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White Dream

一秒でも早く伝えたくて



【注記】
このお話は単独でも読めるように書いたつもりですが、もしお時間に余裕のある方はバレンタイン小話を先に読まれたほうが、より楽しんでいただけるのではないかな、と思います。

バレンタイン小話は、こちらから(前編3話+後編3話の計6話。長くてゴメンナサイ) → 









新一からもらった、ホワイトディのお返しは・・・

一番最初は、大きくて真っ白なマシュマロ。
1人でお留守番をしていたら、新一も1人で家まで届けに来てくれた。

そのひと月前に、わたしから新一に渡した初めてのチョコは、お年玉の残りとお母さんのお手伝いをして集めたお金で、スーパーのお菓子コーナーで買ったもの。
当時は「バレンタイン」の意味なんか知るわけもなくて、ただ「男の人にチョコレートをあげる日」なのだと教えられた。
だから、身近な男の人であるお父さんと、新一のお父さん、それに阿笠博士にも同じものを渡したんだよね。


新一が目の前に差し出したマシュマロ達は、透明のセロファンに包まれていた。
ほんとはピンクのほうが蘭に似合うと思ったんだけどさ、今日はホワイトディだから、白いのにしたんだ。
そう言って、照れ笑いしながら渡してくれた。
少しいびつな形で結ばれていたリボンも白だった。


ひとつ掌に乗せてみたら、ふわふわで、やわらかくて。
お母さんが寝る前にしてくれる、ほっぺにくれるキスみたい。そう思った。
口に含むとほんのり甘くて、やさしい味。

ふたつ目に手を伸ばそうとしたとき。
「もっと美味しい食べ方があるんだ」と得意そうに言う新一に、わたしは首を傾げて「そうなの?」と答えた。
だって、そのまま食べても、すっごく美味しかったから。

手を引かれて連れてこられたのは、台所。
不思議顔のままのわたしに、新一は「この前、父さんに教えてもらった」と自信たっぷりに胸を張る。
新一は手の届く位置にある引き出しをいくつか開けて探し出した、一組の菜箸の先端にそれぞれマシュマロを突き刺した。続いて、ガスコンロの前に椅子を置く。
やっとこれから新一がしようとしていることの意味が分かって、わたしは慌てて「火を使っちゃダメだって、お母さんが言ってたよ?」と新一の腕を引っ張った。
留守番のときに台所に入ることさえ、このときのわたしにとっては大冒険だったのに。
必死になって制止しようとするわたしに、新一は「まぁ、見てろって」とウィンクする。
「大丈夫だから」って笑いながら。

正直言って、ほんとはちょっと怖かったの。
でも、新一が大丈夫って言ったから、大丈夫なんだと思った。
あの頃から、無条件に新一と一緒にいると安心できた。
それは今でも変わらないけれど。

わたしは、お母さんの言いつけを守って、コンロのスイッチに触ることもしたことがなかった。
だから、同じ歳なのに何でも1人で出来る新一に対して抱いていたのは、憧れのような気持ちのほうが強かったんじゃないかと思う。
もっとも、それなりに持っていた特別な感情は、今抱えているものと同じだとは思えないけど。

じゃ、やるぞ、と椅子に上った新一がスイッチをゆっくりとひねると、コンロの火がポッとついた。
腕を伸ばして、菜箸の先端のマシュマロを火で軽くあぶる。
表面に少し色が付いたくらいで火を消し、新一はマシュマロ付き菜箸の一方をわたしの手に握らせて椅子を飛び降りた。熱いから気をつけろよ、とわたしにアドバイスしてから、彼は手本を見せるように率先して手元に残したマシュマロをパクリと口にする。
わたしも同じように、でも初めての挑戦だったから、ふーふーと息を吹きかけて少し冷ましてから恐々と噛み付いてみたら。
薄く焦げた外側のカリッとした食感とやわらかくとろけた中身が、まるで全く別の食べ物になったみたいで。
な、美味しいだろ?と既に食べ終えた新一の笑顔に、うん、と大きく頷いた。

もう1個食べる?と聞かれて、今度はわたしも作ってみたいな、とリクエスト。
了解、と快諾した新一の手引きでコンロのスイッチに手を掛けたところで、時間切れ。
ちょうど買い物から帰ってきたお母さんに現場を押さえられ、即刻居間に移動。2人並んで正座で説教されたっけ。


これが、初めてのホワイトディ。
勿論、お母さんの言いつけを守らなかったのは、いけないことだと分かっていたけど。
幼心にも「大人の階段」を上ったような気がして、しかもそれが新一と一緒だったことが妙に嬉しかった。
確かこの少し後から、それまではお手伝いといえば洗濯や食器運びだけだったのに、料理のお手伝いもさせてもらえるようになったんだよね。




それからも、毎年チョコレートを贈っていた。
新一からのお返しは、そう、決まって「白い」贈り物。
原点は勿論「ホワイトディだから」と言って用意した、白いマシュマロ。
そこから始まって、手を変え品を変え、いろいろ考えてくれた。

レースのついた白いハンカチ、白いテディベア、白いフォトフレーム。
白い傘、なんてときもあったな。





そして。
特別の意味を込めて渡した、今年のバレンタインのチョコレート。
新一からは、ただ「楽しみにしとけって」と言われて、ちょうど1ヶ月。


ちょっと待っててくれよ、と言われて大人しく工藤邸のリビングのソファに座っていたら。
自室から戻って来た新一は、両手で抱えても余るくらいの大きな長方形の白い箱を小脇に抱えていた。それを音もなくテーブルの上に置き、「はい、これ」と手短に言う。

「これが今年の?」
「そう。今年の白い贈り物」
「随分箱が大きいみたいだけど、いいの? わたしのチョコなんて、こんなに小さかったのに」

言いながら、わたしは1ヶ月前に手渡した、手作りのガトーショコラを入れた箱の大きさを、両手を使って空中で再現してみせた。
クスリと小さく笑った新一は、宙に浮いたままのわたしの両手を、箱の上に揃えて着地させる。

「そんな物理的な大きさはどうでもいいって。蘭からは、もっと大きなものをもらったから」

ぐっとくるヤツをここにな、と余裕綽々の笑顔で広げた左手を胸骨の辺りに添えている。
その仕草に、1ヶ月前の自らの暴走じみた告白シーンがよみがえり、わたしは頬に熱が集中してくる音を聞いたような気がした。

「取り敢えず、それ、開けてみれば?」
「あ、そうだね。うん、ありがとう」
「・・・お礼を言うのは、中身を確認してからのほうがいいかもしれないぜ?」

気のせいか、ちょっと頬が赤いように見える新一。
言われるままに、そっと箱の左右に腕を広げる。

まずは、外見から中身を予想。
箱の表面には何も書かれていない。高さは10センチくらい?
開ける前に両手で持ち上げてみたけど、見た目に比べて意外と重量感がある。
そのまま左右にそっと揺らしてみても、何かが動くような感触は伝わってこない。ピッタリと箱に収まっているらしい。
あれこれ箱をいじってみても、さっぱり見当がつかない。新一は神妙な面持ちで、わたしの様子をじっとうかがっているように見える。
意を決して箱をテーブルに戻すと、わたしは蓋に手を掛けた。

「・・・・・布?」

蓋を持ち上げたまま、視線は中身に釘付けになっていた。
白く光沢のある、とても肌触りの良さそうな布が箱の中に収められていた。

「そ。シルクサテン。」
「これって、どういう・・・?」
「本当は完成品でも良かったんだけど、蘭の好みもあるだろうと思って。ま、予約っていうか、なんていうか、、、そのうちコレを使ってもらえたらいいかな、なんてさ」
「だって、これ、まるで・・・」

思わず口にしそうになった言葉を、ハッと飲み込んで。
蓋を手にしたままの中途半端な姿勢で、新一を見上げた。

「・・・そういう、意味、なの?」
「そういう意味、だよ」

新一の顔が、今まで見たことがないくらいに赤い。
でも、多分わたしの顔だって、負けないくらいに赤いと思う。

だって。
新一はわたしのことを「オレを喜ばせる天才」だなんて言ったけど、わたしから言わせれば、新一はいつだって「わたしの心を動かす天才」だ。
いっつも無茶ばっかりするから、つい怒ったり心配したり、たまに泣いたりもしちゃうけど。
それでも、こんなにドキドキさせられるのは、新一だけ。

目の前に提示された結論に頭ではたどり着いているのに、体はなかなか追いついてこないみたい。いつまでたっても蓋を持ったままで固まっていた指を、新一がゆっくりと解いてくれた。
ぽとり、と膝の上に両手が落ちて、急速にいろんな感覚が冴えてくる。
実際に聞こえるわけじゃないけど、この広いリビング中が2人の鼓動でぎゅうぎゅうに埋め尽くされるんじゃないか、と思えるくらい。
なんて賑やかな静寂―――。


お互い、どれくらい黙っていたんだろう?
真正面に座っている新一は、一旦箱の蓋を閉めて少し骨ばった手を膝の上で組み、わたしの目線に合わせて少し屈むように身を乗り出した。
あのさ、と言ったきりまた暫く黙り込んだ新一の、次の言葉は―――「楽しみにしとけ」っていう台詞の更に数段上を行くくらいのインパクトでわたしの中を駆け抜けていく。

「これからもずっと一緒にいたい。オレに蘭の人生も背負わせてくれないか?」
「・・・じゃあ、まずは洋裁習いに行かなくちゃ、だね」

そう答えながら人差し指で箱の縁を撫でるわたしを、新一は凝視していた。
まるで「存在しない何か」がわたしの後ろにでもいるかのように。

な、何? わたし、何か変なこと言ったかしら?
今頃になって追いかけてきた不安が、おろおろとわたしの視線を泳がせる。
実は勝手にとんでもない勘違いをしちゃってる、とか・・・?

長めの前髪をわしわしと掻き揚げながら、はぁ、っとひとつため息を零した新一。
どことなく肩もがっくりと落ちているように見えるのは、きっと気のせいじゃない。

「・・・なんで、そうなる?」
「なんでって、何が?」
「そりゃあ、本来渡すべきものはまだ用意できてないけど、でもオレ、、、所謂プロポーズってやつをしたつもりだったんだけど」
「うん。だから、わたしも早くミシンとか上手に扱えるようになりたいな、と思って」
「・・・ミシン?」
「え?だって、これって『ウェディングドレスを自分で縫え』ってことなんでしょ?」
「てことはつまり、、、要するに、OKってことなのか?」

答えなんて、もうとっくに出ていた。だから、わざとでもなんでもなく、すっかり忘れてたの。
肯定の意思を伝えることを。
まるで合格発表を待ちわびる受験生のような、珍しく戸惑いを隠さない表情で見返してくる新一の瞳に、我ながら可笑しくなってつい噴き出してしまった。
突然に笑い出したわたしに、今度は思いっきり不機嫌な顔になってる。こんな短時間にくるくると表情を変える新一は、滅多に拝めない。
・・・ほんと、ちゃんと言葉にしなくちゃ分からないことってあるのね。

「笑い事じゃねぇぞ! オレは真面目に・・・」
「バカね、OKに決まってるじゃない。指輪なんてなくても、さっきの新一の言葉だけでわたしには十分よ」

ありったけの誠意を含んだ声で、新一の言葉を区切って答えると。
新一は、わたしの言葉に一気に脱力したのか、はあぁ〜っと深く息を吐いている。もしかして、わたしが断るとでも思ったのかしら?そんな訳ないのに。
座ったままだったけど、背筋を正して「宜しくお願いします」と改まってお辞儀をしたら、いきなりひと回り大きな右手に左手を取られた。薬指に、新一の唇が落とされる。

「じゃ、今はコレで勘弁な。そのうち本物を贈るから」
「いいわよ、そんなの」
「ダメ。オレがそうしたいんだよ」
「わかった。じゃあ、待ってる」
「おう」



半月後には新しい生活が始まる。
大学は同じでも学科の違う新一とは、今までよりも顔を合わす機会は減るかもしれない。

それでも、この約束があれば大丈夫。


滲んだ景色を瞬きでクリアにして。
新一の誓いを受けた薬指にそっと唇を寄せ、自分自身に誓いを立てた。
もう何も迷わない。

これからもずっと、新一の隣を歩いて行こう。



− END −


この話の元ネタは、一番最初に勤めた会社の社長さん。当時、既に還暦近い年齢でしたけど、すごく洒落たお方でして。義理チョコのお返しに、毎年「白いもの」をくださいました。
例えば、化粧ポーチとかぬいぐるみとか、バラとか。今はもう○歳過ぎてるんだろうなぁ。退職してから音信不通になっちゃいましたが、お元気なんだろうか?
今回、タイトル&サブタイトル(日本語タイトルのことです)を見ただけで、既にオチまでネタバレしてしまったかもしれない(苦笑)。ゴメンなさいね。
でもでも「白い贈り物=ドレス」の図を、一度やりたかったんだよー!
・・・もっとも、この話ほど自分が絵描きじゃないことを悔やんだことはありません。絶対、絵で見せたほうがいいと思うのよね、これ。

さて。原作ベースで考えますと、新蘭の「初めてのバレンタイン&ホワイトディ」は幼稚園のときくらいなんじゃないかな、と勝手に思ってます。
昨今のお子様達は、もっと早いのかもしれないけどさ。

しかしまぁ・・・我が家の新一ってば、間をすっ飛ばしすぎです(笑)。

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