This page is written in Japanese.



Dusk

the day before

〜 君と僕の距離 〜

part 3


そして迎えた、入学式当日。
有希子が危惧した通り、校庭沿いの桜は少し寂しくなっており、出迎える新入生の気持ちを代弁するかのようにその足元を薄紅色に染めていた。

「見て新一! また同じクラスになれたね、わたし達」
「ああ、そうみてぇだな」
「えーっと、園子は、、、あーあ、隣のクラスだ。残念」
「いいじゃねぇか。これでちょっとは静かなクラスになるってもんだ」

下足室前の特設掲示板には、新入生のクラス分け一覧が貼り出されている。
新入生達は、まずここで新しいクラスを確認する。続いて、各クラス単位で出席番号順にネームプレートを掲示された自分の靴箱を探し出すと、真新しい上靴に履き替えて各自の教室に散って行った。


式典は午後から開かれるのだが、新しいクラスメートとの顔合わせを済ませると共に、担任の教諭から式典と校舎内の説明を受けるため、生徒達はその1時間前に集められている。
小学校から大学まで一貫した教育施設を整えている帝丹では、当然、帝丹小学校から進級してくる者が大半を占める。しかし、中学受験を突破して外部入学を果たした生徒もいくらかはいるようで、新一と蘭のクラスにも、4分の1弱は初めて見る名前が混在していた。

二人して教室のドアを抜けると、出席番号順に名前を貼り付けられた机にそれぞれ辿り着いた。
椅子の背に手を掛けたところで、隣のクラスのはずの園子が戸口でオーバーなくらいに両手を振り、合図してきた。相変わらずの脳天気ぶりに新一が軽く閉口していると、蘭はその脇を通り抜け、小走りに園子の元へと急ぐ。

「久しぶり、園子。今年はクラス離れちゃったけど、宜しくね!」
「こちらこそ。隣同士だから、体育とか家庭科とか一緒にできるじゃない♪あ、新一君も宜しく」
「おぅ。」

思いっきり『ついで』のように挨拶されて、新一は多少憮然として席に着いた。再び手を取り合い、一層高い声で休み明けの再会を喜ぶ女子二名を横目に見ながら、机に突っ伏して新しいクラスの雰囲気を観察していく。


目の前の席に座っている見慣れない顔の男子生徒は、きっと外部入学生だろう。
後部入り口に固まっている連中は、何となく見覚えがある。帝丹小からの進級組か?
それから・・・


一周させた目線をちらりと幼馴染みに戻したところで担任教諭が入って来たため、そこで新一の観察は中断されてしまった。
一応黒板のほうを向くのだが、ストンと自分の席に収まった蘭の姿が意思とは無関係に目の端に入り、どこか沈みがちに見える表情が気になって仕方がない。

あの桜を見に行った日から、ああいう顔をするようになった、蘭。
やんわり理由を聞こうとしても、はぐらかされてしまう。


不意に名前を呼ばれ、「どうぞ宜しく」とだけ短く自己紹介して、新一は深いところにあった意識を引き戻した。
出欠を確認し教師としてお決まりの責務を果たした担任と副担任が、出席番号順に整列させた生徒達を先導して歩き出す。途中、園子のいる隣のクラスと並んで、渡り廊下を進んでいく。
マ行の蘭とは離れてしまったが、そのかわりにサ行の園子とカ行の新一はちょうど隣り合わせになっていた。
半瞬後ろに目線を飛ばした園子は、人指し指をちょいちょいと曲げて新一を呼び寄せ、こそっと耳打ちした。

「新しいライバルがいっぱいで、新一君、今年は大変よぉ」

制服に合わせた緑色のカチューシャを冠したストレートボブが弾み、全開の額の下にある瞳には好奇の輝きが浮かんでいる。取り敢えず「何らかの理由でからかわれている」ことだけは理解した新一は、冷ややかな視線を投げ付けてみたが、少しも怯む様子は見られない。

蘭に次いで長い付き合いなのだから、園子が睨まれたくらいで尻尾を出すような性格の持ち主ではないことを、新一だって重々承知している。
しかし、他人の動きを読むのは得意な新一も、逆の立場には慣れていない。
自分の計り知れないところで物事が動くことには、どこか釈然としないものが混み上がってくるのを止められないでいた。
しかし、園子にいつまでも「してやったり」な表情をさせておくのは悔しいので、新一は思い付いた中で一番ましな答えを提出することにした。
これが彼女の期待する模範解答ではないのだろう、ということは容易に想像できたのだが、わざわざ事の真意を正すのは園子の術中に落ちてしまうように思えて、素直に問い質すことが出来なかったのだ。

「オレを誰だと思ってんだよ?悪いけど、音楽以外で誰にも負ける気は全然しねぇな」

口角をわずかに上げるだけの微笑みを見せた新一に、園子はアの形に口を開いたまま3秒ほど停止して、それ以上続けることを諦めた。


(園子の奴、いったい何が言いたいんだよ? ときどき妙に迂遠な物言いをするから、困ったもんだぜ)

(あーあ、肝心なところは全然わかってないんだから。ま、二人とも似た者同士で良い勝負かもしれないけど)


お互い別々の方向に吐息して、正面に向き直った。
後方から二人のやり取りを不思議そうに見ていた蘭は、少し背伸びをして、開かれたままの体育館のドアの隙間から保護者席のほうまで視線を伸ばしていた。きょろきょろと忙しく辺りを見回している。

新入生の登場と共に白いタクトが振られると、吹奏楽部の演奏にのって帝丹中学入学式は厳かに執り行われた。
保護者席の最前列を陣取り、他の保護者達と同様に温かな拍手を送っている帝丹中学卒業生の3人組に目線が行き着いて、蘭は安堵の表情で入場行進の歩に合わせて3人の前に近付いていく。
一昔前とはいえ、海外にまでその名を轟かせた女優である有希子は、私的に公の場に出るときには、新一と蘭にはすぐに見抜かれる程度の軽い変装をしてくるのだ。
同じように3人組を発見した新一が蘭の方に振り返って肩を竦めて見せると、「ったく、いい歳していつまでも女優気取りなんだから」という声が聞こえてきそうで、またそれが新一らしくて蘭は自然と笑顔になった。

有希子の横で仕事場には決して見せないような柔らかい微笑みを称えた英理と、この日ばかりは妻と並んで座っている小五郎をはっきり確認すると、ようやく蘭は心を落ち着けて、入学式に集中することができたのだった。


*****


入学式から5日。
制服にもようやく慣れて、新しいクラスメイトの名前と顔が一致するようになって来た。しかし新一は、どこか居心地の悪さを自覚している自分自身を持て余していた。


この5日間で繰り返し受けた同じ種類の質問に辟易していることも、関係あるのだろうか。
小学生の頃には特に聞かれたことはなかったのだが、今日はわざわざ隣のクラスからも同じ質問が舞い込んで来た。
新一は、つい憮然とした態度で、もはや定番となった答えを口にする。

「だから、何でもないって言ってんだろ?あいつとはただの幼馴染みで、別に付き合ってるとか、彼女とか、そういうんじゃねぇよ。」
「へぇ、じゃあ、遠慮なく毛利にアタックしていいって訳だな?」
「せいぜい頑張れよ。ま、痛い目見るのがオチだろうけどよ。あいつ、ああ見えて空手やってるから凶暴だぜ?」

トータル何人目になったのかさえわからない。
面倒臭そうに片手で追い返す仕種をして、最新の来訪者を遠ざけた。
すぐさま入れ替わりで新一の視界に入ってきたのは、両手を腰に当て、その容姿には似つかわしくない厳しい顔をした蘭だった。

「ちょっと!わたしが『凶暴な女』だって言いふらしてるの、新一なんだって?」
「別に言いふらしてなんかねぇぞ。ったく、変な言い掛かり付けるなよ」
「さっきの休憩時間に園子のところに行ったら、他の子から聞いたんだもん。新一がそう言ってたって」

オレより隣のクラスの奴の言葉を信じるのかよ、と不機嫌さのボルテージを一気に上昇させた新一は、机に突っ伏したままの姿勢で目線だけ蘭に向けた。

「とにかく、変なこと言い出さないでよね。わかった?」
「いいじゃねぇか。全然嘘ってわけでもねぇんだし」

バンッと勢い良く机に両手を付き、大声で抗議してくるはずの蘭に備えて、わざとらしく両耳を覆う仕種をした新一は、いつまでも何も起こらないことを不審に思い天井を仰ぎ見た。そこにはうっすらと頬を染めた、今まであまり見なかったような表情で佇む幼馴染みの姿があった。
ぽそぽそと、呟くように反論してくる。

「凶暴だ、なんて噂になったら恥ずかしいじゃない!それに、空手始めたのだって、ちゃんと理由があるんだもん」
「どんな理由だよ?」
「いいでしょ、なんだって」

ますます顔を赤くして、蘭はそれきり新一を目を合わせないように少し離れた自分の席に戻っていった。始業のチャイムに遮られて捕まえようと伸ばした手が空を切り、新一もそれ以上の質問を繰り出すことは出来なかった。


Back to top Next



第3話です。切ったり貼ったり、いろいろやってこの結果。
3話で収めたかったけど、諦めました。ははは。
続きはまたしばらくお待ちくださいませ。次回こそ、オチを付けたいと思っています。

[Back to Page Top]

Copyright© 2003/July/07 --- All Rights Reserved.