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何かスポーツでもやっていたかのような、がっしりとした体格をした目の前の人物は、細いフレームの眼鏡のせいか当時のガキ大将風な面影は残ってはいない。だが、笑った雰囲気は小学生の頃と変わりはなく、蘭には一目で中西だとわかった。 ここ数日、ことあるごとに当時のことを思い返していたから、特に。 自分自身に向けてこぼしたつもりの言葉を打ち消そうと、慌てて別の言葉を探す。 「毛利だよな? もしかして、オレのこと忘れちまった?」 気にしてねぇよ、とでも言うように、中西はするりと自分のペースで会話を運んでしまう。やや強引なところは今も昔も同じらしい。おかげで蘭も妙に気後れすることもなく、元クラスメートとして自然に話すことが出来た。 「中西君、でしょう? 覚えてるよ。一体どうしたの、こんなところで?」 「オレか? いや別にたいした用はないけど、引っ越ししてから米花町に戻って来たの初めてだし、ちょっと馴染みの場所でも回ってみようかと思って。」 帝丹小学校と帝丹高校は隣接している。久しぶりに戻ってきた街並を探索しながらウロウロしていて、高校の正門前で蘭と鉢合わせた、というところだろうか。 断る理由もなかったので、暇なら付き合えよ、との誘いに乗り、米花町内を並んで歩き出した。 昔みんなで遊んだ公園や、今はコンビニになってしまった駄菓子屋さんなど、思い出話とともに見て歩く。自分の住んでいる町なのに、こうしてゆっくりと歩いてみるのは、蘭にとっても久しぶりのことだった。 「結構、街並も変わったな。ま、8年も離れてたんだから、当然か」 「春からはこっちに戻って来るんだよね?もしかして帝丹大か米花大?」 「いや、隣街の杯戸大だよ。狙ってた学部に推薦で受かったからな。毛利は?」 「わたしも推薦入試で米花大に決まったの」 「そっか。じゃ、新年会は参加するよな?」 米花駅の近くにある居酒屋の1室を借りて新年会をする予定だ、と中西が説明する。そこは、大学には進学せず、来年の春から語学留学に行くための資金稼ぎをしているという、由香のバイト先なのだそうだ。 良く知ってるのね、と蘭が聞けば、橋口からの情報なんだ、と答えが返ってくる。 中西は転校してからも橋口とはやり取りを続けていて、今回の同窓会も、最初は4−Bだけで集まろうかと二人で相談していたのだ。ところが、橋口が偶然駅で会った由香にまず最初に声を掛けたところ、どうせならみんな集めちゃえば? という由香の提案を受け、中西・橋口・由香の3人が実行委員として即日決定および行動開始、となったのだった。 「橋口ってマメなヤツでさ、ときどきメールでこっちの様子とか教えてくれてたんだよ。同じところ受けたから、受験のときもいろいろ世話になったし」 「そうなの?全然知らなかった」 「受かったからこうして堂々と戻って来れたけど、もし落っこちてたら格好悪くて出歩けねえだろ?だから、合格が決まるまで誰にもバラすなよって言っててさ。こういうところ、頼りになるんだよな、橋口は。律儀だし、オレと違って結構真面目だし」 「中西君だって、頼りになるじゃない」 「お、毛利もヨイショすること覚えたか?」 「違うってば。本当にそう思ってたのよ」 カラカラと笑う中西の横顔にムキになって言い返すと、更に笑われてしまった。 確かにいろいろと問題を起こしていた二人組だったけれど、中西は学校行事なんかのときは逆にみんなを積極的に引っ張っていくような、強いリーダーシップを発揮していた。橋口は表立った行動はしなくても中西を上手くサポートしていたし、由香とは高校は別になったが、中学のときには生徒会役員を歴任するような、しっかりした子だった。 「ま、橋口が良いヤツなのは本当だから」 「そうだね。わたしもそう思うよ」 昨日、校庭で橋口と会ったのは、きっと偶然じゃない。 自主練習とはいえ、あと少しで昼休みという時間に部活を抜けるのはおかしな話だ。 キーパーというポジションに適する者は、動体視力は勿論、敵味方の動きを瞬時に見極める能力も高い。ちょっとした仕草や目線からシュートコースを瞬時に読み取り、守備に活かす。つまり、相手の気持ちを察することに長けている、ということ。 多分、橋口には見えていたのだ。沈んだ蘭の内側が。 それを見兼ねて、蘭には気付かれないように、あくまで自然体を装って声を掛けに来てくれたのだろう。 「ほら、着いたぜ」 しばらく黙って歩き続けていたのだが、え? と顔を上げると、蘭の目の前には大きな洋館がそびえ立っていた。 「今夜、工藤と待ち合わせしてんだろ? いくら空手やってるからって、あんま夜遅く一人でうろつくなよ」 「ちょっ・・・」 「それと、あんま泣くなよ? じゃなきゃ、またオレがあいつに怒られるから・・・っと、じゃあ、新年会でなっ」 蘭が口を挟む間もなく、相変わらず自分の言いたいことだけを言い切って、中西は夕闇の中へ消えていった。 8年振りに会った人にまで気付かれるくらい、どこから見ても“お出掛けファッション”丸出しの自分自身に、呆れてしまって笑うことすら出来なかった。 中西はどこまでもマイペースではあったが、今にも泣きそうな顔で佇んでいた蘭を連れて夕方になるまで一緒に時間を潰し、さり気なく工藤邸まで送り届けてくれたのだ。 だが、会話の途中で新一の話題は一度も出てこなかったし、第一、中西が新一の家に遊びに来ていたという記憶もない。それに、蘭が空手をやっていることも話していない。いずれも橋口からの情報、ということか。 一人取り残された蘭は、暮れていく夕陽と迫りくる闇に押され、再び歩き出した。 等間隔に配置された庭の街灯とは対照的に、邸内には明かりが灯っていなかった。 *** 一人になりたくなくて、でも行く当てもなくて。歩いているうちに、年末最後の買い出しで賑わう商店街に差し掛かった。 家電ショップのショーウィンドウに並べられたテレビには、丁度夕方のニュースが映し出されている。全国各地の年の瀬の紹介後、スポーツ情報コーナーになり、蘭は歩みを止めてガラス越しのテレビ画面に釘付けになった。 かつての空手の日本チャンピオン・前田聡が、日本空手選手権での優勝インタビューに答えているところだった。 『優勝、おめでとうございます』 『ありがとうございます』 『全国制覇されるのは随分久し振りになりますが、ブランクを押してまで今大会へ参加された理由は何でしょう?』 『諦めずに精一杯頑張れば、どんな困難にも打ち勝てる。それを実証したかったんですよ、自分自身の手でね』 『今回の優勝を、まず、どなたに伝えたいですか?』 『僕を応援してくださった方々と、そして、、、いつか戻って来る大切な人に』 『そうですか。では、これからのご活躍も期待しています。会場からは以上です』 画面が切り替わり別のニュースが流れ始めても、蘭は立ち止まったままでいた。 伊豆のホテルで起こった、あの悲しい事件は、跡を絶たない残忍な犯罪によって上書きされ、行き交う人々の記憶にはもう残っていないのかもしれない。 だが、あのとき「まってるからな」と言って大切な人の背中を見送った前田の姿は、蘭の瞼には今でもはっきりと蘇ってくる。 そして彼は、約束通りに待ち続けているのだ。大切な人を。 ちょうど中西が引っ越していった直後。 中西が残していった言葉を引きずって、隣近所の住人から「蘭ちゃん、偉いね。しっかりしてるね」と言われる度、大人達には笑顔を見せながら、内心では「そんなことないもん」と、落ち込む一方だった頃。 最初に全国制覇したときのインタビューで、リポーターに空手を始めた理由を聞かれ、前田はこう答えていた。 『大切な人を、守れるようになりたいから』 白い歯を見せて自信たっぷりに話す空手チャンピオンの雄姿が、小五郎の傍らで偶然そのテレビを見ていた蘭の瞳に眩しく映った。 直感的に、これだ、と思った。 強くなりたい。わたしも新一のこと、守れるようになりたい。 渋る小五郎をその場で説き伏せ、近所の空手道場に通う手続きをとってもらった。 少しでも早く強くなりたくて稽古にも一生懸命に打ち込み、今では大会でも何度か優勝するレベルになっている。 確かに、空手の腕前は上達したけれど、それは蘭の欲した強さじゃなかった。 相手のことを思うだけで、嬉しくって、ドキドキして。 毎日が眩しいほどに煌めいて、わくわくして。 いつも輝いているような、そんな感じ。 『好き』 ずっとそういうものだと思っていた。だけど、それは幻想なのだと今は判る。 自分でも知らなかった嫌な一面が、ひとつずつ露になってくる。 どろどろとした薄暗いものが、眠りから醒めたように沸き上がる。 恋なんて、そんな綺麗なものじゃなかった。 こんなにも辛くて、情けなくて。 とんでもなくみじめで、、、そして、切ない。 「・・・っくしゅんっ」 寒気がしてふと我に返ると、ニュース番組はいつの間にか年末恒例の歌番組に変わっており、今年もあと数時間で終わることを蘭に教えてくれた。こんなに長く屋外にいるつもりではなかったため、それほど厚着をしてきておらず、すっかり冷えきってしまっていた。 どこかで風邪薬を買って飲もう。あ、その前に何かお腹に入れなくちゃ、と店を探しに米花駅方面を目指した。蘭一人でも気軽に入れる店といえば、駅前のファーストフードショップくらいしかない。 「あれ? 毛利じゃん。何やってんだ、こんなとこで」 耳慣れた声の主を確認すると、橋口が目の前のコンビニから出てきたところだった。 今日はやけにいろんな偶然が重なるな、などと頭の隅で思う。 「何って、、、別に。あ、そういえば、さっき学校の近くで中西君に会ったんだけど、橋口君、知ってた?」 「知ってるよ。だってアイツ、オレん家に泊まってんだから」 「え? 橋口君の家に?」 「ああ。終業式の日に中西が『冬休みに泊めてくれねえか?』ってメールしてきたんだよ。親は一人息子放り出して海外行くのわかってたからさ、『いつでも来いよ』って返信しておいたら今朝いきなり来やがって。参ったよ」 あまりにも“らし過ぎる”中西の行動に、口を尖らせながらも楽しそうに顔を綻ばせている橋口を見上げているうち、つられて表面に出てこようとした蘭の笑顔が瞬時に歪む。 「くしゅっ・・・」 「風邪か? この時期もう医者開いてねえし、早く帰って暖まったほうがいいぜ?毛利さえ嫌じゃなかったら、オレ、送っていくし」 「平気よ。それにちょっと事情があって、今夜は帰れないの」 「そりゃそうか。工藤とデートだもんな?」 「そんなんじゃ、ないわ」 「今更照れるなよ。誰もが認める恋人同士だろ、おめーらは」 少し前に物凄い勢いで駅にダッシュしてた工藤を見かけたぜ、早く行ってやれよ、と視線を蘭の顔からつま先に移動させ、再び蘭の顔を覗き込む。しかし、蘭の表情は硬いまま。 「どうした? 痴話喧嘩でもしたとか?」 「ううん、違う。それに、喧嘩になんて、なってないもの」 補習や受験の邪魔にならないように、気持ちを押し付けてしまわないように。 息を潜め、叫び出しそうになる心まで封じ込めて、膝を抱えるようにじっと小さくなっていたから。 新一はたった一人で何でもやり遂げてしまう。 それだけの度量も器量も備わっているのだから、当然といえば当然の結果であり、それは出会った頃から変わらない、新一らしいところでもあるのだけど。 辛いことも、苦しいことも、悲しいことも、全部黙って一人で背負ってしまう。 そして表面に飾られているのは「何でもないよ」という顔だけ。いつだって、そうだ。 新一には、心が痛くてどうにも動けなくなってしまうことはないの? 自分以外の誰かの存在が必要になることはない? ・・・・それとも、わたしなんかじゃ頼りにならない? 俯いたままの蘭に、やや遅れて橋口の言葉が続く。 「・・・話、聞こうか?」 「それより、橋口君こそ早く帰ったほうがいいよ。中西君が待ってるんでしょう?」 「中西のことは気にすんなって。別にオレに会いにきたわけでもねぇから」 「他に理由があるの?」 「とにかく、だな。このまま立ち話してても、風邪悪化するだけだろ?」 はてな顔の蘭に、「オレ腹減ってきたし」などと気を使わせない理由を追加し、二人で近くのうどん屋に入った。 折角だから、と揃って年越し蕎麦を注文する。 本当にお腹が空いていたのか、橋口は蕎麦とセットにした炊き込み御飯まで一気に食べ尽くしてしまった。蘭はといえば、食欲はないが食べないと薬が飲めないのだから、と自分自身に言い聞かせては、少しずつ箸を運ぶ。 PiPiPiPi・・・と鳴り出した携帯を片手に、橋口は「悪い。ちょっと出てくるな」と言いながら、入り口の店員に追加のお茶と水を1杯注文して店の外へ出て行った。数分して戻って来た橋口は、どうにか食べ終えたばかりの蘭の席にさっき注文した水を寄せると、コートのポケットから小さな紙袋を取り出してコップの横に並べた。 「何これ?」 「これ買ったついで、だよ」 橋口は、早急に必要なものではないはずの、メントールのタブレット入りの小さなケースを反対側のポケットから取り出し、掌で転がして見せた。蘭は手渡された袋を遠慮がちに開けると、瓶入りの液状タイプとCMでお馴染みの顆粒タイプ、2種類の風邪薬が入っていた。 「わざわざ、これを?」 「だから、ついでだって言ってるだろ? 風邪が流行ってるから、家の買い置き用に多めに買っただけだし」 「ありがと。じゃ、遠慮なく、いただくね」 「気にすんなって。余った分は、オレが自宅用に持って帰るんだからよ」 速効性のありそうな液状ボトルをパッケージから1本取り出し、一気に口の中に流し込んだ。微量な苦味が広がって、胸が苦しくなった。 ・・・ほんと、良い人過ぎるよ、橋口君は。 「ねぇ、橋口君はこれから予定ある? もし空いてたら、初詣、一緒に行ってくれない?」 「何自棄起こしてんだよ、工藤と待ち合わせしてんだろ?それに風邪気味なんだし」 「薬飲んだから平気よ。それに、昼過ぎに飛び出したきり連絡もしてこないようなヤツなんて、どうなったっていいもん。どうせ『久し振りの現場だ』とかなんとか言って、今頃楽しそうに推理してるに違いないんだから」 「毛利がそう言うなら、オレは構わないけど。本当にいいんだな?」 「いいの!」 そうよ。あんな推理バカ、もう知らないっ。 今夜のことをこんなに楽しみにしてたわたしのこと、完全無視しちゃって。 橋口君も、8年振りに会った西口君だって、気が付いてくれたのに。 人の流れに乗り、蘭と橋口も駅に向かう。話し上手なのか聞き上手なのか、橋口との会話は耐えることなく、むしろ蘭にとってはごく穏やかに展開していく。正直なところ、橋口のことを一緒にいてこんなに落ち着ける相手だとは、蘭自身思っていなかった。 ほんの少し、心の片隅が暖かい。 橋口も、中西も、個人差はあれど、それぞれの形で気を使ってくれている。 園子だって、遊びに連れ出してくれたり、冗談半分にからかってきたり、いろんな方法で励ましてくれる。ときにはキツイ事を言われることもあるけれど、でもそれは、本気でわたしのことを考えてくれているから。 わたしは、優しい人に囲まれている。 そう考えることで、今夜は乗り切れそうだと思った。 やば、、、なんか頭がボーっとしてきた・・・ 逆方向からの通行人と軽く肩が接触し、謝ろうとして振り返ったのと同時に目の前が急に暗くなり、あ、倒れる、とはっきりしない意識の中で何故か蘭はそう自覚していた。しかし、すぐあとにふわっとした感覚が追い掛けてきて、夢と現実の区別が付かないまま蘭は意識を手放した。 何処か遠くで、誰かに呼ばれたような気がしながら。 |
第4話です。いろいろ書きたい(言いたい?)事がごちゃ混ぜになって、また未完。
もう2月半ばだっていうのに、まだ年末のお話を書く私って、一体何者?
この続きはまたしばらくお待ちくださいませ。今度こそ、ケリを付けたい!
あ、今回、新一がひと欠片も出てなかった(決して、忘れてたわけでは、、、(焦)