たとえ今が くじけそうでも
奇跡は起こる
きっと 勇気ひとつで 変われる





    Life


 自分が許せない時期があった。
 どうしてこんなに弱いんだろう?
 どうしてこんなに情けないんだろう?

 強さが欲しい。

 うつむかない強さを。
 弱い自分を押し殺す強さを。

 もっと、もっと、と願って。
 それでもどうしようもなくて。
 何よりも大事だと思ったものを、守ることさえ出来なくて。

 ・・・消えて、しまいたかった。


 新一は、蘭に引っ張り出されるように、書斎から、木々が色を変え始めた庭に、読書の場所を移した。秋の初めの、澄み切った青い空を見あげ、さっぱりとした空気を胸に吸い込み、大きく伸びをすると、もう一度本に目を落とそうとして、苦笑する。
 なにも、こんな日にまで、殺人事件の解決に脳細胞を使わなくてもいいだろうに。
 今日は読書を控えることに決め、膝に落ちてきた木の葉をしおりにしようかと手にとって、ふと、この小さな元生命体の一部の存在意義に思いを馳せた。
 自分の周りに、僅かに落ちた、葉。昼と夜の気温差が激しくなるにつれて、この落ち葉の数は次第に増え、蘭と自分を煩わせるのだ。今年は、蘭の助けが得られない分、もっと苦労するのだろうけど。
 その、無数の葉たちは、木が、生きるために切り落とした、不要なもの。

 ・・・俺が、俺であるための、弱さ・・・か・・・

 新一は、色の変わり始めたケヤキを見上げた。


***


 人々を、秋の山へ駆り立て、町を秋色に染める、あの美しい紅葉は、見るものを、暖かい気持ちにさせ、また同時に僅かな哀愁を抱かせる。
 散る、目際の、美しさ。
 どれほどの人が、あの落葉の意味を気にかけたことがあるだろうか?

 冬。それは、植物にとって、最も過酷な季節。
 問題なのは、寒さではなくて、水。
 寒さが、土壌の水を凍らせ、植物は砂漠にいるのと同じように、水を得られない状況になるのだ。
 もしも、落葉がなかったら、みずみずしく、柔らかい葉が、水分を空気中に逃がし、植物は乾き果て、やがて枯れてしまうだろう。
 そうならないために、寒くなる前のこの季節、落葉樹たちは、“離層”と呼ばれる、“弱いところ”を葉の根元につくり、風の力を 利用して、葉を切り落とすのだ。

 生きるために。

 隠したり、強がったりせずに、ためらいもなく、彼らは弱さを晒す。
 そうすることによって、彼らは“冬”を乗り越え、またエネルギッシュに茂るのだ。

 落葉は、木々にとって、必要な弱さ。
 厳しい季節を乗り越えるための。
 新しい季節を迎えるための。

 そうして、彼らは、地球上で最も繁栄する生命体の一つになった。


***


 クルクルと葉を弄びながら、底抜けに青い空を眺め、ざわざわという木々のざわめきに耳を傾けた。とても、穏やかな気持ちになって、そっと目を閉じ、自然に微笑む。

 強がったままでは、きっと“冬”を乗り越えられなかった。
 弱さを受け入れること。それもまた、自分なのだと、笑えるようになったこと。
 それが今、こんなにも、自分を大きくしてくれた。

 今なら笑って言える。
 こんなに弱くて、情けない自分が、大好きだと。
 だから、もう迷わないし、たとえ迷っても、前に進める。

「本、読まないの?」

 いつの間にか自分の隣に座っていた蘭が、冬に向けて、そして、新しいLife(命)の為に、せっせとニットを編みながら、笑い混じりに聞いてきた。網かけのニットが影を落とす、僅かに膨らんだ蘭のお腹をしばらく見つめてから、新一は前後の会話とは全くかみ合わない返事を返した。

「焼き芋でもするか」

 新一はいつも何か考え事をしている。つねに、色々なものとの関係を、頭の中で描いている。
 それは、探偵として仕事をするときには役に立つのだが、会話をするときには、いささか問題で。話の飛躍に慣れきっている蘭でも、これはちょっと、難問だった。
 手を止めて、目を瞬かせながら自分を見つめてくる蘭に、新一は笑って付け足した。
「だから、もうちょっと寒くなって、落ち葉だらけになったら、さ」
「そうだね。今年も大変だろうなぁ・・・」
 ようやく話の内容がつかめた蘭は、さっきまでの新一と同じように、色づき始めた木々を見あげながら、苦笑した。
「今年は、傍観してろよ?」
「なんで?大丈夫よ」
 心配性だと、くすくす笑う蘭と、冗談じゃないと、眉を寄せる新一。
 芝生の上に、ひらひらと舞い落ちる、木の葉。



 信じる力ほど 強いものはなくて。
 自分を、蘭を、自分を温かく見守っていてくれる、
 すべての人を信じられたときから、本当の意味で強くなれた。

 これからも、“あの時期”を思い出して、心の傷がうずくこともあるかもしれない。
 でも、もう、“江戸川コナン”を押し殺そうとは思わないから。



「・・・男の子だったら、“コナン”だから」

 名探偵と謳われているはずの新一が、話の飛躍に・・・正確には、あまりに自分の考えていた人物の名前を、正確に当てられたことに・・・目を瞬かせる。
 その様子を見て、蘭がしてやったりと、満足げに微笑んだ。

「拒否権なしかよ」
「うん♪ これだけは、譲ってあげないっ」
「いつも、譲られてないような気がするんですけど、奥さん」
「え〜?そうかなぁ?」


 新しいLife(自分)の為に、必要なtender(弱さ)。

 受け入れることは難しいけど。
 飲み込むには、大きいけれど。


「だって、私の、大事な、もう一人の、新一なんだもん」

 新一は「完敗だ」と内心で呟いて、破顔した。
 そのまま、蘭を抱き寄せて、額に唇を落とす。

 まるで、太陽のような、唯一無二の存在。

「どうやら、俺はオメェなしじゃ生きられないらしいぜ?」

 くすぐったそうに笑いながら、何よ急に、と蘭が言う。

「・・・でんぷん不足になる」
「私に分かるように説明してぇ〜」
 蘭がとうとう吹き出しながら、ギブアップした。

 「愛してる」
 「・・・分かってる」


 





不完全な貴方が好きです




わたしがこの道(?)へ入るきっかけのお方v(恥ずかしくて直接言えないから、ここで告白しちゃった。ドキドキ)
お持ち帰り可だったので、発見直後、即カキコ&ゲット!
私の固い涙腺も、深月さまの前ではメロメロです(←意味不明)

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