Woman     第1話    be様





RRRRR、RRRRR、RRRRR

「はい、遠山です」
「和葉ちゃん?」
「あ、蘭ちゃん!!」

蘭は、大阪に住む和葉に電話をかけていた。
父・小五郎は、すでに眠りについている。
それでも、居間の電話からではなく、階下の探偵事務所で話をしていた。

「和葉ちゃん、1つお願いがあるの・・・」

少し控えめに、声のトーンを落とす。

「なんやの? なんでもゆうてな!!」

そんな蘭の心情を察知してか、和葉は逆に明るく振る舞う。

「あのね・・・・。服部君を1日貸してくれない?」
「へ??」
「あ、あの。変な意味じゃなくて・・・・。バイクに乗せてもらいたいの・・・」
「バイク??」
「う、うん・・・・。ダメかなぁ?」
「ちょー、待ってな。平次、隣におるから聞いてみる」

ドキドキしながら、蘭は、電話から聞こえてくる2人のやりとりを聞いていた。


貸してくれ、なんて、我ながら他に言いようがあったのにな。


今更ながらそんなことを考えていた。
和葉がビックリするのも当たり前だ。

「もしもし? 蘭ちゃん?」
「あ、はい」
「平次、ええってゆうとるで」
「ホント?」
「うん。ほな今度、バイクで東京行こか?」
「ううん。あのね、私、来週、空手の全国大会で京都に行くから、その時に・・・」
「ホンマ? じゃあ、日程わかったら教えてな」
「うん。また、電話するね」
「ほなな!」

電話を切って、大息つく。
まだ、ドキドキしている。

深呼吸をして、心を落ち着けてから、蘭は3階の自室へと戻った。












帝丹高校空手部。
都内では、強豪に数えられるようになり、今年の都大会では、団体戦を制した。
また、女子の部では蘭が優勝、男子も優勝は逃したものの、準優勝を獲得している。

京都で開催される全国大会を前にして、大会前から京都入りし、直前合宿をすることが決定した。

学校からの遠征のため、蘭は久しぶりに、小五郎以外との旅行になった。
チームメイトと話しながら、ふと、先日の新一との会話を思い出していた。



蘭の幼馴染の探偵・工藤新一は、忙しく事件を追いかけている。
学校へ来ても、欠席日数を補うための補習や、山のように出された課題を抱え込んでいる。
蘭も、空手の大会があり、都大会から全国大会へと、気がつけば道場通いが続いていた。

ゆっくりと話す暇もなく、久しぶりのツーショットでの下校となった。

「最近、どう?」

という蘭の言葉に、

「事件ばっか」

と軽い返事。
蘭は、クスクスと笑って、

「その割りに、お名前聞かないけど」

と切り替えす。
そこから、2週間ほど前に会った、新一のライバル(?)、西の名探偵の話題になった。

蘭は、仲良くなった、大阪の友人・和葉がお気に入りだった。
自分と同じように、幼馴染の探偵に恋して、同じように、報われない恋をしている。
似ているから、わかりあえる。

「そういえば、新一って、バイク乗れるの?」
「バイク?」
「うん。服部君て、バイクの免許持ってるんじゃない? 和葉ちゃん、いつも後ろに乗せてもらってて、
気持ちよさそうだなって」
「そうか?」
「新一も免許持ってるの?」
「当たり前だろ? 16になったと同時に取ったよ」
「知らなかった」
「そうだっけ?」
「聞いてな〜い!」

不毛な会話は、終わらない。

「じゃあ、今度乗せて♪」
「ダメだ!!」

蘭のおねだりを、新一は即決で却下した。

「なんでよ!!」

頬を膨らませて、講義の声を上げる。

「ダメだったら、ダメ!!」

新一の答えはにべもない。



それには、理由があった。
免許を取って間もない頃、新一は警視庁へ行こうとした時に、バイクで行くことにした。
その時に、不覚にも転んでしまい、怪我をしたことがある。

今でも、傷が残っている。

もう運転にも慣れたけれど、2度と転ばないとは言い切れない。
蘭に、傷を残すなんて、できるわけがない。

「服部君は、和葉ちゃんを乗せてるよ!」
「オレは、絶対に乗せねーからな!!!」

その言葉に、蘭が、切れた。



「あ、そう。わかったわ。じゃあ、服部君に乗せてもらうから!!!」



言うだけ言って、クルリと背を向けると振り返らずに、歩いていった。









家に戻った蘭は、カバンと胴着を放り投げると、ベッドの上に置いてある枕を掴む。

「もぉ!! なによ!! 最近、全然一緒に遊んでないのに!! なんで即答なのよ!!」

ボスボスと、鈍い音を立てて、枕に拳を沈める。
枕は新一に見立てられていて、顔を思い浮かべながら、更に拳を繰り出す。

「新一の、バカ!! 事件と結婚しろ!!」

最後には、枕をドアに向けて投げつける。





どんなに、気分が悪くても、家事というものは待ってはくれない。
夕闇が訪れ、不摂生な生活をしている小五郎が帰ってくる。

蘭は、溜息をつきながらも、夕飯の準備を進めていた。

売り言葉に、買い言葉的に発言した『服部君に乗せてもらう』宣言。
それも、いいかもしれない。



そうだ。

全国大会、京都なんだ!!



それを思い出し、いささか気分をよくして、準備を続けた。




その夜。

平次の電話番号も聞いてはいたけれど、蘭からはかけたことがなかった。
もちろん、平次が和葉の思い人であることもあり、蘭としては間接的な関係を保とうとしていたのだ。

新一の、親友。
和葉の、彼氏。

新一経由で頼み込むわけにもいかず、蘭は、和葉に電話をかけた。
どちらにしろ、和葉の了解を取らないことには、平次がOKを出しても、乗せてもらうわけにはいかない。




そして、冒頭の電話へと戻るのである。












空手の全国大会自体は、土日の2日間で開催されることになっている。
帝丹高校空手部は、その週の月曜日に京都へと移動し、火、水、木と合宿を組み、直前の最終調整を行った。
そして、金曜日は、試合に向けて、完全休業日とし、生徒達に1日フリーを言い渡した。

買物に出かける者。
部屋でゴロゴロしている者。
連れ立ってUSJへ行く者。
寺院巡りに出かける者。
願掛けに出かける者・・・。

顧問の渡辺は、リラックスするための1日だからと、行動に制限はつけなかった。

ただし、午後7時からの夕食には、全員遅れないこと。
そして、その後に、ミーティングを行い、就寝とする。

それだけ連絡すると、渡辺自身、どこかへと出かけて行った。





蘭は、和葉に言われたとおり、京阪線に乗り込み、寝屋川駅に降り立った。

「あ、蘭ちゃん!! こっちや!!」

和葉の元気な声に振り返ると、バイクに跨ったままの平次と、その傍らで手を振る和葉がいた。
初めての場所で、ドキドキしていた蘭は、ようやく見知った人を見つけ、ぱあっと笑顔になった。

駆けてきた蘭を上から下まで見て、平次が呟く。

「和葉、2人でお前んちまで来いや」
「うん?」
「先、行っとる」
「あ、わかった」

ヘルメット越しのくぐもった声で、蘭にはそれが、ひどく不機嫌な声のように聞こえた。


やっぱり、無理なお願いしちゃったかな・・・?


そう感じながらも、色々話しかけてくる、明るく元気な和葉に促され、商店街を抜け、公園を横切り、住宅地へと進む。
バイクに乗った平次が立ち止まっているところが、和葉の家のようだった。

2人を待っている間に、ヘルメットを脱いでいた。

「和葉、姉ちゃんにジーンズ貸してやり。サイズは合うやろ?」
「そやね。わかった。ちょー、待っとってな。行こ、蘭ちゃん!」

訳がわからず、取りあえず、言われるままに、和葉について家の中へ入った。


和葉は、タンスからジーンズを取り出して、蘭に渡した。
受け取った蘭は、畳の上に座り込んだまま、俯いている。

「ねえ、和葉ちゃん」
「どないしたん? 蘭ちゃん?」
「私、やっぱり、無理なお願いしちゃった?」
「え??」
「服部君、怒ってるみたいだから・・・」
「ああ、あれね。ちゃうちゃう。平次の不機嫌は蘭ちゃんのせいと違うんよ」
「でも・・・」
「ホンマや」

和葉にいくら否定されても、気をつかわせているだけなのではないかと思ってしまう。
元はと言えば、自分のワガママ。
新一に対するあてつけ。

「・・・・平次な、バイクに人を乗せる時、ごっつい神経質になんねん」
「そう・・なの?」
「せや。バイクってな、結構、微妙なバランスで走っとんのやって。平次にとってバイクは、もう体の一部みたいなもんやから、
 自在に操れるんやけど、後ろに人を乗せると、そうもいかんのやて。
 その人が、どんな動きするか予測できへんし、それによって、バランス崩すしな」
「私、やめた方がいいのかな・・・?」
「そんなことないで。神経質になっとるけど、平次、基本的に人乗せるの好きやから」
「ホントに、いいの・・・?」
「当たり前や! 蘭ちゃんやったら、平次が嫌やゆうても乗せたる!」
「ありがと」

ようやく、蘭に笑顔が戻る。
えへへと、照れ笑いを漏らして、和葉に借りたジーンズを握り締める。

「・・・それにな。平次が神経質になっとるんは、それだけやないんよ」
「え?」
「昨日、バイクの整備しながら、ブツブツ呟いとった。『姉ちゃんに怪我でもさしたら、工藤に殺される』って!!」

クスクスと笑いながら和葉が言うと、蘭は真っ赤になって俯いた。

「・・し・・・、新一は、そんなこと気にしたりしないわよ・・・」
「そうかなーーーーー??」

女同士の恋話は、終わりがない。




外で待つ平次は、思いの他時間のかかっている女性2人に、イライラを募らせる。
それでなくても、新一に内緒で、新一の想い人をバイクに乗せようとしている。

ようやく出てきた2人を、ついつい睨んでしまうのは、まだまだ修行が足りないところ。

和葉が蘭に説明しながら、ヘルメットをかぶせる。
和葉は、髪をポニーテールにまとめているが、蘭は更に長い髪をいつもおろしている。
ヘルメットから、髪をなびかせるのもいいが、和葉曰く『パサパサになるから、やめたほうがええ』とのことで、
軽くまとめて、ヘルメットを被った。

「痛ないか?」

ポンポンとヘルメットを叩きながら、平次が確認する。

「うん。大丈夫」

ヘルメット越しだと、やはり少し籠もった声になる。
自分の声も、そんな風に感じる。
先ほどの平次の声を思い出すが、やっぱり、不機嫌だったわけじゃないんだと、納得させる。

平次は屈みこむようにして、ヘルメットの顎紐を締め直す。

バイクに乗っている者の身を守るための術は、このヘルメットしかない。
1番大事な頭部を守るための防具。
あとは、自分の身1つ。
蘭は、ショートパンツをはいていたから、平次はもしもの時のために、怪我から守るためにもジーンズにはきかえさせた。

乗せるのが和葉であれば、もう何十回と乗せているから、慣れているのだが。
特に蘭は、今回がバイクに乗るのが初めてだという。
プラス、新一の睨みつける表情が思い浮かんで、離れない。

「よし。行こか」
「よろしく、お願いします」
「和葉。ほな、しばらく行ってくるわ」
「うん。平次、コケたらあかんで!!」
「わかっとるわ、ボケ」

慣れた手つきで自分もヘルメットを被ると、バイクに跨り、エンジンをかける。
蘭も、見よう見まねで後ろに跨る。
遠慮がちにジーンズのベルト部分に添えられた両手をグイッと掴んで、お腹の前でしっかりと組ませる。

「振り落とされんよう、しっかり掴まっとりや」
「う・・・・、うん。//////」

よく考えてみれば、新一以外の人と、こんなに近くに触れ合うなんて、初めてだ。
蘭は、最初はドキドキしていたが、10分も走れば、平次の言った意味がわかった。
そして、和葉の言葉の意味も。





自転車の2人乗り・・・。
それくらいの感覚だと思っていたが、実際には、まったく違う。

カーブを曲がる時にバイクを傾けられると、このまま倒れてしまうのではないかと言う恐怖心が起こり、
ついつい、逆方向へ体を傾けたくなってしまう。
目を閉じて、体を固くしてしまう。

これが、和葉が言っていた『予測できない行動』なのだ。


少し流して走ったところで、ちょうど信号で停まった。
平次が振り返って、蘭を見た。

「大丈夫か?」
「うん、平気。だいぶ慣れてきた」
「ほな、海にでも、行こか?」
「うん。どこでもいいよ」
「・・・・・。何も考えんでええから。力抜いて、オレに体預けててええから」
「・・・はい」

真顔でそう言われると、照れてしまっている自分が、恥ずかしくなる。



しがみついている背中は、広く、逞しく、ふと、ここにいないもう1人の探偵の事を思い浮かべてしまう。

初めて平次に会った時、似ていると思った。

事件現場を調べつくしている姿。
目暮警部と話しこんでいる姿。
推理を組み立てるために考え込んでいる姿。
自信満々に推理を披露する姿。

どれもが、新一とダブって見えた。

実際の2人の性格は、クールな新一と、熱血漢の平次とで対照的なのだが、探偵としての2人は、よく似ていた。
和葉も同じように思っていて、蘭と和葉2人で、よく笑いあっていた。



新一の事を思い出してしまい、蘭は、堪らず、平次にまわした腕にギュッと力を込めてしまっていた。

平次もそれには気付いていたが、あえて何も言わず、無言でバイクを走らせた。



流れ行く景色は、車から見るものとも、歩きながら見るものとも違って見える。
それが何故なのか、答えは見つからなかったが、蘭にはそれが新鮮に映った。

平次は、USJの先にある、大阪港の舞洲へとやってきた。
ここにあるドライブインシアターに和葉と何度か来ていた。
海に面した緑地公園が、和葉のお気に入りスポットだ。
また、スポーツ施設があるため、2人で体を動かしたりもしていた。

行ける所まで海岸へ近づき、後は、バイクを押していく。

海岸線に、防波堤のようにコンクリートになったところがあり、バイクを停めると、歩いていって少し距離をおいて座る。

「疲れたやろ?」
「ううん。大丈夫。服部君こそ、疲れてない?」
「オレか? オレは慣れたもんや」
「ありがとね、私のワガママに付き合ってくれて」
「いや・・・、別にええねん。どうせ、暇やし」

事件で忙しいじゃない・・・と思いながら、この辺も新一と似ているな等とついつい笑みがこぼれてしまう。


だが、その笑顔も、満面の笑みではないことくらい、平次にはわかっていた。

「・・・・。工藤と喧嘩でもしたんか?」
「えっ・・・?」

こいつ、ホンマ、和葉に似とる。
平次もそう思っていた。

我慢して、自分の感情を自分の中に押し込めてしまう。

そんなところがそっくりや。
強がりやな。

お互い、苦労するなと、この場にいない親友に同情する。

「別に、そうゆうわけじゃ・・・」

言いながらも、顔が曇っていく。
膝を抱え込んで、小さくなって座る。
そんな仕草さえも、和葉を思わせる。


和葉が落ち込んでいるときは、ついつい、強い言葉でせき立ててしまう。
関西人の悲しい性。
ボケとツッコミが染み付いている。

蘭の場合は、そこが違う。
それは育った環境の問題だから、仕方のないこと。

平次も、どうも調子を狂わされた気がして、頭を掻く。

「ここは大阪の掃き溜めや。姉ちゃんの心のわだかまりを捨てたところで、変わりはないやろから、全部、吐き出してったらええ」
「服部君・・・」
「大丈夫や。工藤には言わんといてやるさかい」
「う・・・ん・・・・」

それもいいのかもしれない。
蘭も、どこかでそう思っていた。


両親の別居。
行方不明だった新一。
学校での新一ファンからの嫉妬。
部活動での歯痒さ。


生きていく以上、いいことばかりじゃない。
苦しみも、悲しみも、淋しさも。
醜い感情も、すべて、自分もの。

人に知られまいと、押し殺してきた。
相手の気持ちを考えると、言えなかった。

「・・・服部君は、新一と同じように探偵をやっているから、人間の醜い部分とかも、いっぱい見ているよね?」
「まぁ、高校生にしては、多いやろな」
「どうして、人は優しい気持ちのままではいられないんだろう・・・」
「なんや哲学的やなぁ・・・」
「ただ好きで、見つめていたいってだけの感情が、いつのまにか、醜い独占欲に変わっていくの」
「・・・工藤のことか?」
「新一の夢が探偵だってこともわかってる。目暮警部に捜査依頼されて、断れるような人じゃないこともわかってる。
 でも、ワガママってわかっていても、私のこと見ていて欲しいって。そばにいさせてって思っちゃう」

これは、そのまま和葉の言葉なんだ。

蘭の話を聞きながら、平次はそんな風に思っていた。
新一とよく似た平次。
蘭とよく似た和葉。
同じような幼馴染な関係。
そこから抜け出したとは言っても、なにが変わっているのだ?

憎まれ口を叩くのも、ほっぽって事件へ駆け出してしまうのも、紛れもなく自分。
そして、自分の感情を押し殺して、優しく見送ってくれる愛しい人。

「それ、工藤にゆうたんか?」
「・・・・言えないよ・・・」
「ゆうたらええんや。好きなヤツ相手に我慢してどないする? 好きなヤツ相手やからこそ無理する必要ないやろ?」
「服部君・・・」

今にも泣き出しそうな瞳。
涙を滲ませた、クリクリの大きな瞳。

アカン。

この瞳まで同じかい。

平次が1番苦手な表情。
零れ落ちそうになる涙を堪えながら見つめられると、苦い過去の記憶が蘇る。

「オレに今言ったこと、そのまま工藤にも言ってやり。アイツかて、その方が嬉しいはずや」

オレも、同じ言葉を和葉に言ってやらなな。


同じように自分の心を押し殺している、愛しい人に。


「ありがと。頑張ってみるね」


ようやく彼女らしい笑顔が開く。




お昼を知らせるチャイムが鳴り響いたのは、それから間もなくだった。


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