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one with what is

〜 あるがままに、そのままに 〜  part 6

いったい、どれくらいの時間が流れたのだろうか。



しっかりと皺が出来るくらいに新一のコートの袖を握りしめたまま俯く蘭と、蘭に片腕を預けたまま空いたほうの手で背中をやんわりとなで続けている新一。
お互いの存在を確かめるように、ただ寄り添って、立っているだけ。


あれこれ考えていた質問も台詞も、蘭の口から発せられることはなく。
しばし流れる沈黙のなかに、蘭が必死に飲み込もうとしている涙の前触れだけが、時折小さく響いては高い天井に吸い込まれていった。

窓際にたたずむ2人には、もはや時間の感覚などなくなっていた。


ピッ


永遠の静寂とも思えた2人の空間に、短い電子音が容赦なく割って入った。
その無粋な音に即座に反応した新一の、困ったような戸惑ったような声が、蘭の頭上から降り注いでくる。

「あー、、、えーっと、蘭?」

蘭が、腕時計に目を向けた新一の目線を追うと、時計の針はあと5分ですれ違うところだった。

「あのさ、悪りぃけど、今日はここで時間切れ」
「え・・・?」
「日付が変わる前にここを脱出しなきゃなんねぇんだ。今のオレ、ちょっとした不法侵入中の身だから」

ハハハ、と人差し指で頬を掻きつつ悪戯っぽく笑う新一は、まだ沈黙したままの蘭に短く説明を加える。
頑強な鈴木財閥本邸のセキュリティシステムに外部から侵入し、蘭がいるこの部屋の回線だけを一時的に遮断させたのち、実際に侵入することに成功。しかしそのシステムを誤摩化しておけるタイムリミットが、真夜中の0時。
このタイミングを逃すと、邸内から平穏無事に脱出することが出来なくなるのだ、と言う。

力の抜けた蘭の手をそっとコートから離し、新一はくるりと向きを変え薄く窓を開ける。
振り向き様に「ちゃんと鍵閉めとけよ?」とウィンクする横顔は、裏を返せば「付いてくるな」という意味を持って、新一のあとを追ってテラスに出ようとした蘭の動きを制した。
閉まる直前の窓越しに、蘭はようやく口を開く。

「どうして来てくれなかったの、、、新一は」

ごくわずかに目を見開いた新一は、すぐにいつもの表情を取り戻して口を尖らす。

「園子のヤツが邪魔しやがって、、、っと、やベっ、急がねぇと。じゃな!」

去り際に「明日まとめて返事してやるよ」と言い残して、テラスの柵をひらりと乗り越え、新一の背中はあっという間に闇夜にまみれて消えてしまった。

ほつん、と再び一人ぼっちの空間に取り残された蘭は、足先が冷たくなって来るのを感じるまでずっと、窓辺から離れることが出来ずにいた。頭の中には、慌てて去っていった新一の一挙種一投足が何度も繰り返されている。
何かが食い違っているような、違和感。
見え隠れする結果に向き合いたくなくて、蘭は新一に言われた通りに再び戸締まりをしっかりと確認し、ベッドに横になる。

(明日になれば、ちゃんと新一に会えるんだから)

そう自分に言い聞かせ、頭から布団を被り、無理矢理強く目をつぶった。


***


(・・・あれは絶対バレてるよな、うん)

自宅へ急ぎながらも、俺の危惧であれば良いんだけど、と軽く頭を振る。
シンデレラ・タイムぎりぎりで外壁を乗り越え、つい先程まで「新一」と呼ばれていた鈴木邸不法侵入者は、ひとり呟いた。
正月明けの真夜中過ぎという時間帯。
そもそも出歩く人は少ないはずだが、窓に映る人影さえ見えないことを確認した後、ようやく普段よりきっちり目に整えた髪をひと掻き回して乱し、完全に元通りの姿を撮り戻す。
―――新一から、快斗へと。

蘭の前に現れたのは、新一の変装をした快斗。
蘭の感じた微量な違和感は、ものの見事に的中していたのである。

軽い足取りで壁を飛び越え、快斗は自宅の2階にある自室へ音もなく滑り込む。
今夜の出来事はいわば隠密行動。依頼主以外の誰にも気付かれてはいけない。


新一の抱えていた『厄介な事件』と快斗の探していた『パンドラ』。
それぞれが単独行動で捜査を進めるうち、双方の核心は同じ組織が握っている、とお互いに気が付いたとき。
探偵と怪盗として結んだ協力関係は、全てが終わった時点で友人関係に変わっていった。
友人として接するほど、姿形以上に、考え方や表に出す行動自体が随分と似通っているもんだな、などと苦笑すること幾数回。

快斗の怪盗業は、組織の倒壊とともに終焉を迎えることが出来た。
だが、新一の探偵業は、幸か不幸かこの先もずっと続くだろう。
だから、快斗は新一を放っておけなかった。一番大事な人に辛い思いをさせてしまうことの苦しみを、限りなく新一に近い感覚で感じ取れるから。
だから、新一の『影武者』としての依頼に、即OKの返事を出したのだ。


カーテンを閉め、ほっと一息つく。
ベッドに身を投げ出し、ふと最後に見た蘭の顔を思い出す。
蘭は「会いに来なかった理由」の数瞬後に、「新一は」と主語を付け加えていた。
あの言葉の裏側では、きっと目の前にいるのが新一本人ではないということを、無意識のうちに感じ取っていたのだろう。

(察しが良すぎても、それはそれで苦労するんだろうな)

などと思ったものの、課された役目は果たしたことのみ、取り敢えず依頼主に報告しておく。

『任務完了。この貸しはいずれまた返してくれよな?
じゃ、あとは任せたぜ、名探偵。from探偵キッド』

携帯の送信完了の画面を確認し、やっとのことで内面も快斗自身に戻る。
考えすぎるのは快斗の悪い癖だよ、と言う蘭よりも少し幼い顔が脳裏に浮かんで、快斗の頬に思わず苦笑が漏れてしまう。
携帯を指で弾き、快斗も自分自身の始業式に備えて瞳を閉じた。



翌朝。
携帯のアラームを解除した途端に届いた返信は、快斗に昨夜とは別の苦笑をもたらした。

『急に無理言って悪かったな。助かった。
でも、頼まれてたマジックショーのDVD買って来てやったから、貸しはそれで相殺だ。
念を押しとくが、余計な手出しはするなよ。以上。』

心の深いところにある細やかな気持ちは欠片も見せず、快斗も負けじと応戦する。

『DVDひとつで、この快斗様をあんな危険極まりない重要任務&私用に使うとはねぇ。
こっちは出血大サービスなんだから、有難く思えよ、新一?』

DVDにプラスして、本日の成り行きの事後報告でもしてもらおうか。
それくらいの特典は、付いてて当然だよな。

制服に袖を通しながら、どうすれば効率的に新一をからかうことが出来るのか、やや真剣に考え始めた快斗だった。


***


快斗が知恵を絞っているのと、丁度同じ頃。
鈴木邸の一室では、蘭と園子が知恵比べをしていた。

「・・・どうしても、だめ?」
「ダメったら、ダメ! 見てみなよ、この数字」

蘭の目の前に突きつけられているのは、電子体温計。
朝食後の薬を飲もうとしていたところへ、念の為にと園子が検温しに来たのだ。

「きっと寝起きだから、体温が上がってるだけよ。大したことないってば」
「あのねぇ。38度はどう考えても平熱じゃないでしょ! とてもじゃないけど微熱の部類にも入らないわよ」
「平気だってば。これから下がるかもしれないし」
「そうかもしれないけど、逆に上がるかもしれないでしょ?」

蘭はどうしても学校へ行くと言って渋り、絶対ダメよと園子は猛反対する。
押し問答の結果、蘭を言いくるめたのは園子の次の一言だった。

「受験直前のクラスメート達に、風邪ウィルスをまき散らしても良いわけ?」

思わず、ぐっと黙り込む蘭。
こう言われてしまっては、自分の思惑のためだけに登校するわけにはいかなくなってしまった。
昨晩、何故か沸き起こった違和感の正体を、新一に直接確かめたかったのに。
ずっとずっと、言いたくて言えなかったことが、いっぱいあったのに。


学校へ行く用意を整えた園子は、「お土産持って来てあげるから、今日は大人しくしておきなさいよ?」と言い残し、蘭をベッドに引き戻すことに成功した。入れ替わりに入室して来た木村医師による処置が開始され、蘭は黙って指示に従うしかなかった。




つい先刻まで学校に行くつもりでいたから、気丈に振る舞えていたのかもしれない。
数日前に感じた全身倦怠感が再び蘭を支配し、解熱剤の影響も手伝って瞼は重く沈み始める。

「ひと汗かく頃には、きっと熱も下がりますよ」

朝食後からは、お手伝い業のかわりに蘭の看護に尽力してくれている裕美子の声さえ、水中で聞いているかのようにぼんやりと耳に届く。途切れ途切れに「ごめんなさい」と返す蘭の額に、「少し席を外しますから、気兼ねなく、ゆっくりお休みになってくださいね」と裕美子は濡れタオルを乗せ、静かに部屋を出て行った。
熱と怠さとで体は言う事を聞かなくとも、逆に思考回路は留まることを知らず。
気兼ねなくと言われても、次々に心配事が浮かんでは消えていく。

(やっぱり、昨日の夜遅くに立ち尽くしていたのがいけなかったのかなぁ?)
(折角良くなってたのに、また熱なんか出しちゃって。木村先生にも裕美子さんにも、なんてお詫びしたら良いんだろう。それに1週間もお世話になりっぱなしなのに、まだ園子のご両親にご挨拶出来てないんだわ。どうしよう?)
(園子に聞くわけにもいかなかったけど、お父さんとお母さんは楽しい年末年始を過ごせのたかしら?)
(そういえば、園子の言ってたお土産って何だろ? まさか宿題とか?)
(クラスのみんな元気にしてるかな?休んでるのはわたしだけかしら? 今日は始業式だけだから、学校は午前中で終わりだけど、新一は補習があるから夕方まで居残りだよね)
(新一、、、、新一、、、)

次第に空白部分が増え、蘭は眠りの底に沈んでいった。


***


誰かの話し声がしたような気がしてハッと蘭が目を覚ましたのと、園子が蘭のいる部屋のドアを開けたのは、ほぼ同時だった。
まだ制服姿のままの園子は、蘭が口を開くより先に額に手を当て、熱の下がり具合を確かめる。

「気分はどう? 熱は下がったみたいだけど」
「心配してくれて有難う、園子。お薬いただいて一眠りしたら、何だかすっきりしたみたい」
「でもまだ油断大敵だわね。昨日の今日、の例もあることだし?」
「今度こそ大丈夫よ!」
「そう? じゃあ着替え持って来たんだけど、一人で出来る?」
「うん。ほんとに有難うね、園子」

抱えて来たパジャマとタオルをサイドテーブルに置くと、園子はドアから半身を覗かせて「着替えが終わったら、これで連絡してね。今朝約束したお土産を持って来るから」とインターコムを指で弾いて告げると、部屋を後にした。


しっかり汗を拭いて着替えを済ませた蘭がインターコムで園子に連絡を取ると、ちょっと待っててね、という園子の答えから数分後、ドアがノックされた。
丁寧に、5回連続で。

それはまるで、半日前に聞いたものと同じように、室内に響いた。


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はい、ようやく第6話です。
キリリクをいただいてから既に1年以上、また、このお話を書き始めてから約1年が経過しようとしています。
・・・時間掛かりすぎです、花梨さん。
私自身、手探りしながら書いているという感じなのですが、少しでも楽しんでいただけたらな、と思います。
もう少し、お付き合いくださいませ。

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