This page is written in Japanese.



【注記】
このお話は、サイト1周年〜3周年企画で公開したお話の、更に続きという設定で書かれています。
単独でも読めるように、ほんの少しだけ手を加えたつもりなのですが。
以下のお話をふまえていただけると、より一層楽しめるのではないかと思います。

1周年企画のお話(別窓)→ 本編オマケ1オマケ2オマケ3
2周年企画のお話(別窓)→ (全3ページ)
3周年企画のお話(別窓)→ (全5ページ)






Party Party

〜 笑顔の交差する瞬間 〜


新一と蘭の晴れ舞台を数ヵ月後に控えた、とある午後。

米花デパートの地下食料品売り場の一角。
そこにあるのは、ダークブラウンとオリーブグリーンの配色で品良くまとめられた、小さな紅茶専門店。
メインは茶葉の量り売りだが、店内には小さなテーブルと椅子も設置されている。
希望すれば、いつでもその場でテイスティングしたり、じっくりと茶葉についてのアドバイスを受けることもできる。

店内に漂う、ほのかな芳香と落ち着いた雰囲気。
それらを増徴させているのは、ここの若き女性店長の醸し出す人柄なのだろう。
久し振りにこの小さな紅茶店を訪れた園子に対しても、彼女は変わらずに気持ちの良い応対をしてくれる。
いつものように、ピシッと伸びた背筋と、パリッとプレスの効いた白いシャツで。

「いらっしゃいませ。ご無沙汰でしたね」
「こんにちは、店長さん」
「本日は、例の件でお越しですか?」
「そうなんです。その件で、ちょっと」
「では、こちらへどうぞ。サンプルをお持ちしますから」
「あ、はい。お願いします」

テーブル席に案内されて、園子はきょろきょろと店内を見回した。
この店を蘭に紹介したのは園子だが、自身は蘭の付き添いで来ることが多かったため、こうして1人で訪れたのは随分と前のことになる。

アルバイトの店員にレジを一任し、店長は園子の正面に腰を下ろすと。
どうぞ、と一客のティーカップを静かに置いた。

「こちらが、私なりに考えたスペシャル・ブレンドです。いかがでしょう?」

早速カップに口をつけて、香りと味をじっくりと確かめて。
園子はひとり確信を得たように頷いている。
そしてもう一度、視線に店内を彷徨わせると、意を決したように話し始めた。

「すっごく美味しいです、これ。やっぱり、私の目に狂いはなかったわ」
「及第点はいただけたみたいですね。有難うございます」
「じゃあ、早速なんですけど。お話した件にプラスして、当日のセッティングすべてを、店長さんにお任せしたいんです。お願いできますか?」
「それはとても光栄なことですけれど、本当に私で宜しいのですか?もっと専門の・・・」

バンッ。
あともう少しでカップの中身を零してしまいそうな勢いで、園子はテーブルを叩いて店長の言葉を遮った。
真剣な眼差しで、他の人じゃダメなんです、と強く念を押して。

「こんなに美味しい紅茶を淹れられる人、私は他に知らないし、それにこのお店もすごく素敵だし。
蘭だって、きっと喜ぶと思うんです。あ、勿論、都合が悪いなら仕方ないんですけど」

いきなりの申し出に、ちょっと度が過ぎたかもしれない、と最後はやや意気消沈気味になりながら。
それでも園子は、真っ直ぐに店長を見据えている。
その真摯な瞳に、彼女よりも確実に5歳は年上であろう店長も、しっかりと頷いた。

「わかりました。精一杯、お手伝いさせていただきます」
「有難うございます!じゃあ、今日はこれで。詳しいことはまた改めて、相談しにきますから」
「ええ。私も少しアイデアを出しておきます。ご連絡、お待ちしていますね」

まるで、これから自分が結婚するかのように幸せそうな笑顔で店を去っていった、親友思いの女の子。
温かくその背中を見送り、店長は仕事に戻っていった。
頭の中に蓄積されている、経験と膨大な資料を紐解きながら。


* * *


園子が見せた、一連の突飛な行動は―――
数ヵ月後に迫った、新一と蘭の結婚披露パーティに起因する。

渋い顔をする新一のことは、最初から完全に無視して。
当日の全権大使役を買って出たのは、勿論、園子のほう。
外見からは想像し難いが、日本有数の財閥のご令嬢である園子が、ちょっと本気を出せば。
できないことなど何もないのではないか、とこっそり周囲から言われていたりする。

そんな彼女がプランニングするというパーティに。
新一が自ずと不安を覚えてしまうのは、過去の経験から言って無理もない。
彼の母親も相当なものだが、園子の行動力も侮れない。
一旦「やる」と言ったら最後、多少の無理難題を物ともせず、本当にどうにかして実現させてしまう。
それだけの実力と実績を兼ね備えているのが、蘭の一番の親友、鈴木園子という人物だった。

もっとも、園子が手を出さなければ。
母親である有希子が好き勝手に事を進める可能性は、大いにある。
もしそうなったら、想像もつかないような事を、勝手にしでかすに違いない。
それならば、蘭の意向を汲んでくれる園子に任せたほうが、いくらかマシだろう。

・・・というのが新一の考え。
蘭の手前では、正直にそう言ったことはないが。

危ぶむ新一と親友を信頼してお任せしている蘭を余所に。
園子を主軸とした計画は、少しずつだが着々と進められているらしい。
探りを入れようとした新一が、当日の内容について何度尋ねてみても。
園子は「お楽しみは最後まで取っておいたほうが良いのよ」としか種明かしをしない。

こうして、新一はある種の不安を拭えぬまま、蘭は親友にすべてを預けたまま、日々を過ごしているのだった。




そんな園子が、まず最初に閃いたのは。
蘭が気に入っている店の紅茶を、当日のメニューに加えたい、ということ。

2人の背中を押した一因でもある、リンデン・ティ。
名前のとおり、リンデン(西洋菩提樹)をベースにしたハーブティ。
ハーブ言葉は「夫婦愛」。
それをもとに、2人にぴったりの特別ブレンドを作って欲しい、と即行で店長に頼み込んだ。
賞味期限の厳しいものではなくても、紅茶は輸入に頼っているところが大きい。
だから、ある程度まとまった量を入手するには、早めに相談したほうが良い、と考えたのだ。
そして、当日の主役たちを思って用意された紅茶を飲み、店の雰囲気を見て、園子の第六感が囁いた。

そこで、冒頭のやり取りへと繋がり。
店長と園子の間で、蘭にはバレないようにと秘密裏に話を進めていくこととなる。


* * *


更に数日後。

混雑する昼食時の大学のカフェテリアにて。
座席を探していた志保は、久々に見かける知り合いの姿を見つけた。
考え事をしているのか、ずっと視線を落としたままでいる園子だ。
「久し振りね」と声を掛けると、彼女は声の主に反応してキラリと瞳を輝かせた。
そのまま志保の腕を掴み、有無を言わせずに同じテーブルに着席させる。

「良いところに通り掛かってくれたわ。丁度電話しようかと思ってたのよ」
「私に何か用事でも?」
「うん、そう。聞きたいことがあって」

こういう類の園子の強引さには、志保も随分と慣れてきたのか、とやかくは言わなくなった。
そのかわり、テーブル一面に広げているファッション雑誌を指差し、これは何?と続けて質問をぶつける。

「何言ってるの。私達の衣装を考えてるんじゃない」
「・・・まったく話が見えないんだけど。私達って、どういうことなの?」
「あ、そっか。決定事項と思って、うっかり言い忘れてたかも。私と大阪の和葉ちゃん、それから志保の3人でやるのよ」
「3人って、まさか・・・私にやれって言うの?蘭さんのBridesmaidを?」
「そうよ?ぴったりの3人組だと思わない?」

そう言ってニッコリと微笑む園子に、後ろ暗いところは何も感じられない。
楽しそうに雑誌を捲り、ああでもない、こうでもない、と言いながら。
園子は「こういうデザインはどう?」と志保に迫る。

目の前に突き出された雑誌が、脳裏では像を結んでいる。
それでも、志保は返事ができないでいた。

(この子は一体、何を考えているのだろう?)

真っ白になりそうな頭の片隅で、志保はそう思った。



欧米の結婚式ではよく見られる、Bridesmaid―――花嫁付添人。
通常、花嫁に近しい友人・知人、または親戚から、3人の女性を選ぶ。
選ばれた者達は、結婚式までの準備を手伝ったり、当日には花嫁の傍に立ち、あれこれと世話を焼いたりする。
その大役の一端を、園子は志保にも引き受けろ、と言っているのだ。

・・・できるわけが、ない。
2人を辛い目に合わせた元凶である、私が。

「あれ、こういうの苦手だった?じゃあ、こっちは?」

園子は、自らの提案に志保が答えないのを、明後日の方向に心配している。
志保が付添人の役割を断る、なとどは欠片も思っていないようだ。
事前にチェックしておいたのだろうか、次々に別の雑誌を広げては、こっちのデザインも捨てがたいのよね、と小首を傾げてみたりする。

「ちょっ・・・ちょっと、待って」
「え?どれも気に入らないの?うーん、困ったなぁ」

志保の困惑には気付いていないのか、それとも気付かない振りでもしているのか。
園子はあくまでもマイペースに、事を進めようとする。

「どうしたの?折角のランチ、冷めちゃうよ?」

雑誌に夢中なようでいて、まったく手を付けられていない志保のランチセットに目をやり、園子は再びニッコリと微笑んでいる。

どうやらこれは、はっきり言わないとダメらしい。
でも、仕方がない。
彼女は、私が犯した罪を知らないのだから・・・


間違いなく伝わるように、志保は園子に告げた。

「私、引き受けないわよ。そんな大役」
「そんな難しく考えなくてもいいってば。前日までの準備は私が責任もって進めるし。ね?」

当日の打ち合わせだけ参加してくれれば大丈夫だから、と園子はやはり検討違いの心配をしている。
思わず、はぁ、と零れてきた深い溜め息を、志保は隠そうともしなかった。

まったく、どこまでもおめでたい性格だわね。
などという言葉を実際に口に出すことは、どうにかこらえた。
自らを客観的に見ることはできなくても、志保を取り巻く空気は、雄弁にそう語っているに違いない。

どうしてこの子は、自分に都合の良い解釈しかできないのだろう、と。
しかし、同時にこうも思う。
私の正体を知ったら、親友思いのお嬢様は、どうするのだろう、と。

親友であり、幼馴染みである2人の祝宴の成功を純粋に願う、そんな温かい気持ちを壊したくない。
もう、誰も傷つけたくない。
そう思っているのに・・・そう思っているから。



最後通告のつもりで、志保は園子に向き直った。

「私、工藤君と蘭さんの式には出ないから」
「却下」

滅多なことでは驚きを示さない、志保の瞳が大きく見開かれている。
は、と無意識に詰めていた息を吐き出し、志保は即座に否定してきた園子に切り返した。

「参加するのもしないのも、私個人の自由でしょう?」
「うん、まぁ、普通はそうなんだけどさ。でも、志保の不参加は認められない」

あんたがいなきゃ式が始められないもん。
園子はオーバーリアクション気味に、肩をすくめてみせた。

これだけハッキリと拒絶の意思表示をしてみせたのに。
それさえも、園子は撥ね付けて受け入れない。
・・・やはり、虫が良すぎたのだろうか?

今まで、新一と蘭を含めた沢山の人々を不幸に陥れてきたのは、紛れもなく志保自身。
もし仮に、今目の前にいるお節介焼きの心を踏みにじったとしても、新たな罪がひとつ増えるだけ。
逆に、期待に応えて彼女の笑顔を守れたとしても、過去の罪は消えない。


ぎゅっと握り締めた掌の感覚さえ、志保にはどこか希薄に感じられる。
それでも、重い口を開いた。

「あなたには、わからないのよ。私のことなんて」
「うん、そうかもしれない。あんたって、謎が多いキャラだもん」

あははは、と軽い調子で笑った園子は、でもね、と不意に見せる真摯な瞳で、言葉を繋げた。

「蘭が志保に頼みたい、って言ってるのよ?」
「そんなはず、ない。だって、私は・・・」
「志保が何に遠慮してるのか、私は知らない。だけど、あんたが心配することは、1個もないんだよ?」

新一君に惚れてるって言うなら、話は別だけど?とウィンクした園子の目元は、ニヤリと笑っている。
その様子に、志保の中で何かがカチッと弾けた。


何が起ころうとも、常に冷静沈着でいなくては。
どこか霧の向こうにあるような感覚が、叱咤する。
幼い頃からそういうふうに育てられ、志保自身もそのように心掛けてきた。

だけど、体は気持ちに正直だ。
ほんの僅かに震えてしまったことを、意外と聡いこのお嬢様は気付いているのかもしれない。
仮の姿のときは、今とは逆に、圧倒的に園子よりも優位な立場をとることのほうが多かったはずなのに。
今では時折、志保のほうが押され気味になることも、予測範囲を簡単に超えてしまうこともある。

園子の言葉を撥ね付けるように、志保は反論した。

「あなたね、たとえそれが冗談でも、言って良い事と悪い事があるでしょう?
そんな区別も付けられないの?」
「あら、図星だった?」
「そんなことあるわけないでしょう!私だって、誰よりも2人の幸せを願ってる。
それなのに、あなた一体・・・」
「いいんじゃない、それで」
「は・・・?」

震え出さないようにと、志保が殊更気を張って吐き出した言葉でさえ、園子はやんわりと飲み込んでいく。

「だから、それでいいのよ」

ひとつ年上の志保に言い聞かせるように、確認するように。
園子はゆっくりと語り掛ける。

「私は、新一君と蘭が幸せになってくれれば、それでいいの。志保もそうでしょ?
勿論、和葉ちゃんだってそう思ってる。だから、私達みんな、何の違いもない。
みんな、同じなのよ。違う?」
「・・・・・違わないわ」
「んじゃ、改めて聞くけど。こっちとこっち、どっちの色が好き?」

園子は両手に雑誌を掲げて、志保に選択を迫っている。
その、あまりにも切り返しの早い園子の態度に、流石の志保もすっかり面食らって。
冷めかけたランチセットのお茶を口に運んで呼吸を整えると、志保はようやく答えを出した。

「私はあっちのほうがいいと思うんだけど」

しれっと、まったく別の雑誌を指し示す志保に、そうきたか、と園子はまた新たな雑誌を捲り出す。



目の前で唸っている園子の姿に、表面上はいつもどおりに余裕綽々の態度をとりながら。
その実、心の中では両手を挙げて降参していた。

大人達に囲まれ、組織の中で育った志保には、スッパリと抜け落ちて欠けてしまっている要素がある。
勿論、自覚もしている。
どんなことが起こっても、その度に感情を動かしていたら。
―――あそこでは生きていけなかったから。

笑うことも、泣くことも。
怒ることも、喜ぶことも。

ましてや、他人のために一生懸命になるなんて。
そんな日は、私には来ないのだと、ずっと思ってきた。
でも。
ほんの少しだけど、わかってきたかもしれない、と思う。
温かい人達に囲まれて、たくさんの思いに触れて。
自分以外の誰かのために、気持ちが動くことを。


目の前の彼女を見ていると、特にそう思う。
勝手気ままなようだけど、実際には何の根拠も配慮もないのかもしれないけれど。
こんなふうに、自分以外の誰かに真っ直ぐ気持ちをぶつけてみるのも、案外良いのかもしれない。
そんな考えにさせられる。



志保が食事を終えたのと同じタイミングで、園子は暫く続けていた雑誌との睨めっこにギブアップしたらしい。
散らかしたテーブルを片付け、複数の雑誌をまとめて鞄に突っ込んでいく。
その過程で、妙案を思いついたという顔で手を打ち、園子は口を開いた。

「今週の日曜日、会場の打ち合わせも兼ねてお茶しに行くんだけど、一緒にどう?」
「・・・考えておくわ」
「OK。じゃ、今夜メール入れとくから」

傍から聞けば否定的にも取れる返事を、努めていつもどおりの調子で答えたはずなのに。
お先に、と慌ただしく去って行った前向きな彼女は、やはり自分の都合の良いように捉えている。
なんでも裏を返して見てしまいがちな己の思考回路とは、まるで正反対。
小さくなっていく彼女の背中を黙って見送っていると、心の中は、まるで小さな竜巻が通り抜けたような気分。

滅茶苦茶に掻き回されて。
ひと際高く立ちはだかっていた頑強な壁を、あちこち壊されて。
だけど、そういう考え方も悪くないかもしれない。


こんなふうに思えるのは、一体、誰のおかげだろう?


志保にとっては新しい、今まで感じたことのない感情に、少しくすぐったいような気がしてくる。
実際に声に出して小さく笑ってみたら、随分とすっきりとした気持ちになれた。


予鈴が鳴り、昼休みが終わりに近いことを告げる。
トレーを所定の位置に戻して、今日は午後から帰宅するはずだった志保は、急遽所属する研究室へと向かった。

週末の予定を確保しておくために。



− END −


2006年の新蘭オンリー向けの無配オフ本より、再録。
サイト1周年〜3周年の記念企画に書いた一連のお話の、一番最後の締め括りのお話。
(オフ本の巻末に、おまけとして付け加えたものです)
WEB用に改行位置を調整したり、単独で読めるように少しだけ手を加えたりはしましたが。
それ以外はオフ本のまま。
2回目のオフ本作成だったけど、相変わらず製本作業が一番楽しかったです。

園子ちゃんと志保姉さんは、蘭ちゃん警備隊として最強コンビになればいいと思います。

2010/Mar./21

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