米花町祭り攻防戦。 by 日奈多 菜穂さま |
ここは毛利探偵事務所の下の喫茶『ポアロ』。 暑い毎日が続く8月初旬の午後、上階の住人、つまり毛利探偵事務所の所長である、毛利小五郎、そして小五郎の愛娘、時には彼の良き助手でもある毛利蘭が猛暑でエアコンが効かない探偵事務所から非難してきた。 何といっても毛利探偵事務所は、窓が大きく、日当たり良好なのだった。 「アイスコーヒーとアイスレモンティーお願いします。」 鈴を転がすような可愛い声で蘭がオーダーする。 外の日差しもなんのその、この声を聞いただけで涼めそうだ。 「ハイ。かしこまりました。」 この喫茶店の店員、梓が蘭の言ったオーダーを注文書に記入し、カウンターに戻っていった。 入れ替えにこの店のマスターが二人の席にやって来る。 「よぉ、マスター!毎日暑いねぇ!」 既に馴染みのマスターに小五郎は片手を挙げて挨拶した。 「親子でティータイムかい?ホントに毛利さんトコは親子仲がいいねぇ。」 「蘭のヤツ、デートの約束をすっぽかされたらしくてね。」 マスターのからかいに小五郎が答えると、蘭はムッとした顔で反論した。 「お父さんがもっとしっかり仕事をしてくれたら、新一に目暮警部から連絡がいく事はなかったと思うんだけど?」 蘭の嫌味の篭った台詞に、小五郎は顔をしかめた。 それもその筈、蘭の恋人、高校生探偵の工藤新一は小五郎にとっては、大事な愛娘のにっくき彼氏であり、探偵である小五郎の商売敵であるのだから。 自分の所に来ない依頼が、新一の所に行っては面白い筈がない。 「工藤さんとこの新一君の活躍はここんとこ凄いね?よく新聞でも見掛けるよ。蘭ちゃん、彼とデートの予定だったんだ?有名人と付き合うのも大変だね。」 「そんなんじゃないです。一緒に映画を観に行くってだけで。」 しかめっ面の小五郎を尻目に、蘭が照れたようにマスターに答えた。 「ところで、蘭ちゃん今幾つだっけ?」 話を切り替えて、マスターは蘭に訊ねた。 「18です。高3。」 蘭が答えると、マスターが顎に手を当てて、「ふーん…」と何かを考え込んだようだった。 「何ですか?」 「イヤね、今度祭りがあるだろ?米花町祭り。町内会の奴等がさ、5丁目の神輿に乗ってくれる女の子を探してるんだよ。誰かいないかって訊かれてさ。」 「お神輿に?」 蘭がきょとんとした表情で訊いた。 「若くて元気があって可愛くて華がある子。蘭ちゃんが丁度いいと思ったんだけど、やってみないかい?」 「可愛くて華があるって…そんな事はないと思いますけど…」 少し恥らって蘭が言うと、小五郎が小馬鹿にしたように鼻で笑って口を挟んだ。 「やめとけやめとけ。神輿から落ちて恥を掻くのが関の山だぞ?」 そこへ梓が二人の注文の品を持って来た。 「あら。蘭ちゃんだったら十分出来ると思うわよ?可愛いし、運動神経もいいし!」 「そんな…梓さんはどうなんですか?」 梓を見上げて言う蘭の前に、梓はグラスに汗を掻き始めているアイスレモンティーを置いて答える。 「若い子が乗った方がお祭りが盛り上がるわよー!ホラ、私五丁目の人間じゃないし!」 自分には無関係…対岸の火事とばかりに梓は笑って言った。 「どうだい?やってみないか?」 「蘭ちゃんだったら出来るわよ!」 「高い所、大丈夫だろ?」 「お神輿に乗ったカッコイイ蘭ちゃん、見たいわー。」 「そうそう。ここの常連客にも蘭ちゃんのファンって何人かいるんだよ?」 「うんうん。彼らもきっと見たがると思うし!」 マスターと梓が交互に畳み掛けるのを、小五郎は面白くなさそうに横目で見ていた。 「じゃ…やってみようかな?」 蘭が照れながら言うと、小五郎は半眼で蘭を見た。 「オメー、正気か?」 「何で?いいじゃない。お神輿に乗る位。」 蘭がそのつもりになっては小五郎に反論の理由はない。 「まー、好きにしろ。」 小五郎はそう言って、添えてあったストローも使わずにアイスコーヒーを一気に呑んだ。 「何でお父さんが怒ってんのよ?」 カラン…と、蘭がアイスティーの氷をストローで掻き回す音が綺麗に響いた。 「祭りで神輿に乗る?蘭が?」 「そう。ポアロのマスターに頼まれちゃったの!面白そうでしょ?」 新一とのデートを翌日に延期した蘭は、映画を観た帰りに昼食を取りながら、新一に昨日の件を話した。 「そんなんダメに決まってんだろ!?今すぐ断れ!」 「どうしてよ?わたしは新一に相談してるんじゃなくて、報告してるの!頭ごなしに反対しなくてもいいじゃない!」 話した途端反対され、蘭はムッとして言い返す。 「おじさんだって反対だったんだろ?オレも反対だ。」 「お父さんは『好きにしろ』って言ったもん。」 「渋々だろーが。」 新一の怒った表情に、蘭は口を窄ませて上目遣いに新一を見た。 「何で?お父さんも新一も何で反対するの?お神輿に乗ってお祭りを盛り上げる役だよ?カッコイイじゃない。」 ――オメー、まさか洋服でやるつもりじゃねーだろ? アレの定番はサラシとハッピだぞ? 水掛けられるんだぞ? サラシが透けちまったらどうすんだよ!? ましてやサラシが外れちまったりでもしたら…!! 新一はそのシーンを思い浮かべ、思わずにへらと破顔した。 「新一?何ヘラヘラ笑ってんのよ?怒ってるんじゃなかったの?」 蘭に指摘され、新一は緩んだ口元を引き締めるとコホンと小さく咳払いをした。 「と、とにかく!オレは断固反対だからな!」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ケチ!」 「ケチとかそういう問題じゃねーの!」 「だってもう呉服屋さんにハッピとか一式注文しちゃったんだよ?」 蘭が拗ねた口調で言うと、新一は「やっぱり…」軽く頭を抑え、仏頂面を顔中に貼り付けて蘭に訪ねる。 「ハッピとか一式って、具体的には何だよ?」 「えっとね…、ハッピとサラシと、その下の短パン。と、豆絞り…だったかな?」 蘭は口元に右手の人差し指を当てて、一つ一つ思い出しながら答えた。 「…なぁ?そのカッコ、すげー露出度高ぇと思わねぇ?」 「…そう言えば…そうかも…」 そこで蘭はやっと気づいたようにハッとした。 「え?あれ?やだ、本当だ!」 漸く新一の言わんとしている事が判り、蘭の頬が次第に赤く染まっていく。 「んな事、今更気づくなよ…。」 呆れたような新一の呟きに「だって…」と小さく反論した蘭は、その一瞬後に嬉しそうに笑った。 「…もしかして…新一…ヤキモチ?」 頬を染めた蘭に上目遣いに見られ、新一も釣られてか赤くなっている。 「…だから反対だっつーの。」 新一の拗ねたような、照れたような様子に、蘭はクスクスと忍び笑いをした。 「…何だよ?」 蘭に笑われた新一は不機嫌そうな声で訊ねた。 「ううん、何でもなーい。」 何でもないと言いながらも新一のヤキモチが嬉しくて、蘭はクスクスと笑い続ける。 「だから、何だって訊いてんだろー?」 「何でもないってば!判りました。お神輿の件はお断りします。…その代わり!」 蘭が新一の前に人差し指を立てた。 「ん?」 「浴衣だったら良いよね?お祭り一緒に行こうね?」 悪戯っぽく笑う蘭の誘いに、新一が断れる筈もなく、それでも眩しいほどの笑顔の蘭を直視できず、新一は視線をそらして「ああ…」と呟いた。 「でも昨日みたいにすっぽかされたら、どうなるか判らないからね!」 と、蘭は新一に牽制の一言を付け加え、新一は答える事ができずに苦笑いを零した。 ――頼むぜ、警部…妙な事件持ってくんなよ? 心の中で目暮警部に祈ってみる。 さてさて、お祭りで新一は蘭の浴衣姿を見ることができたのか、否か。 今の段階では、神のみぞ知るところ――― |
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