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sky

the day before

〜 君と僕の距離 〜

ある事件をきっかけに『高校生探偵・工藤新一』としての生活を送るようになってから、新一の出席日数はなかなかスリリングな状況に陥っている。試験なら追試を受ければすむ話だが、出席日数だけはごまかしが効かないから、やっかいだ。
新一にとっては、正直に言うと学校の授業は退屈で仕方がないのだが、それでも行けるときには少しでも出席するようにしている。事件はこちらの都合を考えて起こるわけではなく、またいつ呼び出されるかもしれないのだから。
それに、名探偵が留年、などという不名誉な事実が世の中に出回ることにならないよう、新一としても善処しておきたいところだ。



『しんいちー、起きてるの?遅刻するよー!もう、いっつもこうなんだから。
また推理小説でも読んで夜更かししてたんでしょう?ちょっと、新一、聞いてる?早くしなさいよー、新一・・・・』


いつもなら、半分寝ぼけたままの幼馴染みの名前を連呼する蘭の声が響き渡るはずなのに、今朝の工藤邸は妙にしんとして、静かな雰囲気を保っている。

(そう言えばあいつ、部活の朝連があるとかで、今週いっぱいは先に登校するって言ってたっけ)

蘭の言葉をぼんやりと思い出し、次いで「ちゃんと1人で起きられる?」と、本気とも冗談ともとれる表情で心配する、深い色の瞳が脳裏に浮かんできて、新一は軽く肩を竦めた。


きっとまた空手の大会が近いのだろう。華奢に見えて、あれでも空手部の主将だ。
この間の都大会では優勝までしていたし、マジで喧嘩したら命がいくつあっても足りやしないだろう。

(それにしても、試合のことを何も言ってこないということは、、、オレは来ないだろうと諦められてんのか?それとも、オレの応援は最初からあてにされてないってことか?)


タダでさえ寝起きの悪い新一は、半分起き出した頭の中で自ら不快指数を上昇させるような思考をぐだぐだと巡らせながら、制服に着替え、身支度を整えた。
ただでさえ広いリビングもキッチンも、今朝はやけにガランとして、薄ら寒い気さえしてくる。



(・・・いつもは、ただうるさい奴だと思ってたけど、あの威勢の良い声を朝から聞かねえと、なんつーか気が抜けるもんだな)

ブツクサ言いながらかじった食パンをコーヒーで流し込んで、一人学校へ向かうべく、やたらと重い門扉を押し開けた。





親同士が知り合いだったというのも理由のひとつなのだろうが、アメリカで生まれ、その後日本に帰国した新一が最初に出会ったのが蘭だった。
それからの二人は、ずっと同じ景色を見て育ち、同じ思い出を分かち合ってきた。世間様でいう幼馴染みという間柄。
遊びは勿論、おまけに学校まで一緒(近所だから当たり前かもしれないが)。
さすがに中学生ともなればお互いの行動半径も広がるし、それぞれに行動することも多くなったが、今までずっと生活の大部分の時間を共有してきた。

しかし、探偵と学生の二足のわらじを履き出してからは、学校で過ごす時間を除けば、二人が顔を合わすことができるのはごく限られた時間しかない。その点、朝から呼び出されることはゼロではないが比較的少なく、毎朝の登校時が直接二人きりで話せる貴重な時間となっていた。




両親はアメリカに移住しているため、年に数回しか会うことは無い。
父親はちょっとは名の知れた推理小説家、母親は元女優。もう高校生の息子がいるというのに、万年新婚夫婦気取りでいちゃついてくれるので、新一としても、困ってしまう。
親は勿論「一緒に来るか?」と聞いてくれたのだが、何となくそういう気にもなれず、ひとり日本に残った。
で、独りには広すぎるこの家で、中学の頃から悠々自適な生活を満喫している。


一応、ひととおりの家事はできるのだが、必要に迫られなければ自ら進んでやることはない、と言ってよい。新一とて『日本警察の救世主』と賞賛されてはいるものの、実生活は普通の高校生と変わらず、そんな新一を見兼ねて、蘭がいろいろ世話を焼いてくれるのが常だった。

幼い頃に両親が別居し、父親と暮らすことになった蘭は、それから必然的に家事全般を一手に引き受けている。そのためか高校生にしてはかなりしっかりしているし、また面倒見も良い。
謎解きに夢中になると、文字どおり寝食を忘れてしまう。そんな新一のことを放っておけないのだろう。


(とにかく昔から面倒見のいい奴だったからな、蘭は。ここまでくりゃあ、幼馴染みを通り越して家族も同然・・・)

そんなことを考えながら、ふいに新一は制服のジャケットの上から左のこぶしを軽く胸に押し付けた。

「・・・んー、またかよ。」

誰にも聞こえないよう、低く呟いた。
最近、胸の中央辺りに異様な感覚を覚えることがある。うまく説明できないが、妙にゾクゾクする、というか、モヤモヤする、というか。自分の中で小さな何かが壊れてしまったような、どこか居心地が悪くて落ち着かないような気がするのだ。勿論痛むというわけではないし、無論病気でもない。ときどき思い出したようにその感覚はやってきて、しばらくすると音もなく引いていく。

(いつからだっけ、こんなふうになったのは、、、)

帝丹高校の正門が目に入ったところで、とりあえず不毛な迷宮から脱出して、鳴りだしたチャイムをBGMにした新一は滑り込みセーフを決めた。


******


桜舞う、春。

あと数日で中学の入学式を迎えるという晴れた日の午後。
日増しに高くなっていく気温と共に、世の中全体が浮き足立っているような気がする。

片付けるべき宿題もなく、小学生でも中学生でもない中途半端な立場に戸惑うように自室でゴロゴロしていると、突然弾んだ声で名前を呼ばれた。

「新ちゃん、ちょっと下りてきてっ。早く、早く」

2階の吹き抜けからリビングを見下ろすと、何やら大きめの箱を抱えた有希子が、器用に玄関ホールから新一を手招きしている。聞けば先日オーダーした中学の制服が届いたらしい。
めんどくさそうな表情はとりあえず隠しておいて、新一はゆっくりと有希子の指示に従った。

まったく、このハイテンション振りはどうやってキープしているのだろう。
いつもより長い春休みをハワイで過ごし、つい昨日帰国したばかりだというのに。

息子の心親知らず、とでもいうべきか。
ひとり何か納得した様子の母親に、意味深な視線を頭の先からつま先までたっぷり一往復されて、新一の心の片隅に一抹の不安が駆け抜けていった。

この顔は絶対、何かくだらないことを考え付いたに違いない。

「折角だから、着てみせてよ。ねっ、いいでしょ?! お・ね・が・いv」

新一が階下まで降りてくるのを待ちきれず、有希子は階段の途中まで駆け上がって押し付けるように荷物を手渡すと、両手を合わせたポーズですっかり「おねだりモード」に入っている。

我が親ながら、呆れてものも言えねえな。
まったく、自分の息子に媚び売ってどーすんだよ。
引退して10年以上たつっていうのに、いつまでもアイドル女優気取りでいるんだから、まったく困ったもんだ。

しかし、新一のそんな胸中には目も暮れずに満面の笑みを浮かべた有希子は、リビングへ向かいながら、振り向いて息子に念を押した。

「着替えたら下りてきてね。あ、急がなくてもいいから」
「わーったよ」

有希子が何を企てているのかいまいち掴めないまま、新一は大人しくその言い付けを聞いておくことにした。
いつまでも少女のようなこの人には、何故か適わない。そこは母親の持っている底力、とかいうものなのかもしれないけど。

初めての制服は、これから迎える成長期を見越して少し大きめに作られている。小学校に入学したとき、初めてランドセルを背負ったときと同じく、アンバランスで自分でも少し笑えた。




微妙にぎくしゃくしながら階段を降りていくと、足音に振り向いた有希子はキラキラした視線を自分の息子に向けた。

「あら、新ちゃん。なかなか男前じゃないのv さすが私の息子よね」

取材旅行と称してハワイから単身イギリスへ向かった優作のことは含まず、開口一番に自分と相手の両方を褒めちぎった。
有希子は手にした受話器を元に戻すと、銀色に鈍く光る小振りのキャリーバッグを片手にし、すっかり出掛ける準備を整えている。

「おい、何だよ。人に着替えまでさせておいて、自分だけ出掛けようってのか?」

怪訝そうな視線をよこしてきた息子に向かって、有希子は満足そうな笑顔を返すと、突如インターコムの電子音が二人の間に割って入った。

「これで本日の主役は揃ったわ。じゃ、行くわよ?」

新一が「だから、どこへ?」と問いつめるまでもなく、有希子は玄関ホールを横切り、ドアを解放した。
そこには、同じように真新しい制服に身を包み、照れたように小さく笑う幼馴染みの姿があった。


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