてへんって言うてるやん!」 朝っぱらから、このハイテンションで言い合いが始まる。 端から見ればちょっとした喧嘩に見えるかもしれへんけど、これがうちららしくて、ええと思う。 言いたいこと言いおうて、笑いたいときは笑う。 これからもそうやって、平次と笑い合っていきたいなぁ。 あのとき笑顔であたしの話を聞いてくれていたお母ちゃんの気持ち。 ずっとずっと「なんでやろう?」って考えてた。 でもな。 美国島での出来事があってから、ほんの少しだけやけど、今はわかるような気がしてんねん。 きっとあれは、お母ちゃんが、命を懸けてあたしについてくれた嘘なんやろうなぁって。 大切な人の表情を、自分の所為で曇らせたくない。 できるだけ、笑った顔を見ていたい。 例え、その笑顔を見ることが出来なくなるとしても。 もしほんまにそうなったら、そんなん、ものすごい嫌やけど。 大切な人の笑顔を守る為なら、自分自身さえ偽れる。 お母ちゃん、心配せんといてな。あたし、大丈夫やから。 平次の笑顔が消えへんように、お父ちゃん譲りのしぶとさでついていこうって決めてんもん。 何たってあたしと平次は、ちょっとやそっとじゃ切れへん『鉄の鎖』で繋がれた仲。 例え、この雨で錆付いてしまったとしても、またピッカピカに磨いてやるんやから! 寂しくなったときは、またこっそり秘密の儀式をすることもあるかもしれへんけど。 毎日毎日、こうやって、笑顔を繋いでいくからね。 雨に負けへん、あの八重桜のように。 見ててな、お母ちゃん。 いつか絶対に、あたしが平次の飛びっきりの笑顔を引き出したるから。 − End − |
なんだか、最初に思い描いていた方向とは全然違う顛末を向かえてしまいました。 どこで間違えたんだろう、私。 実は、8割くらいは実話も入ってます(←いや、私の両親は健在なんだけどね)。 和葉ちゃんに、ほんのちょっぴりだけど自分を投影しています。 (少し前の日記に、ちらりとこの件に関わることを書きました。 ま、覚えておられるかたはいらっしゃらないかとは思いますが) 命あるものには終わりもある。 ただ、それが長いか短いか。納得のいく人生だったか、そうでなかったか。 それは誰にもわからないことなのですが。 日々イライラとする事も多い世の中だけど、できるだけ笑顔でいたいな、と思うのです。 |
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