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Old Fashion Boy & Girl〜 スローステップで行こう! 〜 「なぁ、これなんかどうやろ?あたしには似合えへんかな?」 「似合うと思うよ。カジュアルにもフォーマルにも使えそうだし。あ、その隣のヤツも良い感じ」 パラパラとページをめくる音と、賑やかな話し声。 工藤家のリビングを華やかに陣取る2人は、ローテーブルを挟んで向かい合っていた。 「さすが蘭ちゃん、鋭いなぁ。実は、どっちがええか迷っとってん。それでな、今度の日曜に下見に行こうと思てるんやけど、良かったら一緒に行けへん?」 「いいよ。じゃ、午前中に用事を済ませて、お昼頃から出掛けよっか?」 「うんうん、そうしよ!2人でちゃっちゃとやっつけたら、早う終わるし。あ、こっちは蘭ちゃんに似合いそうや。ほら、見てみ!」 「え?どれ?、、、んー、ちょっと派手じゃない?」 「そんなことないで。蘭ちゃん美人やしスタイルええし、絶対似合うって!」 「やぁだ、そんなことないよ。和葉ちゃんのほうが、、、」 「これで最後やな、っと。そっちはどうや、工藤?」 「こっちも完了」 カチャカチャと食器を片付ける音と、必要最低限の話し声。 工藤家のキッチンを無造作に陣取る2人は、ダイニングテーブルを挟んで向かい合っていた。 「さっきチラッと覗いて来たら、まだ雑誌と睨み合いしとったで、あの2人」 「あのなぁ、服部。女の子同士なんだから、おしゃべりに花が咲くのも当然だろ?」 「いつまで続くか、懸けよか?」 「遠慮しとく。あとで手痛い目に遭うの、オレはゴメンだからな」 「ちょっとくらい付き合うてくれてもええのに。相変わらず面白味のないやっちゃなぁ」 「今こうして後片付けに付き合ってやってんだろ?それよりも、、、」 かつては『西の服部、東の工藤』と呼ばれていた高校生探偵達も、今やお互いに日本の最高峰の大学に席を置く身。周囲からは、名探偵コンビだとか、学内随一の名物コンビだとか、白黒コンビなどと言われていたりもする。 平次と同じく東京の大学に進学を決めた和葉は、学部やキャンパスは違えど蘭と同じ大学に進学。 園子とも同じ大学の別学部で、3人でよく連れ立って出掛けたり、喋り込んだりしている。 そんな大阪出身の平次と和葉が、下宿先として住み込んでいるのが、この工藤邸。 そこへ蘭も加わり、奇妙な共同生活が始まってから、既に数ヶ月が過ぎ去っていた。 工藤邸が下宿へと化した切っ掛けは、今年の春先のとある会話に端を発する。 合格発表の翌日、平次から「工藤の家、ようけ部屋余ってるやろ?しばらくオレと和葉に間借りさせてくれへんか?」と新一に電話を入れたのが、始まりだった。 それから先はトントン拍子に話が進み、現在に至っている。 たったひとつだけ問題になったのは、下宿代の事。 タダで住まわせてもらうわけにはいけへん、と平次と和葉も随分食い下がり、食費や光熱費を払う事には同意してもらったものの、家賃の支払いについては新一の首が縦に振られることはなかった。逆に、一人で管理するには広すぎる家の掃除やメンテナンス、その他諸々を手伝ってもらうという新一からの提案に、二人とも丸め込まれてしまったのだ。 蘭からも、平次や和葉と同様に、家事を手伝うという理由で家賃をとっていない。 最も、平次や和葉とは少々違う理由が、蘭には新一から追加されているのだけれど、それは二人だけの秘密事項として、お互いの胸中に仕舞い込んである。 大学生となった今、高校生のときに比べれば、時間的な都合は付けやすくなった。 しかし、新一と平次が事件現場に引っ張り出されることは、今も途切れることはない。 その度に互いの大事な人から心配な目を向けられるのも、相変わらずのこと。 それでも、以前よりはいくらか安心して現場に向かうことが出来るのも、事実。 その理由のひとつは、鉄壁を誇れるくらいに重厚な、工藤邸のセキュリティシステム。 監視カメラは勿論、その他にもセンサーの類いや高度な認証システム、携帯電話からの遠隔操作など、普通の民家ではまず考えられないほどの重装備である。 もうひとつの理由は、その留守宅を預かる住人達。 彼女らもまた、只者ではない。 名探偵コンビと称される新一と平次の背中をそれぞれ見送るのは、最強無敵な武闘派ヴィーナス・ペアと陰ながらうたわれている、蘭と和葉。 可憐な二人の外見からは、各々が武道の達人で黒帯取得者であるという事実は、予想も想像も容易くない。その鋼のように強靭かつしなやかな肢体は、同性からも羨望の溜息が漏れるほど。 けれども、いくら腕に覚えがあるとはいえ、繊細な心までもが鋼で包み込めるわけではない。 まして、蘭の父親は探偵、和葉の父親は刑事。 母親とは別居または離別しているから、実質、父娘二人暮らし。 いずれも不規則な時間帯で仕事をしているため、夜間に家を空けることも少なくない。大体、探偵と刑事という職業自体、危険と隣り合わせの状態である。二人とも口々に「もう慣れっこだから平気」とは言うが、ただでさえ心細い思いでいる一人きりの夜に、追い討ちをかけるが如く自分たちのことまで心配させてしまうのが、新一も平次もそれぞれに心苦しく思ってきたのだ。 しかも、今までは東京と大阪という離れた場所にいたため、孤独で不安な思いをさせ続けてしまった。 だがそれは、もう過去のこと。 新一と平次が協力して事に当たれば、倍以上のスピードで事件は解決する。因って時間短縮が可能となり、家を空ける時間も短くなる。見送る側の蘭と和葉としても、一緒にいることによって寂しさも和らぎ、新一と平次が行動を共にすることによって不安も減少する。おまけに、それまでは一人で抱えてきた家事を分担することも出来るので、個人に掛かる負荷が少なくて済む。 そういう意味でも、この4人の同居は理に叶っているのだった。 根っからの江戸っ子である新一と蘭、相対して根っからの浪速っ子である平次と和葉。 互いの家に泊まり合ったり、一緒に旅行をした仲ではあっても、一緒に暮らすのとは訳が違う。日々、ちょっとした東西文化の違いに驚いたり、笑い合ったりしながらも、季節は年末に向かって慌ただしく進んでいる。 3人の下宿人によって、工藤邸は、新一が一人暮らしをしていた頃よりは随分と手入れが行き届くようになった。それでも、書斎や暖炉、客室など、普段の掃除ではあまり手を付けない場所も多々ある。敷地面積と部屋数を考えると、計画的にこなしていかなければ、無事に年末は迎えられないだろう。 蘭と和葉は共に相談してたてたスケジュールに沿って行動し、平次は時間が取れるときにまとめて、という具合に分担して作業を進めることとなっている。 「じゃ、オレは?」と計画の最中に口を挟もうとした新一は、これは下宿人としての役割だから、と3人からは強制的に仲間外れにされてしまい、苦笑いするしか術がなかった。 そして本日は、下宿組3人のスケジュールが珍しく揃い、天気も上々の休日。 大掃除にはぴったりのシチュエーションに、3人は朝から掃除を開始していた。 新一は傍観者でいる事を言い渡され、唯一の担当である自室の片付けをする程度。 自分だけ手持ち無沙汰なのもどうかと思って蘭に声をかけようとすれば、「やる事がなくて困るなら、溜め込んだ推理小説でも消化すれば?」と蘭に言われる始末。 お陰で新一は、買ったまま放置していた数冊の単行本を読み終えることが出来た。 夕方には全て一段落し、新一も平次も呼び出されることがないまま日が沈んでいく。 珍しいくらいに平穏無事な1日が、暮れようとしていた。 いくら家を空ける時間が少なくなり、流石に何日も顔を合わさないということは無くなったけれども、全員揃って夕食のテーブルを囲むことが出来るのは、そうそうあることではない。 今宵は数日ぶりに迎えた、4人一緒のディナータイム。 実に穏やかな、ゆったりとした一夜。 朝から働き詰めだった3人に対し、新一としては、せめて久しぶりに4人揃った今宵の夕食の後片付けでもしようか、となるわけで。 それさえも、平次が「食事の用意したんは姉ちゃんと和葉やし、それやったらオレが片付けしたるわ!」と本日の片付け隊長に立候補して。 そこで、冒頭の会話に戻る、というわけである。 再び、キッチンの二人。 「あんなぁ、今頃ブツクサ言うくらいやったら、最初から手伝わへんかったらええやろ?」 「んなこと言ったって、あの2人の会話には到底入っていけるわけねぇだろ。それに、意見を求められても困るし」 「確かに、オレが工藤やったとしても、キッチンか自分の部屋に逃げるやろな」 「だろ?」 蘭と和葉は、相変わらず持ち寄ったファッション雑誌とにらめっこして、お互いに品定め中。 至って普通の、女の子的行動。 新一と平次は、キッチンからリビングの様子を伺いつつ、彼女達の品定めの行方を検討中。 こちらも至って普通の、男の子的行動。 キャビネットのドアを閉めた平次が振り向くと、新一はキッチン中央の作業用テーブルに浅く腰掛けて、柔らかく微笑んでいた。開け放たれたドアの隙間から、リビングの二人(、、、正しくは一人になるのだろうが)を眩しげに見つめていた、新一の柔らかい眼差しが目に入る。 一緒に生活を送るようになる前までは、平次が新一と顔を合わせるのは事件絡みのときばかり。 難問にぶつかったときに見せる、高揚感の混ざった勝ち気な瞳。 謎が解けたときの、自信に満ちた晴れやかな表情。 捜査が立て込んだときには私語を挟む余裕は微塵もないが、時折訪れるエアポケットのような時間を縫って、お互いのことや将来について、ときにはお互いの大切な人のことを話す機会もあった。だが、核心に迫ろうとすると巧妙にはぐらかされてしまう。だから平次は新一のことを、コイツは何があっても人前では本心を表に出さへんヤツなんや、と思ってきた。 だから、探偵の顔をした新一しか知らなかった平次にとっては、新一がこういう表情をすること自体が驚きに値することだった。 「現場におるときとは、全然ちゃう顔しとるな、工藤」 すかさず平次が新一の横顔にツッコミを入れる。 「おめぇらと違って、こっちはいろいろ大変だったんだ。いろいろと、な」 「・・・そやな」 蘭に見とれていたのを気付かれ、照れくさいのを誤摩化すためか、ややぶっきらぼうな新一の言葉に、今度は平次も静かに同意する。 半分脅して聞き出したとはいえ、新一の“いろいろ”の相手である蘭よりも先に、彼の身に起こった出来事を知ってしまった平次。その苦悩する姿をずっと見てきたから、なかなか踏ん切りを付けられなかった自分自身も、ひとつ階段を上る決心をした、と言っても良い。 「人の振り見て我が振り直せ」の格言を地で行くように、平次は素直に自らの気持ちに従い、実際に和葉との関係をひとつ先へと進めることが叶ったのだった。 けれども平次には、新一のような羽毛を扱うがごとく紳士的な振る舞いは、到底出来そうにないのだが。 数瞬の間が空いても珍しく茶化してこない平次に、やや驚いた新一は薄く笑って返した。 「何だよ、服部。柄にもなくしんみりしやがって」 「なんやと?オレくらい繊細でシャイな男、滅多におらへんで?」 「・・・ある意味、そうだな」 「『ある意味』は余計やろ」 「ではシャイな服部君。明日、空き時間あるか?」 「掃除は今日で終わってしもたし、お呼びが掛からんかったら暇やけど?工藤もそうやろ?」 「ああ。じゃ、ちょっと付き合えよ。それと、食後のお茶の注文とってくるから、用意しといてくれ」 「おまえ、何か思いつきよったな?ま、気障な工藤君にそう言われたら、しゃーないか」 すれ違い様に見えた新一の顔は、何かを含んでいるようで。 前評判だけ聞いていた頃は「気障で格好付けな野郎」程度にしか思っていなかったが、いたずらっ子のような表情の新一を見ると、少年探偵団の一員であったことも頷けるな、と平次は思う。 ふと脳裏に眼鏡の少年とのワンシーンが浮かんできて、やかんを火にかけながら思わず笑いが込み上げてしまった。 深呼吸して、これから新一が仕掛けようとする“何か”に加担するべく注文を待つ。 リビングでは、まだ決意を固められないでいる蘭と和葉が、額を付き合わせている。 二人の頭上から伸びてきた腕に驚いて振り返るまで、雑誌に夢中になっていた。 「いつまでも雑誌とにらめっこせずに、食後のお茶でも飲まねぇか?」 蘭と和葉がそれぞれ手にしていた雑誌をヒョイと両手で取り上げ、新一がニコニコと二人の背後に立っている。 やや遅れて反撃してくる、二組の大きな瞳。 「きゃっ。ちょっと、吃驚しちゃったじゃないの、新一」 「工藤君、脅かさんといてぇな」 「こんな簡単に背後をとられてるようじゃ、格闘家としてはまだ甘いな」 「誰が『格闘家』なのよ!失礼しちゃうわね」 「それやったら、大和撫子らしく御薄でも頼もうか?なぁ、蘭ちゃん」 「了解。じゃ、それまでにテーブル片付けといてくれよ?」 はーい、と息の合った返事を背中で受けながら、新一が平次にオーダーを通す。 よりによって一番面倒くさい注文受けてからに、とブツクサ言いながらも、お椀代わりのカフェオレ・ボールで平次がテキパキとお茶を点てていく。その脇では新一が、さっき回収してきた雑誌を、左右の手に1冊ずつ携えて平次の目の前で広げて見せた。 指が挟まれていたページを確認すると、平次にも新一の意図が伝わり、「明日は朝から出掛けなあかんな」とだけ返した。 右肩に折り目がついたページと、マジックで印が付けられたページ。 リビングの二人のターゲットを見極めるため、どさくさに紛れたように見せ掛けて新一が確保してきた、貴重な情報。 今はただ、口実に使った抹茶を暫し4人で楽しみつつ、水面下では真夜中の作戦会議を開催することが、新一の平次の間には決定している。 クリスマスまでの、カウントダウンが始まっている。 決して自分からは何も望もうとしない、控えめな恋人たちのために。 「まずは、携帯の電源と電話回線をオフにする、だよな?」 「そやな。たった1日くらい、大目に見てもろてもええやろ」 お互いに、たった一人のためのサンタクロースになるべく、画策する新一と平次なのだった。 Happy Christmas!
どうも私、新蘭平和を同居させるのが好きみたいです。(笑) Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved. |