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                    八咫烏 様




 季節は秋。

 蘭と紅葉を見に行こうと約束していた日曜日。それは届いた。
 小さな十数センチメートルばかりの箱に入ったロレックスの腕時計
 そして、それとともに入っていたカード・・・

 『息子へ  17歳おめでとう』

 たった一行・・・それだけでも・・・嬉しかった・・・

「ありがとう・・・父さん・・・」





 十一月十日。

 工藤邸〜新一自室〜

 新一は、自室で蘭が迎えに来るのを起きて待っていた。
 普段は新一が蘭の家まで迎えに行くのだが、今日はもしかしたら、それが来るかもしれないと思い。蘭に足を運んでもらうことにしていた。

 約束は十一時。
 彼女はいつも待ち合わせの時間よりも早く来る。
 新一は父からの贈り物のその腕時計をに巻き、急ぎ紅茶の準備をしようと自室を出ようとしたが・・・

 インターホンは鳴っていないのに、玄関の扉が開けられる大きな音がした。
 新一は条件反射的に部屋の扉の影に隠れ、気配を探った。

『気配は三つか・・・でも・・・』

 新一はため息をついてから、一旦ベッドの側に戻り、ベッドの下にある暗所番号のパネルをタッチする。

 18910504

 ベッド下の引き出しが開く。その中にはベレッタが二丁入っている。そのうちの一丁を取り出し、安全装置を外す。

『いつ聞いても、冷たい音だ・・・』

 そこに、感情はない。無機質な音が響くだけ。
 引き金を右の人差し指に、左手を銃に添える。

 ドタドタと階段を上がっていく音
 音源は三つ

 一つは、二段飛ばしで駆け上がってくる。
 もう一つは、一段一段上ってくるが、その足取りは速い。
 最後の一つは、他の二つと違い普通の速度で階段を上る。
 ふと・・・新一が微笑んだ・・・

 足音が二階の廊下まで来た・・・

 気配を殺し、相手が扉を開けるのを待つ。

 ドタドタ

 部屋の前に来た。

 ドタン

「くどうぉぉ!!」
「Freeze!(動くな!!)」
「何!?」
「Hold on!」

 平次が銃の所持者の方を見ようとしたのを、彼のこめかみに銃を突きつけ、制した。
 新一は声を変えているので、平次は気づいていないが、その声は緊張してはいても、彼の表情は笑いを必死に堪えていた。

「Don't look at this side!(振り向くな!)」

 新一は平次のこめかみに銃口を向けたまま、言い放った。

「Who is it!(誰や!)」

 平次の口調は強い。しかし、相手が誰なのかは理解していなかった。

「Hold on・・・We come to kill the detective, our enemy!(そのままだ。あの目障りな名探偵を殺しに来たのさ!)」
「Hem・・・You made an unnecessary trip・・・(無駄足やったな・・・)」
「What did you mean!?(どういうことだ!?)」
「I meant it is impossible for you, your black organization to kill Shinichi Kudo! If you could have killed me・・・(お前ら組織なんぞに、あの工藤新一が殺せるか!たとえ俺が殺されることがあってもな・・・)」
「Yeah・・・That's right! You understand well!(へえ〜、よくわかってるじゃねーか。)」

 突如新一の声になったそれを聞いて平次が「へ?」と、新一をやっと見ると、「間抜けヅラ」と言って新一は笑い出した。

「く・・・くどお〜!!」
「おっまえ、気づけよな!」

 バン

 新一が銃を撃つと、平次のこめかみが赤に染まった。

「コラ!これペイント銃やんけ!」
「洗えばすぐに落ちるさ。気づけなかった罰だ!」
「けど、服部君。全然気づかなかったね。」
「平次〜カッコ悪るぅ〜。」





 工藤邸〜リビング〜

「そやけど、工藤君もあんな冗談するんな。もっと真面目な人か思てたんに。」
「ああ・・・普段はあんなことしないさ。でも・・・どっかの馬鹿が人の家にインターホンも押さないで押しかけて来たから、ま、お仕置き。」
「ホンマ堪忍して。一応二人で止めたんよ。けど、平次聞かんと行ってもうて。」
「そんなことだろうと思ったよ。和葉ちゃん、アイツのことちゃんと躾けて置いてよ。」
「う〜ん。私も平次んとこのおばちゃんもがんばっとるんやけどなあ。」
「ちょー待て!工藤!俺は犬か。」

 顔についたペイントを落とし、タオルを肩にかけたまま平次がリビングにやってきた。

「見たいなもんだろ。首輪買ってやろうか?」
「あ、それええ!」
「だろ!何色にする?黒じゃ目立たないし・・・」
「白は目立つけど、ガラやないし。」
「おい!ええ加減にせえへんと・・・」
「あ!シルバーは?」

 蘭の提案に一同が蘭を凝視したまま固まった。蘭は自分が何か失言したのかと不安になったが、新一と和葉が大爆笑を始めたの でほっとした。

「ええ!めっちゃええ!蘭ちゃん最高!」
「ああ!ついでにそれにトゲトゲついてるやつにしようぜ!」
「ブルドックみたいなん?」
「そう!それ!」
「お前ら〜!!」

 そこで平次の怒りは頂点に達したのだった。





神奈川県の紅葉狩りが見所の公園

「ねえ。新一?」
「ん?」

 関西夫婦漫才をバックミュージックにしながら、二人だけで優雅にティータイムに興じていた。新一としてはもともとは二人だけでここの紅葉を見に行こうという約束だったので、あの二人が会話に入ってこないのは願ったり適ったりだった。

「和葉ちゃんとやけに気が合うんだね。」
「だよなあ。初対面ではないけど、今までほとんどしゃべらなかったのに。」
「ふ〜ん・・・」
「焼いてる?」

 蘭は、頬を微かに染め、それを悟られないように、新一から目を離した。
 新一は飲んでいた紅茶のカップをソーサーに置き、右手を顎に置き、右隣に座っている蘭に近づいた。そして、腕を崩し、姿勢 を崩して蘭の胸ほどの高さに顔を持っていき、蘭の顔を見上げた。
 目を反らそうとはしたものの、じっとこちらを見る新一が気になってしまい、蘭はかーとなって、目を下に向けて、

「た、多分・・・」

 頬を真っ赤に染めて答えた。それを見た新一の悪戯心が疼いた。

「あんだよ。多分かよ。いつもは結構目立って焼いてくれてるのに。」
「何言ってるのよ。そんなこと・・・」
「あるね。」

 新一は、不適な笑みを浮かべた。

 新一は気持ちを通じ合わせてから、以前の“経験”を活かして、蘭の気持ちに少々敏感になった。(でも、まだまだ駄目なのよね〜・有希子さん談)

「焼いてたんだろ。和葉ちゃんと仲良く話してことに。違うか?」
「・・・違いません・・・///」
「くすっ。気にするな。彼女とは服部をおもちゃにして遊んでるだけって感じだから。」
「おもちゃ?なの・・・」
「ああ。そんな感じ。」

 そう言って、後頭部で手を組み、くつろぎながら、散っていく紅葉に目を向ける新一の腕には、真新しい腕時計が付けられていたことに、蘭は気がついた。

「もしかして・・・それが今年の?」
「ん?・・・ああ・・・ったく、どこから情報手にいれたんだか?」

 紅茶をソーサーにおいて、左腕に付けたその腕時計を見つめた。

 時計の針が、一秒一秒時を正確に刻む。

 今、隠れて見えなくても、蘭はその裏に書かれている言葉を知っていた。


    『DEAR MY SON
      HAPPY BIRTHDAY TO 17TH』


 毎年、毎年、同じ決まり文句。でも、そのメッセージの籠められた想いは、毎年違っていた。
 そして、そのプレゼントが来る日も。

 新一は、腕を後ろに組み、空を見上げた。
 蘭は、新一の腕時計に反射された光に目を細めた。
 二人が、思い出していたのは、同じ日の出来事。





 十二年前の五月三日 午後七時十三分。米花センタービル。パーティー会場。

 女性の悲鳴があがり、和やかに行われていたパーティーは一変した。

 パーティー会場の真ん中、シャンデリアの下で、女性が一人、血を吐いて倒れていた。
 そして、それに駆け寄る男性が一人。
 彼は、その女性の“遺体”に手馴れた様子で触れ、それを検分してから、近くにいたボーイを呼んだ。

 白人ばかりのこの会場において、数少ないアジア人。その黒い髪はいっそう引き立って見える。そして、彼が纏うのは少々ワイルドな黒のスーツ。
 その五メートルほど後ろでは、見目美しい金髪の日本人女性と、その女性の抱えられた四,五歳くらいの少年が、母の腕から逃れようとジタバタ暴れながら、日本語で何か話をしている。さらに、その女性の足元には、少年と同じくらいのかわいいらしい少女が、怯えて女性の背後に隠れながら、そのスカートを掴んでいた。

「母さん!放せよ!俺も行くんだよ!」
「何言ってるの!新ちゃんはまだまだ子供でしょ。」
「バーロォー!俺はあと五時間もしないで五歳だ!」

 そこへ、到着したビルのスタッフに話をし終えた男性が、寄って来た。

「父さん!」
「新一?いつもは抱っこも、おんぶも嫌がるのに、珍しいな。」
「好きでやってんじゃねーよ。母さんが無理やり・・・」
「現場に行きたいのは、分かるが。レディーを二人も置いていくのは、紳士としてどうかな?」

 男性、優作は、少年、新一に頭を撫でながら諭すように言った。しかし、その表情は楽しそうだ。そして、新一はそれを見て、如何にも不満ありげな顔を見せた(優作は事件が発生するや否やに、レディーどころか、家族全員を置いていった)。女性、有希子に降ろしてと言って、その腕から逃れた。すぐに有希子の後ろに隠れていた女の子の元へ行き、大丈夫だよと頭を撫でた。

「事件なの?」
「ああ、殺人だ。しかも、ちょっとやっかいそうだよ。容疑者の人数がこれじゃあ。」

 そう言って、優作は会場全体を見渡した。
 その会場の目は、彼ら、もしくは、遺体に集中していた。しかし、その中で彼等の言語を理解できる者は少なかった。
 英語、フランス語、中国語と、様々な言語が会場を飛び交い、パニックになろうとしていたが、先程、優作が英語でおこなった場内アナウンスで、その場を動かないようにと言ったので、動くに動けないまま、不満だけが蓄積していった。

 十分ほどすると、まず所轄の刑事と警官が到着し、その暫くあとに本庁の刑事がやって来た。会場にいた人間がそこから出るのに、それからさらに二時間以上を要した。





 同日。同ホテル内ロビー。

 優作が、現場で目暮警部と実況見分をしている間、有希子、新一蘭は、ホテルのロビーでそれが終わるのを待っていた。
 時刻は夜十時を過ぎ。蘭は眠りそうになるのをずっと耐えていたのだが、しだいにこっくりこっくりとしてきて、つい先程、新一の右肩に寄り添いながら眠ってしまった。
 有希子はそれを見て、これならこの場を動けまいと、にんまりと笑って、蘭ちゃんのことをよろしくね〜!とだけ愛息子に告げ、夫の下へと歩いていった。
 その時の新一の呼びかけは、ロビーの騒音にかき消された。

 ふっと、一人で何もすることなく、ロビーの時計を見つめた。

「あと、二時間もないか・・・無理だろうなあ・・・」

 その言葉を聞く者はいなかった。

 二十分後、新一は一人で何もすることなく、肩に寄り添っている蘭の様子を気にしながら、ロビーを行きかう人々を見ていた。

「ふあ〜あ〜」

 蘭が崩れないように最小限の動きで大きなあくびをすると、有希子が呼びかける声が聞こえた。

「ん?」
「新ちゃん?まだ起きていられるの?」
「・・・ちょっと・・・いや!大丈夫!」
「新一。無理はするなよ。」

 そう声を掛けられ、優作の方を向くと、それと同時に抱えられた。蘭のほうを見れば、すでに有希子が大事に抱えていた。

「お、おい!」
「さあ、子供はもう寝る時間だ。」

 暴れてその腕から逃れようとしたが、さっきとどうせ同じ結果になると、悟り、諦め、父の胸で大人しくすることにした。ものすごく嫌な顔で。
 父の胸の中で嫌そうにしつつも大人しくしていた新一には、父の胸の鼓動が聞こえた。

 ドックン ドックン ドックン

 あ・・・なんかいい匂いがする・・・





 次に新一が目を覚ましたのは、自室のベッドの上だった。

 ぱちっと目が覚めると、すでに日は昇り、小鳥はさえずり、自分の目の前には、パジャマに着替えて幸せそうに眠っている蘭がいた。自分の洋服を見てみれば、昨夜のフォーマル服ではなく、自分がいつも着ているパジャマだ。
 それにしても・・・頭がやけに冴えている・・・まさかな・・・とは思いつつ、蘭を起こさないようにベッドから抜け出す。すると、蘭が微かに動いたので、シーツがずれてしまった。蘭が寒くないように、シーツをきちんとその首元まで直す。
 ここで、父や母だと、自分と蘭に、よくおでこにキスをするのだが・・・何かしてはいけないような気がして自分はしない。
 ベッドのすぐ下に置いてあった、二組のスリッパから愛用のブルーを手にし、そぉーっと、ドアを開けた。そして、蘭の表情を最後まで見ながら、細心の注意を払って、そのドアを閉めた。
 キッチンから音がしたので、有希子が昼食(日の高さから昼だとわかった)を作っているのだろうと思い、そこへ向かう。

 キッチンのドアを開けて、開口一番に出た言葉は「おはよう。」ではなく(すでに昼だが)、「母さん!父さんは!事件はどうなった!」だったものだから、有希子は目眩がした。

「おはようは?新一!?」
「それより!事件は!?」
「まあ、いいわ。優作なら、まだ現場か、警察署よ。朝に電話がかかってきたわ。人数が人数だから、容疑者の特定に時間がかかってるみたいよ。」
「そっか・・・・・・・・・」
「新一?」
「昼飯は、蘭が起きてからでいいよ。俺、書斎で本読んでるから。」

 キッチンを出て行く息子の後姿が、いささか沈んでいるように見え、有希子は燻ぶっていた優作への怒りを再度燃やした。
 ズカズカと電話機のところまで歩き、まず警視庁に電話をかける。そこで、目暮警部の所在を確かめる。訊いた警察署の電話番号をかけ、優作まで繋いでもらった。

「もしもし・・・」
「やあ。有希子。おはようといいたいがもう昼のようだね。」
「そうねえ・・・あと十二時間もしないで私たちの大事な息子の五歳の誕生日が終わってしまうわ・・・」
「新一と蘭君はどうしてる?」
「蘭ちゃんならまだ眠ってるみたいよ。新一なら・・・」

 そこで、止まる会話。
 優作には有希子が怒っていることは重々承知だったが、今はここでそれを多少は発散させておいたほうがいいだろうと考えた。

「もし・・・もしも・・・あなたが、今日中に帰ってこないなんてことがあったら・・・私は新一と一緒にこの家を出るので!そのつもりでいなさいよ!とっとと事件解決しなさい!」
 ガッチャと電話を置いた。彼女の声は警察署中に響いたとか響かなかったとか。

 この後、有希子の叫び声で蘭が起きてしまうわ。新一が、そこまでしなくてもいいだろう。と言い出すは、小さな混乱を招いてしまった。


 同日。午後五時四十八分。

「有希子〜お邪魔しますわ。」
「いらっしゃ〜い!英理!小五郎君!」

 ふんっといって、顔をあわせた側から、顔を反対方向に向けた二人を見て、有希子はまたか・・・と、困った表情を見せた。

『もう・・・あんまり、子供の前でケンカしないでよ〜』

「蘭ちゃん〜降りてらっしゃい!お父さんとお母さんが来たわよ〜!それから新一!ご挨拶なさい!」

 新一は、一階の書斎から、蘭は二階の新一の自室から出てきた。
 英理と小五郎は、不思議に思い、二人で顔を見合わせた。
 新一と蘭はいつもいっしょで、自分達が多忙で工藤家によく預ける蘭を迎えに来るときは、たいてい二人仲良く手を繋いで同じ部屋から出てくるものだ。それこそ、小五郎が警戒するほどに。

「お父さん!お母さん!」
「おお!蘭!いい子にしてたか?」
「うん!あ、ねえねえ見て見て!この服!」

 蘭を抱きかかえた小五郎の腕から離れて、スカートを広げながら、くるりと一周回った。

「へ〜可愛いじゃないか。蘭よかったな。」
「本当ね。でも、有希子・・・いいの?」
「いいの、いいの。うちの息子のファーストレディーを買って出てくれたお礼よ!この位してあげなきゃ。」
「そういえば、昨日のパーティー会場で事件があったって聞いたけど。」
「うん・・・優作ったら、昨日からその事件にかかりっきりなのよね〜。もう!頭きちゃう!」
「おじさん、おばさん。こんばんわ。」
「し、新ちゃん。」

 有希子の声がどもった。

「本日は来て頂いてありがとうございます。」
「おお!ちゃんと礼儀はできてるじゃねーか。」
「あなたよりも大人よ・・・」
「何を〜!!」
「TPOならあなたよりも弁えてるわよ。この子は。」
「な、俺のどこが!」
「できてないじゃない!何処の世界に、五歳の子供の誕生日パーティーに、お酒を持ってくる大人がいるのかしらねえ!?」
「バッ、何言ってんだ!これは優作さんと飲もうともってきたもので!あ・・・」
「父さん・・・まだ帰ってないの・・・?」
「え・・・あ、うん・・・」
「そう・・・」

 新一は、玄関を離れ、二階へ上がろうとして、みんなに言った。

「ちょっと、着替えてきます。少々お待ちください。」

 その場にいた者は、蘭以外は、凍りついたように、静かになった。
 蘭が、痺れを切らして、新一の部屋へと駆け上がるのを見て、小五郎が

「しゃあねーな・・・ここはいっちょ、張り切って祝ってやるとするか!」

 と、言って、酒瓶を掲げたのを、英理が嗜めた。

 暫くして、阿笠博士も到着し、誕生日会が開かれたが、新一の表情は冴えない。ただ黙々と有希子が一日かけて用意した料理を美味しいよと、笑顔で答えるだけだった。そしてその顔は、本当は笑っていなかった。
 2時間後、盛り上がったのは酒の入った小五郎と阿笠博士だけで、博士は隣のの自宅に、小五郎は英理に連れられて帰った。蘭は新一を心配して、今日は泊まりたいと、有希子にお願いした。

 同日。午後九時二十七分。新一自室。

「新一…大丈夫だよ。新一のお父さん名探偵なんでしょ。お父さんが言ってたよ。俺が適わないのはあの人だけだって。きっと今日中に帰ってきておめでとうって言ってくれるよ。」

 あのおじさんに適う人間なら、掃いて捨てるほどいるだろ・・・と新一は思ったが、それは言わないことにして、

「父さんが帰ってこないから拗ねてるんじゃないよ。」

 とだけ言った。

「じゃあ。なんで?」
「さあなあ・・・」

 今の自分にはそれを答えられなかった。

 新一は読んでいた原稿用紙の次のページを机から取った。
 明日までには優作にこれを返して感想を述べなければ、締め切りに間に合わない。
 この原稿は優作のナイトバロンの新作で、入稿前に新一の感想を聞きたとい、優作が貸し与えたものだ。
 編集者達も、新一の能力には買っていて、そうとう切羽詰っているときでもない限りは、新一が感想を述べてからの入稿を許可していた。

「蘭。もう寝てろ。俺はもう少し本読むから。」
「いい。私もまだ起きてる。」
「眠いくせに。」

 頬を膨らませて新一を睨む蘭の表情は、もう眠そうだ。
 蘭は同じ年なのにこんな時間まで起きていられる新一が羨ましく、それができない自分はまだ子供だと思うと悔しかった。

「新一が寝るまで私も起きてるからね。」
「駄々っ子…」

 新一は今日初めて笑った。了承したという意味とともに。

 そうはいっても、子供は、子供。十時を過ぎる頃には、蘭はベッドに横になってしまっていた。
 新一も、さすがにもう寝るかと、諦めたその時に、玄関からバタンと大きな音が響いてきた。
 新一はその音に即座に反応して、スリッパを履き、ドアを開け、部屋を出て行った。その物々しさから、まだ睡眠の浅かった蘭が起きてしまうのも気が付かないほどに慌てて。

「すまない。ただいま。」
「お帰りなさい。それは新一に言ってあげて。」
「ああ、そうだな。新一は?」
「蘭ちゃんと一緒に部屋よ。多分もう寝てるわね。」
「起きてるよ。」


 下から聞こえてきた声に夫妻が同時に反応する。そこには新一がいた。

「新一!もう何時だと思ってるのよ。」
「わかってるよ。いいだろ。明日も休みなんだし。」
「そんなこと言って、明後日起きれなかったらどうするのよ。」
「大丈夫だよ。それより、父さん。新作読み終わったぞ。」
「そうか。ありがとう。それとすまなかったな。誕生日おめでとう。」
「……」

 新一は途端に静かになり、下を向いた。それを見て有希子はすごい剣幕で優作に食ってかかった。

「今日、何の日かわかってたでしょう!!」
「すまない。」
「新一ずっと待ってたのよ。お誕生日会開いたのに、優作来ないから落ち込んじゃって…」
「違うよ…」
「新一、強がらなくてもいいのよ…」
「違うって…」
「何が違うのよ!?」
「母さん、蘭が寝てるから。」

 新一が人差し指を唇に持っていく。有希子は、はっとして口を押さえた。階段にギシッと音がしたので、三人とも振り向くと、毛布をもって眠そうな蘭が降りてきた。それを見て、新一はすぐに蘭の側へと行く。

「蘭。寝てろって。もうきついだろ。」
「大丈夫だよ。新一だって起きてるんだもん。私だって大丈夫だよ。」
「たくっ。」
「もう。蘭ちゃんも新一も、二人とももう寝なさい。」
「俺は大丈夫。今日でもう5歳だから。」
「年齢は増えても、一緒に体力が増えるわけではないぞ。それは一朝一夕にはいかないからな。昨日だって、バテてただろ。」
「…父さん…」

 新一は上目遣いで優作を睨んだ。

「…わかっている。約束だったな。しかし、覚えておくんだな。お前はまだまだ子供だ。限界がある。」
「わかった…でも、今度は連れてってくれよ。」

 この話を聞いていた、有希子と蘭の頭上にはクエッションマークが飛び交っていた。

「ねえ…なんの話?新一、優作が来ないから寂しがってたんじゃないの?」
「んなガキじゃねーよ。父さんと約束してたんだよ。俺が5歳になったら、事件に連れてってくれるって。」
「ちょっと…優作…どういうことよ…」
「いや…新一に、5歳になったら、現場に連れて行ってほしいと言われてね。」
「だからって…ねえ…」
「しかたないだろ。誕生日プレゼントにはそれがいいだろうと思ったし、本人がそれを望んだんだから。」
「これといって欲しくないものをもらうより、そういうのの方がうれしいからね。」
「新一…」
「俺、探偵になるんだ。だったら、ちゃんと勉強したいんだよ。
現場にいれば、いろんなこと学べるし。父さんは二番目にいい見本だから。」
「おや、私は二番目か?」
「一番はホームズだから。」
「ふむ・・・彼にはかなわないな。」

 この言葉に、一同はみな笑った。新一も。この日、本当に笑ったのはこれが初めてだった。


「かわいかったなあ・・・小さい頃の新一。お父さんが帰ってこないからって、拗ねちゃって。」
「拗ねてねーよ。」

 目線を反らして、赤い顔で言われても、説得力はない。

「でも・・・あの後本当に驚いたんだよ・・・お父さんから、新一がおじさんと一緒に現場に来てるって聞いて。」
「いいだろ・・・別に・・・だから、今こうして、探偵なんてしてられるんだよ・・・」
「そうね・・・そして、そのお陰で、この(ダブル)デートはいったい何時振りかしらねえ・・・?」

 新一は、目線を戻せなった。
 そこに、和葉が関西漫才を終わらせてやってきた。

「ねえ・・・何の話?」
「昔の話。俺の誕生日の・・・」
「工藤君の誕生日っていつなん?」
「もうとっくに過ぎてるぜ・・・五月四日。」
「ゴールデンウィークやんな・・・」
「お陰で、誕生日には好きなところに連れて行ってもらえたよ。小さい頃は・・・」
「え?どんなとこ?」
「お前のことやから、現場とちゃうんか?」
「あほ!何言うて・・・」
「そうだけど・・・」
「え!?」

 その「え!?」は見事に二人ハモった。

「昔は大抵現場に連れて行ってもらって、その後に家族で食事。」
「か〜ホンマかいな・・・何時から現場入り浸とったんや?」

 平次は、期せずして、先程の二人の回想のことを尋ねた。

「くすっ。」
「笑うなよ・・・」
「え?何?」
「なんやねん・・・急に?」
「五歳のときからだよ・・・それが、あのときの父さんからのプレゼントだったから・・・」
「なんやそれは・・・」
「でも・・・その後がね・・・」
「だな・・・」

 その後、新一が現場に入り浸るのをあまり快く思わなかった有希子が、ある一つの打開策を打ち立てた。
 それが・・・もう一回プレゼントを渡して、あの時の約束をチャラにしようと言うものだったのだが・・・
 そのとき、新一が貰ったものは、彼が一番欲しかった物。
 当然、貰ったところで、止めるつもりは新一にはなく・・・新一に誕生日プレゼントを贈るのは、彼が何か“物”を欲した時・・・という習慣ができただけだった。

「あれ?新しい時計やん。この間事件で壊れたんやろ・・・」
「ああ・・・今日、父さんが送ってきてくれたんだ・・・誕生日プレゼントとして・・・」
「あれ?さっき五月や言うてたやん・・・」
「いいんだよ・・・それは・・・」

「それはプレゼントというよりも、証として受け取りなさい。」
「証・・・?」
「ああ・・・現場に私と共に来ることは許可したね。つまり、探偵をすることを許可した。」
「父さんの許可がいるのかよ・・・」
「まだ子供だろう。」
「ちぇっ。」
「有希子はお前が、今現場に行くことは良くは思っていないが、私はお前の望みならいいだろうと思っている。」
「母さんや、父さんが何言ったて、止める気はないからね。」
「そうだろうなあ。これから、毎年。お前の欲しい物をあげよう。ただし、それはお前の誕生日に渡さないだろう。」
「なんで?」
「証だからだよ、それが。私がお前の誕生日にあげるのは、許可だ。親の傲慢だろうが、今は理解して欲しい。もし・・・それが、お前の誕生日の当日に届いたときは・・・私がそれを許可しなくなったと思いなさい。」
「・・・たとえば、どんなときに?」
「お前が道・・・いや、よそう。」
「あんだよ・・・」
「まあ、いいさ。今はそれは証であり。そして・・・私の信頼だと思いなさい。」

 優作は、新一の背に合わせて屈んだ。それでも、五歳の子供と大人の身長差では、優作の方が高い。
 優作は、新一の頭を撫でて言った。

「お前の好きなようにやることだな。」

 今も忘れぬ・・・父のその顔・・・

「父さんが・・・俺のことちゃんと見てるってことかな・・・」
「新一のお父さん・・・一番理解してるんだと思う・・・新一のこと・・・」

 新一は、もう一度その腕時計を見た。

 それは・・・探偵をしていてもいいという、父の許可の証。そして、勝ち得、与えられた、信頼の証。


――― END ―――



ブログ兼二次創作サイトを運営されていらっしゃる、八咫烏(やたがらす)様よりいただきました。

こちらの作品が初めての二次創作となるそうで、ご自身のサイトで発表される直前に「どなたか毒味を、、、」というコメントがありました。
丁度そこへ“ご挨拶カキコ”へ伺った私は、自分の能力を省みずに名乗りを上げていました。
私も書き始めの頃(いや、今もそうだけど)に「誰かに意見して欲しいなぁ」と考えていたので、少しでもお役に立てれば良いな、、、と思ったのです。
『協力御礼』ということで、頂戴した作品なわけですが。
いやいや、そんな大したことしたわけやないから(←引用:平次@十字路)。
私のほうこそ、遊びに行ってお土産を貰って帰ってきたような気持ちです。有難うございますv

世の中には、まだまだ素敵な物書きさんが、わんさかおられるようですね!
今後のご活躍も、楽しみにしておりますv


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