Count Down !         be様






毎年31日は、例によって、例の如く、和葉は服部家にいた。

大阪府警でも階級の進んだ父は、帰宅が深夜に及んだり、幾日も泊り込んだりという日々が続いた。
父親と二人暮しになってから、うら若き女の子を1人きりにするのも危険だと言うことで、
遠山家と服部家の間で交わされた密約(別に秘密でもないのだが)があった。

そのおかげで、和葉はほぼ毎日のように、服部家で夕飯を囲むことになった。

もちろん、1人で夕飯を食べるよりは、静華や平次がいたほうがいいに決まっている。
だが、気付いてしまった自分の気持ちと、何を考えているのかわからない幼馴染の間で揺れる心は、
その当人を前にしてしまうと、夫婦漫才のように、おどけてとぼけてしまうだけ。

「泊まってってもええんよ」

柔らかく笑う静華に甘えることもできたけれど、平次がいる時は、ほとんどの場合、
11時頃に遠山家まで送ってもらって帰宅する。
それが日課のようにもなっていた。




冬休みに入ってから30日までに、部活の合間をみながら、自宅の大掃除をする。
服部家で過ごす時間のほうが多いから、あまり使われていない自宅だけれども、それでも埃は溜まるもので。

「高いところとか、手が必要やったら、いつでも平次を使こてな」

静華の好意に甘えて、電球の掃除や窓の手の届かないところまで丹念に掃除する。
母がずっと守ってきたこの家を、無下にすることはできない。
自分の家でも、遠山家でも『そこは、男の仕事やろ』と平次は、2倍の掃除をさせられている。
反論すると、更に、後が怖いことを長年の経験から心得ているのだった。


遠山家の掃除を一通り終え、31日は2人とも服部家で静華の手伝いをする。
静華もこの日までには掃除は終えてしまっているので、31日は御節作りが中心となる。
平次は、あれが足りない、これを買い忘れたなどと、お使いを言い渡される。

「どうせバイクなんやから、楽なもんやろ?」
「へいへい」

静華には反論は無用である。
いや、反論してはいけない。




多分、こんなふうに、いつもと同じ年の瀬を迎えるのは、今年で最後だろう。
来年は、2人とも高校3年生になる。
受験生なのだから、ゆっくりとした時間はなくなってしまうだろう。

この家で過ごす、穏やかな時間が好き。

静華の醸しだす、ふんわりとした雰囲気そのままに、時間の流れまでが遅くなっている気がする。
平次も『事件や!』と走って行く時は大慌てだけれども、家にいるときは、2人とも何をするでもなく、何か言うわけでもなく。

ただ、お互いが隣にいることだけを感じている。

そんな時間が、たまらなく幸せ。

なくしたくなかった。
いつまでも、このままで。
無理なことだとはわかっていたけれど、そう願わずにはいられない。

この先も、2人が同じ道を進めるとは思っていないけれど、この家で過ごす時間だけは、守りたい。

「なぁ、平次、学校で進路のこととか何か言うとる?」
「え??」

和葉の心を見透かしたように、静華がそんな話題を振ってきた。
話をしながらも、世話しなく手は動いている。

「あの子ったら、うちには何も言わんのや。本棚の参考書が増えとるから、考えてはいるみたいなんやけどねぇ・・」

さすが母親。
和葉も本棚の中身まではチェックしていなかった。
相変わらず、推理小説ばかりだなどとは思っていたけれど。

「んーー。あんまり言うてへんで。いっつも友達と騒いどるだけや」
「やっぱりなぁ・・・」

はぁっと溜息を漏らす。

「工藤君と会うてから、真剣に色々考えるようになったみたいやけどな」
「へぇ、そうなん?」
「工藤君、えらいしっかりしてはるからなぁ。あの子もムキになっとるんとちゃうやろか?」
「そうかもしれん。平次、工藤君と比べられると、ごっつい怒るもん」
「・・・まだ、小さいなぁ・・・」

再度、溜息。

このおっとりとした女性は、やはり母親なのだと、改めて思う。
普段は、平次をけしかけてばかりいるのだが、本当は、こんな風に、心配もしているのだ。
ただ、そこら辺は、関西人。
いや、関西人であっても、素直に心配する様子を見せる母親もいるのだろうが。
静華だからこそと言うか。


どこの大学へ行くとか、どんな仕事につくかとか、そういう心配ではない。

器の大きな男になってほしい。


それは、和葉の願いと重なるものがある。
男として、人間として、恥じることのない人になってほしい。

新一のように探偵になりたいのか。
父親のように警官になりたいのか。

和葉とて、その答えを聞いたことはない。


聞きたいと思ってはいたけれど、聞くに聞けない。


「和葉ちゃん、お鍋!」
「あっ!!」


考えに耽っていて、すっかり忘れそうになっていた。
慌てて、吹いている鍋を火からおろす。

「帰ったで!」

玄関から平次の声が響いた。
今日3度目のお使いから戻ったところ。
その声に、女性陣2人は、会話を打ち切った。







御節の準備を済ませると、今度は、夜に食べる年越しそばの出汁を取りはじめた。

「お菓子でも、いただこか?」
「はーい!」

静華が茶道を習っている手前、服部家では和菓子が供されることが多い。

「昨日、アタシ、クッキー焼いたんや」
「ほな、紅茶にしよか?」
「オレ、コーヒーな」
「はいはい」

和葉はそんな服部家に、時々、手作りのお菓子を持ち込む。
静華も、お菓子作りはできるので、和葉と2人、台所から甘い香りと漂わせることもある。


しばし、休憩。


こうやっていると、なにも変わることのない1日。
今日で1年が終わるとはいっても、それは人間が勝手に決めた締め日でしかない。
季節の移ろいの中で、区切りとして設けられた日にすぎない。

「なんや、こうやってるといつもと変わらんなぁ・・」
「オレは変わるで。いつも以上に、人をこき使うんやからな」
「いつもは、遊んどるだけやない。たまには働き」
「・・・オレ、学生なんやけど?」
「学生やからって、手伝いくらいせんと」

この親子漫才は、いつ見ていても可笑しい。

いつもは、誰よりも偉そうにしている平次が、この母親には勝てないのだから。
クスクスと笑っていると、平次が気付いて、憮然とする。

RRRRR、RRRRR。

「あ、電話やわ」
「出る」

短く言って、平次が廊下へと消えた。
それは、ただ、逃げ出したようで、静華と和葉は顔を見合わせて笑う。

「オカン。親父や」
「はいはい」

平次が戻ってきて、いれかわりに静華が出て行く。

「おじさん、忙しそうなん?」
「ん? ああ、年末年始やからな。お前んとこの親父さんも帰っとらんのやろ?」
「うん。今日は帰れんから平次んとこ行っとりーって、朝、電話があった」
「こっちもや」

どかっと胡坐をかいて座る。

「ちょっと、府警まで行ってくるわ」
「オレが行こか?」
「ええよ。うちが行ってくるから、和葉ちゃんをお願いな」

静華が嵐のように、一陣の風を吹かして、出て行った。




突然、2人きりにされてしまい、和葉は戸惑う。
親友の蘭は、戻ってきた新一に告白されたんだと、クリスマス前に嬉しそうに電話をしてきた。
だから、隣で呑気にコーヒーを飲んでいる幼馴染を見比べてしまう。

平次も、冷静さを保とうと努力を重ねていた。
変わらずに自分を頼ってくれる幼馴染を、嬉しく思いつつも、それだけの存在なのかとも思ってしまう。


互いに、クラスメイトから、みんなで夜に集合して初詣に行こうと誘われてはいたのだが。
だが、和葉は『大掃除せなアカンから』と。
平次は『事件あったら優先するから、確証はできん』といって、それぞれ断っていた。


きっと、こうなるだろうことは予測していた。

2人で、のんびりと過ごせることは、数少ないのだ。






静華は、一向に帰ってこない。

「どないする?」
「ああ、そうやな・・・」

すでに、夕刻である。
夕飯の時間になっても、静華は連絡1つよこさない。

「何考えとんじゃ、あのオカン」
「電話してみる?」
「どこに?」
「府警本部。誰かおるやろ?」
「そやなぁ・・・」

ほな・・・と、平次は廊下へと向かった。
3分後、憮然とした顔で戻ってくる。

「どないしたん?」
「2人で食えとさ」
「ええっ?? おばちゃんは?」
「親父と飯食うんやと」

あいつら・・・と、毒づく。



本当に、この夫婦は・・・。



というより、静華の独断と偏見なのだが。
後日、平次が問い詰めた時『2人きりにしてあげたんや。進展くらいしたんやろな?』と切り返されるのだが、
この時はまだ、ブツブツと文句を言うばかりだった。

「お蕎麦、夕飯で食べる?」
「そやな・・・」
「温かいのでええ?」
「・・・そやな・・・」

平次の返事は、歯切れが悪い。
和葉は首を傾げながら、蕎麦の準備を始めた。



蕎麦だけでは寂しいので、だし巻き玉子、そば豆腐、そして天ぷらを添える。

「へぇ、そば豆腐なんて、珍しいやん」
「それなぁ、おばちゃんがお蕎麦買うたお店のご主人に、作り方習ろてきたんや」
「ほー」
「結構、簡単やったで」
「美味いわ」
「ホンマ? ありがと」
「おうっ」

2人きりの夕飯。
思いがけず訪れた、幸せな時間。



紅白歌合戦と、他局の様々な番組を目まぐるしくチャンネルを変えながら見る。
正しい日本人家庭の大晦日。

「あ、そろそろ、倉木麻衣の時間や!」
「お前、好きやなぁ・・・」
「かわいいやん!」
「オレは、K−1の方がええんやけど・・・」
「嫌や! あんなただの殴り合い」
「殴り合い、て。健全なスポーツやん」
「どこが!」

リモコンを奪い合い、チャンネルを変え合う。




そうこうするうちに、11時45分になり『ゆく年くる年』が始まった。


ゴーン


テレビからだけでなく、近所の神社からも除夜の鐘の音が響いてきた。
音量をミュートにして、外からの音に耳を傾ける。

「108つの煩悩、か」
「平次は、もっとあるやろ」
「うっさいわ!」

煩悩。
心身を悩ます、欲望。

チラリと、隣で足を投げ出している幼馴染を眺める。
この冬の寒空に、ミニスカート姿。
そりゃあ、温かい家の中にいるのだから、それでも問題はないのだが。
幼馴染とは言え、年頃の男子がいることは、こいつの頭にはないんかい??
心の中で、毒づいてみても、それを言える訳がない。

そこから伸びる足は、自分とは裏腹に、雪のように白い。
漫才コンビを組んだなら、自分達でも『オセロ』で通りそうだ。


「あ、12時なるよ」
「ホンマか?」


いつの間にか、テレビのチャンネルはカウントダウンライブの中継に切り替えられていた。
もちろん、音を消したままなのだが、全員でカウントダウンをやっているらしく、画面右上に、時計が表示されていた。




10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0




画面上には、その瞬間、花火が映し出された。

「おめでとさん」
「あ、うん。おめでとう」

声に反応して、平次を見ると、ニッと白い歯を見せて笑っている。






こうして、この笑顔をいつも見ていたい。

今年も、来年も、ずっと。





その想いは、平次も同じで。
言葉がすべてではない。
大事な時に、大切な人が隣にいる。

それだけで、十分ではないか。











その頃の、大阪府警本部。

「平ちゃんに電話・・・」

大滝が受話器を取ろうとした瞬間、どこかから送られてくる冷たい視線に振り返る。

「し、静華はん・・・」
「今日は、平次に電話したらあきまへん」
「は、はい・・・」
「あんたらも、たまには、あんな子供に頼らんと解決したらどないや?」
「は、はぁ・・・」

静華はそうやって、2人きりにしようとして目を光らせていたのであった。











Fragile Heartのbeさまのフリー小説をいただいてきました。
平和バージョンです。
beさまと同意見で、私も平和には和風が似合うと思います。
服部邸からして、そうですものね。(玄関前に巨大な門松とか置いてそうだ。)

年末年始って、特別警戒体制とかになるから、警察関係者は一番忙しいとき、だよね?
となると、、、どっちのカップルも、将来的には一緒に過ごせなくなっちゃうんだろうな。
さ、今のうちに思いっきりいちゃついておくのよ?(なんてね)

個人的には静華さんの言動が、とってもツボでした。

新蘭バージョンはこちらから →


Back →