Sorry, this page is Japanese text only.
Daytime Dreamer〜 2007年新蘭オンリー提供小話より 〜 警視庁捜査一課。 日夜「時間との戦い」が繰り広げられる、殺気立った場所。 激務に就く猛者達が、常に忙しなく右往左往している・・・はずなのだが。 ここ数日、一課が出動するほどの事件は起こっていない。 その所為か、この場には珍しい緩慢な空気が流れている。 室内には空席もチラホラ。 絶好の有休取得チャンスを逃すことのないように、しっかり休暇を取っている者も複数人いるようだ。 もっとも、「警察機構は暇であるべき存在」ということは、矛盾してはいるが、そこで働く者達とっての共通意識。 しかし、悲しいことに、現実社会は犯罪が起こらない日はない。 事件なんて誰も望んでいないのに。 (さ、こういう日は書類整理に限る) 美和子は朝から座りっぱなしで大量の紙と向き合っていた。 その所為か、やけに肩が重い。 (やっぱり私には、デスクワークよりも現場のほうが向いてるみたいね) トントンと肩を叩きながら、ふと目に入ったのは手元のカップ。 底が見えてから結構時間が経ってしまったのか、すっかり乾ききっていた。 気分転換に休憩しようかな、と美和子が自販機のある方角へ目をやると、他部署を含めた新人の女の子達が2〜3人、少々甲高い声を上げている。 どう見ても、仕事絡みの会話ではなさそうだ。 本来ならば喝を入れる立場にある美和子だが、たまには息抜きみたいな日があっても良いだろう、と思い直す。 ここ最近は激務に流されて、休憩中を除けば雑談さえも滅多にできない日々が続いていたのだから。 「なんだか楽しそうね?」 「さ、佐藤刑事!スミマセン、仕事中に・・・っ」 「あら、私、別に叱りに来たわけじゃないわよ」 カップを手にした美和子が背後から声を掛けた途端、紺色の制服に身を包んだ3名の後輩達は背筋を正した。 私ってそんなに怖そうに見えるのかなぁ、と小さくショックを受けつつ、美和子のほうから、5つは年下であろう彼女達に、話を促すように言葉を向ける。 「お互いに情報交換できるわけだし、こういう時間も結構大事なんだから」 「そう…でしょうか?」 「そうそう。で、何話してたの?」 「工藤さんのことです。名探偵の」 「工藤くん?彼がどうかしたの?」 「ここに来て、初めて実物を見たんですけど…何ていうか、意外だなぁって」 目暮警部ほどではないものの、美和子もそれなりに新一とは付き合いがある。 表沙汰にはできない過去も知っている。 しかし、美和子から見れば、特別変わったところはないと思うのだが。 合点はいかないものの、引き続き美和子は3人の話に耳を傾けた。 どうやら、彼女達が想像していた「工藤新一」のイメージと実物とのギャップが大きかったらしく、だがしかしそれらは美和子にとっては思わず苦笑したくなるようなエピソードだった。 彼女達の言う「工藤新一」とは――― 食事はフォークとナイフで優雅に。 高級レストランの食事しか摂らない。 ファーストフードなんて口にするわけが無い、超グルメ。 ・・・なのだそうだ。 だが実際には、コンビニ弁当をつつき(しかも時折こぼしながら)、ときには夜食としてカップ麺をすすっていたりもする。 想像というよりも妄想に近い彼女達の話に、美和子は耐えられなくなって思わず笑ってしまった。 くくく、と笑いが止まらない上司に向かって、後輩3名が「だって、ねぇ?」とお互いに同意を求め合っている。 両親揃って、世界的有名人。 当の本人も、その筋(=警察関連機構)では然り。 確かに新一は、対外的にはそういう印象を持たれても不思議じゃないのかもしれない。 少々腑に落ちない表情の後輩達に、ゴメンゴメン、と軽く詫びながら。 新一の名誉のためにも、美和子はひと肌脱ぐことにした。 「彼のために弁明しておくと、みんなが言うとおり、工藤くんって味にはうるさいほうだと思うわよ。味覚も繊細だし」 「えええ?でも、この前なんか、ハンバーガー食べてましたよ」 「高木刑事とご一緒されてたときなんか、ドリンクがコーヒーじゃなくてコーラだったし」 「食べ方も、何て言うか・・・子供みたいなんですよ。ポロポロこぼしちゃって」 相槌を打ち合う、若き後輩達。 思わず天井を仰ぎそうになる美和子とは対照的だ。 日本警察の救世主として矢面に立ってきた新一は、警察内部からも激しく誤解を受けているらしい。 美和子は、彼女達にとっても都合の良い、多少脚色した真実を打ち明けた。 秘密話をするように、ひっそりと。 「工藤くんには、お気に入りの腕利きシェフがいてね。その人以外の料理なんて何を食べても同じなのよ」 わかった?と言葉を区切る美和子に対して、成程、という感嘆の溜め息が、三者三様にこぼれた。 どうやら納得してもらえたようだ。 ただ。 決して嘘は言っていないが、少しだけねじ曲げた情報を与えてしまった。 それでも純粋に自分の言葉を信じてくれる後輩達に、美和子は心の隅にチクリと小さな痛みを感じたような気がした。 だが、ありのままの事実を言うことはできない。 新一本人からの強い希望により、彼の大事な人の存在はできるだけ口外しないようにしているのだ。 これは美和子だけではなく、新一に関わる署員共通の、暗黙の了解。 大切な人を守るために。 たとえどんなに小さくても、危険な芽はできる限り摘み取っておきたい。 命懸けの恋を追っている名探偵の、それが唯一の願い。 彼女だけが、彼を動かす原動力。 だから。 超一流の料理人だとか、高級食材を使った逸品だとか。 そんなことは一切関係ない。 新一にとって一番大切なのは―――誰と一緒に食べるかということ。 ただそれだけ。 ふと気がつけば。 美和子自身も、結構な時間をお喋りに費やしてしまった気がする。 「さ、あなた達もそろそろ持ち場に戻りなさい」 諭すような口調の美和子の言葉に、年若き後輩達は慌てて壁に掛けられた時計や各自の腕時計を確かめている。 箸が転んでも笑える年代の彼女達は、先輩からの忠告で、自らの置かれた立場を思い返したようだ。 口々に「失礼します」と言い残し、それぞれの職場に戻ろうと踵を返した。 その3つの制服の背中を、ちょっと待って、と呼び止めて。 美和子はひと言付け加えた。 「これだけは言っておきたいんだけど。工藤くんだって、ごく普通の青年だってこと、わかってあげてね?」 「はい、了解です」 立ち止まり、美和子のほうに向き直って小さく敬礼をする3人。 その一糸乱れぬ仕草にラフな敬礼で返すと、パンプスの踵を鳴らして美和子も自分の席に戻った。 安堵の溜め息を、誰にも気付かれないように小さく吐く。 (あの様子なら、大丈夫かな) お喋り花盛りの年代とはいえ、彼女達も同じく警視庁に勤務する署員であり、噂に飛びついては騒ぎ立てるだけの野次馬ではない。 面白おかしく、若き名探偵のことを言い回ることはないだろう。 そして、かの名探偵とその専属シェフのことを、ふと思う。 (今日みたいに事件の無い日はきっと、レストラン・毛利で、極上のひとときを楽しんでるんでしょうね) 目の前に積み上げた書類は、当然少しも減ってはいないが。 どことなく軽くなった気持ちで、美和子は再びデスクワークに励むのだった。 【END】
2007年の新蘭オンリー「アルセーヌで夕食を」にて、当日企画のオマケに使っていただいたものを再掲。 Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved. |