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蘭自身を含めたクラスメイトの3分の1は既に進路が決まっているが、残りは年明けから始まる入試を控えている身だ。自分だけ遊び呆けることなど、蘭の性格からして逆に気疲れするに違いない。また、新一の復帰後、一旦は仕事が減った小五郎も、流石に受験直前の新一を呼び出すのを遠慮した警視庁からの応援要請が相次ぎ、「オレが探偵坊主の代理かよ」と愚痴をこぼしながらも忙しくしているため、家での用事もほとんどない。 (あーあ、園子がいてくれたらなぁ、、、今頃、頭抱えて唸ってるかな?) 学部は違うが蘭と同じ米花大への入学を決めた園子は、年末年始でにぎわうこの時期、蘭を誘ってショッピングやカラオケに繰り出したり、または所有する別荘の何処かに出掛けたりするのが、年中行事のようになっていた。 だが、それも今年からは難しくなるのだろう。 高校卒業後、大学の講義と同時に父親の事業を継ぐための勉強を始めるらしい。予備知識を付けるために、この冬休み中から早速家庭教師付きで勉強させられると言って、肩を落としていたのだから。 普段の様子からは察しが付かなくても、ああ見えて、れっきとした日本有数の大財閥の跡取り娘なのである。 本人がやると決めたからには、もう後には引き返せない。 多分そのことを園子自身が良くわかっていて、それでも決意したのだ。 揺るがない瞳が、そう物語っていた。 この前のバレンタインには、遠距離恋愛中の真と1週間電話が繋がらないからと言っては落ち込んでいた彼女を、こんなにも強くしたものは、何なのだろう? その訳を知りたくて、終業式の日、蘭は思いきって聞いてみた。 いまだに武者修行と称したアメリカ留学から帰って来ない真を待ち続ける園子に、「京極さん、まだアメリカにいるみたいだけど、これからどうするの?」と。 園子は困った顔もせず、あっけらかんと答えた。 「大丈夫。わたしは『二兎を追って、二兎を得る』タイプだから」 それよりも、と逆に言い返されたことを思い出し、蘭は小さく溜め息をついた。 「折角の休みなんだから、これ以上、事件に新一君を取られないようにね!」 「仕方ないよ。事件は時と場合を考えてくれないもん」 「新一君だって、探偵である前に一人の高校生なのよ? それに、蘭。あんただって普通の女の子なんだから、遠慮ばかりしてないで、新一君にもっと我侭言っても良いんじゃないの?」 そんな、遠慮なんてしてないよ、とその場では答えたのだが。 当の新一は、出席日数不足を補うため、受験を控えた冬休み中だというのに朝から夜遅くまで補習を受けに毎日学校へ通っている。 補習とはいってもきちんと授業を受けている訳ではなく、ほぼ自習に近い形が採られており、新一は受験勉強を兼ねて、山高く積まれた課題を片付けることに終始しているだけだった。 学力的には何も問題のない新一だが、出席日数不足では卒業を認めることは難しい。 そこで、探偵としての新一の活躍を応援してくれている教員達が秘密裏に校長に直談判し、何とか新一も同時に卒業できるように、とこの特別補習を実施してもらったのだ。 相変わらず朝が弱い新一を叩き起こし、蘭も一緒に登校しては道場で汗を流す。 毎朝繰り返される攻防戦に、道場の隅で壁に向かって型の練習を繰り返しながらも、クスリと思い出し笑いが溢れてしまう。 「あと5分、いや4分でいいから、、、」 「そうやって、二度寝する気ね?先生達も新一の補習のためだけに交代で出勤してくれてるんだから、もし遅刻したら、先生達に代わってわたしが許さないわよ?」 「・・・んぁ?オメェは休みなんだから、のんびりしてればいいじゃねぇか」 「わたしも学校の道場に行くから、そのついでよ。ほら、さっさと起きてっ」 新一の気遣いに気付かない素振りで、間髪を入れずに無理矢理布団を引き剥がす。 寒っ、と身震いして諦めたようにもそもそと起きだす新一を、朝御飯食べないと学習能力落ちるんだから、とダイニングへ急かして一緒に朝食を摂り、校門までの道のりを並んで歩く。 昼休みには教室で一緒にお手製の弁当を食べ、午後になると新一は再び補習に戻り、蘭は一度帰宅して着替えと家の用事を済ませてから、工藤邸で新一の帰りを待つ。 一応受験生の端くれである新一の邪魔になるわけにはいかないから、と蘭は決まって食後のコーヒーのあとには自宅に戻っていくのだけれど。 どこにでも転がっていそうな、何の変哲もない日々。 それがどれほど貴重で大切なものか、今の蘭には、十分すぎる程わかっている。 こうして毎日新一と一緒にいられるようになり、何を躊躇するまでもなく、自分は幸せなのだと思う。 しかし、蘭の心の底を、何かが小さな染みを付けては通り過ぎていく。 これ以上ない幸せの中にいるはずなのに、今更何を望んでいるのだろう。 一体、何が不満だって言うの? 少しずつ、水面下で騒ぎ出す負の感情が飛び出てきそうになる。 いつか飲み込まれてしまうんじゃないかと思えて、一瞬背筋がヒュッと冷たく感じられるのを蘭は押さえることができなかった。 「はっ!」 今日も帝丹高校・武道場に、凛とした威勢の良い声が響く。 夏の都大会連続優勝という花々しい結果を残してクラブ活動を引退した蘭なのだが、受験が終了したのを機に、ときどき道場の一角を借りて個人練習をさせてもらっていた。 それが冬休みに入ってからというもの、毎日顔を出すようになった蘭に対して、「毛利先輩って、練習熱心なんですね」という後輩の素直な言葉が向けられる。蘭は「大学でも空手は続けようと思ってるし、それまでに体が鈍らないようにしたいだけよ」と真っ当な理由を付けては無心で稽古を積んでいた。後輩部員達にとって憧れの的である蘭は、いつでも喜んで迎えられる。 本当は、少しでも新一と一緒にいたいだけ。 そして、、、自分の中に巣食う、闇を打ち払いたいだけ。 体を動かしている間は、何も考えなくてすむ。 新一に会える昼休みまでのひとときを、蘭はこうして過ごしているのだった。 大晦日を翌日に控えた、12月30日。帝丹高校では、この日が年内最終登校日である。 昨夜からあれこれ考えてみたが、己の内側に潜む黒い影の正体を、蘭は解明することが出来ないままでいた。それでも、ほんの僅かな心の歪みでさえも見抜いてしまう新一には気付かれないよう、細心の注意を払いながら今日も新一と一緒に登校し、蘭はそのまま部室へと向かう。 最終日は空手部では道場の大掃除の日と決まっていて、通常の練習は行われない。主将を務めていた蘭は当然そのこと覚えており、ジャージに着替えて手伝おうとしたが「先輩にそんなこと、させられませんから」と遠慮する後輩達に追い出され、今日の予定がなくなってしまった。 新一の昼休みまでは、まだ2時間以上もある。仕方なく、ジョギングでもしようか、と蘭はグラウンドへ移動して来た。 野球部、サッカー部、陸上部がそれぞれに活動しているが、3年生で呑気に部活をしているのは自分だけだと思っていた。 しかし、よく見てみると、ゴールキーパーを勤めているのは、あの橋口だ。 確かスポーツ推薦で、全国レベルでも強豪の杯戸大学への入学が決まったらしい、と園子からの情報で聞いていた。 新一がサッカー部を辞めるまでは、一緒になって練習する姿をよく目にしたものだ。 ちょっとでも新一の話に付いていきたくて覚えたサッカーのルールが、今でも蘭の記憶の片隅にはしっかりと残っている。今日は幸い雲ひとつない晴天に恵まれていることだし、蘭は日当たりが良い校庭の隅にあるベンチに座り、ジョギングと引き替えにサッカー観戦でお昼までの時間を潰すことに決めた。 (新一もあのまま部活続けてたら、今頃、国立に立てたかもしれないのに) フォワードに新一の姿がだぶって映る。 そのことに気が付いて、蘭は笑わずにはいられなかった。 わたし、本当に新一のことしか見えてなかったんだなぁ。 ふと、あの苦い言葉が蘇る。 『工藤がいねえと何も出来ないくせに』 あの日の中西の言葉は、やはり正しかったのだ、と思う。 いつだって、蘭には新一のことしか考えられなくなってしまっているのだから。 新一の存在がどれほど自分を支えていてくれたのか、充分わかっていたつもりだった。けれど、それが心に深く刻み込まれたのは、実際に新一が姿を消してしまってからのこと。 周囲を心配させまいと笑顔を振りまき、自分も他人もごまかして。 でも、一人になると、あの日のように泣いてばかりの一面が顔を出す。 こんなにも弱い自分が、どうしようもなく、嫌でたまらなかった。 蘭が辛かったとき、新一もそれ以上に苦しみ、辛い思いをしていた。 そのことを、今はよく分かっている。 しかし、物理的な距離は埋まった今でも、心配の種は尽きることない。 次々に芽を出しては蘭を捕らえて放さない。 「なんか疲れちゃったな、、、」 「おまえ、また工藤に振り回されてんのか?」 「えっ?」 独白のつもりで呟いた言葉に返事がきて、蘭は吃驚して声の主を捜すと、ベンチの後ろに、さっきまでグラウンドにいたはずの橋口が立っていた。 「橋口君!練習に出てたんじゃなかったの?」 「ああ、今上がったところ。それより、おまえ、こんなとこで何やってんだ?」 「わたしも部活しに来たんだけど、今日は掃除だけだからって追い出されちゃって」 「で、工藤が恋しくなって、そんな遠い目してたってわけ?」 「そんなんじゃ、ない、、、よ」 急速に語尾が弱くなる。 蘭は知らぬ間に自分の頬に伝わっていたものを慌てて拭い、笑顔を出そうとしたが、ポロポロとあふれる雫が蘭の袖口を湿らせていく。 ドカッと勢いよく蘭の隣に座り、橋口が困り果てた口調で問い掛ける。 「おいおい。こんな所で泣いてたんじゃ、まるでオレが泣かせたみたいじゃねえかよ」 「・・・ゴメン。ほんと、もう、大丈夫だから」 今度は奇麗に笑って、蘭は橋口を見返すことが出来た。目に見える態度で、はぁ、とひと息付いて橋口は胸を撫で下ろした。 「『毛利を泣かせた』なんて工藤に思われたら、オレ、今度こそ殺されちまう」 「今度、こそ?」 「へ?いや、何でもない・・・あ、それより、同窓会の手紙、届いたか?」 橋口が急に話題を変えてきたことに、一瞬「?」と思ったが、ここ数日、ちょうどその主催者のことを思い返していた所だったので、蘭は話の流れに乗った。 「受け取ったよ。中西君、こっちに戻ってくるんだって?」 「ああ。それでな、受験終わってる奴らに声掛けて、ちょっと遅いけど新年会でもしねぇか、って言ってるんだよ。毛利も来ねえか?」 ふうん、そうなんだ、とぱっとしない反応の蘭に、橋口は追い討ちをかけた。 「毛利さぁ、工藤の世話ばかりしてないで、たまにはみんなで騒ごうぜ、な?鈴木も来るって言ってたし」 「園子が?それで、いつやるの?」 「細かいことはまだ決まってねぇけど、とりあえず1月17日の夕方、駅前のファミレス集合」 「17日? それって、センター試験の日じゃない! そんなの、わたし、、、」 新一が試験で頑張ってるときに、わたしだけみんなと騒ぐなんて出来ないよ、と続けようとしたが、次の橋口の言葉によって封じられた。 「工藤のことだから、試験なんか楽勝だって。どうしても無理だって言うなら、当日キャンセルしてくれても良いし、な?」 「・・・・うん、わかった。じゃ、一応、時間が決まったら教えてね」 タイミング良く鳴り出したチャイムが、昼休みになったことを告げていた。 じゃ、部活頑張ってね、と言って、蘭は新一の待つ教室へ向かった。 |
第2話です。本当は年末に仕上げるつもりだったから、少し時期外れですね、すみません。
まだリク内容にある『ラブラブ』には程遠いのですが、hana様ご本人の了承を得たので、
もう少し引っ張ってみようかと思います。(←良いのか、私?そんなこと言ってしまっても・・・・)
とにかく、続きはまたしばらく間が空きそうです。気を長くしてお待ちくださいね。