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Phantom in the dark

〜 滴り落ちる気持ちの行方 〜  part 1


「お昼は冷蔵庫に用意してあるから、温めて食べるのよ?そのかわり、夕飯はちゃんと用意するから。」
「もし遅くなっても、ボクのことは心配いらないよ。ポアロで何か食べればいいんだし。」
「ありがと、コナン君。じゃ、もし遅くなりそうだったら電話するね?」
「いってらっしゃい!楽しんできてね。」

今朝、園子との待ち合わせ場所へ、とても楽しそうな顔で出掛けていった蘭。
見送るオレのほうまで、つられて笑顔になってしまうくらい。

確か、園子に誘われて『オペラ座の怪人』の映画を見に行くのだ、とか言っていた。
昨日の夕食時に流れていたTVコマーシャルだけでも、食い入るように眺めていたっけ。
豪華絢爛な舞台シーンや主役の美声にすっかり魅了されていたから、今夜の夕食のお供は映画の話題で決定だな、と思っていたのに。
夕方早々に帰宅した蘭の笑顔は、出迎えたオレまで胸が痛むほど苦しそうに見えて。

暮れ始めた夕日は、徐々に速度を上げて夜の闇を招き入れる。
憂いを含んだ蘭の頬にも、影を落としながら。


オレは、今日は早かったんだね、のひと言だけをどうにか追加して、その背中を見つめるしかなかった。
蘭は、何事もなかったように「すぐ晩御飯の支度するからね」と一旦自室へ向かう。
すれ違いざまに垣間見たその瞳は乾いていた。けれど、長年培ってきた幼馴染としての直感、とでもいおうか。
泣きたいのを我慢しているのは十分にわかった。
到底、映画に感動したから、といった様子には見えやしない。


どうして、こんな沈んだ表情でいるんだ?


映画、つまらなかったの?と聞いても、そんなことないわよ、と切り返されるだけで。
蘭はそれ以上は何も語ろうとしない。
多分、小学1年生のオレが聞いてはいけない、何かがあったのだろう。
でも、その「何か」の正体を確かめることは、コナンとしては出来るわけがなく。
不甲斐なく「ボクも手伝うよ」とだけ口にして、オレは茶の間のど真ん中で佇んでしまっていた。

部屋着に着替えた蘭は台所へ向かいながら、ふっと優しい顔になって「有難う」と微笑みかけてくれる。
隠し切れなかった“心配”の文字が、オレの顔に堂々と浮かんでいたのかもしれない。
あいつは、どんなときでも、相手の心情を思い図ってしまう性質だから。
・・・きっと何もかも、お見通しなんだろうな。

生憎、おっちゃんは泊り込みでの仕事を依頼され、今朝から留守にしている。
昼間はともかく、夜間に小学1年生をひとりきりにさせられない、と蘭は無理して早めに帰宅したのだろう。
オレさえいなければ、その「何か」を追い出して、自分なりに少しでも気持ちを軽くすることができたはずだ。
例えば、園子に相談するとか、気分転換にもう少し街中をぶらつくとか。
もしくは、工藤新一に連絡してみる、とか・・・?





「今日は、カレーライスにしようか?コナン君、好きでしょう?」

冷蔵庫との無言の相談を終えた蘭が、振り向きざまに提案してきた。
その声調はいつもと変わらないように聞こえて、オレの中の無力感はどうしようもなく掻き立てられてしまう。

だけどな、蘭。
何があったかなんて、事細かには分からないとしても。
おまえがどんなに隠そうとしたって、このオレの目は誤魔化せないんだよ。
これは探偵としての勘とか、そういうものじゃなくて。
理由なんて、ない。ただ「わかる」んだ。


蘭は台所の戸棚に買い置きしてあるカレーのルーを確認しながら、まだ少し痛そうな笑顔で微笑み掛けてくる。
だからオレは、すぐ隣で飛び切り元気な声を張り上げた。

「そうだ!今日は、ボクが蘭姉ちゃんにご飯作ってあげるよ。カレーだったら、ボクひとりでも作れるから。」
「え?コナン君、料理できるの?」
「この前のキャンプで練習したから、大丈夫。任せといてよ!」
「あっ、でもっ、、、」

最初は驚いたように目を丸くして、それから心配そうな口調で問い返してくる蘭を、すっかり堂に入った子供の演技で台所から追い出す。
たまにはこういうサプライズも、良いかもしれない。

「何か困ったことがあったら、そのときは手伝ってもらうから。ね?」
「わかった。じゃあ、困ったことがあったら、すぐに呼んでね?ここにいるから。」

蘭は半分諦めたように茶の間に戻り、台所が見渡せる位置に座り込んだ。
毛利家の台所と茶の間には、暖簾はあるがドアも仕切りもない造りだ。
暖簾の隙間から蘭がちらちらと心配そうな視線を向けるたび、心配無用、とばかりに自信満面の笑顔を見せてやる。



ここ最近、阿笠博士を引率にして、少年探偵団の連中とキャンプに行くことが多くあった。
その所為か、カレーなどの簡単な料理なら、今では自分でも出来るようになっている。
実際、市販のカレールーを使うわけだし、材料は切って煮込むだけだから、たいした料理とは呼べないが。
両親と離れてからの数年間、本当にごく簡単なもの(ギリギリ食事と呼べるくらい)しか自力では作らなかった。
結局、そんな境遇を見かねた蘭の世話になる、、、というのがお決まりのパターン。
だから、それが例えカレーであったとしても。
台所に立つという行為そのものが、コナンになってからは数少ない成長点のうちのひとつだと言えるだろう。


高校2年生の蘭と、小学1年生のコナン。
年齢にして、ちょうど10歳の差。
同じ“未成年”という部類には属していても、こっちは小生意気なただのガキ。
あいつは、ほんの数段上れば、オレの手の届かない、更に遠い世界へと旅立っていってしまうだろう。
過ぎ行く時間(とき)が、変わることなくこのまま流れ続けるならば―――





「おまたせ、蘭姉ちゃん。」

多少いびつになってしまったジャガイモやニンジン達には、目をつぶってもらうとして。
ちゃんと味見はしたから、きっと違和感なく食べられるはずだ。
こぼさないようにひとつずつカレー皿を食卓に運び、氷の入ったグラスに水を注ぐ。
毛利家の居間の丸い食卓には少々不似合いだが、紙ナプキンの上にスプーンを置けば、準備完了。
所定の位置に座ると、蘭は素直に驚きと感心の声を上げた。

「わぁ、ほんとに1人で出来たんだ。すごいよ、コナン君。」
「そんなことないよ。毎日用意してくれてる蘭姉ちゃんのほうが、絶対もっとすごいと思う。」
「あら、嬉しい事言ってくれるのね。ありがとう。」
「ボク、本当にそう思ってるんだから。」

ムキになる小学生を相手に、ふふふ、と優しく微笑む蘭。
年の離れた弟を褒めるような、そのやわらかい眼差しが、今のオレには痛い。

学業も家事も部活動も、どれひとつ疎かにしない。
触れたら壊れそうに繊細な君の、どこにそんな強さがあると言うのか。
その笑顔の下に、何を飲み込んでいるのか。

「じゃあ、冷めないうちに、遠慮なくご馳走になろうかな。」
「うん。おかわりもあるから、たくさん食べてね。」
「ありがとう。いただきます。」
「いただきます。」

ささやかな晩餐会の始まり。
少しでも、本物の笑顔を取り戻して欲しくて。

それなのに。

どうして上手くいかないんだろう?
目の前の瞳が、次第に見たくない色に染まっていくのを、黙って見ているしかなかった。
そんな自分自身に、オレは吐き気がした。


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タイトル、そして内容からして、お分かりだと思うのですが。
もろ“映画・ファントム”にはまっていた時期に書き始めたのが、見て取れるお話ですね(汗)。
その間にいろいろ寄り道しすぎて、すっかりタイミングを逃し、現在に至ってしまいました。(しかも続き物)
ああ不甲斐ない。いろいろダメすぎる。。。

あ!サブタイトルに、今回初めて自作お題を使ってみた。
でも、我ながら使いにくい(←更にダメすぎる)。

2006/Aug./22


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