ミチシルベ


be さま


ええと。
作者から、最初に、1つ、言い訳。
日本では許可されておりませんが、このお話では、警官の副業が公然と認められています。
舞台は日本ですが、その点だけ、アメリカ版の考え方を取らせていただきました。
新一=探偵、平次=警官、という固定観念が消えないため、平次君には警官でありながら探偵として新一も手伝ってもらってます。

いやぁ、働き者ですね、平ちゃん。

そんなわけで、↓ へ。








































高校卒業と同時に、工藤邸で新一、蘭、平次、和葉の4人の奇妙な同居生活が始まった。

東都大に進学した平次と、それを追いかけて東京の看護学校に合格していた和葉と。
男2人の中に、和葉を1人住まわせることはできないということで、蘭まで。

そして、4人がそれぞれ大学を卒業した今も、それは続いていた。

未だ、大学の医学部で研究員をしながら、探偵業をしている新一と。
警視庁の警察官試験に合格してしまった平次と。
米花総合病院に勤務始めた和葉と。
英理の事務所で働きながら、司法試験を目指している蘭と。

生活時間がバラバラだから、4人が顔を揃えることは少なかったけれど、4人一緒という安心感がある。




探偵としては、日本でも世界でも有名になっている新一だから、依頼は後を絶たない。
自ら宣伝して回っているわけではなかったけれど、研究員の仕事がおろそかになっているのは、目に見えている。
平次も、現役警察官でありながら、時間があれば新一の手伝いをしてしまう。
警察手帳が役立つことも多いから、公私混同甚だしい。
新一も、目暮や高木達に頼めば、様々な特権を使わせてもらえるのだが、内密にしたい時などは、平次に頼んでしまうのだ。

その2人を影でサポートしているのが蘭と和葉。
蘭も和葉も、もう、2人の名探偵を止めようとは思わなくなった。
それどころか、2人が滞りなく仕事をできるよう、陰ながら支え続けている。
1番、時間を有効に使えるのが蘭だから、家事全般は蘭の役目。
和葉は、看護婦としての知識から、4人全員の健康管理を行っている。

「やっと夜勤、終わりや!」
「あ、じゃあ、明日は1日休み?」
「うん。買物でも行こか?」
「そうだね。しばらく休み合わなかったから、行ってくる?」

4日連続の夜勤がようやくあけて一眠りした和葉は、上機嫌でリビングのソファに転がった。

「あ、昨日、平次がTシャツ買うてきてって言うとったんやった」
「Tシャツ?」
「破いてしもたんやて」
「・・・警察学校で、何やらされてるの?」
「さあな? 土曜日に来るから、置いといてやってさ」

平次は今、全寮制の警察学校に行っていて、週末だけこの家に帰ってくる。
と言うのは建前で、厳しい研修中にも関わらず、夜間に抜け出しては、新一と探偵業に勤しんでいるらしい。

その時、リビングにある電話が鳴った。

工藤邸には、電話が2つある。
プライベート用のものと、探偵事務所用のもの。
蘭が見つめたのは、プライベート用の電話だった。
ナンバーディスプレイで、発信者の番号を確かめる。
ここ数年の共同生活で、身に染み付いてしまった習慣。

「服部君だよ」
「ホンマ?」

番号を見て、自分は出ずに和葉を促した。

「もしもし?」
「和葉か? 何や、お前、家におったんかい」
「うん。夜勤明けやもん♪」
「姉ちゃん、おるか?」
「え? 蘭に用なん?」
「ええから、代われ」
「はーい」

会話は聞こえていたから、蘭は首をかしげながら、電話に出た。

「もしもし?」
「お、姉ちゃん。済まんな」
「ううん。何?」
「姉ちゃん、今から米花大、来てくれんか?」
「大学に?」
「学校内をわかっとる姉ちゃんが来てくれたら、助かるんや。工藤もこっちにおるから」
「え、でも、事件なんでしょ?」
「大丈夫や。ほな、頼んだで!!」

蘭の返事を待たずに、平次は電話を切ってしまった。
受話器を見つめたまま、呆然と立ち尽くす。

「どないしたん?」
「米花大に来いって」
「は??」
「事件らしいんだけど・・・」
「あのアホ。いつもは、危ないから首挟むなとか言うとるくせに、勝手なんやから!!」
「・・・でも、そう言ってくるってことは、助けが必要なんだと思うから、行ってくる」
「あ、アタシも一緒に行く!」
「でも・・・。疲れてない?」
「大丈夫。眠ったからスッキリしとるよ」
「じゃあ、2人で行こうか」

ニッコリと笑い合って、2人は出掛ける準備をした。





一方、米花大。

「お前なぁ、自分で頼まんかい!」
「オレが言ったら、ケンカになって、アイツ、絶対来ねーよ」

米花大で発見された死体を巡る捜査で、新一は目暮に呼び出されていた。
事故とも自殺とも他殺とも、どうとも言い切れない事件。
もし他殺であったとしたら、被害者の足取り、被疑者の逃走経路などを考えるにあたって、内部を知っている者の意見が欲しかった。
4年間をこの大学で過ごした蘭ならば、内部を熟知しているはずだからと。

「被疑者がおるとしたら、ここにアイツ等を呼ぶんはやめたほうがええんとちゃうか?」
「ああ、和葉ちゃんもいたんなら、一緒に来るだろうな・・・」
「オレ等と一緒で、事件に巻き込まれる性質やからなぁ・・・」
「オレ等が巻き込んでるだけだろ?」

確かに、昔の新一だったら、いくら参考にするだけとは言っても、現場周辺に蘭を近寄らせたりはしなかった。
でも、今は。
確実に、自分が蘭を守るという自信があるから。
離れ離れで不安になるよりも、目の届くところに置いておく方がいい。

「で、お前は、帰らなくていいのか?」
「まだ大丈夫や」
「毎回毎回、抜け出してるのなんて、どうせ、バレてるぜ?」
「そうやろな。ほんでも、何も言われんのやから、教官も認めとるっちゅうわけやろ」
「はいはい。言ってろ」

こうやって2人で話していると、ただの物好きの大学生にしか見えない。
事件現場を見物している野次馬達と、なんら変わりがない。

「あ、工藤君!」
「佐藤さん」
「わかったわよ。被害者の名前」

珠川幸平。
米花大・教育学部の美術学科3年に在学する学生だという。
また、美術部の部長もやっているということだった。

「美術部ですか・・・」

死体が発見されたのは、米花大のプールだった。
美術部に在籍する学生が、プールで死んでいる?
それだけでも、事故の可能性は低いかもしれない。

新一がいつものように、あごに手をあてて考える仕草をした。
その時、携帯が鳴り響いた。

「はい?」
「新一? 大学まで来たわよ。今、どこにいるの?」
「プール前」
「プール??」
「そう。服部もいるから、こっち来な」

必要最低限の会話を、隣で聞いていた佐藤が笑う。

「相変わらずね、あなた達」
「え?」
「もう少し、恋人らしい会話したらどうなの?」
「あ、心配いらんで! 2人きりの時は、ごっついラブラブやっとるんやから」
「余計なこと言うな!」

事件現場に似合わぬ笑い声が上がる。
佐藤には、そういった雰囲気があり、悲壮感の漂う刑事部を明るくしてくれる。

そうこう言っている間に、テープでバリケートされた向うに、蘭と和葉の姿が見えてきた。
佐藤が駆け寄って、警官に声をかけ、2人を通す。

「悪いな」
「別に、いいけどね」
「けど、アタシ達が来てもええの?」
「ああ、多分、これは自殺だと思うから」
「何や、工藤? もうわかっとんのか?」
「これから裏付する必要があるけどな」
「じゃあ、私達が来た意味はなかったわけ?」
「取りあえず、美術部に案内してくれる?」
「私に道案内させるなんて、怖いもの知らずね」

蘭の言葉に、和葉が笑う。
蘭も和葉も方向音痴。
もちろん、通い慣れた大学内だから、迷うはずはないが、それでも道案内しろと言う新一は、
どう見ても、蘭と一緒にいたかっただけではないのだろうか?
案内など、警察官達に頼めば、いくらでも調べて、やってくれるのに。

「しょうがないわね・・・」

蘭の先導で、佐藤刑事を入れた5人は大学内を歩く。

「ここよ」

中にはまだ生徒が残っていて、部長の死を知らされて動揺していた。

「部長が自殺なんてするはずありません!」
「その根拠は?」
「誰よりも作品を愛する部長が、自分の絵を放り出して自殺するなんて考えられません」
「ですが、行き詰ってしまい、思い余って自殺したとは考えられませんか?」
「そんなことはありません! 部長は、この絵を絶対に完成させるんだって、頑張っていたんですよ?」
「今度の美術展に出品するんだって、意気込んでいたんですから!」
「それこそ寝食を忘れるくらい、没頭していました」
「見せていただいて構いませんか?」

イーゼルに立てかけられた絵は、白い布で覆われていた。
1人の生徒が、そっと、その布を取る。

「へぇ、これは、空?」

揺らめくような青で塗られたキャンパス。
わずかにグラデーションしていて、それが空なのか海なのかただの水なのか。
それを決定付けるのが、何枚か描かれた、白い羽根。
羽根から空が連想される。

空の色は、太陽光線のうちの可視光線が大気を潜り抜けた後、青色だけが散乱して降り注ぐからだと言われている。
だが、空気中に含まれる塵や水滴によって、光が混ざり合い白くなり、青色を薄めてしまう。
純粋な青空は、地上では見ることができないという。

だから、絵の具で作り出した青色が、本当の青なのかは、誰も知らない。

「部長、この青色には、とてもこだわっていました」
「彼の他の作品があれば、見せてもらいたいのですが?」
「あ、はい。こちらに・・・」

ほとんどが油絵による静物画だった。
どれも、写実的で、物質を忠実に描き写そうとしているように見受けられる。

「なんや、絵がどうかしたんか?」
「ん? ああ、まぁな・・・」

何か考えるふうになった姿に、平次はムッとする。

「何、思いついたんや? 言えや」
「たいしたことじゃねーよ」
「相変わらず、嫌なやっちゃなー。手柄独り占めする気やろ?」
「だ・か・ら! そうじゃねーって」
「ほな、言うてみ! オレが判断しちゃる」
「・・・・・」

慣れてきたつもりではあったけれど、まだ、平次のペースについていけない時がある。
新一は、自分1人で状況を確認し、推理を組み立ててきた。
だから、しつこく付きまとってくる平次のペースに巻き込まれてしまって、自分のペースを崩される。

「ただ、この人がいつも、どんな風に作品を書いていたのか想像してただけだよ」

新一の言葉に、付いて来ていた和葉と蘭が、絵を覗き込む。
特に蘭は、絵画展などもよく見に行っているから、それなりの鑑賞力もあるようだ。

「うわぁ、ごっつい、神経質そうな絵やなぁ・・・」
「はぁ?? どこらへんが?」
「だって、なぁ・・・」
「うん、そうだね・・・」

蘭と和葉が、なにやら頷きあっている。
新一と平次は顔を見合わせて、それぞれの彼女を見返す。

「で、2人は、どう思う?」

平次は全てを自分でやろうとするところがあるから、人に助けを求めることを潔しとしない。
だが、新一は自分の知らないことに関しては、素直に人から意見を聞いたり、教えを請うことを恥とは思っていない。
今も蘭達の感性を尊重しようとしている。

「絵のことはよくわからないんだけどね、例えば、この林檎。私だったら絵に描くときは美味しそうに描くと思うの」
「そうそう。真っ赤で、艶までつける」
「でも、これは・・・」
「傷とかそのまんまなんやもん」
「それが、神経質そう?」
「ちゅうか、自分が見たもんと同じに描こうとしとるみたいや」
「だから何やっちゅうねん? 画家ならそんなもんやろ?」

平次は絵と和葉を見比べて、それからも2人で言い合いをはじめてしまった。
新一は再び考える顔になって、腕を組む。

「・・・・そうゆうことか」

ニヤリと笑って呟いた新一に、平次は慌てる。

「お前、わかったんか?」
「まぁな」
「もったいつけんと、はよ教えろ!」
「目暮警部達を呼んでからな」

平次が根掘り葉掘り突いても、新一は美術室を行ったり来たりするばかりで、答えようとしない。
痺れを切らせる頃になってようやく、警部達が美術室に現れた。





「まず、これは、他殺ではありません」

開口一番、新一は断言した。

「なんで他殺やないんや?」
「服部、他殺で溺死の場合の特徴は?」
「えーと、まず、溺死の場合は鼻口に泡沫が出るな。ほんで、他殺の場合は、気絶でもさせとらん限り、着衣が乱れる」
「そう。今回は打撲痕はない。まぁ、睡眠薬ってのも考えられるが、これは解剖しないとわからないしな」
「せやったら、他殺やないと断言できんやろ」
「学生がそう簡単に睡眠薬なんか手に入れられるか」
「わからんで。今の世の中、何でもありやから」
「まぁ、今は、それは置いておこう」

新一が勝手に断言していくのを、平次は憮然として聞いていた。
自分は全て解き明かしているのだから、置いておこうと一言で片付けていくのだが、わかっていない平次にとっては、
納得いかない気分が募る。

「着衣の乱れが全くないのだから、事故ということもない」
「そらそやな。過って落ちたんなら、浮上しようともがくもんやな」
「じゃあ、自殺だと言うのかね?」
「そうです。あ、自殺・・・という言葉が正しいかはわかりませんが」
「どうゆう意味や?」

その場にいた全員の視線が、新一に集中する。

「正確には、彼は、死のうとしてプールに入ったわけではないと思いますよ」
「なんやて?」
「・・・・ここからは、僕の想像でしかありませんが・・・。彼は、空を見たかったんだと思います」
「空???」
「答えが、この絵です。美術部員の方のお話を聞くと、彼は、この絵に自分の全てをかけるほどの意気込みだった。
 そして、彼の作風を考えると、本当の空を見ようとしたのでしょう」
「・・・・。なぁ、工藤。それとプールに入水するんと、どう関係があるんや?」
「空の色が、なぜ青いかは知っているだろ?」
「大気中の浮遊物に光が散乱するからやろ? 特に短波長の青系の色が散乱しやすいから青く見える」
「その通り。だが、大気は世界中均一ではない。もちろん、その日の天候などによっても変化する。
 だから、正確に『これが空の色だ』と指定できる色はない。
 究極の青と言われる色は、地球上では生物が生息できない砂漠の上空か、水中から見上げた青空だと言われている」
「水中・・・?」

平次は呟いてハッとする。
さっき、蘭と和葉が言っていた言葉。
写実主義とはよく言うけれど、見たものを見たままに描こうとするその精神は、こんなところにまで影響するのだろうか。

「死ぬなんてことは、考えていなかったんだろうな」

新一は画材道具の入ったケースを目暮の前に差し出す。
その中には、様々な青の絵の具が入っていた。
そして、パレットには、無数に作り出した青が乾いて固まっていた。

「青色にこだわっていたのなら、実際に自分で本当の空の色を見て、その色を作り出そうとしたのでしょう」





そして、数時間後。
検死解剖の結果、大量の水を飲み込んでいることが判明した。
人間は防衛本能が働けば、水を飲み込まないように体が動く。
だが、自らの意思でプールに入り、死ぬなどとは思っていなかったのだから、防衛本能が働くとも思えない。

それらの証拠は、新一の考えを裏付けるものと言えた。
しかし、本当のところは、本人にしかわからない。




新一と平次は、蘭と和葉を入れて4人で工藤邸への帰路についていた。
新一は蘭と並んで数歩先を行き、平次は和葉と並んでその後に続いていた。

「あーー、ごっついムカつくなーー」

平次はまだ憮然としたままで、ことあるごとに悪態をつき続けていた。

「しゃーないやん。工藤君の方が探偵として上なんやから」
「あ、お前、ハッキリ言うなや」
「なんでや? ホンマのことやん! もっと精進せなアカンで」

いつも新一には一歩先を歩かれる。
だけれども、それは嫌なものではなくて、追いかけてやると決意させてくれる。
新一の背中をミチシルベとして、押し寄せてくる焦燥感と闘いながら追いかける。
和葉は、逆に後ろからせき立てるように前へと押し出してくれている。

4人で暮らし始めて気付いた。
だからこそ、大学を卒業した後も、和葉を大阪へ帰そうとは思えなかった。




「結局、何のために私を呼んだのよ?」
「ん? いいじゃねーか。理由なんて」

ずっと1人で生きていると思っていた。
探偵は、1人でやるものだから。
もちろん、ホームズとワトソンと言う名コンビもあるけれど、ワトソンは共に捜査をするのではなくて、
ホームズの話の聞き役に過ぎない。
探偵としてのホームズは、やはり、1人だ。

平次と出会って、共に事件を解決していく中で、お互いにかけがえのない片腕になれるのだと気付いた。

和葉と2人で東京へ押しかけてきた時には、どうなることかと思ったけれど。
共に歩む、パートナーになれるという予感がする。

「おい、工藤! 待てや!!」

後ろから平次が駆け寄ってきて、ガシッと腕を首に巻きつける。
和葉も笑って蘭の腕を取る。





行く先は、まだ霞んで見えないけれど、そこは眩い光に包まれているはず。

人間、1人1人は孤独だけれども、仲間達と共に歩いていける。

果てしなく続く、人生と言う大海原へ。

笑ったり、泣いたりしてもいい。



歩いていこう。

目の前のしるされた、ミチシルベを頼りに。








 

きゃー、花梨様〜〜。沈没です (;>_<;)
事件は書けません・・・。探偵事務所も開いてません・・・ (;>_<;)
全然、リク内容が反映されてません・・・。(じゃあ、直せよって?)
「め組」を見ながら考えたせいで、テーマソングがOrange Rangeの「ミチシルベ」です。
なんか、いい雰囲気で「新平の友情」って感じなんですよ!
ああ、でも、新蘭度も平和度も高くない・・・。
「Combination」の続編のような雰囲気になってしまいました。


Fragile Heartのbeさまより、ご自身の100000 Hits企画にてリクエストさせていただいた小説です。
凄いですよね。本来なら一読者である私のほうがお祝いを差し上げるべきところなのに、気前良く
プレゼントしてくださるbeさんの心意気に乾杯☆

ちなみに、リクエスト内容は「新一と平次が一緒に探偵事務所を開くことになったら、
待ってる側の蘭ちゃん&和葉ちゃんも安心なんじゃないかしら?」というもの。
要約すると「新蘭に平和も絡むと嬉しいなv」などという・・・我ながら無茶なリクエストを
したものだ、と思います。←これ、本当は自分で書きたかったの。でも書けないからって
beさんにおねだりしちゃいました。新平友情もの、大好きなんですよ。

beさん、とっても素敵なお話を有難うございました☆

Back →