夏祭り                by めいさま



「おまたせ〜!!」
可愛い声とともに、部屋のドアが開く。
そこから出てきたのは。
アップにした髪の香りがはじける、眩しい浴衣姿の蘭。
少し濃い目の赤い生地に、大きな白のハイビスカスの絵が和風っぽく描かれている、色っぽい浴衣だ。
一瞬、頭の中が真っ白のなってしまった。
が、それに、気づかれないように。
「えっと・・・。ちょうど5時半だから、今から出れば間に合うよな」
腕時計を見ながら、時間を気にするフリをした。
「うん、そうだね。新一と二人でお祭りに行くのって、久しぶりだから、楽しみ」
嬉しそうに、にこにこ笑いながら言う。
そんな風に言われると。
俺の心をつかまれるんだけど・・・。
可愛いな。大好きだな。って、再確認。

今日は堤無津川の河川敷で行われる、この街最大イベントの夏祭り。
午後6時からは、たくさんの屋台などが出ていて、8時からは花火大会となっている。
蘭も言っていた通り、二人きりでお祭りに行くのは久しぶりだ。
去年は、コナンとして行ったし、中学や高1の頃は友達と大勢で行っていたから。
流石に思春期になると、付き合ってもいないのに、二人きりで夏祭りに行こうなんて誘えるはずもなく。
そして、その年頃になると、クラスメイトたちとつるむようになってたりして、男同士、たまには大人数で行くことが多かった。
「新一、どうしたの?ぼーっとして。早く行こうっ」
にっこり笑う。
その笑顔にドキッとする。
幼馴染を卒業した蘭と、初めて行くお祭りの夜は、胸が騒いだのだった。

カラン、コロン・・・。蘭が歩くたびに聞こえる、下駄の音。
これも夏の風物詩なのかもな。
にこにこ笑顔の蘭の横顔を見ながら、ふっと微笑んだ。
すると、俺の視線に気づいた蘭が。
「何よ〜。人の顔見てニヤニヤして・・・」
ジト目で俺を見る。
「に、ニヤニヤなんかしてねーよ」
ったく・・・。いやらしい言い方してんじゃねーよ。
オメーの浴衣姿見て、ニコニコしてたんだろーが!
なんて思ったけど。恥ずかしくて、言えるわけがない。
「じゃあ、何よぉ」
「あ・・・。いや、オメーのその巾着に、俺の携帯入んねーかなーと思って・・・」
慌てて思いついたことを口にする。
「携帯?」
「ああ。いつもポケットに入れてんだけど、人ごみの中で入れとくと、ゴロゴロしそうだからさ」
我ながら、何だその言い訳はと思いつつ、ポケットから携帯を出す。
「ああ、そうだね。いいよ、貸して」
俺の携帯を受け取り、浴衣と同じ柄の巾着に携帯を入れた。
「サンキュ」
「でも、どうして男の子って、バックとか持ち歩かないの?いつも思ってたんだけど・・・」
「女と違って、財布と携帯しか持たなくていいんだよ、男は」
「そっか。女の子って、出かけるとき、いろいろ必要だもんね」
そんな、他愛ない話をしながら、堤無津川へと向かう。」
「花火大会は8時からだよね?」
「ああ」
「今年も、あそこで見るの?」
「そうだな。あそこなら誰も来ねーし、ゆっくり見れるからな」
「だよね!ほんと、あそこは良いよね〜。誰も来ないから」
「あそこから、花火が綺麗に見えるなんて、誰も知らねーからな」
カラン、コロン・・・カラン・・・コロン・・・。
この下駄の音が、蘭の可愛さを更に引き出す。
カラン、コロン・・・。
堤無津川に近づくにつれ、人が多くなる。
こんな所で迷子になると大変だ。
「離れんなよ」
素っ気無く言うと、蘭の右手をぎゅっと握った。
「うん」
そう答えて、ぎゅ、ぎゅ、とラブノックを返してくれた。
嬉しくて、思わず微笑みながら蘭の顔を見た。蘭もにっこりと笑い、俺を見る。
優しい空気が二人の間を流れた―――。

屋台がたくさん立ち並ぶ、河川敷。
カップルや、家族連れ、友達同士の団体・・・。
人ごみの中を、強く手を繋いだまま歩く。
「新一!金魚すくいしたい」
斜め前にある金魚すくいを見て、俺のシャツの袖を引っ張る。
「いいけど。取れんのか?」
「取れなくてもいいじゃない。新一が取ってくれるんでしょ?」
「あのなー・・・」
「早く、早く!」
さっきからずっと繋がっていた手。
付き合いだした頃は、なんだか違和感があって、すっげー恥ずかしかったけど。
今は、恥ずかしさなどなくなっている。
街を歩くときは、手を繋ぐのが当たり前になっていて。逆に、手を繋いでいるほうが安心するし、落ち着く自分がいた。
「おじさん、1回」
俺は、ポケットから財布を出し、金魚すくいのおじさんに100円を渡す。
「え、新一もするの?」
まん丸の目を、きょとんとさせて、俺を見る。
「バーロ。オメーの分だよ」
そう言うと、おじさんから網を受け取り、蘭に渡した。
「じゃあ、私がお金払うよ!」
慌てて、巾着から財布を出そうとする。
「いいって。これくらい。大人しく、おごられとけ」
巾着をぎゅっと握って、財布を取り出せないようにする。
「でも・・・」
「そのかわり、ちゃんと釣れよ!」
ニッと笑う。
それにつられて、蘭もにっこり笑うと。
「わかった!」
浴衣の袖をめくって、ピチャン。
赤い、小さな金魚ねらって。
でも、すぐに逃げられてしまう。
そして、もう一回!
パシャン。
逃げ回る金魚。追いかける蘭。
夢中になって、捲ったはずの浴衣の袖が、少し濡れてしまっている。
「うー・・・逃げ足が速いよ・・・」
困った顔をする蘭。
「はははっ。お姉ちゃん、網を水につけっぱなしにしておくと、敗れちゃうよ」
笑いながら優しい口調で、おじさんが言う。
「えっ!?」
慌てて、網を水から引き上げるが。
「あーあ・・・釣ってくれるんじゃなかたのかぁ?」
破れてしまった網を見て、嫌味を言ってみる。
「だって、逃げるんだもんっ」
ぷうっと頬を膨らませる、その仕草が俺の心をくすぐる。
もう一回財布を取り出し。
「おじさん、もう一回」
100円を渡す。
「あいよ!」
おじさんから網を受け取って。
「よーく見ろよ」
そう言って。
蘭が狙っていた、小さな赤い金魚をもう一回狙う。
どうやら、1番小さなこの金魚が欲しいらしい。
狙いを定めて、素早く。ピチャン。
次の瞬間、小さな金魚は、俺の持っていたカップの中。
「わぁ!!すごいっ」
可愛らしい歓声を上げる蘭。
すごい―――蘭のその一言が、とても嬉しくなる。
「網、まだ破れてないから、次は蘭がやってみろよ」
まだ破れてない網を蘭に渡した。
「でも・・・私がしてら、また破れちゃうよ?」
「いいよ。1匹釣れたんだし」
「・・・うん、じゃあ」
そう言うと、網を受け取った。
結局、蘭の言うとおりすぐに破れてしまったけど。
それでも、俺から貰った金魚を嬉しそうに見つめる蘭を見ると、どうやら満足したらしい。
にぎやかな屋台の中を歩く。
いつの間にか、また、手は繋がっていた。

「やぁ!ラブラブなお二人さんっ」
いきなり、後ろから方をバシっと叩かれた。
いい雰囲気で歩いてたのに。そんなとき、こんなことをするのは。・・・振り向くと。
「なんだよ、園子」
邪魔すんな、と心で訴えながら、ジト目で園子を見る。
「園子も来てたの?」
蘭は親友に会えて嬉しい様子。
「あったり前じゃなーい!あんたたちのラブラブっぷりを、クラスのみんなに報告しなきゃいけないんだから」
「ちょっと・・・ラブラブってねぇ・・・。ふ、普通よ!」
顔を真っ赤にして否定する。
「普通ねぇ。じゃあ、これも普通なのね?」
ニヤリと笑い、次に、目線を俺たちの手に移す。
「あ、こ、これはね?えっとー・・・」
「普通かぁ。いつも、こうしてるのね、あんたたち!人の目を盗んで!」
「いつもって、いつも・・・」
「・・・してるのね?」
「・・・・・・・」
真っ赤になって黙り込む。
これだから。すぐにからかわれるんだよ。もうちょっと上手に誤魔化せばいいものを。
「いいこと聞いちゃったー。なんだかんだ言って、あんたたち、けっこう色々してんじゃない」
「あのなぁ。コレは、逸れないようにしてるだけだよ。こんな人ごみの中で、逸れたらたまんねーからな!」
「いいわよ、新一君。慌てて弁解しなくても。蘭の態度で分かっちゃったから。大丈夫だって。クラスのみんなには言いふらしたりしないし」
本当かよ・・・。疑いの目で見つつ。園子の言葉を信じることにした。
「ただね、あまりにも蘭が幸せそうな顔してたから、嬉しかったの。学校でもラブラブだけどさ、それでも、今までと変わんないじゃない?だから、少しでも恋人らしいことしてんのかなーって、気になってたのよ」
「興味本位で、だろ?」
「あははっ。確かに、それもあるけど。少しくらい恋人らしいことしてないと、蘭が不安になっちゃうでしょ?あんた、あれだけ辛い思いさせたんだから、蘭を大切に思ってるってこと、ちゃんと行動で示して欲しかったのよ。でも、今日の蘭の顔と、幸せそうに手を繋いでる2人を見て安心した」
これは園子の本心だろう。
顔を見ると、すぐ分る。
1番に蘭の幸せを願ってくれていた。ま、そのせいで俺はいろいろ口うるさく言われるけどな。
「あ、じゃあ、私、姉貴待たせてるから行くね!」
「園子、心配してくれてありがとう」
園子の言う『幸せそうな笑顔』でお礼を言った。
「いいえ〜。あんなこと言ったけど、80%は興味本位ですから」
じゃあね〜と手をヒラヒラ振りながら、人ごみの中へと消えて行った。
幸せそう・・・ね。
確かにそうだな。今、すっげー幸せかも。
ぎゅう。
もう一度、強く、小さな手を握り締める。
「離れるなよ」
そしてまた、素っ気無く言うと。
「うん」
可愛い笑顔が返ってきた。
屋台の少し暗い光に照らされたその笑顔は。
今までに見たことのないくらい、可愛くて綺麗で色っぽくて。俺の思考回路を狂わせる。
人ごみの中。ざわざわ、たくさんの会話が聞こえる。
でも。
蘭の綺麗な顔を見た瞬間、そのざわめきは、一切聞こえなくなる。
やべーな。俺。
ゴホゴホ。
わざと咳をして、頭の中を整理していく。
そのとき。
『りんご飴』の看板が目に入った。
そういや、蘭、好きだったよな。
「蘭、オメー、あれ好きだったよな?」
「え?なに?」
「りんご飴」
「うん、好きっ」
「じゃ、買ってくか」
「うんっ」
真ん丸く、真っ赤なりんご飴。
小さな頃、よく、蘭がおっちゃんにねだってたっけ。
りんご飴を見るたびに、毎年思い出していた。
りんご飴と同じ、真っ赤な浴衣に身を包み、かわいらしくりんご飴を頬張る幼馴染を。
あの頃から、ずっと、ずっと見てたんだよな。
「うわぁ、小さいのもあるね。前は大きいのしかなかったのに」
並べられた、小さしサイズのりんご飴を見て、目を輝かせる。
上には、大きいりんご飴がぶら下がっていて、カウンターには中くらいの、小さいのが可愛らしくならんでいた。
「どれにする?」
「んーと。大きいのは全部食べれそうにないから・・・これ!」
蘭が選んだのは中くらいのりんご飴。
「じゃ、これください」
ポケットからお金を取り出すと。
「え、新一も食べるの?」
金魚すくいのときと同じ反応。
「だーかーら。買ってやるっつってんの」
「えっ、いいよっ。さっきも金魚釣り出してもらったし・・・」
「いいから!今日は、財布出すな!」
さっきと同様、巾着を手で抑える俺を、上目遣いで見ながら。
「・・・どうして?」
可愛い瞳にドキっとしながら。
「・・・どうしても」
だって。男としては・・・だろ?
そんな俺たちの会話を聞いていたのか、りんご飴を売っているおじさんが笑い出す。
「はははっ。姉ちゃん、男ってのはーそんなモンなんだよ。自分がいるのに女がお金だすと、恥ずかしいんだよ。せっかく買ってやるって言ってんだ。買ってもらっときな」
「そんなモンなんですか?」
「そう。かっこつけたいんだよ。なぁ、兄ちゃん!」
もっともなおじさんの言葉に、少し赤くなり、目を逸らし
「・・・まーな」
と小声で答える。
そして、何がおかしいのかまだ笑っているおじさんからりんご飴を受け取ると、未だにおじさんの言葉を理解していないらしい、きょとんとした蘭に渡した。
「ほら」
「ありがとう!」
りんご飴を嬉しそうに受け取る蘭に、また目を奪われる。
おじさんに軽く会釈をして、どちらからともなく手を繋ぎ、歩き出す。
「へへっ。これ、大好きなんだ」
嬉しそうにりんご飴を見つめる。
「知ってるよ」
「なんで?」
「なんで・・・って。ずっと、一緒にいたから、だろ」
「なーんだ」
少し、がっかりしたように、口を尖らせた。
「なんだって、なんだよ?」
「・・・私のこと好きだから、知ってるのかと思ってた」
「・・・言えるかよ、恥ずかしい」
真っ赤になった俺を見て、ぷぷっと吹き出す。
「あっ。何、笑ってんだよ!」
「だってー。真っ赤になってるんだもん!」
「オメーがいきなり、変なこと言うからだっ」
あはははっ。おかしそうに笑う蘭を、軽く、腕でつつく。
「笑うな」
それでも、俺たちの手は繋がったままだった。
大好きな女の子の小さな手に、安心感を抱きながら。
薄暗い光の屋台の中を歩いていた。
「それ、食わねーの?」
「りんご飴?」
「そう」
「食べたいけど、この人ごみに中で食べたら、人の浴衣にりんご飴くっつけてベタベタになっちゃいそうだから」
「そっか」
それから、輪投げをしたり、射的ゲームをしたりし楽しい時間が過ぎていった。
時計を見ると、もう7時を回っていた。
何度も言うが、8時から花火大会。
それまでに、あそこに行っておかないと。
蘭との秘密の場所に。
「ねえ、新一・・・」
時計を見ながら考えていると、蘭が何か言いにくそうに、小声で名前を呼ぶ。
「なんだよ」
「あの・・・と、トイレ・・・」
恥ずかしいのか、頬がピンク色。
「ああ。確か、橋の下にあったよな、公衆トイレ」
ずっと繋がっていた手。
流石に、これは離さないといけない。
「じゃ、ココで待ってるから」
トイレの前で別れる。
―――5分経過。
―――7分経過。
どうやら、混んでいるらしい。なかなか出てこない。
当分、出てきそうにない。
ふと見ると、男子トイレはすいている。
ちょっと、行って来よう。
俺がその場から離れたのは、1分もなかったと思う。
それから、また蘭を待つ。
―――5分。―――7分。―――10分。
遅くねーか。いくらなんでも。
トイレから、黄色い浴衣の女の人が出て来た。たしか、この人・・・蘭が入って少したって入った人だ。
ってことは。蘭は・・・?
「あのっ。すみません」
黄色い浴衣の女の人に声をかける。
「・・・はい?」
「あのっ。赤い浴衣のっ。えっと、ハイビスカス柄の浴衣の女の子、いませんでした?20分くらい前に入ったんですけど・・・」
「ああ、あの、りんご飴持った子?」
「はい。まだいました?」
「ううん。トイレにも入らないで、途中で出て行ってたわよ」
「えっ・・・」
女の人は、それだけさらっと答えると、行ってしまった。
途中で出て行った。ってことは。俺が、ここから離れている間に、出てきたってことか?
で、そこに俺がいなかったから、慌てて、探しに行った―――ってところだな。
とりあえず、携帯、携帯・・・。
ポケットをごそごそ。
あれ?携帯・・・どっちのポケットに入れたっけ。
・・・あ。
蘭に預けてるんだった!!
「・・・まじかよ」
頭の中が真っ白になった。
とりあえず、公衆電話をみつけよう。蘭の番号は覚えてるんだし。
にぎやかな、薄暗い光の中へと駆け出した。

が。公衆電話なんて、河川敷にあるわけねーよなぁ。
特に、今は携帯が普及してんだし。
はあ、はあ。かなり走り回って、息が荒い。汗もびっしょり。
手の甲で汗を拭う。
電話もない。うんざりするような、人ごみ。河川敷に広がる、数多くの屋台。
この中から、蘭を探し出す。
どこにいるんだよ!
さっき、りんご飴を買った店を通りかかった。
「あのっ。おじさん!蘭を、えっと、あいつ、見ませんでした?」
「ああっ。さっき来たよ。兄ちゃん見なかったかって」
「本当ですかっ?どっちに行ったか分ります?」
「えーと、右側に足って行ってたよ」
「ありがとうございます!」
「兄ちゃん!今度は逸れるなよ!」
「はいっ」
軽く右手を上げて、そのまま走り出した。
時計を見ると、7時50分。
あと少しで花火が始まってしまう。
幼馴染を卒業して、初めて二人で見る花火。
花火大会に行こうと誘った日から、めちゃくちゃ楽しみにしていた、蘭の顔を思い出す。
蘭―――。
人ごみを掻き分け、走り回る。
花火が始まる前までに、見つけ出したい。一緒に花火を見たい。
それは、蘭と変わらない想い。
恋人同士になってから、初めての花火大会。俺だって、すっげー楽しみにしていた。
・・・待てよ。
ここに来るときの会話を思い出す。

「今年も、あそこで見るの?」
「そうだな。あそこなら誰も来ねーし、ゆっくり見れるからな」
「だよね!ほんと、あそこは良いよね〜。誰も来ないから」
「あそこから、花火が綺麗に見えるなんて、誰も知らねーからな」

もしかして!
くるりと回れ右をして、屋台をすり抜ける。
階段を上って、道路に出る。
そして、向かったのは。
あそこ。
俺と蘭しか知らない、秘密の場所。
河川敷から少し離れた高台にある公園。
そこの、大きな山型になっている大きな滑り台の上から、この花火が綺麗に見えるのだ。
滑り台の上からじゃないと、見えない。だからなのか、この場所は誰も知らない。
二人きりで花火を見ることができる、最高の場所。
もしかしたら、あそこで待っているかもしれない。
暗い夜道を走る。全速力で。
蘭―――。
たった一人の、たった一人の、大事な人のことだけを思って、闇の中を駆け抜けた。

はあ、はあ・・・。
静まり返った公園。
入り口から見える、大きな滑り台の影。
でも、人影は見えない。
・・・いないのか?
「ら、蘭・・・」
滑り台に駆け寄り、螺旋階段を上る。
「蘭っ。いねーのか?」
真ん中の太い柱に手をついて。
はあ、はあ、と息をしながら、名前を呼ぶ。
「蘭っ、蘭っ」
でも、返事がない。
くそっ。ここじゃねーのかよ・・・。
じゃあ、まだ、河川敷の屋台のどこかにいるんだな。
せっかく、導きだした答えが間違っていた。また振り出しに戻る。
大きなため息をついて、階段を下りようとしたとき。
背後から、ぎゅうっと抱きつかれた。
「!!」
細く、綺麗な腕が、手が、俺の胸に回る。
強く、強く抱きしめられる。
「やっと来た・・・」
俺の背中に顔を埋めて、小さな声で呟いたとき。
ドーン!!
光り輝く大きな花が、空に舞い散った―――。

ドーン、ドドーン。
大きな音ともに、舞い上がる花火。
そのたびに、蘭の横顔が赤や黄色に輝く。
俺たちは、滑り台の上に座り、二人きりで花火を見ていた。
静かな公園。聞こえるのは、花火の音と。
ドキドキと高鳴る、俺の鼓動だけ。
その音が、約50分ぶりに繋がった小さな手を伝って、聞こえてそうで、ちょっと怖い。
でも、絶対に離さない。待たせるのは、もう、嫌だ。
二人の間の沈黙に、心がかゆくなって。
「あー。腹減った」
ぼそっと呟いた。
「あ、じゃあ、これ食べる?」
巾着の中から出したのは、りんご飴。
「私も走り回ったから、お腹減っちゃった。一緒に食べよう」
その可愛い顔に。可愛い声に。可愛い行動に。
心が奪われてしまった。
「いや・・・」
ぎゅ。りんご飴を持つ、蘭の手を握る。
「こっちがいい」
ぶつかる視線。
花火が輝くたびに、大きな瞳も綺麗な輝きを見せる。
その輝きに吸い込まれるように、顔を近づけて。
ドーン!
色鮮やかな大きな花が、夜空に咲いたとき。
唇が、重なった―――。


ガラスのブルースのめいさまより、暑中お見舞い小説をいただきましたv
夏らしい“ドキドキ”が込められた、素敵なお話です。さり気なく「新蘭園」なのが、また嬉しいv
(「新蘭園」が最近の私の萌えどころなんですョ)
『幼馴染み』としての付き合いが長い二人だけど、そういう関係だったから『わかる』事もあるんじゃないかな、と思います。(二人だけの秘密の場所、とかv)

めいさん、有難うございました。

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