Dear my heroHeroの苦悩 深月さま (おかしい。・・・絶対に、おかしい) 蘭は、すやすやと隣で寝こけている幼馴染に、眉を寄せた。 どんなに成績優秀でも、授業が新一にとっては習得済みの知識でも、教師に敬意を忘れない生徒である新一は、つい疲れでうとうとすることはあっても、ここまであからさまに爆睡することはない。 それが、もう、3日である。 授業が終わると同時に、新一はむくりと起き上がると、そのままどこかへ消えて行ってしまった。 その仕草からして、どうも電話だったらしい。 「どうしたのよ、あんたの旦那」 新一が居なくなったのを確認して、園子が蘭の席に振り返る。 「・・・わかんない・・・」 旦那発言を訂正する余裕も無く、蘭は園子の言葉に溜息をついた。 「最近、ものすごく、帰り、遅いみたい。 ホラ、3人でケーキバイキングに行った日、電話で呼び出されたでしょ? あの日以来、家に来なくていいって言うし、夜のメールも無くて。」 今まで、今帰った、の一言は必ずあったのに、と、俯く蘭に、さり気なく惚気られているのだと、園子はもちろん気づいていたが、あえて突っ込まない。 蘭は新一の身体が心配だった。 なにしろ、最近、どうも夜中の2時、3時というレベルで帰ってきているようなのだ。 「・・・何してんのよ、あのバカっ」 *** 小五郎には、ものすごく嫌な顔をされたが、夕食の準備をした後、蘭は言い訳をどうにかこうにか捻り出して、工藤邸にやってきていた。 リビングには、色々なものが散らかっていた。 何かの資料、ファイル、それに、カクテルのレシピ。 普段、よほどのことがない限り、自室が荒れることがあっても、リビングがこうなる事は稀で。 もしや、と、冷蔵庫を覗けば、最後に見た配置、そのままである。 (ちょっと、ちょっとぉ?) 益々新一の生活ぶりが心配になった。 シンクには、見慣れない道具が色々と置いてある。 調理台に並んだ、お酒。 今度は一体何をしているんだろう? 今すぐにでも、手がかりを探しに飛び出していきたかったが、新一の仕事に手を出してはいけない事はわきまえているつもりだ。 「・・・待ってよう」 結局自分に出来ることなど、限られていて。 蘭はとりあえず、買出しに行かなくちゃ、と、工藤邸を後にした。 *** (最近、蘭にまともに会ってねぇな) 新一は、米花駅から自宅までの道のりを歩きながら、ぼんやりとそんなことを思った。 先生方には申し訳ないが、学校には寝に行っている様な状況で。 蘭との会話もままならない。 夜は、捜査協力の一環で、ナイトクラブにバーテンダーとして潜入。 家に帰って来て、明け方までは、特別講師の某・白い怪盗が、新一にバーテンの技術を仕込みに来てくれている。 朝になれば、出席日数がギリギリなので、遅刻するわけにも行かず、学校へ行き。 放課後は、高木・佐藤両刑事と、捜査の進展、今後の方針などを話し合う。 睡眠時間は、数える意味が無いくらい、わずかだった。 明日は、佐藤と高木に今日会った男を、婦女暴行未遂と薬事法違反容疑で締めてもらわないとな、などと考えながら、自宅へ続く、最後の角を曲がる。 そして、ふと、自宅に明かりがついていることに気づいた。 (へ?) 自慢じゃないが、工藤邸のセキュリティーは万全だ。 新一に知られること無く、その玄関をくぐれるのは、今はスイスに居る両親と、隣の博士と哀、そして蘭だけのはずだ。 (あぁ、勝手に入ってくるのも居るな) 今夜もやってくるであろう特別講師がソレである。 (快斗がもう来てるのかな?) 歩調を速めて、門扉に近づき、鍵を回す。 悪りぃ、待たせたな、と言いかけて、口をつぐんだ。 足元にキレイにそろえられた、一そろいの靴。 (まさかっ!) 「蘭っ?」 慌ててリビングに駆け込むと、ソファに横になっている、愛しい姿が目に入った。 思わず、頬が緩む。 手を伸ばそうとして、躊躇った。 「・・・先に風呂入ってこよ」 身体に染み付いた、お酒とタバコ、香水の匂い。 先ほどまで自分が居た世界の匂いは、純粋無垢な恋人には似合わない。 (・・・俺自体が不相応かも、な) ちらりと視線を上げれば、気合の入った夕食が見える。 苦笑して、ひざ掛けを蘭の背中に掛けると、バスルームへ向かった。 *** 遠くで、水音がする。 蘭はゆっくりと目を開けた。 ぱちぱちと目を瞬いていると、掛けた覚えの無いブランケットが自分の上にある。 (あれ?・・・新一、帰って来たんだ・・・) 大きく伸びをして、意識が覚醒したから気づく、空気に混じった、香水の匂い。 それに気づいてしまうと、夕方の出来事と記憶がリンクする。 それは、蘭が、この状態では洗濯物も溜まっているだろうと、ランドリーボックスを開けたときだった。 「・・・なんで香水くさいのよ」 洗濯物を洗濯機に放り込みながら、眉を寄せる。 ついでに、タバコのにおいもしたから。 当然、新一は吸わない。 そして極めつけは、シャツの薄紅色の、シミ。 匂いを嗅げば、甘い香料のにおいがする。 「・・・何してんのよっ!あのバカっ!」 セリフは同じであったが、学校で呟いたソレとは、意味が違っていた。 (・・・) 嫌な思考にとらわれて、蘭はあからさまに眉を寄せた。 もしかして、3日前に電話で「もう家に夕食をつくりに来なくていい」と言ったのは、そういうことなのだろうか。 夜中まで、事件以外の理由・・・目暮からの電話を見ていないので、少なくとも蘭はそう思っていた。実際のところは、珍しくも佐藤刑事からの個人的依頼である・・・で、家を空けている、新一。 (事件に決まってるじゃない!) 自分の周りに放り出されている資料、ファイル、どれも新一の手書きの走り書きがあり、読んではいないが、それが事件関係だとは知れる。 ただ、いつもは無い、カクテル関係の本。 もしかして、コレだけは、新一じゃなくて、他の誰かが使っているのかもしれない。 シンクの変な道具だって、新一が使っているところなんて見たことが無い。 だれか、別の人の、趣味かもしれない。 (あ〜!もうっ!) 悪い方へと考えてしまう己が恨めしい。 誰と居るの? 何しているの? (バカバカしい・・・) 新一を束縛する権利など無いのだ。 “やっかいな事件”のあと、付き合い始めた私たちだが、それだって幼馴染の延長で。 もしかしたら、あの頃、ずっと待っててあげた自分への恩義で付き合ってるのかもしれない、とまで考え出してしまう。 ふと、シャワーの水音が止まったことに気づいて、顔を上げた。 慌ててキッチンへ入り、料理を温めなおす。 そういえば、今は何時だろう?と時計に視線をやれば、既に3時を回っていて。 はっとして、コンロの火を止めた。 もし、今まで、他の女性の家に居て、明日の朝・・・既に今日だが・・・自分が迎えにきたときに、居なかったら、言い訳できないから、帰って来たのだとしたら? (・・・夕食くらい、食べてる、か・・・) キッチンで、立ち尽くしていると、後ろから、「あ、起きたか?」なんて、のんきな声が響いてきた。 ふへ〜、疲れた。と、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して椅子に座るとペットボトルのまま一気に飲み干す。 そしてダイニングテーブルに突っ伏して、ぼんやりとシンクを眺めている蘭に「あぁ、それ、ほっといていいぞ?」と苦笑した。 「どうせアイツがさんざっぱら遊んだ後なんだ。アイツに片付けさせるよ」 ピクン、と、蘭の肩が跳ねる。 (あ、アイツ?) やはり、コレは第3者の趣味だったのだ。 それも、とても親しげな様子だ。 「なかなか時間がかかりそうだよ、この依頼は」 (ホントに事件なの?) 「そういやぁ、オメェ、帰らなくて大丈夫なのか?」 (・・・帰って、欲しいわけ?) 何を言っても言葉を返さない蘭に、そろそろ新一も不審を抱く。 「・・・ゴメン」 突然漏れた新一の、心からすまなさそうな声に、蘭は溢れそうになる涙を必死で押しとどめた。 (そういう意味、なんだよね?) 「俺、オメェに辛い思いばっかりさせてるな」 そっと伸びてきた手が、自分の頬に触れる前に掴んだ。 触れられてしまったら、この思いも、全部、溢れてしまう。 「分かった・・・」 「蘭?」 「今までアリガトね!お幸せにっ!!」 泣きながら、必死に作った笑顔を向けて、びっくりしている新一を置いて走り出す。 「ちょっ!」 新一が何かを言いかけていたけれど、今は穏やかに聞ける状態じゃない。 だが、動きのすばやさは、新一に叶うはずもなく。 リビングであっという間に捕まった。 腕の中に抱き込まれて尚、感じるのは、知らない香水の匂い。 (もう、私が知ってる新一じゃ、ないっ!) 「放、して・・っ!」 精一杯抵抗するが、新一は解放してくれない。 それどころか、益々きつく抱きすくめられる。 益々、香水の・・・誰かの・・・匂いがきつくなる。 「イヤッ!」 ドン、と、突き飛ばした反動と、泣いて頭がぐちゃぐちゃになったせいで、その場に思わず座り込む。 新一も、そんな蘭に合わせるように姿勢を低くした。 「オメェが嫌でも、俺は離れねぇからなっ!」 真っ直ぐな瞳が、自分を射抜く。 一瞬気圧されそうになりながら、蘭は新一から視線をそらして、「そんな香水のにおいさせて、言わないでっ!」と、言い放った。 新一が、慌てたように、腕に鼻を寄せる。 「えっ?まだ残ってるか?」 「・・・バッチリ」 「参ったな。俺は嗅ぎすぎてなれちまったのか、わかんねぇ・・・」 「そんなに居たんだ」 「は?」 「その人の香水の匂いがそんなにくっつくくらい。新一にとって当たり前になるくらい、一緒に居たんだ。化粧が付くくらいくっついて、キッチン好きに使って、新一にカクテル出してくれる、素敵な人なんでしょっ!?」 「・・・」 そこで漸く、新一は蘭が、なにやら多大な勘違いをしているらしいことに気づいた。 「蘭ちゃ〜ん、なにか、勘違いしてない?」 すべて見切った、と、言わんばかりの表情に、蘭の中で疑問が渦巻く。 思わず強気に「勘違いなんてしてない!」と叫び返した。 「第一、俺、酒なんか飲めねぇぞ?」 まだ18だ。オメェだって知ってるだろ?と笑う。 「・・・今時、プライヴェートでお酒飲んだことのない高校生なんて居ないじゃない」 絶対納得していない様子の蘭を置いて、とりあえず立ち上がると、新一は香水のビンを蘭の前に置いた。 「俺がコイツの匂いになれたのは、自分がずっと付けてたからだ」 未だに、疑わしげな顔をしている。 「今、身分隠して、捜査してるんだけど、快斗のヤツが、徹底的に俺の変装に口出ししやがってな?髪型から、服の趣味、化粧はもちろん、これも変装の一部だとか言って、コーディネートしやがったんだよ、勝手に」 「・・・」 「あとは・・・えっと、シミ、だっけか?これは一気に“カクテルの道具”と一緒に説明するぞ?」 ちょっと来い、と、リビングの奥へ蘭を引っ張っていく。 まるで、コレクションボードように陳列されていただけだったから、それと気づかなかったけれど、それはホームバーと呼ばれるようなお酒のコレクションだった。 その中から、やしの木の絵が付いた黒いビンと、桃の絵がかかれたビンを取り出し、見慣れない道具たちが並んだカウンターに置き、冷凍庫からクラッシュアイスを取り出す。 そして新一は、カウンターの上の用意が整うと、キッチンタオルを一枚引っつかみ、黒いビンを持って、蘭の顔を覗き込んだ。 「いいか?」 ビンの蓋を開けてキッチンタオルの上で傾ける。 ・・・ピンク色に滲む、それ。 「・・・これが甘い香りのシミの正体。まぁ、他にも色んなリキュール使うから、どのシミだか断言は出来ないけどな」 ちなみにコレは、パッソア。パッションフルーツのリキュールだよ、と笑う。 「んで、この見慣れない物体は、っと!」 キッチンタオルをゴミ箱に放ると、今度は銀色に輝く物体を手に取り、手馴れた調子で、氷水でゆすいでから、透明な液体、薄黄色の液体、先ほどのピンク色のリキュールを入れて、シェイクする。 見たことも無い光景に、あっけに取られた。 (えっ?カクテルって・・・新一が?) その手付きはとても手馴れていて。 普段着の新一なのに、なんだかカッコよく見えてしまうからおかしな話だ。 「ホントは、コレに色々飾るんだけど・・・」 言いながら、シンプルなカクテルグラスに注いで、呆然としている蘭に差し出す。 「“Precious Heart”・・・恋人のための、特別なカクテル」 「・・・」 「受け取ってくださいますか?dear?」 しばらく、ピンク色のキレイなカクテルと、それを差し出す新一の、ちょっとだけ染まった頬を見比べていた。 変に疑って、勝手に妄想していた自分が恥ずかしい。 「・・・だって、未成年は飲んじゃいけないんでしょ?」 「今時、プライヴェートで酒飲んだことのない高校生なんて居ないんだろ?」 見事な切り返しに、思わず恨みがましく新一を見つめてしまう。 「ホラ、ショートカクテルは、ぬるくなる前に飲んだ方がいいんだってば」 第一、そんな妄想かっ飛ばすような頭には、コレくらいの鎮静剤が必要だよ、と、少しだけショックを受けたような顔をする。 「事件、事件、で、ろくに約束も守れねぇような男だから、疑われても仕方ないけど、俺の“Precious Heart”は蘭だけだぜ?」 その、少しだけ傷ついた顔に、蘭はゴメンと呟いて、カクテルを受け取った。 「・・・そうよね。 忙しすぎて他に恋人作る暇がなかったから、手近な幼馴染で済ませたくらいだもんね」 ちょっとした皮肉を舌に乗せてから、よく冷えたそれを、一口含む。 ピーチの香りがふわりと広がり、恋心のように甘酸っぱい味がした。 *** 翌日、最近ではおなじみの光景になりつつあった居眠り新一の隣で、必死に眠気と格闘する蘭の姿があり、蘭の多大な勘違いは、シェイクされたカクテルのごとく、万事丸く収まったのである。 そして、新一がこの時バーテンダーとして潜入捜査に参加していた事件は、この出来事の数週間後に解決を見るのだが、お酒で少しだけ酔った蘭がよほど魅力的だったのか、新一は事件解決後も、蘭の為に度々シェイカーを振ったということだ。 Happy☆End | ||
Refugeの深月さんの「910の日」企画作品です。 バーテン・新一に、くらり。初読で、すっかりやられてしまいました。 (そして、エンドレスにクラクラし続けています。もうもう、格好良すぎですってば) 毎度毎度、素敵作品を読ませてくださり、有難うございますv 学業にお忙しい中の更新作業は大変だと思いますが、今後も是非v 影ながら、応援しております。 | ||
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