ぺたんと小学校のグラウンドの片隅に広がる芝生に座っている蘭を、新一はリフティングを止めて覗き込んだ。 「なにやってんだ?オメェ」 「四つ葉のクローバー探してるのっ!」 見つけたら、新一にあげるね!と微笑む蘭に、つまらなさそうに「いらねぇよ」と言い放って、再びサッカーボールと戯れはじめる。 「なによぉ〜 せっかく「幸せのお守り」をあげるって言ってるのにっ!」 ぷくり、と頬を膨らませる蘭を視界に捉えながら、まだそれほど上手くないボールのコントロールに苦戦する。 「あん?なんで四つ葉のクローバーが「幸せのお守り」なんだ?」 「え?知らないの?新一っ!だって珍しいじゃん!」 「でもよぉ・・・ 本来三つ葉のクローバーが四つ葉になるのは、突然変異っつーのもあるけど、ほとんどは若葉の頃に踏まれたりして、傷ついたりした結果なんだぜ?どこらへんが「幸せ」なんだよ」 突然変異云々のところは分からなかったが、新一が「幸せのお守り」を否定したことだけは確かで。 蘭はむきになって「じゃあ、見つけても新一にはあげないっ!」と、再び芝生に張り付いた。 ------------------------------------------------------ しあわせへのひとひら 深月 様 ------------------------------------------------------ その日、珍しく早起きをした新一は、庭の手入れに励んでいた。 それというのも、先日蘭が工藤邸で「芝生も大分伸びてきたよね〜 手入れとか手伝ってあげようか?」と呟いたのがきっかけで、今日の午後から、二人で庭の手入れをすることになっていたのだが、一昨日のデートが事件で流れたことを思い出し、約束の時間前に庭手入れを済ませ、蘭が来たら、彼女の好きなことに付き合ってやろうと思いついたためだった。 慣れない早起きをして、まだ朝露に濡れる芝生を刈り込む。 庭の手入れといっても、どうせ電動の芝刈り機を動かすだけで、一人でも十分事足りる作業だった。 それを今まで、いつも蘭に手伝ってもらっていたのは、単に口実が欲しかっただけである。 「午前中にやっておくって言う方が、やっぱ理にかなってるよな」 春とはいえ、午後になれば、日差しもなかなかのものだ。 朝の涼しいうちに済ませるのが一番だし、水遣りだって、日差しがきつくなる前にやった方が植物のためだ。 調子の外れた鼻歌を歌いながら、芝刈り機を押していたが、白い物体の群生に、新一はその手を止めた。 白い群生。シロツメクサ。 蘭が小さい頃から“幸せがどうの”と言っていたっけ。 見つけたらあげる、という申し出を断ったら臍を曲げられてしまったのだが、新一としては、そのまま蘭に持っていて欲しかったのが本音だった。 幸せに、なって欲しかったから。 「・・・」 新一はしばらくその、楕円形に広がる空間を眺めて、やがて芝刈り機の進行方向を変えた。 なんとなく、“三つ葉”のクローバーを切りたくなかったのだ。 (まぁ、どうせ、コイツらの繁殖力はすげぇから、ここの芝生は刈らなくても伸びねぇだろ・・・) そんな風に結論付けると、新一は庭のほかの場所にもあったクローバーの群生を避けて芝刈りを済ませ、あとからハサミで、一つ一つの群生の周りを手入れしてやった。 水撒きも終えて、「これでよし!」と、満足げに庭を眺める。 (今何時だ?げっ、もう10時過ぎてるじゃねぇか・・・) そういえば冷蔵庫の中身を、今朝の食事で使い果たしたことを思い出し、新一は急いで最寄のスーパーへ出かけていった。 + + + 「・・・あれ?」 その日、新一の家に庭掃除の手伝いをしに行くと約束をしていた蘭は、工藤邸の門の前で首をかしげていた。 郵便受けからは、既に朝刊が抜き取られていて、朝寝坊の新一には珍しく、もう起きているということだ。 それなのに、肝心の家主は家に居る様子が無い。 蘭が新一の家に行くといった時間は11時で。 今は少しだけ早めの10時半。 どうしよう?と、蘭は玄関前で首をひねった。 携帯電話に視線を落として、もう一度時間とメール・・・事件に呼び出されている、というメールが入っていないか・・・を確認するが、異常は無い。 と、そのときふと、さわやかな青草の匂いが蘭の鼻先を流れていって、蘭は持ってきていた荷物を玄関先に置くと、誘われるように庭に回った。 「・・・あ、れ?」 本日二度目の疑問系。 だって、今日二人でやる予定だった、庭の手入れが終わっているから。 刈られた芝生がゴミ袋に放り込まれ、花壇の雑草は抜かれていて。 庭全体が、撒かれた水でキラキラ輝いていて、なんだかとてもほっとする風景だった。 そして、奇麗にそろえられた芝生のところどころにこんもりと盛り上がったシロツメクサ。 どういうわけか、そこだけ避けて芝を刈ったらしく、春らしい、白くて丸い花が、三つ葉の間で揺れていた。 なんだか優しい気持ちになって、思わず微笑む。 (なぁ〜んだ。案外気にしてるんじゃない!) 幼い頃から博識だった新一が、小学校の校庭で、蘭の「ロマン」をばっさりと切り捨てたあの日を思い出して苦笑する。 不意に、四つ葉を探したくなって、蘭はその場にしゃがみこんだ。 「ホント、酷いわよね〜。サッカーの試合前で“絶対勝てるように”って、四つ葉探してあげてたのに、「いらない」なんて言うんだから」 もちろん、あの時はそんなことを説明してなんてあげなかったけど。 (・・・今あげたら、受け取ってくれるのかな・・・) だって、今もあの頃と変わらず、あなたの幸せを祈ってるから。 何時だって、「私が」幸せをあげたいと思ってるから。 + + + 早めに切り上げて戻ってきたつもりだったが、玄関先には既に蘭の影があった。 「わりぃ〜 ちょっと買出しに行ってた」 「うん。私のほうこそ、早めに来ちゃってゴメンね」 お互い穏やかに誤りあいながら、玄関をくぐる。 蘭も、多めに作った昨日の夕食のおかずなどを持ってきていたので、買って来たものを持ってキッチンへ入る新一の背中を追いかけた。 朝からしゃきっとしている新一を見るのは、さて、どれくらいぶりだろうか? 「珍しいね、新一が起きてるなんて」 雨降ったらどうしよう?と笑う蘭に、新一が苦笑しているのが背中だけで分かった。 「しかも、今日の予定、済ませちゃってるし」 蘭の言葉に、新一も漸くレジ袋を片付けて振り返る。 やれば出来るんだって、と得意げな新一に、蘭はクスリと笑った。 「あん?」 「だって、新一がクローバーを避けて芝刈りしてるの思い浮かべたら、おかしくって!」 「・・・いいだろ、別に」 なんだか照れくさくて、つい「コーヒー飲むだろ?」なんて話を逸らそうとする。 それでも蘭はめげずに話を続けた。 「子供の頃から、散々馬鹿にしてきたくせに」 「・・・るせぇ」 「“四つ葉の発生は外的要因”か“遺伝的要因”なんでしょう?」 「あのなぁ〜」 コーヒーカップを受け取ってリビングへと移動しながらも、くすくす笑い続ける蘭に、新一は盛大にため息をつく。 「今は、分かるんだよ」 とすん、とソファへ沈んで、コーヒーを傾ける。 一仕事した後のコーヒーブレイクは清々しくて、新一の口からは妙に素直な言葉が溢れてしまったが抽象的なそれに蘭は首をひねって、新一の隣に座った。 少し前までならば、迷うことなく向かい側の席に座ったのに、こんな変化がうれしい。 そのうれしさも相まって、新一は笑みが隠しきれない。 「四つ葉のクローバーが幸せのお守りって、今なら信じられるんだ」 改めて言われた言葉に、蘭は不思議そうな顔をして新一を見つめている。 新一は続けた。 「だって、“苦しんで、傷ついて”、“足りないひとひら”が付いて、四つ葉(幸せ)になるんだろう?」 驚いたように目を見開いた蘭に、新一はゆっくりと手を伸ばした。 「・・・俺は、遠回りしたけど、“足りないひとひら”を手に入れたから、幸せになった」 そう思ったら、これから踏みつけられるかもしれないけど、四つ葉になれるかもしれない三つ葉を、刈りたくなかったんだよ。 自分の発言に照れたのか、そこまで言ってしまうと、新一は蘭の頬に触れていた手を引っ込めて、まだ目を通していなかった新聞に視線を落とし、「今日はもうやることねぇから、蘭の好きなことしようぜ」と、ぶっきらぼうに言う。 しばらく呆然と、そんな新一の・・・少し赤くなった・・・横顔を見つめていた蘭は、やがてポケットから、先ほど庭で見つけた四つ葉のクローバーを取り出すと、新聞記事と新一の顔の間に、グイッと突き出した。 驚いて蘭の方へ顔を向けた新一は、そこに100%の笑顔を見つける。 「私も、新一のおかげで四つ葉になれたよ」 あの頃、寂しくて、不安で、苦しくて、一杯いっぱい泣いたけど。 自分が幸せになるのに必要な“世界で一つ”の最後のひとひらを見つけられたから。 「・・・これ、要る?」 「・・・・・・要る」 新一は蘭の手から、小さな四つ葉を受け取って、今度は代わりに、その手の中に、銀の欠片を落とした。 「お礼、な」 それがなんだか、最初は分からなかった蘭だったが、やがてそれが工藤邸のカギだと気付いて、はっとした。 「・・・家事をしに来いって言ってる訳じゃねぇからな」 照れたように頬をかく新一に、満面の笑みのまま何度も頷く。 最後の ひとひら 唯一の ひとひら 幸せの ひとひら ・・・やっと、見つけた。 ― END ― |
Refugeの深月さまが、エイプリル・フールの当日限定企画として発表していらした作品です。 サイトにお邪魔した時間帯が悪かったために、企画自体を見逃してしまった私。 後日、某所茶会にてご一緒した際におねだりして、作品を見せていただきました。 で更に、丁度茶会の日が誕生日だった私は、「当日に限り、お持ち帰り自由」だったものを「誕生日のお祝い代わりに」ということで、無理矢理お願いして作品掲載の許可までいただいたのでした。 いつもいつも、深月さんの作品には、ドキドキしたり、心温まったり、切なくてギュッってなったり、、、と貧相な私の心も、珍しいくらいに忙しく動きます。 快く我が侭を聞いてくださり、有難うございました。 これからも変わらぬ声援と応援の気持ちを、送り続けますねvvv Back → ■ |