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いつも、いつでも。 事件が起こるたびに呼び出された新一が、そのまま数日間不在することも稀ではなくて。 あきれた顔の園子から蘭へ、よくそんな身勝手男についていけるわね、と苦言がもたらされることもしばしば。 蘭はその都度小さく笑って、さらりと否定をしている。 別に強がりだとか、そう言う訳ではなくて。 いつも、いつでも。 新一が出掛けて行くたびに、勿論心配はするし、不安にもなる。 事件現場ではあれほど雄弁な新一が、自分自身のことに関してはあまり多くを語らないのも、蘭には当然寂しさが沸き起こる。 それでも新一は、誰よりも深く、まっすぐな瞳でまっすぐな気持ちを蘭の心に注いでくれるから。 どんなときでも新一の心の中には蘭がいる、ということを感じさせてくれるから。 新一が傍にいてくれるなら。 新一の傍にいさせてくれるなら。 それだけが、蘭にとっての夢であり、願いであり、未来でもある。 電話越しに幾度も交わした、いつ叶うかもしれない約束の言葉。 お互いにそれだけを抱えて過ごした、危うげな日々。 それでも、幾多の辛苦を乗り越え、新一は約束通りに蘭のもとへ戻って来た。 新一がちゃんと約束を果たしてくれた、あの日。 泣いてばかりで後ろを振り返ることしか出来なかった自分自身に、蘭はしっかりと蓋をした。 だからもう、蘭の心を惑わせるものなど、何ひとつない。 ただ、恐れていることが、たったひとつ。 蘭がどんなに強く願ったとしても、努力をしたとても、どうにもできないことがある。 誰一人として、時の流れには逆らえない、ということ。 いつかは、新一とも離れてしまう日が来る、ということ。 Fly me into your dream 〜一瞬のきらめきの中で 米花町から30分ほど車を走らせ、緩やかに続くカーブを4、5回通り過ぎた頃。 徐々に高度を上げていく景色に従って目を向けると、ふと、急に視界が開けるポイントがある。 低すぎず、高すぎず。 両手を広げれば、自らの暮らしている街がすっぽりと収まってしまうような距離。 街の喧噪からは切り取られたように静かなその場所は、丘というか小さな山というか、とにかく小し高台になっており、ちょっとした展望台の雰囲気を持っていた。 昼には街を一望することができ、夜にはきらめく夜景に肩を寄せる恋人達がウットリと言葉を交わす場として、絶好のロケーション。 街中からは決して遠くない所に位置しているのだが、地図にも載っていないようなありきたりな場所のため、逆にあまり多くの人には知られていないらしい。 お互いに大学の卒論を抱え、慌ただしく過ごす毎日。 残り少なくなった学生生活もカウントダウンが始まり、これまで以上にすれ違いも多くなる。 厳密に言うと、新一は修士過程へ進むことが決定しており、忙しくしているのはいつもの推理オタクの血が騒いでしまっているためで、いわば自業自得。 一方の蘭のほうは、卒論はもとより司法試験の勉強との相互作用によって、下手をすれば新一よりも多忙極まりない生活を送っている。 何事にも根を詰めてしまう蘭を連れ出し、束の間の息抜きになれば、と軽いドライブの終焉の地として新一はこの場所を選んだのだった。 この眺めを2人で見下ろしたことは今までに数回あるが、幸いなことに、ここで他の誰かに出くわしたことはなかった。 もし仮に先客がいればそのまま車で走り去ってしまえば良いし、逆に2人のあとに誰かが訪れたとしても、気にすることはない。乏しい街灯がポツンとたたずんでいるだけの暗闇が、世間一般的には多少なりとも有名人である新一の姿を誤摩化してくれるのだから。 それ故、新一にとっては、この高台が落ち着いて蘭と過ごせる場所のひとつになっていた。 (もっとも、こういう夜景を見に来る時点で、既に他のカップルのことなどどうでも良くなっているため、誰に鉢合わせしようと問題はないはずなのだが) 今夜も、眼下の灯火を2人占めしながら、心地良いひとときを過ごしていた。 「はい、これ。どっちにする?」 コートのポケットから同時に差し出された新一の両手には、暖かい缶入り飲料。 んー、と一瞬だけ迷って、蘭は左手のミルクティに手を伸ばす。 目に見えるほど白く星空に吸い込まれていく呼気と、温度を下げつつあったひと回り小さな手に気付いた新一が、途中に立ち寄ったコンビニでこっそり購入して保温ボックスに入れておいたものを、「ちょっと待ってろよ」と言って車から取り出して来たのだった。 「ありがと。じゃ、こっち貰うね?」 新一の右手に残されたのは、カフェオレ。 自分では飲まず、缶を握りしめたままポケットに逆戻りした新一の右手に、ふふっと蘭の頬が緩む。 その微笑みの意味を正しく理解した新一も、照れたような笑みを蘭に返す。 新一自身の好みよりも、蘭の嗜好に合わせたそのセレクション。 蘭がいずれを選んだとしても、甘くマイルドなその味わいは、嫌いではないにしても新一好みのテイストではないはずだから。 いただきます、と両手に包み込んだ缶を傾けると、ミルクティの甘さと新一の気持ちの深さとで、初冬の外気に触れて少し冷えてきた体が急速に春の陽気を取り戻した。 地上の星と天空の星に囲まれて、束の間の静寂を楽しむ。 ふと思い出したように「小学生のとき、理科の宿題で一緒に天体観測をしたよね?」と蘭が言うと、そうだな、と答えた新一の星座解説が、流れるように続けられる。静かに耳を傾けると、そこはもう、蘭専用のプラネタリウムと化していた。 星の名前から、その星座にまつわるギリシャ神話まで、どうしてそんなことまで知っているの?と首を傾けたくなるくらいに、博識な新一の説明は留まることを知らない。淀みなく、緩やかに流れていく。 もしかすると、聞き手によっては「うんちくはもう結構」と思う者もいるかもしれない。しかし、穏やかに語り聞かせる新一の声は、ただひたすらに心地良く蘭の耳に届いた。 蘭は夜景を見つめたまま、そっと新一の左腕に寄り添い、飲み終えた紅茶缶を左手に、空いている右手は新一のコートのポケットの中へ忍ばせると、すぐさまひと回り大きな優しさに包まれてゆく。 そのまま、コテン、と頭を新一の肩に預けた姿勢で、蘭は小さく呟いた。 「ねぇ、新一」 「ん?」 「わたしね、、、あんまり長生き出来ないかもしれないな、って思うの」 「・・・え?」 驚いて斜め下を向いた新一の声には、若干緊張の音が含まれている。 蘭は重ねられた新一の手を、きゅ、と握りしめただけ。 ひとつ深呼吸をした新一は、少しかがんで月明かりに浮かぶ蘭の表情を探るように言葉を繋ぐ。 その顔色は降り注ぐ月光を含み、気のせいか青白くさえ見える。 「どういうことだよ? どこか具合でも悪いのか?」 「え、わたし? このところちょっと無理してたから睡眠不足なのは自覚あるけど、それ以外は全然問題ないわよ?」 「・・・って、おめぇ、何か顔色悪いみてぇだし。それにさっきのあれ、、、」 ついさっきまでの、しんみりとした、星空を語り合う甘いムードは何処へやら。 あっけらかんとした調子の蘭に比べ、新一はあきらかにうろたえている。 今度は蘭が新一に問いかける番となった。 「ちょ、ちょっと待ってよ。新一のほうが顔色悪いし、調子悪そうなんだけど?」 「オレのことはどうでも良いんだよ!それより、さっきの『長生き出来ない』って、一体どういうことなんだ、蘭?」 あぁ、と「忘れてました」と言わんばかりの軽い蘭の反応に、虚を突かれた新一は疑問符を周囲に撒き散らしている。今度は、くすくすと笑った蘭の解説が始まった。 あれは、夏に行われたオリンピックのマラソン競技の中継を、2人並んで見ていたときのこと。 とある選手のプロフィールを読み上げるアナウンサーの声に、蘭は感嘆の声を上げ、新一の腕を掴んだ。 「あの選手、1分間にたった30回しか脈がないんだって! 普通の人の半分以下の脈拍数でフルマラソンを走りきれるなんて、すごいよね?」 興奮したトーンの蘭とは対照的に、新一の回答はごくあっさりとしたものだった。 「あれは日々の訓練の賜物だな。オリンピックに出るような選手なら、普通の奴らと同じ生活送ってたんじゃ全然ダメだろうし」 「そっか。毎日ものすごい練習をしているからこそ、オリンピックに出場できるんだよね。ああいう人達ってきっと体も丈夫だろうから、わたしたちみたいな普通の人よりも長生きしそうじゃない?」 「確かに現役選手のうちはそう思われても仕方ないかもな。だけど、その練習量のせいで逆に命を縮めてるかも知れないんだぜ?」 「え?命を縮めるって・・・?」 「とある説によると、人間が一生に脈打つ回数ってのはほぼ決まっているらしい。だから、過酷な運動によって異常に心拍数を高めた状態が続くと、本来の予定よりも早く全ての回数の鼓動を終えてしまう、、、とかなんとか」 へえぇ、、、とそのときの蘭は、感心したような溜め息をこぼしただけだった。 その後は2人とも再びマラソン中継に見入ってしまったため、新一はこの話題のことなど今まですっかり忘れていたのだ。それがまさか今頃になって蒸し返すとは、思いも寄らなかった。 「ーーーで、オリンピック選手と蘭のあいだに、どんなつながりがあるんだよ?」 取り敢えず、緊急を要する事態ではないらしいと確信を持った新一は、自らを落ち着かせようと冷め切ったカフェオレを取り出した。 左手には大事な人の手を預かったまま器用に右手でプルタブを開けると、ふうっと一息つく。 「だって、、、すごくドキドキするんだもん」 「まさか不整脈とか出たりするのか?蘭にそういう持病があるなんて、オレは聞いてねぇぞ?」 「そういうドキドキじゃないわよ!」 外面上は蘭を茶化したようでいて、その実、新一は次に続く蘭の言葉に神経を集中させていた。 今まで、そして今現在も、相変わらず蘭に心労を掛け続けている自負があるからだ。 やや青ざめた新一とは対照的に、月明かりでもわかるくらいに紅潮した顔の蘭は、ポツリポツリと新一の足下に向かって言葉を繋いでいく。 「やっと新一と、、、大好きな人の隣にずっと一緒にいられるようになって、今すごく幸せなの。でも、あまりにも幸せ過ぎて、ちょっと怖い気持ちがあるのも否定出来なくて」 「、、、、、え?」 「それでね、あの、呆れないで聞いてくれる?」 「ああ。何でも言ってみろよ?」 新一は、真摯な表情で無言のうちに蘭の瞳を覗き込み、その奥にある言葉を引き出す。 「、、、わたし、新一と一緒にいると嬉しくってドキドキするし、会えないときは、新一がまたどこかで無茶してるんじゃないかと心配でたまらなくなって、やっぱりドキドキしちゃうの。だから」 「だから、って、それがドキドキの理由?」 「わ、笑いたければ、笑えばいいでしょっ!」 きょとん、とした新一に、照れ隠しのつもりで背を向けたまま言い放ったものの、繋いだままの手から蘭のドキドキが新一へと流れていく。 いつしかそれは一方通行から双方向へと変わり、数瞬の無音の空間を2人に与えた。 「笑わない。っていうか、全然笑えねぇな、それ」 沈黙を破って先に口を開いたのは、新一のほうだった。 え?と見上げた蘭の目線の先にあるのは、夜の闇を飲み込んだように深い色を浮かべた、青みがかった瞳。 回された新一の腕の心地良い重みが安心感を誘い、蘭は落ち着いて次の言葉を待つ事が出来た。 「信じられないかもしれないけど、オレはいつでも考えてるんだぜ、蘭の事。でも行動が伴ってないのもわかってる。事件が起こればそっちに掛かりっきりになってるからさ。多分それが蘭にも悪影響してるんだと思う」 「そんな事言ってないじゃない。新一の所為じゃないんだから」 「いいや、オレの所為だね。自分自身でさえコントロールできてない人間が、大事な人まで守りきれるわけがないだろ?だから蘭を不安にさせる。だろ?」 「そんな事ないって言ってるでしょう? わたし、新一がいるから頑張ろうって思えるし、毎日が輝いて見えるんだよ?ほら、この夜景みたいにね」 眼下に広がる、無数の明かり。 高層ビル郡の大規模な照明やネオンサイン、そして家々の小さな明かりまで、大きさや色に違いは有れど、みな同じ明かりだ。 初冬の澄んだ空気に瞬き、その都度そこに暮らす人々の息吹を感じさせてくれる。 大事な人を守りたい。 ――― 幼い頃からずっと思い続けてきた、紛れもない新一の本心。 だけどそれは、自己満足に過ぎない、ただのエゴイズムだったのかもしれない。 実際は、守るどころか守られてばかりの日々で。 ただ単に、その事実を認めたくなかっただけなのかもしれない。 「オレも、同じ。おめぇがいるから頑張れるし、何でもない日でも大切だって思うし」 「じゃあ『お互い様』ってことで一件落着♪」 するりと新一の腕から逃れて向き合った蘭は、納得した様子で満面の笑みを浮かべた。 逆に腑に落ちない様子の新一も、半分腑に落ちないような苦笑いを返した。 全く、この笑顔には一生叶わないんだろうな。 そんなことを思いつつ、ひとつの決意が新一の中に芽生えていた。 これからはちゃんと自分の弱さと向き合い、打ち砕き、乗り越えていくことを。 『ちゃんと見てるからな!』 とでも言わんばかりに、一筋の風が新一の首筋を掠め、背筋を正した。 その素振りを「寒そうだ」と受け止めた蘭が、新一のコートの襟元をぴっちりと合わせる。 「そろそろ帰ろっか?随分冷えこんできたし、風邪でも引いたら大変だから。ね?」 「そだな。家帰ってから温かいコーヒー淹れてやるよ。」 「カフェオレにしてくれる?」 「了解。」 再びいくつかのカーブを曲がり、街明かりの中へ帰っていく。 そうしてまたひとつ、2人で灯した工藤邸の明かりが加わる。 約束通りにキッチンでコーヒーの仕度を始めた新一の背中に、蘭はきちんとお礼を言った。 「今夜は連れ出してくれて有難う。なんだかスカッとした気分」 「また一緒に行こうな?」 「うん!」 新一からの、振り向き様にウィンクとセットで交わしてくれた、新しい約束。 新一の言葉には、他の何よりも蘭を安心させてくれるパワーがある。 カチンッ。 マグカップで交わす乾杯。 少し甘めのカフェオレに願いを掛けて、蘭は改めて目の前の大事な人に誓う。 これからもずっと、一緒の明かりを灯していこう。 一緒に、輝いていこう。 地球の歴史から見れば、ほんの一瞬の、束の間のひとときでしかないけれど。 精一杯、胸を張っていこうと思う。 |
久しぶりに、こちらのページ単体での新作アップとなりました。 (ここ暫くの間、他所様の企画用の話や自己記念的な作品が続いてましたからね) タイトルを本文中に挟み込んでみたり、私にしては珍しく2人を屋外に連れ出してみたり、、、等、いつもと少し違う感じにしてみたのですが、いかがでしょうか? この話に出て来る夜景は、研修で浜松に滞在していたときのプチオフ会にてAさん&Mさんとともに眺めた場所をモチーフにしました(記述はかなり脚色してありますが)。 オフ当日に撮った海辺の写真は、こっそりと更新履歴のページに使ってあります。 海辺に着いたときは丁度夕暮れ時でね、夕陽のオレンジと宵の空の蒼色が溶け込んで、とても奇麗だったのですよ。日が沈んでから訪れた夜景スポットの写真は、デジカメのスペック的に撮れなかったので断念。 ちなみに、このページの壁紙の夜景はニュージーランド・オークランドの街並です(←あくまでもイメージ重視。毎度のことながら、話の内容と直接の関係はありません/苦笑)。 |
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