Home Sweet Home〜 2013年新蘭プチオンリー景品用小話より 〜 蘭の料理は上手い。 凝ったメニューや特別な食材を使うわけではない。 ただ、口にしてホッとする、そんな料理。 「小学生のときから家事やってるんだもん。それだけやってれば、誰でも上達するわよ」とは本人の弁だが、味覚とセンスが伴わなければこうも美味しくは作れないだろう、と新一は思う。 かつて、毛利家が3人暮らしだった頃、蘭の母・英理の手料理を口にする機会があった。 盛り付けや仕上がりは大変美しく、美味しそうな湯気が立ち上る食卓で意気揚々と箸を手にしたのだが。 その後、どうやって完食したのか、新一ご自慢の記憶力を持ってしても定かではない。 ただ、どうにもこう、味付けだけが残念だったのを強烈に覚えている。 やがて蘭が家事を担うようになると、工藤家の全面バックアップの元、蘭の料理の腕は日を追うごとに上達し、現在に至るというわけだ。 もし、蘭があのまま英理の料理を食べて育っていたら・・・・・・と思うと、蘭には悪いが新一の背筋にぞわっと寒いものが走る。 勿論、蘭が作ったものならば、どんな料理でも完食する自信はある。 自信はあっても、美味しいほうが良いに決まっている。 この先の将来を考えれば尚更だ。 今や蘭の腕前は、冷蔵庫の食材と相談して自在にメニューを生み出すまでになっていた。 数あるレパートリーの中でも、ハンバーグは絶品で、更に煮込みハンバーグは最高だ。 キッチンからデミグラスソースのいい香りが漂ってくると、自然とテンションが急上昇する。 いつだったか、ついうっかり鼻歌もどきまで飛び出したときには、蘭もあきれて苦笑していたが。 幼い子供のように、喜んで箸を手にする新一に対しては、嬉しそうに見つめるだけだった。 日本警察の救世主もすっかり夢中になるほどの料理には、しかし、ひとつだけ難点がある。 その名のとおり、煮込んでいることもあって、生地が大変に柔らかいのだ。つまり――― 「あ・・・・・・」 「こういうところ、いくつになっても直らないのね」 慌てることなく、蘭はティッシュを箱ごと新一に手渡した。 幸い、洋服への被害は免れたものの、新一の口元とテーブルには、崩れたハンバーグの欠片と垂れ落ちたデミグラスソース。 互いの席に敷いてある色違いのランチョンマットはビニールコーティング製で、ティッシュだけでもきれいに拭き取れた。 あとで水拭きしておけば完璧だろう。 差し伸べられた蘭の手を丁重に辞退した新一に、蘭は新たな助け舟を出した。 「はい、どうぞ」と手渡されたそれは、スープ用の大振りなスプーン。 これで掬って食べよ、と言外に言われてしまっている。 新一が大人しく「サンキュー」とスプーンを受け取ると、蘭は少し申し訳なさそうに眉尻を下げた。 「さっきはゴメン」 「え、何が?」 謝られる覚えはなく、新一は素直に問い返した。 「ほら、ちょっと、子供扱いしちゃったかなって」 「あー・・・うん、まぁ気にするな」 実際このザマだしな、と苦笑して、新一は自身の皿を指差した。 ソースの汚れは拭い去ったが、お世辞にもきれいな食べ方とは言えない。 小学生でもないのに、流石にこれはどうか、と思われるレベルだ。 両親の職業柄、新一は子供の頃からパーティーその他で、格式のある店に行くことは多かった。 ひと通りの礼儀作法やテーブルマナーは、当然、両親から仕込まれている。 ただ、残念なことに、その教えがあまり身についていないだけで。 したがって、蘭にそんな顔をさせてしまったのは、新一の不徳の致すところであって、彼女が申し訳なく思うことなど、微塵もない。 現に、目の前で同じメニューを食べている蘭の口元にも、皿やその周辺にも、汚れやこぼれた形跡はない。 新一にとっては、例えば爆弾解除のように細かな作業で手先を動かすこと自体、苦手な部類ではない。 だが、箸遣いには、正直自信はない。 「・・・もしかして、今日のはちょっと柔らかすぎたかな?」 「いや、そんなことねーって」 「だったらいいんだけど、いつも目分量だから、毎回同じにならなくて」 ふぅ、と頬杖をつく蘭。 間髪いれず、新一は返す。 「そりゃ多少の誤差はあるだろうけど、毎回美味いよ。オレが保障するから心配すんな」 「ありがと。お世辞でも嬉しい」 「だから、お世辞じゃねーっての!」 つい、力説してしまった新一の頬に、わずかながら朱が走る。 それを受けて蘭は、今度は極上の微笑とともに「ありがと」と再度お礼を述べ、食事を再開した。 新一も、今度こそ蘭に不要な心配をかけぬよう、慎重に箸とスプーンを往復させた。 工藤邸での夕食後は、ごく自然な流れで役割分担ができていた。 蘭が食器を片付ける間、新一が湯を沸かし、飲み物を用意する。 割合としては、新一の好みでコーヒーになることが多いような気もするが、蘭からのリクエストで紅茶になるときもある。 和食の後なら、日本茶も捨てがたい。 今夜は蘭の「朝晩、肌寒くなってきたね」の言葉が決定打。 メープルシロップを多めに回し入れた、ホットミルクティ。秋の夜長に良く似合う。 美味しい、とカップを傾ける蘭の瞳が、とろけそうに緩んでいて。 やっと新一も自らカップを口に運んだ。 どんな些細なことでも、喜んでもらえたら嬉しい。 この笑顔を隣で見続ける権利を勝ち取るために、一体、どれだけの遠回りをしたことか。 ただ、あの日々がなければ、いつまでも「幼馴染み」という生温い定位置から抜け出す勇気もなく、不安定な関係に埋もれ続けていたのかもしれない。 「ちょっ・・・新一!こぼれるよっ!!」 突然、緊迫感のある声が響き、新一は思想の海から現実へと舞い戻った。 手にしていたカップが大きく傾き、今にも中身があふれそうになっている。 「っと、と。危なかったぜ」 「大丈夫? もしかして体調悪いとか?」 「いや、それはない」 「そう? じゃあ、お願いしても良いかなぁ?」 滅多なことでは甘えてこない蘭が、遠慮がちに、だがはっきりと「お願い」があると言う。 これは是非とも叶えたい。 新一が黙って話の先を促すと、蘭は静かに口を開いた。 「お箸の使い方、練習しないかなーって」 「オレ、さっき、そんなに酷かった・・・?」 「酷いっていうより、食事のときは、ちゃんと食事に集中すること。じゃなきゃ、示しが付かないじゃない?」 事件現場では雄弁な新一も、蘭の一言には言葉を詰まらせる。 毎日丹精込めて作った料理を、上の空で食べられたら淋しいよな。 そこまで考えて、新一の中にある疑問が沸いた。 この場には蘭と新一の2人しかいない。 しかし、今さっきの会話には、第三者がいる。一体誰だ? 己の脳内会議に忙しい新一が無言のままでいるうちに、蘭は言葉を繋いだ。 「今すぐとは言わないけど、んー、8カ月後くらいには」 「8カ月後ってことは、6月末だよな。何かあったっけ・・・て、あ!」 言いながら新一は、ようやく謎の人物の正体に行き当たった。 そうっと蘭を抱き締める―――新たに授かった、宝物と一緒に。 「オレ、明日から猛特訓する。胸張って飯食えるようになる」 「ありがとう。これからも頼りにしてるからね、旦那さま」 - END -
2013年10月27日、SPARK8内で開催された新蘭プチオンリー「新蘭LOVERS」にて、当日企画の景品に使っていただいたものを再掲。 Copyright© Karin * since 2003/July/07 --- All Rights Reserved. |