君が好き、胸が痛い
人ごみの中に、蘭の姿を見つけた。

待ち合わせ場所の噴水の前で、オレを待っている。

時折、髪を手で撫でたり。
洋服の裾を気にしたり。
腕時計を、ちらちらと見たり。

そんな仕草が、可愛くて。

オレは、まだ気付かぬふり。



蘭からは死角になる場所で、しばらく、その姿に見惚れていた。



忙しくて、ゆっくりと時間を取ってやることが出来なかった。
今日は、久しぶりのデートだ。
迎えに行くと言ったら、待ち合わせをしたいなんて、可愛いことを言ってくれた。

本当は、もっと、蘭に会いたい。
本当は、もっと、蘭と話したい。

いつだって、そう思いながらも、探偵と言う仕事を放り出すこともできなくて。

本当は、いつだって、恋焦がれてる。
本当は、いつだって、君が好きなんだ。

あんまり遅れていくと、怒られそうだけど。
もう少しだけ、見つめさせて。



前に蘭とデートしたのは、桜の花びらが舞う頃だった。
今では、元気に葉を広げた木々が、空に向かって季節の到来を謳歌している。

1日、1日。
無為に過ごしているようだけれど、確実に時は過ぎ行く。
オレも、蘭も、同じように、確実に年を重ねてゆくのだ。



幼い頃に出会ってから、もう何年の時が経っただろう。

わがままで、自分勝手で。
他の事なんてどうでもいいと思っているオレだから。
去っていく友も多い。

でも、蘭は。
変わらずに、そばにいてくれた。



いつまでも姿を見せないオレに、蘭はふっと溜息を零した。
きっと、また事件に行ってしまったとでも思っているのだろうか。
ああ、こうやって、いつも蘭はオレを待っていてくれていたんだな。

淋しそうな横顔に、胸が痛む。

これ以上、あんな顔をさせたくなくて、オレは、蘭の元へと急いだ。


「もー! また、遅刻!!」
「ゴメン。これでも急いで来たんだぜ?」


並んで歩きながらも、ウソをついているから、どこか後ろめたい。

お金にも苦労しなくて。
勉強も、難なくできて。
スポーツもそこそこ、こなせて。

人生、あまり苦労せずに育ってきた。

でも、時々、感じてしまう、どうしようもない孤独を、蘭は知っているのだろうか?

強がりなオレは、そんな格好悪いところを、蘭に知られたくなくて。
そのくせ、わかって欲しいなんて。
どいしようもなく、ワガママだよな。

「事件、事件って、新一はまだ学生なんだからね!」
「わかってるよ」
「ご飯も、ちゃんと作って食べてる? コンビニ弁当で済ませてない?」
「・・・じゃあ、蘭が作りに来てくれよ」
「甘えないでよね!」

甘えたいんだけどな。
簡単に甘えさせてくれないのが、蘭なんだよな。

もちろん、オレの背中をいつも後押ししてくれる、その力強さが好きなんだけど。

「今日くらいは、栄養のあるもの食べに行こうか・・・」

これから、夕飯を食べに行こうと話していたから。
蘭は、真剣に店を悩み始めた。
だから、それならオレの家に・・・。

そう言いたくなる衝動を抑えて・・・。

抑えて・・・。

抑え切れなくて。


「蘭の手料理の方が、栄養があるって」


自分でも悔しいけど、少し情けない声になってしまっていた。
やっべぇ。
これじゃ、ただの駄々っ子じゃねーか。

恥ずかしくなって、蘭から視線を逸らしてしまう。


くすっ。


後ろで、小さな笑みが漏れた。
振り返ると、蘭は本当に柔らかく微笑んでいて。

「しょうがないわねぇ。じゃあ、特別よ?」

ふわりとオレの腕を取ると、ぐいぐいと引っ張るように歩いていく。

「え? お、おい! 蘭??」

オレとしたことが、しどろもどろになってしまって。
それでも、そんな蘭が嬉しくて。

「どうせ、冷蔵庫、空っぽなんでしょ?」
「・・・その通りです」
「じゃあ、買物して行くわよー!」




ああ、そうか。

オレはいつだって、こうやって蘭から元気を貰っているんだな。

同じ場所で、立ち止まってしまいそうになった時でも、蘭に背中を押され、引っ張ってもらって。
そうやって、前へ進んでいけるんだな。



だから、君が好きなんだ。

きっと、これからもずっと。



いつか、この胸の中につかえた棘のような孤独を、話せる日がくるだろうか。

その時まで、オレは、胸の痛みを抱えながら、それでも君を見つめていたいんだ。


「はい! じゃあ、いっぱい食べてね!」
「いただきます!」


蘭の笑顔に見守られて、オレは最高に幸せなひと時を過ごしていた。

オレの孤独を掻き消してくれる、蘭と共に過ごせれば、それでいいんだ。


Fragile Heartのbe様より『100歌 part2』のリクエスト作品をいただきました。
今回の“part2”では、リクエスターのお名前が発表されていません。
次々仕上がっていく作品たちを「次は誰のリク曲?」などと、ドキドキしながら待っていたものです。

新一を包み込んであげられるのは、昔も今も、この先もずっと、蘭ちゃんだけなんだよね!
やはり『2人一緒がハッピーセット』ですv

この『君が好き、胸が痛い』は、もう随分前に発表されたKANさんの楽曲。
ゆったりしたピアノバラードで、メロディと歌詞がものすごく切ないの。
新蘭変換して聞くと、また一層心に染みます。宜しければ、聞いてみてくださいね。

beさん、オフ活動で忙しい最中に素敵な作品を送ってくださり、有難うございましたv
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