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Afternoon happening〜 2006年新蘭オンリー提供小話より 〜 「じゃあ、約束3回すっぽかしたら、何かしてもらうから」 前回、新一がデートに遅れたとき、蘭から言い渡された約束事。 もし今日遅刻したら、その3回目になる。 だから絶対に遅れないよう、目覚まし時計と携帯のアラーム、両方セットしてあった。 ・・・・・はずなのに。 はっと目を覚ましたとき、飛び込んできたのは出発予定時刻。 「げ、マジ?!」 寝坊した人間というのは、どうしてこう現実をすぐに受け入れることができないのだろう。 などと、妙に冷静な分析をしている場合ではない。 早めに待ち合わせ場所に着くよう設定していたから、急いで仕度すれば間に合いそうだ。 我ながら「良くやった!」と自画自賛したい気持ちになる。 取り急ぎ、マッハで身なりを整えたものの。 微妙な髪型まで直している時間までは無かった。 * * * * * 結局、収まりの悪い髪は、キャップで隠すことにした。 それに合わせたカジュアルな服装でまとめれば、丁度良いカムフラージュにもなる。 よし、と新一は財布と携帯電話をポケットに突っ込んで、飛び出した。 たまには外で息抜きでもしようぜ? 数日前、そう言って蘭を誘い出したのは、新一のほう。 最初は、受験生という立場を見事に無視した新一の発言に、蘭も渋い顔をしてみせた。 全国模試や推薦入試の申し込みなど、この時期の受験生がやるべきことは、結構多い。 人生の岐路に向けて、ラストスパートを掛け始めている者も多い。 それでも。 結局、蘭は首を縦に振ってくれる。 なんだかんだ言って、新一からの申し出が完全に却下された例はないのだ。 常日頃、無茶をしては物凄い剣幕で怒鳴られることは多々あれど、それは心配という根拠の上に成り立つもの。 言葉の端々から伝わってくる、想い。 ひと粒残らず、すべて受け止めたい。 もっともっと、応えたい。 ・・・と思いつつ。 遅刻か否かの瀬戸際を今まさにもがいているあたり。 我ながら成長してないな、と走りながらも新一は内心で小さく苦笑した。 週末の交差点。 繁華街に集まってくる、大勢の人。 キャップを目深に被り直し、新一は行き交う人々と肩がぶつかるギリギリのところを、縫うように人の波をすり抜けて目的地に向かう。 ひと息に前に進めず、焦る気持ちを抑えながら、どこか少し溜め息をつきたい衝動に駆られていた。 蘭が指定した待ち合わせ場所は、米花駅前にある大型書店。 この時点で、既に「新一=時間通りに来ない」と断定されているようなもの。 新一ほどではなくても、蘭も結構読書好きなほうだから、あれこれ書物を見て回るうちに時間を潰すことができる。 やむを得ず、すっぽかす――新一の場合は約束を忘れてしまう、ということではないのだが――結果になっても、キャンセルの連絡を入れる新一に対し、きっと蘭は小さく笑ってこう言うのだろう。 たったひと言「気をつけてね」と。 そもそも「3回すっぽかしたら・・・」という、蘭の提示した条件。 いつも約束より早い時間から待っているのだから、3回も猶予を付ける必要はないのに・・・ 「あ、わりぃっ」 すれ違いざまに危うくぶつかりそうになった、同世代だと思われる2人連れ。 新一は等身大の、普段の口調で軽く詫びを入れてその場を走り抜ける。 連れの女性のほうは、一瞬「あれ?」という表情を浮かべていたが、この格好と口調によって上手く誤魔化されてくれたようだ。 工藤新一という高校生は、顔も名前も売れ過ぎていた。 元々、生れ落ちたときから、彼の存在自体が注目の的だった。 それを自ら拡張するかのように、高校生になって間もない頃から探偵として活躍している。 望まぬ形で、一時、新一本人としては最前線から離れた時期もあった。 しかし、何がどう形を変えても、立場が変わっても、新一が事件から離れることはなかった。 否、常にその渦中の、一番深いところにいた、と言っても良い。 そして、いつもそばにあったのは・・・彼の行く手を照らす、唯一の光。 今も、こうして不特定多数の思想が飛び交う街を疾走していると、どうしても探偵としての本能がざわめく。 幼い頃から将来は探偵業で身を立てたいと思ってきたし、今はまだ学生だが、現にそうなりつつある。幸か不幸か、依頼の連絡は後を絶たない。 自分自身が注目されることには慣れているし、既に広まってしまったこの顔と名前は、今更どうにもならない。 それでも、不特定多数から寄せられる、様々な思いは、時に新一の心の片隅に針で突いたように小さな穴を開けていく。 無論、向けられる視線も気持ちも、ほとんどは好意を帯びている。 だが、好奇の対象にされることも、少なからずあるわけで――― 常に見えないところでピンと糸が張っているような、どうしようもない感覚に陥ってしまう。 それをあっけないほど簡単に解いてくれるのは、この世でたった1人。 この胸の中だけでは収まりきらないほどに、新一のすべてを支配する存在。 だが、その大切な人を一番困らせているのも、新一自身。 まったくもって馬鹿馬鹿しいが、そんな自らの存在にさえ不愉快な感情を抱いてしまう。 これが、名探偵の真実の姿。 その事実を知る者は、ごく僅かだが。 「・・・っと、蘭はどこだ?」 書店に到着した時点で、約束の時間を少し過ぎてしまっている。 慌てて、最初に入り口に程近い雑誌のコーナーを見回してみるが、彼女らしい人影はない。 混み合う店内を一旦抜け出し、携帯に連絡を入れてみても、虚しく機械的な音が返ってくるだけだ。 待ち合わせをしているのだから、蘭が携帯の電源を切っているとは考えにくい。 多分、この人出と立地、建物の構造などにより、電波が途切れやすい状態になっているのだろう。 新一の手元でも、受信状態を示すアンテナ表示が不安定に増減している。 (こうなったら、自力で見つけ出すしかないな) 床面積が異様に広いこの書店で、携帯電話なしに人探しをするのは、ちょっと骨が折れそうだが、探し物は探偵の得意とするところ。 俄然意欲が出てくる。 レジのそばにあったフロアマップを頭に叩き込めば、準備完了。 蘭には、とりあえず「無事到着」のメールを入れておいて、可能性の高そうなエリアから手当たり次第に探し始めた。 「・・・ったく、どこにいるんだよ」 溜め息とともに、新一は低く呟いた。 ラッシュアワーさながらの混雑振りに辟易しながら、途中で何度か携帯電話にも連絡を入れているのに、蘭を見つけ出すことができない。 もう10分以上、こうして蘭を探し続けている。 参考書や歴史小説、料理、旅行ガイド、コミックス、果ては文具コーナーに至るまで、思いつくところはすべて見て回った。 もしやと思い、推理小説と洋書のコーナーにも足を向けたが、蘭はいない。 掌の中の携帯電話は、相変わらず沈黙を守っている。 先程のメールの返事も来ない。 アイツのことだから、単に電池切れしてるだけかもしれないよな? 前にもそういうことがあったし。 もしかして、店内のどこかに見落とした場所があるのかもしれない。 いや、もしかして。 ・・・連絡できない状況にいる、とか? 新一の思考回路は、徐々に物騒な方向へと急降下していく。 他の客の邪魔にならないよう、裏口に近い壁際に移動し、プルプルと小さく頭を振って次の手段を考える。 念のため、もう一度だけ店内捜索をしておこう、と決意した途端。 ガチャ。 通路の奥にある職員用の出入り口のドアが開き、それまで無人だった場所に人の気配がした。 新一は、直感的にドアの死角に入り、その気配をうかがう。 この気配は、普通の人が出せるものではない。 探偵の勘が、そう告げる。 出てきたのは、スーツ姿の男性2名、高校生か大学生くらいの男性1名。 そして・・・ 「ご協力、感謝します」 「そんな、大したことは、何も」 「いやいや、咄嗟の行動であれだけのことができる人は、なかなかいるもんじゃないよ。流石だね」 「いいえ、お役に立てて良かったです。それでは、わたしはこれで失礼します」 「ああ、長々と引き止めてしまって申し訳なかったね。これからデートなんだろう?」 「え、あの、その・・・」 「携帯、何回か着信してたでしょう?着メロを消していてもわかりますよ」 そう言って背を向けたスーツの男性は、やんわりした笑顔を見せつつ、若者を引き連れて去っていった。 頬を真っ赤に染めた、少女を残して。 彼らの姿が見えなくなった頃。 握り締めていた携帯電話を操作しようとした少女は、不意に背後から呼び止められて、ビクリと肩を震わせた。 「こんなところで何やってんだよ、蘭」 「しっ、新一っ?!」 「確かにここも本屋の敷地内だけどな、こんな裏口じゃ探し出せないだろ。心配したぞ」 ポンポンと蘭の肩を叩く新一の掌、声、瞳。何もかもが温かい。 「・・・ごめんなさい」 小さく呟くような声でそう言うと、蘭は力なく俯いた。 「怖かったか?でも、もう大丈夫だ。蘭にはオレがついてる」 ハッとして見上げた新一の顔には、いつもの自信たっぷりの笑顔。 漸く「どうして?」という疑問を顔に出した蘭に、新一はしれっと「さっきのあれ、刑事だろ?」と言う。 もう一度ハッとして、蘭は新一に向き直った。携帯を握り締めた手に力が入る。 驚きで、言葉が遅れる。 「・・・え、やだ。見てたの?」 「丁度そこの通用口から出てきたところだけ、チラッとな」 新一は、先程蘭が出てきた辺りを、視線だけで指し示した。 蘭が何も言わなくても、ほんの数秒のやり取りとその場の雰囲気で、新一はすべてを掌握してしまっている。 もしこのあと、答え合わせをしたならば、90点以上は堅いだろう、と頭の片隅の冷静な部分で蘭は思った。 つまり、こうだ。 今日も蘭は、約束の時間より早く書店に到着した。 時間的余裕があるのを良いことに、受験生らしく参考書でも見てみようか、と店内を移動していたとき。 どこか態度のおかしい男性客を発見した。 表立って不審な感じはしなかったが、武道を嗜んでいる所為か、蘭は人の気配には敏感だ。 そっと背後に回り、様子をうかがっていると、男性客の手元が怪しく動いた。 ―――万引きだ。 そう思った途端、自分が盗みを働くわけではないのに、蘭の鼓動は急激に高ぶっていく。 咄嗟に周囲を見回しても、休日で客足の多い店内では、店員は皆忙しくしており、男の違法行為に蘭以外の誰も気が付いていない。 緩やかに流れるBGM。 人々の話し声。 それらに紛れて、男は大胆にも犯行を続けていた。 意外とバレないもんだな、とでも思ったのか、男の行為はだんだんエスカレートしていく。 3冊目の獲物が今まさに彼の手中に落ちようとしていた、そのとき・・・ カシャ。 周囲の雑音に紛れて、何かの機械音が小さく響いた。 流石に後ろめたいことをしている自覚だけはあるのか、すぐさまキョロリと周囲を見回す。 すると、耳通りの良いソプラノの声で「あの」と男に声を掛ける者がいた。 最初はギクッと首をすくめた男も、声の主が可憐な少女だとわかると、キッと眼差しを鋭くして威嚇する。 寸前のところで獲物になり損ねた本を乱暴に元の位置へと押し込み、足早にその場を去ろうとした。 だが蘭は、追及の手を緩めない。男が所持している鞄を指差し、ハッキリと言う。 「そっちの2冊も、戻してください」 「・・・言い掛かりを付ける気か?」 「証拠なら、あるわ」 カシャ。 もう一度、小さな音が蘭の手元から発せられた。 それが携帯電話のカメラの音だと気付いた男は、分が悪いのを認めたのか、蘭を突き飛ばしてその場を立ち去ろうと腕を伸ばした。 だがここは狭い書店の通路。 しかも男はこの少女が空手の有段者で、都大会優勝者とは知る由もなく。 いとも簡単に警備員に引き渡され、駆けつけた刑事に連行されていった。 「―――で、事情聴取に付き合わされた、てなところ?」 「うん、大正解。でも実際には携帯で写真を撮ったように思わせただけ、だったの。本当に撮ってたら、盗撮だもん」 えへへ、と照れた様子で小さく笑ってみせる蘭には、気付かれないように。 新一は明後日の方向にひっそり吐息したが、逆に蘭は楽しそうに言う。 「さっすが新一。伊達に推理オタクやってるわけじゃないわね」 「あのなぁ。オレ、すっげー心配して・・・」 「わかってる。ありがと、新一」 俯き加減の蘭に、新一は被ってきたキャップをぱふっと被せた。 次いでしなやかな右手を取り、歩き始める。 物言わぬ新一の背中が、やけに広くて。 いきなりの行動に、蘭はただ驚いて彼の名を呼んだ。 「遅れてゴメン。怖かった、だろ?」 それ被っとけばカムフラージュになるから、と前を見たまま続ける新一。 繋いだ手から、溢れるくらいに伝わってくる優しさ。 蘭は、そこまで見破られてたんだ、と思いつつ、その気持ちが嬉しくて。 こっそり溢れそうになっていた涙が、別の色になる。 返事の代わりに、ぎゅっとひと回り大きな手を握り締めて、蘭は静かに思いやりという流れに身を任せた。 暫し無言のまま、しっかりと手を繋いで。 人混みを避けるように10分も歩いただろうか。 ふと新一は立ち止まった。 見上げてくる蘭からキャップを取り返し、様子をうかがうようにポンポンと軽く頭を撫でつつ提案する。 「これから予定通りに買い物に行くか?気が乗らないなら、このまま家に帰ってもいいけど?」 「大丈夫よ。新一がいてくれるなら」 そっか、と優しく微笑んでくれるその瞳がある限り、大丈夫だと思える。 強くて澄んだ、その瞳が見詰めていてくれるなら、それは蘭にとって最強無敵の声援になる。 「じゃあ、遅れたお詫びにとりあえず飯奢るよ」 「いいわよ。今日はお互い様だから、ノーカウントにしてあげる」 ようやく蘭がにっこりと微笑むのを見て、でもな、と新一は反論する。 「3回すっぽかしたら、って言い出したのは蘭だろ?今日はほら、その3回目なわけだし」 「今回のはちょっと違うじゃない。それに新一が遅れたのは、ほんの2〜3分なんだし。だから、いいよ」 「ダメだ」 携帯の履歴を確認した蘭が許可を出しても、新一は頑なに首を横に振る。 「もう、わたしがいいって言うんだから、それでいいじゃない。ね?」 「オレはな・・・もう二度と破りたくないんだ、蘭との約束は。それがどんなことでも」 もっとも、これは『約束を破った代わりに守らなきゃいけない約束』なわけだけどさ、と新一は苦い笑みを浮かべながら、まるで独り言のように呟く。 新一の、言葉には出さない気持ちに、蘭はそれ以上、何も返せなくなる。 いつでも、新一の根底には、あの日々がある。 勿論、蘭の心にもあるのだけれど。 んー、と頭ごと少し傾けた蘭が、わかった、と新たな提案を新一に披露する。 「じゃあ、食事じゃなくてデザート奢ってほしいな。どう?」 自らの代替案に納得して、微笑む蘭。 新一は驚きに見開いた目で「え?」と最短の疑問を返す。 「テイクアウトして、ゆっくり家で食べたいな。うん、これで決まり」 「そんなんでいいのかよ?もっと、こう、他にいろいろあるだろ?」 「そう?じゃあ紅茶は、新一特製のロイヤルミルクティを淹れてくれる?茶葉はアッサムでお願いね」 羽が生えたように嬉しそうな笑顔で答える蘭に対して、新一の手元には、もうYESの選択肢しか残っていなかった。 この笑顔には、一生敵わない。 「OK。行こうか」 「うん」 しっかりと手を繋ぎ直し、また前を向いて歩き出す。 同じ歩調で、2人一緒に。 【END】
2006年の新蘭オンリー「STEP by STEP」にて、当日企画のオマケに使っていただいたものを再掲。 Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved. |