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school
楽しいこと?苦しいこと?

綺麗なこと?醜いこと?

暖かいこと?冷たいこと?

大事なこと?いい加減なこと?

分け合えること?一人占めしたいこと?


『好き』って、なんだろう?

one with what is

〜 あるがままに、そのままに 〜    part 1

「ちょっと、返してよぅ、、、」

帝丹小学校、4年B組。給食後の昼下がり。
今にもこぼれ落ちそうな涙をいっぱいにした瞳で、留美は力なく訴えた。
美少女と言っていい外見を持ち、少し明るめの緩くウェーブのかかった髪に淡い色のワンピースが良く似合う。物静かなタイプの、とても女の子らしい子だ。
その涙の原因をつくったのは、クラスの中でいざこざを起こしては先生から毎度大目玉を喰らっている男子二人組、中西と橋口だった。性懲りもなく、大人しい生徒を狙っては悪戯を繰り返している。
少し距離を開けて遠巻きにした女子数名が、留美を援護する。

「そうよ、返してあげなさいよ」
「じゃ、自分で探せよ。この教室に隠してあるって、さっき教えてやったじゃねぇか」

これ以上は何も言わず、いじわるな表情と態度のまま二人組はお互いに笑いあっている。

次の授業で使う教材を職員室に取りに行くためその場に居合わせなかった蘭は、教室に入るなり不穏な空気を察知し、一番外側の輪にいる級友にことのあらましを聞いてみた。

「ねぇ、何があったの?」
「例の二人組が、留美ちゃんの日記をどこかに隠しちゃったのよ。わたしたちも探したんだけど、なかなか見つからなくて」

留美と二人組を交互に見て、正義感の強い蘭の顔色がさっと変わる。
勝手に物を隠されて、気分を害さない人がいるはずはない。
まして日記など、一番他人には見られたくないものなのに。持ち出されたことだけでも、十分嫌な思いにさせられる。

どうしてあの二人は、人の嫌がることばかりするのだろう?
あんなことしたら留美ちゃんが悲しむってこと、分っているくせに。
・・・絶対に許せない!

一瞬幼馴染みの顔が蘭の脳裏に浮かんだが、教材を借りたとき、職員室の窓越しに運動場で級友達とサッカーに興じる姿を見かけたのを思い出し、その考えを追い払った。第一、今年は別のクラスになってしまった新一をわざわざ呼んでくるのも、おかしな話だろう。
そこで、こっそり日記の大きさや色を聞いた蘭も、日記捜索隊の一員となった。

これだけみんなが探しても見つからないのだから、きっと目につくようなところには隠していないのだろう。二人はよほど自信があるのか、余裕綽々な態度でふんぞり返って椅子に座っている。
やみくもに捜しまわっても、見つかるはずはない。休憩時間は残り少なくなってきている。

広い工藤邸の中で、宝探しと称してはお互いに隠したものを探し当てるというゲームを何度も新一としてきた蘭にとって、 新一ほどではないにしても、他のクラスメイトよりは探し物を得意にしている。

蘭は、まず二人組の様子を注意深く探った。
子分格の橋口の目線が何度か黒板のほうに向けられていることに気付いた蘭は、彼らの様子をうかがいながらも自分の動きを悟られないように、黒板近辺をチェックすることにした。黒板の下には、わずかだが剥がれた壁材のかけらが落ちている。そのまま目線を上げると、少し窪んだ、溝のようなものが黒板の縁に沿って出来ていた。

「留美ちゃん、これじゃない?」

黒板と壁の間に出来たわずかな隙間にねじ込まれていたため、表紙は痛んでしまっているが、手書きでDiaryと記された空色のノートを手渡すと、留美は安心しきった表情でしっかりとノートを抱き締め、溢れて来た涙をしゃくりあげながらも蘭にお礼を言った。
周囲の女の子達が、良かったね、と留美を取り囲んでいる。

一瞬虚を衝かれた顔の後に激変して怒り出した中西と橋口は、何事もなかったかのように自分の席に着いた蘭の元へ飛んで来た。

「おまえ、余計なことしやがって」
「何よ、あんた達のほうが悪いんじゃない。人が嫌がることはしちゃいけないってことくらい、わかんないの?」

座ったまま二人を睨み付ける大きな瞳に思わず後ろに引きかけた橋口を押し退け、リーダー格の中西が凄んだ。

「うるせぇっ!この出しゃばり」

他の級友達も蘭の席を取り囲むようにして、ハラハラしながら事態を見守っているのが伝わってくる。
そんな緊迫した状況の中で淡々と午後の授業の用意をしていた蘭は、教科書を揃える手を休め、周囲が思いもしなかったことを毅然とした態度で中西に言い放った。

「中西君、これ以上意地張らないでよ。どうして素直に『仲良くしよう』って言えないの?」

日記を探しながら二人を見ていて、蘭は気がついてしまったのだ。
中西の瞳の中にちらりと浮かんだ、戸惑いという名の影に。
本当はひどい目に合わせたいんじゃない、ということを。
同じように、お互い素直になれない両親をずっと見て来た蘭だから、その真意を見破ることができたのかもしれない。

いきなり深いところを突かれて、逆上した中西は蘭の机を蹴りつけた。
教科書や筆箱が四方に散らばってしまい、蘭も椅子ごとひっくり返りそうになるのを踏み止まった。
きゃぁっ、と周囲の女子から悲鳴が上がる。

「おまえなんか、工藤がいねえと何も出来ないくせに」

始業のチャイムが響き渡る中、中西は捨て台詞ともとれる言葉を蘭に投げ付け、自分の席に戻って行った。


蘭は椅子を元の位置に戻し、教科書やノートを拾ってくれた級友達にはにこやかにお礼を言って、パンパンと布製の筆箱に付いた塵を払った。離れた席から心配そうな視線を送ってくる留美には、小さく手を振って「平気だよ」とアピールする。

そうこうするうちに授業が始まり、何事もなかったかのように教室内は静まり返っていった。
蘭も気分を入れ替えて授業に集中しようとしたのだが、中西の言葉が何度も頭の中でリプレイされて、少しも授業の内容が入ってこない。



新一が生徒達の間に入り、あっという間に喧嘩の仲裁をしてしまったことは、一度や二度ではない。
堂々とした姿勢で、ときには上級生や大人同士の問題も解決してしまう。
新一は「すごいね」と誉める蘭を振り返ると、決まって「オレは仲直りのきっかけを与えてやっただけだから」と笑うばかりだった。
そんな新一を誰よりも傍で見て来た蘭は、間違ったことには正面から立ち向かって行く幼馴染みを誇りに思うと共に、自分もそうなれたら良いな、と思っていた。
だけど・・・・。

少しでも新一に近付きたくて、蘭は怖いのを必死に我慢して留美の日記を取り戻した。そこまでは無事に保たれていた平静さも、中西の一言をきっかけに、ふっと表面に現れたごちゃ混ぜの気持ちに追いやられて、どこかへ行ってしまった。
次第に蘭の目元が熱を帯びてくる。幸い、背中の中央にまで届く豊かな黒髪が俯いた蘭の顔を隠し、周囲からの視線を遮断してくれていた。



くやしい。
正しいと思ったことをしただけなのに、どうして上手くいかないの?
中西君だって、喜んでくれると思ったのに。
わたしがしたことって、余計なことだった?

わたしには、新一みたいに誰かを助けてあげるなんてこと、できないのかな?



誰にも気付かれないように、声を殺して、息を潜めて。
ノートに落ちた雫の音だけが、パタパタと小さく響いた。


しかし、隣の席の由香には、泣いていることを隠し通せなかった。
大丈夫?と聞いてくる言葉に、蘭は黙って頷いて肯定した。口を開けば、大声で泣き出してしまいそうだから。
言葉を出さないでいる蘭に向かって、由香はひそひそ声で耳打ちした。

「わたしの好きな人教えてあげるから、元気出してよ、蘭。ね?」

由香の言葉に、一瞬で悔しさも何もかも吹き飛んでしまった。
蘭は慌てて袖口で涙を拭い、何でもないよ、という風を装い、どうにかして笑顔を出した。
すぐさま、ほら、と言って由香が手渡そうとした二つ折りの小さなメモに、蘭は触れることもなく、ただ首を横に振って受け取ろうとしなかった。
最初は「?」を浮かべていた由香も、涙を見せることもなく、いつものように授業に集中している様子の蘭に対して、それ以上何も言わなくなった。



先生が書いた黒板の文字を機械的に書き写しながら、蘭の心の中ではたくさんの感情がスパークして、今にも爆発しそうだった。

好きな人って、もっと、特別なものじゃないの?
なんでそんな簡単に、他人を慰める道具なんかに使ったりするの?

・・・もう、何がなんだか、わかんないよ。





「あれ、蘭は? いねぇの?」

放課後、ちょうどホームルームが終わったばかりの蘭のクラスにやって来た新一は、その姿が見えないことでこのクラスに何か異変があったことを反射的に感じ取った。
戸口からくるっと教室内を見渡すと、まだほとんどの生徒達が残っているのに、蘭の姿だけがない。緊急の用事が出来たときでも、新一に何の断りも伝言もなく蘭が先に帰ってしまうことなど、ほとんどない。もしあるとすれば、新一にも言えない何かがあった、ということだ。

その原因も、新一には難無く推測できた。
さっき視線を1周させたとき、オレの目線を外したのは3人。
だが、複雑な視線をすぐに返して来た留美を除外すると、残りは悪名高き二人組、中西と橋口だ。

一歩づつ、新一は二人から目線を外すことなく、ゆっくりと蘭のクラスに踏み入った。
間違いなく自分達に向けられている、ただならぬ気配に気付いた二人組は、一刻も早くこの場を立ち去ろうと鞄を掴み、新一とは反対側の出入り口から下校して行った。追い掛けようとする新一を、留美が震える手で引き止める。

「工藤くん、あの、あたし、今日、、、」
「わーってるって。あいつもオメェのせいだとは思ってねえから、心配すんなって」

途切れながらの言葉だったのに、全てを言い終えないうちに的を得た答えが返って来て、留美は目を見開いた。新一は軟らかい笑顔を残して、自分も急いで帰路についた。


*****


(・・・なんか嫌なこと思い出しちゃったな)

推薦入学で早々と米花大への進路を決めてしまった蘭は、冬休みに入ると毎日のように工藤家に通っては新一の世話を焼いていた。新一は東都大狙いなので、1月のセンター試験に照準を合わせている。新一の場合は、入試そのものよりも卒業自体が危ないのだが。

いつものように新一の帰りを待ちながら、夕飯の支度を終えた蘭はキッチンのテーブルに置いた、読みかけの封書を眺めた。

(きっと、これのせいね)

あの後両親の都合で転校して行ったため、今までその存在を忘れていたのだが、『帝丹小学校同窓会のお知らせ』と銘打った手紙の送り主は、その中西本人だった。
大学受験を期に米花町に戻って来る予定だと一筆添えられており、自ら主催者となって、今度の春休みに大掛かりな同窓会を企画したらしい。実行委員には橋口と由香も名を列ねている。
丁寧に書かれた宛名の文字にはどこか見覚えがあるような気がしたが、きっと由香のものだろう。あの乱雑だった中西の字だとは、とても思えない。



あの日は、、、泣き腫らした顔を見られたくなくて、クラスメートにも見破られないうちにいつもより早足で教室を出たのに、後から追ってきたはずの新一に安々と追いつかれてしまった。
大筋で黙って先に帰ってしまった理由を言い当てられたことも、蘭が自分で口を開くまで問い詰めないでいてくれた新一の優しさにも、悔しいようで嬉しくて、結局また泣いてしまったんだよね。

背中を摩ってくれた手の温もりが、今でもリアルに甦ってくる。

だけど。
長い長い遠回りをして、わたしなりの答えを見つけられたと思ったから、一番最後の理由は今でも胸の中にしまってある。


『好きだ』

新一からは、今まで2回だけ聞いた。
厄介な事件を解決して戻ってきた日と、海辺の別荘で迎えた夏の朝に。
2回目のときは、無理矢理言わせたようなものだけれど。

普段はとんでもなく気障なくせに、こういうところでは妙に照れ屋になる新一は、これ以上ないくらいの真っ赤な顔で、ボソッと囁くようにしか言ってくれない。
新一にだってそういう面があるってことを、蘭もそれなりに理解しているつもりだ。

もう諦められたのか、最近はうるさく言わなくなった小五郎を放置し、今夜もこうしてだだっ広い工藤家で一人、待ちぼうけを喰らっている。
お互いの関係は、一応“幼馴染み”から“恋人”へと昇進したのだと思う。しかし、二人の間柄を周囲から冷やかされても、以前のように否定しなくなったということを除けば、今までと何も変わったことなどなかった。


・・・わたしって、新一の何なんだろうね。

急に冷え込んできた冬の大気と呼応するように、蘭の心にも冷たい何かが吹き込んでくるように思えてならなかった。

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hanaさまに捧げる、リク小説第1話です。
キリ番を踏んで頂き&申告もしてくださって、有難うございます。嬉しいですv
出来る限りの努力と新蘭好きパワーで、頑張りたいと思います。

前回の中学生・新蘭に続き、今度は小学生。どんどん年齢が下がっている、、、。
それにしても、リク小説だと言うのに続き物にしてしまう癖、治らないのかな、私。
どうか、続きはしばらくお待ちくださいませ〜。

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